第五話 ひっぱられる

 ぐえー。朝から気分はげろっげろだった。何かしようとしても、何か言おうとしても。全部にゃんこ界のお作法なんだもん。口を開けばにゃーにゃーふーふーだしぃ。手がにゃんこ型になっちゃって、コップ一つ持てないしぃ。ごみ箱の横に落ちてたくしゃくしゃ紙くずに、思わずじゃれつきそうになったしぃ。いや、あの、その。もうちょっとでぷっつんしそうだったの。マタタビあったら、素っぱで脱いでたかもしれないにゃ。こわ。


 あのまんまなら、わたしもマスクして学校に行かなきゃなんないとこだった。ニンゲンのふりして、いつもみたいに玄関の戸を思いっきり開けたら……。どん! 何かにぶつかって、ふぎゃーっと音がした。その猫の叫び声を聞いて、わたしはほっとする。戻ったっすねー。へらへら。


「あーあー、本日は晴天なり、本日は晴天なりぃ」


 こんなこと言いながら登校するじょしこーせーなんか、どっこにもいないよねー。自分に情けない突っ込み入れながら、バス停への道をふらふら歩く。


「みゆー、おっはー。なんかどっと疲れてる感じだけどぉ?」


 さすがに、ほんとーのことは言えん。


「はよー、あずさ。昨日兄貴のバカタレが、予告なしで彼女連れてきたもんだからさ。大慌て」

「へー。カワイイの?」

「美女と野獣」

「ぎゃはははは。みゆもお兄さんには容赦なしだねー」

「しゃあないやん。ちっちゃな頃からど突き合いしながら育ってきたからねい。鍛え合う、あにいもと」

「ほっほー。エロアニメのような展開にはならんのかー」

「いきなしそんなとこまで学習せんでもよろし!」


 おやぢさんも、ちったぁ小出しにしろよな。全部解禁にしないでさ。ムスメが二次元へんたいらぶに走ったらどーすんだ。ぶつぶつ。


「ねえねえ、みゆー。その人、性格はどんな感じぃ?」

「うー。うちら家族と最初っからバカ話で盛り上がったから、高びぃじゃなさそ。感じのいい人だったよ」

「へえー」

「ほんま、うちの兄貴にはもったないにゃあ」

「どこで知り合ったんだろね」


 む。確かに。そりは、突っ込みネタだにゃ。おいしそうだから、しばらく熟成させよっと。


「うふふー」

「みゆー、変な顔になってるよー」

「元々じゃ」

「さよか」


 よっしゃ! ちょっと今朝のダメージから復帰したぞー。がんばろっと。


◇ ◇ ◇


 とわいえ。実際に授業が始まると、ヘコむことばっかだったりする。国語とか社会のかんけーはまだなんとか付いてける。でも、理系の教科はどーにもなんない。分かる分かんないの次元じゃないんよね。しょーがくせいが大学の授業聞いたら、こんな感じになるんかなー。まぢ、めげる。


 それに輪ぁかけてしんどいのが、えいご。日本人ならニホンゴだけできりゃいいんじゃあって、毎度毎度絶叫したくなるくらい分かんない。それがまた、ちょー優しいビーバーの授業でそれだから、余計へちょる。これから先ふつーコースに行ったところで、こういう修行を積んでかなきゃなんないのはおんなじだよね。はふー。どないしょ? ま、昼メシ食べてから考えよっと。


 四時限終了のチャイムが鳴り終わらないうちに、教科書とノートを光速でかばんに放り込んで、売店にダッシュした。はよせんと、コロッケパンが売り切れてまう。


「おばちゃん、コロッケパンとコーヒー牛乳!」

「260円!」

「はい!」


 ほんとはもう一個くらい調理パン食べたいところだけど、お母さんから渡されてる昼メシ代は300円こっきりだし、それ全部パンにするとかっくじつに太る。涙、涙のケツダンだよねー。つらいわー……とか言いながら。帰ったらおやつボックスのスイーツをあさるから、あんまダイエットの意味はにゃい。お財布をダイエットさせないための、ささやかな努力っす。たかが40円。でも40円! 一か月せっせと溜めれば、800円の収入になるっ! コロッケパンが売り切れちゃうと、野望がくずれるけど。てへ。


