第三話 わたしのこぴー
けっきょく。あずさは三日間ガッコを休んだ。あずさが外に出るのを怖がったのか、それともおやぢさんが心配して外に出さんかったのか、それは分かんないけど。
今朝、あずさからメールが来て。
『日月1ヨ〜ツワ子木交テ〒<4 (明日から学校行くよん)』
ふう。よかった……。
でもでも。あずさが休んでいる間、わたしはずっしり悩んでた。いや、進路のことは先延ばし。どうにでもなるもん。立ち直りの早いあずさも、なんとかなるよね。それより。
しっぽ。
何よあれーーーっ!!
わたしも公園のベンチのとこでお尻がむずむずしてたから、もしかしたら何かぶら下げてたのかもしれない。でも、わたしやあずさやろくでなし男のしっぽを見て騒いだ人はいなかったから、きっと見えたのは限られたヒトだけなんだろ。
まあ、なんの害もなかったからいいけどさ。害っていうより、あれに助けられたって感じだったしぃ。それに、今はもうそういうのは見えないし、感じない。でもね。気持ち悪いんよ。なんであんなもんがにょっきりお出ましになったのか。あれっきりってことならいいんだけどね。なんだか胸騒ぎがすんの。そうだよん。さっき売店で買って食べたカツサンドが、賞味期限切れだったからじゃないわん。えぷ。
◇ ◇ ◇
考えたって、何かが分かるわけじゃないよね。お腹空くだけだから止めよっと。やっとわたしの好奇心が白旗を上げてくれて。わたしのいつもの、のたくた生活が再開するはずだった、その日の夜。今朝あずさから来たメールをもっかい見ようと思って、目が点になった。
「なによこれーーっ!!」
わたしは、あずさ以外にメールをやり取りすることは、ほっとんどないの。お母さんも兄貴もめんどくさがりで、直電してくるし。中学のトモダチにはアドレス教えてないし。たまあに、いいんちょから急ぎの事務連が回されてくるくらいで。受信ボックスの中はあずさからのメールで埋まってる……はずだ。それがなによ。知らんやつから、とんでもない数のメールが入ってる! 慌てて送信ボックスを確認した。
ごわあああっ! な、なんでわたしがこんなメールを出してることになってんのーっ!?
わたしは、まず青くなった。け、携帯のパケ代がとんでもない……お母さんにコロされる。あ、そういや兄貴に彼女が出来てから、わたしのも含めてパケ放題にしたんだっけ。
ほっ。ほっとしたら、頭に血が上った。こういうとんでもねえことすんのは、兄貴だなあっ! いつものわたしなら、兄貴の部屋に突入してがちバトルしただろう。殴り合って、青たん作って、鼻血ぃ流したかもしんない。でも、わたしはこの前兄貴に助けてもらってる。いくら顔がちょきんぎょで態度ががまがえるでも、ここまでえげつないことはしないでしょ。
うーん。青くなって、赤くなって、元に戻った。確かめないとね。何を? まずやりとりした時間だ。リストをずーっとさかのぼって見ると。昨日の夜、あずさからメールが来たあとからやり取りが始まってる。これって、もうわたしが寝た後だじゃん。
「う……ぐう」」
わたしは部屋にカギをかけて寝る。兄貴がカギをこじ開けて部屋に入って、携帯を持っていって夜中にメールを打ち続けるって、ありえなーい。兄貴の線は消えた。
お母さん? いやあ、仕事でぐだぐだに疲れてるお母さんは、夜はでっかいいびきをかいて爆睡する。睡眠時間削ってわたしの携帯にちょっかい出すようなら、もうニンゲン止めます宣言でしょ。その線もないにゃあ。
外から誰か侵入して? 二階の、ベランダのないわたしの部屋の窓から、何の気配もさせないで出入りするくらいプロなお方なら、わたしのごってごての携帯には見向きもしないでしょ。
むうう。もっとしっかり調べよう。リストに残っているメールの発信時間を、ずずずーっと見てくと。それはわたしがガッコに行ってる間も続いてた。
ぐわあ! あ、ありえなーい! わたしが無意識に携帯いじってる? そ、そんなことないよー。うちの高校、原則携帯持ち込み禁止だもん。誰も守ってないけどさ。でも持ち込んでることがバレないように、みんな神経使ってる。授業中はマナーにすらしないで、みんな電源切ってる。わたしもそうしてる。万一鳴ったりぶるったりして見つかったら没収されちゃうから。わたしが校内でカバンから携帯を出すことは、ずえったいにない。だ、誰もいじってないはずの携帯が、勝手にメールやり取りしてるって?
やだやだあああーっ!! こ、こ、怖いよーっ!!
