第十三話 かくしとびら
期末テストに向けて気合いを入れ直したはずなのに。ギガトン級のいたずらを連発で食らって。わたしは、めっこしへちょりましてん。でも、これから巻き返していくためには、昨日みんなにもらったヒントをなんとか活かさないとダメだよね。
今まであずさとだけいっちゃらいっちゃらしてたのが、急ににぎやかになって。わたしはとってもうれすぃ。それはクラスが変わればまたやり直しになっちゃうけど。だからって、わたしが元のぐだぐだに戻ったら何にもならない。
と・に・か・く。このしょーもないしっぽのいたずらだけはさっさとなんとかしないと、どーにもこーにも身動きが取れないっす。わたしはすぐに行動を起こした。
一つ目。お守りにしてたあの男の子のメアドに、メールを流した。
『もしあんたがなんかやらかしてるなら、すぐ止めて。すっごいメイワクしてんの』
その子の仕業かどうかも分かんない。だから、返事は期待してない。
二つ目。中村さんの連絡先を、兄貴から教えてもらった。前に中村さんがわたしの携帯のしっぽを見て言ったことを、もう一度詳しく聞かせてもらうために。アズールで見た絵の話もしたかったから、放課後アズールに行く手はずにする。中村さんも、快くおっけーしてくれた。
そうそう。兄貴は、中村さんのイラスト展を知らんかった。で、むくれてた。水臭いって。
「兄貴ぃ、中村さん責めたらだめだおー」
「でもさあ……」
「ああいうのって、恥ずかしいんだよ。自分のハダカ見せるみたいなところがあるんでしょ」
兄貴は黙った。兄貴の気持ちも分かる。恥ずかしいからこそ、隠さないでちゃんと見せて欲しい。そういうこと。だから、こっそり橋渡しをすることにした。中村さんが兄貴に全部明かし切れてない部分。それを、それとなく聞き出そうと。
◇ ◇ ◇
「おはー、しょーこ」
「おはよー。みゆー」
しょーこが、いっぱいの笑顔で挨拶する。
「ううー、かあいいのぉ。わたしの横にずっと置いときたい」
はぐはぐ、かいぐりかいぐり。
「汚れるから止めて!」
べしっとあずさにど突かれる。
「どっちが?」
「しょーこに決まってるでしょ。みゆ菌がうつる!」
「わたしゃびょーげんたいかよ!」
「似たよーなもんよ」
「むぐぐっ!」
最初、隣のクラスの美少女乱入で、警戒信号マックスだったうちのクラスの女の子たちも、わたしやあずさやいいんちょがしょーこをいいようにイジるもんだから警戒を緩めた。そして、こわもてのにしやんがボディガードについたことは、チャンス到来と舞い上がったクラスの男どもに冷水ぶっかけるにはじうぶんだった。いや、ほんと、にしやんはコワいぞなー。すぐブチ切れるし。あれで本当に商売なんかできるんかしらん。
しょーこは、これまで自由に出せなかった部分を、思う存分ぶちかましてくるようになった。自分の運痴をネタにして笑いを取り、芸能ネタで盛り上がり、おやつ袋を見せびらかす。ああ、しょーこは。本当は、ずっとそうしたかったんだろなあ。それがあとひと月ちょっとだけでなくて、ずっと続けばいいのになと。わたしは祈る。
◇ ◇ ◇
さて。昨日は時計を止めるっていう、とんでもない荒技に出たしっぽ。わたしがメールで爆弾落としたのが効いたんか、それとも昨日のやり取りを聞いててヤバいと思ったんか。今日は、とんでもなくヘイワだ。うれしいなー。なんもないー。これならしっぽ付いててもかまんー。あのしっぽ自体はかあいいんだし。ちゃんと四時間目までさくさくと授業が進み、先生方もたぶんほっとしたと思う。わたしも、やっと集中して授業に向かえた。眠くはなったけどさ。うけけ。
そして昼休み。今日は大人数で女子メシ。イジると楽しいしょーこを、みんなでイジりにきたらしい。むー、わたしの楽しみが減るー。でも、ここでしっかり三の線のイメージを売っておかないと、クラスが分かれた時にまた苦労するもんね。少しでもナマのしょーこを知ってる子を増やさないと。なーんとなく寂しいけど、まあしゃあないや。パンを食べ終わったわたしは、席を立って廊下側の壁に寄っかかった。
そん時。ぎいっ! 戸が開くような音がして。
べん! わたしは廊下にひっくり返っていた。