 さて。教室に戻って、パン食べようっと。そう思って、人だかりをかき分けて売店を離れたら。ビーバーがぼんやり外を見てた。そういやこの前の補習の時も、外を見てたね。なんかあるんかな? わたしも、何となくビーバーの視線の先に目を移した。えーと。


 なんもない。グラウンドだよね。まだ昼休み始まったばっかだから、グラウンドには誰もいない。その空っぽのグラウンドをじーっと見てる。この前もそうだった。ビーバーは。すっとグラウンドから目をそらして、小走りで生徒玄関から出て行った。ほにゃ? どこ行くんだろ? と思う間もなく。右手が誰かにぎゅっと握られた。

 ひっ! 慌ててその手を振りほどこうとしたけど、びくとも動かない。自分の手を見ても、そこには何もない。でも、わたしの手はがっちり何かに握られてる。そして、その手はわたしをぐいぐい引っぱり始めた。


「ちょ、ちょっと。ちょっとーっ!」


 す、すっごい力。すっごい早さ。わたしは、ふうふう言いながらそれに付いてくのがやっと。助けてーっ! 誰かなんとかしてーっ! そう叫びたいけど。わたしがそういう風になってるってことは、外から見たら分かんないんだろう。わたしは上履きのまま生徒玄関を走り出た。どこへ連れてかれるんだろう? ひぃひぃひぃひぃ。息が切れる。足がもつれて転びそう。


 ふっ。手に感じてた力が急になくなって。わたしは惰性でたたたっと何歩か歩いて。ぼすっ! 誰かにぶつかった。


「あら? 石田さん、どうしたの?」


 なんだ、ビーバーやん。グラウンドのど真ん中に立ってるビーバーの背中に、わたしの頭が当たってた。


「そ、そ、それはこっちの、ぜいぜい、セリフ、はあはあ、ですぅ、げほっげほっ」


 普段運動してないんだからさ、誰だか知んないけどいきなしこんなハードワークさせないでよねっ! と。見えない相手に文句たれたって始まらにゃい。


「こ、こんな、はあはあ、とこでっ、はあはあ、何してるんですかあ? ふうふう」


 わたしをじっと見ていたビーバーが、わたしに聞いた。


「ねえ、石田さん。わたしの授業、楽しい?」


 ふひー。ちょっと落ち着いてきたよ。ふー。


「授業はどのせんせーのもつまんないけど、馬場せんせーのが一番分かりやすいです」

「あら」


 ビーバーがふわっと笑った。


「うれしいわ」


 その笑顔が。すっごく気になった。いつものビーバーの笑顔じゃなかった。なんつーか、その、無理に笑ってるような。


「せんせー、何かあったんすか?」


 聞いてみる。ビーバーは、またわたしに背中を向けて、グラウンドをじっと見つめた。


「石田さん。わたしね。ここに二十五年間勤めてきたの」

「へー」

「まだ女の子しかいなかった頃。厳しい校則と、進学校っていう高いハードルがあっても。この学校には、どこかたおやかなところがあってね。わたしは、生徒や先生の間を吹く風が、大好きだったの。きりっとしてるけど、柔らかくて優しい。そんな風が……大好きだったの。でもね」


 先生は、グラウンドの向こうを指差した。


「理事長が代わったからか時代が変わったからか、それは分からない。でも、風は変わった。わたしは……わたしは、ここにいずらくてね」


 うん。先生の言おうとしてることはよく分かる。じいちゃん先生みたいに、もう老後のひまつぶしだからって考えちゃうには、ビーバーはまじめすぎる。でも若いばりばりの先生みたいに、わたしみたいな落ちこぼれを捨ててくには、ビーバーは優しすぎる。『いい人』の先生が、先生として『いい人』だとは限んない。


