第十二話 きみのぷろふぁいる
「はよー、あずさぁ」
「ちーす、みゆー。風邪引いたんだって?」
「一日で、こんじょで治したけどねぃ」
「おまいはゴリラか!」
「うほっほ」
「すな!」
バスが吐き出す学生の塊。着膨れたわたしも、ぺっと放り出される。ありさん、ありさん、寒いからお入んなさい。バス停から生徒玄関につながるながーい行列。毎日見慣れた光景。外から見たら。ガクセイは、みーんなおんなじに見えるんかなあ? 実際は、そんなことはないよね。みーんな違う。どの子も、なんかかんか抱えてる。きっとそうだと思う。それが大きいか小さいか。見えるか見えないか。いろいろだと思うけどさ。
んで。わたしも、でっかいお荷物しょいしょいしちゃってるわけだよ。そろそろ下ろしたいにゃあ。さあ、どうすっかなー。
「みゆー、何考え込んでんのー?」
「ああ、南雲さんはどしたかなーと思ってさ」
話しながら教室に入ったわたしとあずさは、いきなしびっくりした。
「あでえ? 南雲さん、なんでここにー?」
「あの……」
うつむいてた南雲さんが、こそっと言った。
「馬場先生に、一年の間はこっちのクラスにいなさいって」
ああ。分かる。分かるよ。南雲さんの反撃で直接手出ししにくくなったって言っても、あの連中の敵意は変わんないだろーし。そこに居続けるのはつらいよね。まあ、どうせ二年生に進級すればコース分けでばらばらになるんだし、緊急避難でうちのクラスに置こうってことでしょ。
「うん、良かったんちゃうの? くっだらん連中のレベルに合わすこっちゃないよね?」
「そーそー」
あずさもにこにこしてる。でも、あのにこにこ、まだなんかあるな。
「あずさー。敵、粉砕したのん?」
「とーぜんでしょ。わたしを怒らしたらどーいうことになるか」
にやあっ! とてっつもなく、こわあいえがお。
「体で分かったでしょ あの親子」
「ちょ、親子……って?」
「あらあ、みゆー。親亀こけたら子亀もこけるのよー」
ひょえー。南雲さんと一緒に、どん引く。手帳を出したあずさが、ばつっと。
「判決」
いきなり裁判すか。
「えびぱぱ。所領没収、御家断絶の上、遠島申し付ける!」
こ、細かいにゅあんすは分かんないっすけど。とんでもないってことは分かるわ。
「えびむすめ。不届きな所行の数々、断じて許し難し! 放校申し付ける! その配下のものども、その不埒な行為は不届き千万! 蟄居申し付ける!」
「あずさー、わたしあほやからさー。もっと分かりやすく言ってくでー」
ぱたんと手帳を閉じたあずさが、つらっと言った。
「職員室んとこの掲示板に出るから、分かるよ」
わたしと南雲さんが顔を見合わせた。うん。なんとなくは分かった。そゆこと、か。
「ま、短い間だけどさ。仲良くやろーよ。わたしは石田未由。みゆでいいよ。こいつが、生野あずさ」
「あずさでいいよん」
いいんちょがてこてこ寄ってきた。
「よっ、洪水娘」
いっきなし、そーゆー突っ込みっすか。
「大村せんせから、話を聞いてまふ。いいんちょーの長島です」
「ながしめじゃなくって?」
あずさの突っ込み。
「やかあし!」
いいんちょ、軽く流す。
「なんかあったら、なんでも言って」
「あ、ありがとー」
いいんちょは、面倒見いいからねい。頼りになるよ。
「ちなみに南雲さん、下の名前は?」
いいんちょが聞いたから、とりあえずぼける。
「名前はまだない」
「おまいは夏目漱石の猫かあっ!」
あずさに、ぺんっとど突かれる。笑顔になった南雲さんが、小声で答えた。
「
もっぱつ、ぼける。
「ほっほー、ショッカーか」
「いー」
「すなっ!」
今度はいいんちょに突っ込まれた。
「しょーこ、ね。おけー」
すたすたすた。いいんちょが自分の席に戻った。ほんと、おもしろいよなー、いいんちょも。
田丸さんは、朝っぱらから机の上のカードをにらみつけてうなってるし。にしやんは、今日も不機嫌そうな顔をしてる。まあ、いろいろあっても。これがにちじょー。いつもの朝の光景、ぷらすしょーこ……だったはず。
◇ ◇ ◇
うがあっ! 今日のも、めっちゃきっついわ。
それは、みんなすぐに気が付いた。時間が止まってるの。いや、そうじゃないな。止まってるのは時計。それだけじゃない。いいんちょが外を指差す。
「太陽の位置が変わってない」
時計だけじゃなくって、どれくらい時間が経ったのかが分かる方法を、みーんな取り上げられちゃった。時は止まってるんだけど、中にいるわたしたちは動いてるみたいな、なんともきみょーな状態。慌てた先生たちが自習を宣言して、みんな職員室に引き上げた。対応を緊急協議するんだろなあ。