な、なにぃ!? 混乱する。なんで、わたしが廊下にいるの? 戸に寄っかかってても、引き戸なんだからこんなことにはなんないよ? 首をひねりながら教室に戻る。
「あれえ、みゆー、背中汚れてるよー、どしたの?」
あずさに聞かれたけど答えようがにゃい。
「なんつーか」
ちょい、試してみようか。
「あずさー、そこの壁にさ、寄っかかってみてくれる?」
「ん? こう?」
わたしと同じように、背中をもたれかけるあずさ。そしてわたしと同じように。まるでそこに切り取り線があるみたいに、壁がドアみたいに開いて。あずさは廊下に背中から倒れた。ばったん! 廊下の向こうから叫び声がする。
「どういうことよーっ!」
いいんちょが、すったかすったかやってくる。
「本日のいたずらすか」
「だと思う。昨日のよりはインパクトがちっちゃいけど。止める気はないみたいだねぃ」
「困ったもんじゃ」
いいんちょが黒板にでかでかと書く。
『壁に寄り掛かると、廊下に倒れます。危ないので、寄り掛からないでください』
これで防げるから、今日のはおとなしいよね。ドアの向こうが、この前みたいに過去とか異次元とかなら、しゃれにならないけどさ。廊下ならたかが知れてるし。戻ってきたいいんちょが、ぶつぶつ。
「どうせ開くなら、どらえもんのどこでもドアならいいのにな」
うん。いいんちょも、どっかズレてておもしろい。しょーこがそれを聞いてバカ笑いしてた。はっはー。
◇ ◇ ◇
まあ。とりあえず今日は大きな混乱もなくして、静かに授業が終わった。さすがに、授業中に壁に寄っかかる生徒はいないもんね。ということで、わたしは予定通りアズールへ行こうと思ってたところに。いいんちょがあわてて飛んできた。
「あ、みゆ、悪ぃ。朝言い忘れてた。ビーバーの補習」
ぎゃお! だぶるぶっきんぐかあ。むぅ。でも、ビーバーの補習は別の日でも受けられっけど、中村さんとの約束はそうそう変えられない。正直に言って、ビーバーにおっけーをもらおう。
「いいんちょ、ありがとー」
「悪いね」
いいんちょも責任感強いからなあ。しまったーって顔してる。いいよ、いいよ。いいんちょにはいっつも助けられてるから。わたしはしっかりいいんちょに笑顔を見せて、補習室に行った。
こんこん。扉の向こうで、あら、という驚いた声がした。
がららっ。
「石田さん、どういう風の吹き回し? ノックするなんて」
「えへへー、実わ、ちょっとお願いが」
「やっぱりぃ!」
ばれちった。
「すいません。今日は、先約でちょっと人と会わないとならないんで、補習を受けられないんすよ」
「どなたと会われるの?」
しもたー。そういやビーバーも先生だったにゃ。生徒の行動監視の委員もやってたんだ。どないしょ。でも、隠すわけにもいかない。別に遊びに行くわけでもないし。
「兄の彼女さんです。絵を描く人なんですけどぉ、今個展されてて。そう言うのって、見に行くチャンスがあんまないんで」
ウソは言ってない。そのまんまだ。
「ええと、場所はどこなの?」
「殿山のアズールっていうフリースペースです」
「殿山ねえ……」
ネオンぴかぴかのところじゃないけど、にぎやかなのは間違いない。さあ、どう言ってくるかにゃあ。だめって言われると、ちときびしー。
「じゃあ、わたしも一緒に行きましょ。絵なんか久しく見てないし」
おおっ! そう来たかぁ。でも、別にビーバーがいて困ることもないし。お墨付きがもらえる。ばっちぐー。
「わざわざすみませーん」
「いいのよー、勉強ばっかじゃ息詰まるしね」
ううう、すんませーん。息詰まるほどべんきおしてまへーん。でも、この件が片付いたら、必ずや、必ずやー。
◇ ◇ ◇
「こんちわー」
アズールのドアを開ける。あ、この前のと違う配置、違う作品だあ。すごいなー。
「あ、みゆちゃん、来てくれてありがとー。この前も来てくれたんだって?」
あっちゃあ! そりは言って欲しくなかったー。一人でここに来たことが、ビーバーにばれちったよう。まあ、開き直るしかないっすね。
「はい、この前来た時は中村さんいなかったので、作品だけ」
「あの、そちらは?」
中村さんがビーバーの方を見る。
「初めまして。美津沼学園の英語教師をしております、馬場と申します」