「そろそろ、辞めようかなと思ってる」


 わたしは。わたしは、思わず口走ってた。


「先生っ! 辞めないでくださいよう。わたしを見捨てないでくださいようっ!」


 ビーバーみたいな先生がいてくれるから。わたしはこの学校になんとかぶら下がっていられる。先生も生徒も上しか見なくなったら。わたしは踏んづけられて、落っこちるだけだ。潰されるだけだ。ぺしゃんこに。それは、ムシのいいお願いかもしれない。でも、わたしは必死だった。


「どうして?」


 首を傾げてわたしの顔を見るビーバー。


「だって、先生以外に、わたしをちゃんと見てくれる人が誰もいないんだもん。あほーなわたしに付き合ってくれる人が、誰もいないんだもん。そ、そんなん、やだあぁ」


 わたしは、小学生のガキみたいにだらしなく泣いた。先生がかわいそうだからじゃなく。自分が見捨てられちゃうかもしれない怖さから。そして。そんなわがままで、ちっぽけな自分がいやで。ぐずぐず泣いた。


 わたしを見ないで、じっと下を向いてた先生の顔が突然歪んだ。膝を折って。両手にグラウンドの土をつかんで。大声をあげて泣いた。


「わあああああっ! わあああああっ!」


 ずっと溜めて隠してた感情を爆発させるみたいに……。


 わたしは、オトナは泣かないもんだと思ってた。どんなに辛いことがあっても、ガマンするんだと思ってた。そんなわけない。そんなわけないじゃん! わたしはバカだ。こんなことで、先生を困らせて、泣かせて。どっこまでもバカだ!


 どうせわたしなんか。わたしはいつもそうだ。わたしは、あほーな自分をなんとかしよーと思わなかった。どうせわたしはあほーなんだから、ビーバー乙って思ってた。ふつーコース? 上等! でも、それってさ。ビーバーの優しい心遣いを、わたしが勝手にすねて無視してたってことだよね。自分は踏んづけられたくないのに、わたしはビーバーを踏んづけてたってことだよね。それが……ビーバーを追い込んじゃった。


 ああ。わたしは汚い。どっこまでも汚い。せんせー、ごめんなさい。ごめんなさあい。グラウンドの真ん中で、ビーバーとわたしがわんわん泣いてるのは、とっても変だったと思う。でも、誰もわたしたちには気付かなかったみたいだ……。


◇ ◇ ◇


 ビーバーは、辞めるとも考え直すとも言わないで、黙って職員室に戻った。わたしは、それがとっても悲しかった。泣き腫らした顔を見られたくなくて、教室に戻ったわたしは、あずさに伝言を頼んだ。


「ごめん、あずさ。わたし、ちょっと調子悪いから早退する。大村せんせにそう言っといてくれる?」


 勘のいいあずさは、昼に何かあったと気付いたと思う。でも、それには突っ込まずに。黙ってうなずいた。


「後でね」


 カバンの中の携帯を指差す。あずさには、それで充分伝わるでしょ。


 昼の時間は、バスの本数がうんと少ない。バス停で待つより、駅前まで歩ってった方が早く帰れる。わたしはうつむいて、とぼとぼと歩道を歩った。ビーバーがもし辞めちゃったら、わたし、どうしよう。やっぱ、高校止めないとだめになるんかなあ。けしょーん……。しょげしょげの状態で、駅前のバスターミナルに到着。バスの時間を確認しようと思って、時刻表をぼーっと見た。そしたら。


 ぐん! また、昼のとおんなじ。すごい力で、わたしをどっかに引っ張ってく。ちょ、今度はなんなのっ! 昼は怖かったけど、今度はアタマきたっ! 誰だか知んないけどさっ! わたしを気分で振り回さないでよっ! でも、文句を言ってもしょうがない。相手がいないんだから……。わたしはふて腐れて、手を引かれるままに歩ってった。今度は昼みたいにぐんぐん引っ張ってく感じじゃない。わたしをどこかに連れ出すような感じ。