ううー。だんだん、いたずらの規模が大きくなってきた。こらあ、もう耐えられん。むぎぎ。ちょうどいい。自習になってるし、ここで手札をオープンしちゃおう。
「あずさー、ちょっといい?」
「なあにー?」
「相談」
「恋のお話と、お金のお話は却下よー」
「ああ、そんなちんけなもんじゃないからだいじょーび」
「ほへ?」
寄ってきたあずさの耳元で、ごしょごしょごしょ。ずでん! こけたあずさの顔色が変わる。
「ま、まぢ?」
「まぢも、まぢも、おおまぢ、どまぢ」
「こ、これも?」
「そ」
力が抜けたように椅子にへたり込んだあずさ。やっぱ一人じゃつらいかー。しょうがない。一気に数で勝負しよう。中途半端に隠すのはかえって良くない。わたしは、次々に相談を持ちかけた。いいんちょ。にしやん。田丸さん。……そして、しょーこ。しっぽのいたずらで深く関わるようになった子たち、みんなに。あちこちが騒然とする中、みんなで隣の視聴覚室にこっそり移って、内カギをかけた。
ふう。
◇ ◇ ◇
「……と。いうことなんですわ」
わたしは、これまでのことをざらっと話した。みんな押し黙る。そうだよねー。これ以上ぶっきーなことはないも。でも一番冷静だったのは、やっぱいいんちょだった。
「みゆー。もう一回確認させて。起きたことを整理して書き出すから」
立ち上がったいいんちょが、黒板の前で控える。
「ええと……」
わたしは、ゆっくりと思い出しながら、それに答えていく。日付と、起きたこと。
いっちゃん最初は、勝手に動いた自分の影への違和感。次に、あずさと男たちのしっぽ。携帯での知らないうちのメールのやり取り。家族の間の声の入れ替わり。……と自分で言ってて気付いたことがある。
「ここまでは、影響が学校で出てないんだよね」
見ていたいいんちょがうなずいた。
「きゃつが、様子を見てたってことかな」
ビーバーと中村さんへの誘導。ここで初めてはっきり学内でのアクションになった。逆に、こっから先はほとんど学校で起こる。
職員室の中が、五十年以上前の田んぼ。
「丸一日田植えし続けたからなー。死ぬかと思った」
「そーだったのかー」
こっから先は、もうみんなおおっぴらになってる。事件になっちゃってるんだ。文字消え。お化けゴミ箱。しょーこもわたしも被害にあった変わり身。
「しょーこなんか、まだいいよー。わたしゃ、ストリップさせられるところだったんだからー」
「ぐえー」
げっそりした顔をするしょーこ。
そして、先週末の大雨。しょーこが、がっかりした顔をする。
「そうなのかー。あれはわたしの超能力じゃなかったのね」
いいんちょが突っ込む。
「超能力なら、砂漠で使ってくれたまい」
ぎゃはははっ。
黒板をじっと見ていたいいんちょに聞かれる。
「みゆー。昨日、おとついはなんもなかったの?」
「昨日の日曜はなかったけど、土曜日はあったよ」
「どんなの?」
「感覚や表情を、かわりばんこに取り上げられた」
「どゆこと?」
にしやんが首を傾げる。
「風邪引いて、ほとんど一日寝てたんだけどさ。起きるたんびに、自分がおかしくなってんの。最初は、聞こえない」
「げっ!」
のけぞるにしやん。
「次が、しゃべれない。そして、色が分からない。色が戻ったら、今度は涙が出ない。次は熱い寒いが分かんなくなった。そして触ってる感じが分かんなくなった。で……戻った」
チョークで黒板をこんこんと叩いたいいんちょが、つぶやいた。
「そいで、今日がこれってわけすか」
「うん」
しょーこに聞かれる。
「あのー。みゆは、しっぽ捨てなかったの?」
「土曜日にね。繁華街まで出て、捨てに行ったの」
「えっ!? って言うことは……」
わたしは、携帯にぶら下げてるしっぽをみんなに見せながら苦笑いした。
「そう。戻ってきちゃうんだわ」
「どひー」
あずさが震え上がる。おかるとだもーん。わたしは、にしやんの方を見る。にしやんは青筋を立ててうなってる。
「うー! あのろくでなしのゴミ箱と同じってことね」
「うん。でも、あれは一日だけだったでしょ?」
「そっかあ……」
ち・ん・も・く。いいんちょが腕組みして、目をつぶってる。何かを、じーっと考えてる。そして……。
「あのさー。相手が分かんないと、対策の立てようがないわ。ちょいとプロファイリングしよう」
は?