ビーバーがきれいなお辞儀を見せる。さすがだなあ……。
「みゆちゃんの先生ですか。わざわざお越しくださってありがとうございます」
中村さんが、にこっと笑って会釈を返した。ビーバーが会場を見回して、ふっとつぶやいた。
「いい絵ですねえ」
照れたように、中村さんが答える。
「いやあ、皆さんにこんな下手な絵を見せるのは恥ずかしいんですけど」
「とても暖かい、いい絵だと思いますよ」
そう言ったビーバーが、くるっと中村さんの方を向いた。
「心の暖かい人が暖かい絵を描けるのは、当たり前なんです。でもね、心を暖かくしようとして描く絵は……別格なんですよ」
中村さんが、じっとビーバーを見る。その間に、奥からすったかすったかとおばさんが出てきた。
「あら、みゆちゃんじゃない」
「また来ちゃいましたー」
「そっちは例の先生かい?」
「はい、わたしにしっかり教えてくれる大事な先生です」
「あら、嬉しいわあ」
ビーバーが、そう言ってくすくす笑った。
「まあ、立ち話もなんでしょう。座んなさいな。紅茶いれたげる」
わたしたちが腰を下ろしたところで、中村さんがビーバーに聞き返した。
「あの馬場先生、先ほどの……?」
「あら」
ビーバーがふわっと笑う。
「あなたは、マッチ売りの少女のお話をご存じ?」
「はい」
「持っているものを描いても、それ以上にはならないわ。自分にないもの、切望しているもの、それは実物よりもずっと美しく描かれる。そういうこと」
口をきゅっと結んだ中村さんが、目を伏せた。それをちらっと見てから。ビーバーが絵に目を移した。
「あなたが幸福の真ん中にいれば、絶対にこういう絵は描けない。探して、迷って、とまどって。だからこそ、それが羽化してこんなきらきらした姿になるの。うん、とってもいい絵」
そっか……。わたしが最初に見た時も、絵の中に吸い込まれそうだったもん。中村さんが、まだ手にしてないものがここにある。だからわたしは、それにすごくひかれたんだろなあ。
「ふう」
中村さんが一つ溜息をついた。
「絵って、怖いですね」
「そう?」
「自分が全部出ちゃう」
「もちろん、そうよ。でも、だからあなたは絵を展示することになさったんでしょ?」
「はい」
中村さんが寂しそうに笑う。
「わたしは父にも兄にも疎まれて育ってきました。エリート一家の出来損ない。そう言われ続けて。家庭に暖かい思い出がないんです。今でも居場所がなくて、帰りたくなくて」
うわ……。
「だから、石田さんのお宅にいるとね。ものすごくうらやましいの。みんな言いたいこと言ってるけど、ちゃんとお互いを支えあってる。あったかいなあって。で、それに嫉妬しちゃうんですよ。この前も進がみゆちゃんからのSOSで、わたし放って吹っ飛んでいったでしょ?」
あたたたた。
「ごめんなさい」
「いや、あれが進のいいところだもん」
じっとそれを聞いてたビーバーが、ひょいと指を出して中村さんの額をつんと小突いた。
「あの?」
「あなたね。家庭も幸せも、あるものじゃなくて作るものなの。チャンスがあるなら、がんばりなさい」
ビーバーはまた目をそらして、絵を見た。
「わたしは、この年まで独身で生きてきました。あなたのお宅と同じようなものよ。ひどい家庭で生まれ育ったから、わたしは幸せになるっていうことを信用しなかったの。当然、誰かを幸せにするという発想もなかった。それが今のわたしの姿」
ビーバーがふっと顔を戻す。笑顔はずっと変わらない。
「わたしのように……ならないでね」
すっごい、重い。
「さあさあ、あんま重っ苦しい話してるとハゲるよー」
紅茶を持って来てくれたおばさんが、シリアスをえいっとひっくり返す。いっぺんに雰囲気がゆるくなった。ほんにおもろいキャラだわー、このおばさん。
椅子に座ってみんなでいっぷく。ほへえ。あ、いけね。ぽけらってないで、さっさと切り出そう。
「あの、中村さん。実は今日、一つ聞きたいことがあって来たんです」
「え? なに?」
「この前うちに来た時に、これをどっかで見たことあるって言ってましたよね?」
わたしは携帯を出してそれを見せる。例のしっぽ。そしらぬ顔でぶらぶらしてっけどさ。こんちくしょうめ!