 駅前から少し東側に行ったところにある、ショッピングエリア。おしゃれなお店がいっぱい並んでるけど、びんぼでどぶすなわたしには、じぇんじぇん縁がない。平日の午後だから、人通りはそんなに多くなくて。制服姿のわたしは目立つ。ずる休みしてるんだし、ここにはいたくないんだけど、引っ張られてるからどうしようもない。今度は歩くくらいのスピードだから、わたしは前を見る余裕があった。


 あれえ? 少し前に、大きなバッグを脇に抱えた兄貴の彼女、中村さんが歩いてる。そして……その後ろを、ちょっと陰気な感じの若い男が微妙な距離を空けてずーっと付けてた。


 ざわっ。気持ち悪い。中村さんは、付けられてること知ってるんだろうか? こういう時、巡回してるお巡りさんがいればなあ。って、先にわたしが補導されちゃうね。うう。とりあえず、中村さんに男が付けてるって知らせるのと、男の尾行を諦めさせるのと、両方しないとなんない。わたしが中村さんとこに行って、後ろの男を睨みつければいいよね。だって、あの男はわたしを知らないだろうから。


 わたしを引っ張ってた手の気配はなくなってた。よし! 少し前を歩いていた中村さんに、明るく声をかける。


「中村さーん!」


 振り向いた中村さんは、一瞬ぎょっとしたような顔をしたけど、笑顔でわたしに返事をした。


「みゆちゃんだっけ。こんな時間にここうろうろしてちゃだめでしょ」


 ぺろっと舌を出して、中村さんの側に走り寄る。そして……。


「中村さん。男に付けられてます。そっち見ないでくださいね。普通に歩いてて」


 中村さんが、さっと青ざめた。中村さんの腕を取って、横に並ぶ。それから振り返って、男をぎっちり睨みつけた。


「付いてくんなよ。この痴漢野郎! けーさつ呼ぶぞ!」


 慌てた様子で、わたしたちの方を何度か振り返りながら男が姿を消した。中村さんは、がっくりきた感じで大きな溜息をついた。


「はあああっ」

「なんすか? あれ?」

「わたしにずーっと付きまとってんの。ストーカー」


 げえっ!


「お兄さんには。進には、それを助けてもらったの。あいつ、わたしのアパートにまで押し掛けてきて。怖くて。わたしが絡まれてるところを、えいやっとね」

「うーん、兄貴にそんな特技があるとわ知らんかったー」

「睨んだだけよ」


 さすが、ちょきんぎょ。


「警察には相談したんですか?」

「もちろん。あの男にも警告が出てるはずなの。今度、つきまといの事実を確認したら、起訴するぞって」

「効いてないんですね」

「だからこそのストーカーなんだよね。困ったなあ」


 こりゃあ、兄貴も気が気でないだろなー。べったりずっとくっついて、側にいるわけにもいかないだろうし。中村さんは、気分転換したかったんだろう。わたしを誘った。


「みゆちゃん、ちょっとお茶してかない?」

「でもぉ、わたし制服なので」

「ああ、喫茶店じゃなくて、地味な催事スペースだから大丈夫でしょ。補導員も来ないところだし、わたしも一緒だから」


 わあい!


「じゃあ、ゴチになります。実は昼ご飯がまだで」


 わたしはコロッケパンとコーヒー牛乳の入ったビニール袋を持ち上げた。それを見た中村さんが、きゃっきゃ言って笑った。ちぇー。


◇ ◇ ◇


 中村さんが連れてってくれたところは、小さな雑居ビルの二階。『アズール』って看板がかかってる。


「こんにちはー。須磨すまさーん」


 ドアを開けてそう呼びかけた中村さんの声に、女の人の声で返事があった。


「はいよー。入ってー」


 中村さんの後にくっついて、店の中に入る。


 わっ! すっごーいっ! 壁が青い。それも、いろんな青。がらーんとした部屋なんだけど、なんか海の底みたい。天井と壁に、小さなライトがいっぱいセットされてる。なんか……かっこいい。部屋には折り畳みの椅子とテーブルだけがいくつかあるだけで、他には何もない。