「いいんちょ、なにそれ?」
「なんか事件があってその犯人が分かんない時に、どういうやつがそういう事件を起こしそうか、性格を突き詰めてくっていう捜査法があんのよ。それがプロファイリング」
「へえー。そいつぁ、おもしろいじゃん!」
にしやんが、ぐんと体を乗り出した。力のにしやん、技のいいんちょって感じでおもしろいよなー。
「具体的には、どうするんですか?」
しょーこが聞く。いいんちょが、わたしのしっぽを指差して答えた。
「そいつがさ。しっぽじゃなくて、ニンゲンだったらどんなやつかを考えるの」
「あっ! なるほどー!」
しょーこが無邪気にはしゃいだ。
「すっごーい!」
「ほめて、ほめて」
ムネを張るいいんちょ。
「まず飼い主のみゆ。一番影響をかぶってるんだから、一番よく分かるでしょ。それを聞いて、それからみんなでつっつき回してみよ」
「わたしゃ、こんなの飼ってないぞー!」
あずさがにやっと笑った。
「慕われてるんだから、いいじゃないのー」
とほほー。いや、まじめに考えよう。んーんと。
「まず。飽きっぽい。いたずらを一日以上引っ張らない」
「でも、結構こだわる。同じいたずらを二回しない」
「寂しがりや。もしくは粘着質。捨てても、戻ってきちゃう」
「それなりに気は使ってる。わたしが絶対に許せないって思うほどひどいいたずらはない。困ったなー程度」
「ただ、だんだん図に乗ってきてる。いたずらがでかくなってる。お調子もん」
「めんどくさがり。いたずらは止めるけど、後始末はしない」
書き出したのを、みんなでじーっとながめる。しょーこが、ぽつんと言った。
「うん。この子の気持ち。すっごく分かる」
へ? はて?
「しょーこ、どゆこと?」
「この子ね。たぶん、トモダチがいない」
しょーこの目から涙がこぼれ落ちた。今日は雨雲は上にいないよね。ほっ。
「ねえ、みんな。小学校の時とかさ。かまってほしくていたずらしてくる男の子とかいなかった?」
あっ! いいんちょが、ぱんと手を叩いた。
「そっか!」
「うん……」
しょーこが黒板を指差す。
「この子ね。すっごい臆病なの。いつも、嫌われたらどうしようってびくびくしながらいたずらしてる。だから、最初はちっさいことだった。そして、いたずらはできるだけみゆ本人には仕掛けないようにしてる。みゆが、絶対いや、嫌いって言ったら、いたずらの意味はなんもなくなるから」
しょーこがわたしの顔を見て確かめる。
「そうでしょ?」
「うん。確かにそう。結局ね、しょうがないなーで許しちゃうの」
うなずく、しょーこ。にしやんがぼそっと言った。
「なるほどね。でも、小さいことだとみゆが慣れちゃう。気を引けなくなる。だから、いたずらが大掛かりになってくる」
「うん、そういうことだと思う」
「じゃあ、おとついのは?」
あずさが聞く。
「かなり、いやらしいいたずらだと思うけど」
うん。でも、それもなんとなく分かる。
「あずさ。わたしがさ、このしっぽのいたずらを止めさせようとしてるってこと。それをね、牽制しようとしたんだと思う」
「けんせー?」
「うん。今いたずらがなくなったら、寂しいでしょって。わたしが普段見たり、聞いたり、感じたりしてるものがなくなるのと同じだよって。すっごいヘタな牽制」
「うわ……」
いいんちょが、黒板を見ながらぶつぶつ言った。
「それとね。この子、学校にあまりいい感情を持ってないね。しょーこと同じで、いじめられてたか、はぶられてたかもしんない」
うなずく、しょーこ。
「わたしもそう思う。こんな学校、どうなってもいいっていう破壊願望みたいのが、全部じゃないけどちらちら見える。だから、授業をしょっちゅう邪魔するし、後始末も一切しないの」