「うん。そうなの。しっぽのストラップは結構見るけど、これはちょっと変わってる。どっかで。どっかで前に見てるんだよね。うーん、どこで見たのかなー」
しばらーく考え込む中村さん。わたしはじっと息を飲んで待つ。
「あ!」
中村さんがぱっと顔を上げた。
「やーっと思い出した」
やりいっ! 手がかりができたっ!
「あのね、みゆちゃん。わたしの先輩が大学卒業して就職する時に、弟に携帯のストラップをプレゼントしてもらったって話をしてたの。それを見せてくれてね。たしか、それがそんな色、形だったような……」
「つながったーっ!」
わたしが大声を出したことに、三人が驚いた。
「ちょ、みゆちゃん、どしたの?」
「あのー、その先輩の名前、もしかして遠野さんて言いません?」
わたしはメールは消しちゃったけど、あの名前だけはしっかり覚えてる。遠野。遠野真人。中村さんが絶句した。
「ど、どうしてそれを?」
「それは……」
わたしが、どう説明しようかなーって考えている時。
がん! がん! がん! すっごい乱暴に階段を上がる音が響いてきた。お客さんだと思って、わたしたちは立ち上がった。
「誰だい? もう少し静かに歩けないのかねえ」
カップをトレイに集めながら、おばさんが眉をひそめる。わたしは……いやあな予感がしたんだ。そのいやな予感は、すぐに現実になった。
ばあん! 乱暴にドアが開いて。そこに目を血走らせた男が立っていた。そう、前に中村さんを付け回していた男。ストーカー。この前と違うのは、手にしているものだった。包丁!? みんな血の気が引く。中村さんが壁際まで後ずさった。
アズールは広さはそこそこあるんだけど、外に出るドアが一か所しかない。おばさんが使ってる台所に、別の出口があるのかも知れないけど、出入り口がすっごい狭い。わたしたちは、閉じ込められた形になっちゃった。男は何も言わないで、包丁をおへそのあたりでがっちり握って壁際の中村さんのところに突進しようとした。
「中村さん、逃げてーーっ!!」
わたしは大声を出したけど、足がすくんじゃったのか、動けないみたいだ。
「おばさんっ! 中村さんをっ!」
走り出した男の足元に、わたしは足を出した。しょーこがずっとされてたやつ。あれは分かってれば避けられるけど、いきなりだったらひゃっぱー引っかかる。それでこけてる間に逃げよう! 勢い込んで走ってきた男が、わたしの出した足にけつまづいた。おばさんが中村さんを引っ張って、どけさせる。
どん! つんのめった男が壁にぶつかって。ぎいっ! わたしが昼に聞いた音がした。
ここでも扉が開くのかあ。わたしは、心の底からほっとした。ああ、寄っかかんないでよかったー。何が起きたか分かんないって顔の男が、情けない叫び声を残して落ちてった。
「あっひゃああああああー……」
どずーーん……。
「ま、高さあるっても二階からだし。死にゃあしないでしょ」
そう言ったわたしを。三人が。あんぐりと口を開けて見ていた。
「おばさん、警察呼んでください」
我に返ったおばさんが、あわてて電話をかけに行った。
「中村さん、話の続きは落ち着いてからします。兄貴呼びますから」
顔面そーはくで、こくこくうなずく中村さん。わたしを横目で見ていたビーバーが頭を抱えた。
「最近の高校生は、本当に肝っ玉が座ってるわねえ」
「せんせー、そんなんで感心されても、ちーともうれしくありませーん!」
◇ ◇ ◇
血相を変えてすっ飛んできたちょきんぎょに、中村さんが泣きながらかじりついた。ビーバーは、それをうれしそうに見ていた。
そのあとわたしたちは、男のしたことを警察に説明したけど、窓のない壁から男がどうして落ちたのかは説明できなかった。へらへらへら。ひたすら笑ってごまかした。それしかないでしょー! ま、あいつはどうせ再起不能だろうから、それでいいっす。
中村さんを兄貴に任せて、わたしとビーバーはアズールを後にした。そして、わたしはどうしてもビーバーに言いたいことがあった。別れ際、ビーバーにお礼を言う。
「せんせー、今日はありがとうございました。それで」
「なに?」
「先生も。幸せ探すのあきらめないでください。じゃないと……」
「お手本になりません」
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