「あのぉ、中村さん。ここは、何の店なんすか?」


 返事をしたのは中村さんじゃなくて、さっき返事したおばさんだった。絵の具がべったべたついたエプロンをしてる。


「ああ、ここはね。フリースペース。使いたいって人に、自由に使ってもらってるの」

「へえー」


 なんか、イメージが沸かないけどぉ。


「例えばね、イラストの展示をやったり、ミニライブをやったりね。もちろん、宴会や打ち合わせに使ってもらっても構わない」

「わ。おもしろいっすねー」

「でしょ? はっはっはー」


 おばさんが、楽しそうに笑った。


「紅茶お願いしていいですか?」

「あいよ」


 おばさんが奥に引っ込んでる間に、わたしは遅い昼ご飯を食べた。お腹はすごく空いてるのに食欲がない。ふう……。コロッケパンをなんとか飲み込んだわたしに、中村さんが探りを入れてきた。


「で、今日はどうしたの?」


 う。


 単純に。気分が乗らないからサボった。うそっこでもそう言えたら、どんなに楽だったろ。わたしがうつむいて黙ってる間に、おばさんが紅茶を持って来てわたしたちの前に並べた。わたしは、隠そうと思えば隠し通せたのかもしれない。でも、ビーバーみたいに心をぐしゃぐしゃにして泣くのは、したくない。あんなのはつらい。耐えられない。


「わたし……」


 次の一言が出るまで。ずいぶん時間がかかった。


「わたしね。頭悪いんです」

「え?」


 中村さんとおばさんが顔を見合わせる。


「だって、美津沼でしょ? 進学校じゃない?」

「まぐれで受かったんです。周りはみんな頭いい子ばっかで、わたしは全然付いてけなくて。補習してくれる優しい先生に、べったり面倒見てもらって。それに……甘えてて」

「ふうん」

「今日の昼に。その先生に言われたんです。今度学校を辞めるって。先生に辞められたら、わたしもうあそこにいらんない。でもその先生のこと、そんな風にしか見られない自分がいやで。いやで、いやで、いやで」


 もう、そっからはなんも言えなかった。言葉じゃなくて、涙しか出なかった。中村さんは、ずっと黙ってる。わたしたちを見比べてたおばさんが、立ち上がってわたしの肩をぽんと叩いた。


「ねえ、わたしゃあんたのことはなんも知らないけどさ。あんたは、もう自分が何したらいいのか分かってんでしょ?」


 う……。


「そんなら、それをしなさい」


 きっぱり言い切ったおばさんが、部屋の隅に置いてあった黒いケースから何かを取り出した。バイオリン? それをきりっと構えて、ものっすごく厳しい表情で弾きだした。何もない青い部屋が、ずんずん音で埋まっていく。わたしは、クラシックなんか分かんない。でもその音は、ぞくぞくした。鳥肌が立った。音? ううん、それは、おばさんそのもの。そのもの……だ。


 弾き終わったおばさんが、わたしを見た。


「バッハの無伴奏ヴァイオリン。パルティータの3番。前奏曲」


 おばさんがゆっくり弓を下ろす。


「わたしは、プロにはなれんかった。なれんかったけど、プロ並みの練習を欠かしたことはない。それは自分の問題だからね。あんたがすること。それは全部あんたに返ってくる。いいことも。悪いことも。何もかも全て。誰のためでもない。あんた自身のため」


 それから、にっこり笑った。


「がんばんな」


◇ ◇ ◇


 今日わたしは引っ張られた。ビーバーの迷い。中村さんの戸惑い。そして、わたし自身の不安に、向き合わされるように。あずさから、どしたのメールが入ってる。わたしは、ゆっくり返メを打った。


 『アタマが悪いのと、アタマが痛いのと。両方』



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