そっか。プロファイリングってすごいな。そんな子が本当にいるのかどうか分かんないけど、しっぽの向こう側に、ぼんやりとその子の姿が浮かんで来る。いいんちょが田丸さんの方を見た。
「たまちゃん、一応確認しとくね。呪いとか、その系統のものじゃないと思うんだけど、どう思う?」
困ったような顔で田丸さんが答えた。
「うー。たぶんそういう振られ方するんだろなーと思って。ずっと黙ってたんだけどさ。わたしは霊能力者なんかじゃないから、そんなことは分かんないよ」
いいんちょの突っ込み。
「使えんのぉ」
「放っといてんか」
ぷいっと横を向いて膨れる田丸さん。
「ただね。これ、たぶんわたしたちだけじゃ解決できない。まだ、カギになる人物が現れてないと思う」
「誰?」
「さあ、それはわたしには分かんないよ。みゆのことだもん」
田丸さんが、わたしを見た。
「前におまけの恋占いしたでしょ?」
「うん」
「恋を示唆するカードが出てた。それもすっごい強い引き。でも、その兆しはまだ何もないでしょ?」
「うん、確かにそう」
田丸さんが、カードを一枚出してわたしたちに見せる。
「さっき、ちょっと占ってみたの。そしたらやっぱりね。カップのナイト。ただし逆位置」
いいんちょが聞きただす。
「どういうこと?」
「その人は、まだ着いてない」
カードをぴんと弾いて。田丸さんがわたしを見ながら言った。
「……みゆのところにね」
あずさがわたしをつついた。
「ねえ、みゆー。なんか心当たりないのー」
うーん……。
「男の子にはじぇんじぇん心当たりなし。クリーンそのもんですな」
あずさにぺちっと叩かれる。
「えばるなっ!」
「ちぇー」
でも。
「男の子はともかく、このしっぽについては一つ引っかかることがあった。それを思い出した」
いいんちょが確認。
「なに?」
「兄貴のカノジョさんがしっぽ見て、なんか見覚えがあるって反応してたんだよね」
「よし! じゃあ、それをまず攻めようか」
黒板を見てたにしやんが、ばんと机を叩いた。
「それとさ、みゆ。あんた、一つだけオトコの気配を忘れてるよ」
ええー?
「誰? 思いつかーん」
「最初のいたずらにあった、メールのカレシ」
あっ!
「これだけ小細工しながらみゆにしつこく絡むのは、みゆの気を引きたいから。さっきしょーこが言ったみたいに、同性じゃなくて異性。オトコでしょ」
「う……」
「そいで、みゆは肝心なことを見落としてる」
「何を?」
「このメールのカレシだけが、しゃべってんだよ。コトバを使ってる」
「!!!」
「みゆがこのしっぽをなんとかしたいと思うなら、そこは避けて通れないね。たぶん、だけど」
はあっ。大きく息を吐く。そして、みんなに向かって頭を下げた。
「みんな、ありがと。わたし一人で抱えちゃうには重すぎて、みんなを巻き込んじゃった。ごめんね」
あずさに肩を抱かれる。みんなも寄ってきて、肩を叩いてくれる。
「なーに言ってんのよ。トモダチでしょ」
「そうそう」
うん。今のわたしは、その言葉がどっこまでもうれしい。うれしくて、涙が出るよ。
ぐうううーーっ! でも、その前に。わたしの腹時計が豪快に鳴りましてん。いいんちょが笑いながら言った。
「けっけっけ。時計を全部止めても、みゆの腹時計だけはどうにもなんなかったみたいね」
は、恥ずぃ……。でも、わたしの腹時計と一緒に、時間は一気に進んで。正午からは普通に動き出したみたい。コロッケパンが売り切れちゃう! わたしは、慌てて売店に走った。
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