考えてみたら、おかしなことだらけ。こんだけメールが出入りしてるのに、着メロが一回も鳴ってない。電源切ってるのに送受信してる。そして……。わたしはメールの中身をちら見して、ほんとに怖くて泣きそうになった。わたしの出したことになってるメールの書き方やエモの使い方……まるっきりわたしだ。寝ている間なら、寝ぼけてってあるかも。でも、授業中ならずえったいにありえない。
う。手が震える。見たくない。消しちゃおうかな。なかったことにしちゃおうかな。でもめっちゃめちゃ怖いのに、わたしはどうしてか中身をしっかり読もうと思った。わたしの真似をしてる誰か。わたしのこぴー。それが、誰に何を言ってるのかを確かめたくなったんだ。
◇ ◇ ◇
???『はろー』
わたし『あんた誰?』
メールのやり取りは、こんなひとことから始まってた。わたしからじゃなかったんだな。なんでか知らないけど、わたしはちょっとほっとする。
???『マサトどぇーす』
わたし『キモ』
マサト『orz』
わたし『なんの用?』
マサト『用がないとメールしちゃだめ?』
わたし『うざ』
うーん。こりゃあ、実際に間違いメールとか入ったら、わたしがひゃっぱしそうな反応だわ。
マサト『暇なの』
わたし『あ、そ』
マサト『何か芸してよ』
わたし『もう寝る』
ぐはは。こらあ、そのまんまだ。コピーどころか、わたしのまんまだ。
マサト『わああっ! 待って!』
わたし『うざ』
マサト『ふざけてごめん。僕は
タメの男か。まあ、文だけじゃなんにも分かんないけどね。オトコかオンナかも、トシも、名前も、性格だって。文の上ではどうにでも作れちゃう。そんなもん、なーんも信用できない。欲しかった携帯を買ってもらっても、あずさとしかやり取りしてないのはそのためだもん。実際に顔を合わせておしゃべりして、そいつがどういうやつか分かってからじゃないとメールでやり取りしたくない。
出会い系とか、よーやるわと思う。いくらメールだけのやり取りったって、そこに自分をさらすんだよ? 自分なんか、どんなに化けようと思ったって続かない。すぐに化けの皮がはがれちゃう。自分作るのめんどいもん。このこぴー。出だしはわたしとおんなじだ。ぎんぎらぎんの警戒心で相手を見てる。
わたしは、メールのやり取りを追っかける。
マサト『あのー』
わたし『だからなに?』
わたしって、意外にツメタい。
マサト『えーと、君の名前』
わたし『知らん』
マサト『え?』
わたし『知らんて言ってんの』
マサト『どゆこと?』
わたし『そのまんまよ』
ちょっと。これは、わたしじゃないよ。わたしなら、探り入ったところでぶった切る。アク拒否設定しちゃう。書き方わたしでも、書いてるのはわたしじゃない。こぴーがこぴーでなくなってる。
……。続きを読もう。深呼吸して。すーはー。
マサト『記憶喪失?』
わたし『のーこめんと』
マサト『君のことどう呼んだらいいの?』
わたし『好きに呼べば?』
マサト『投げやりなんだね』
わたし『やり投げたことないよ』
うぐぅ、おやぢぎゃぐ。自分で言ってる時は気にしてないけど、こやって見ると
とほほだにゃあ。めげ。
マサト『女の子?』
わたし『のーこめんと』
マサト『じゃあ、僕の方で決めていい?』
わたし『かってにすれば』
マサト『みゆちゃん』
げ! 心臓止まるかと思うくらいびっくりしたけど。考えてみれば、メアドにmiyumiyu-zqnがついてるもん。なーんのふしぎもない。
わたし『いいけど、ちゃん取って キモい』
マサト『わかった』
ここで。こぴーは、一方的にアクセスをきょひったらしい。しばらーく間が空く。向こうも、夜中だから寝たと思ったんかも。
ふーっ。肩に力が入ってかちかちになってる。こきこき。
ここまでんとこ。整理しとこう。えーと、相手は一応『オトコ』みたいだ。自分を僕、わたしを君と言ってる。ヲレヲレ系、脳まで筋肉系ではなさそう。でも、少なくとも女の子のトモダチはいなさそうだなー。ヲタ系か? なよっとしたキモいくんかも知れにゃい。だったら、わたしの趣味じゃない。こぴーのわたしは、ヒマだったらかまっちゃるくらいの感じなんだろなー。相手になーんも興味を示してない。ここいらへんはわたしとおんなじだ。
そっから時間が飛んで。今度は朝。学校で携帯の電源切り忘れるのがイヤだから、わたしはバスに乗る前には必ず電源切れてるか確認する。ジャストそこから、やり取りが再開してる。めっちゃ気持ちわりぃ。
マサト『はよー』
わたし『うす』
マサト『なにしてんの?』
わたし『バスの中』
マサト『学校行き?』
わたし『そ』
うわ。こぴーったら自己申告してるよ。どっこまでもそっけないけど。そこで一度切れて。今度は一時間目の授業中だ。
マサト『なにしてんの?』
わたし『じゅぎょうちゅう』
マサト『メールしてていいの?』
わたし『たるい』
マサト『なんの授業?』
わたし『すうがく』
じいちゃん先生のクソたるい授業だもん。そのまんまだよね。でも、わたしはちゃんと起きてたしぃ。ぐちゃぐちゃだけど、ノートも取ってる。こんな、メールなんかしてない。
それぞれの授業ごとに、知らない男の子とこぴーが短いメールを交してく。でも、それは単に『あったこと』を並べただけ。気持ちは何も入ってない。それが……すっごく気持ちわるい。
いや。気持ちは入ってるね。ちょびっとだけど。わたしが授業をいやがってること。つまんないと思ってること。そこにいたくないと思ってること。それが、すこーしずつ。混じってる。
たるい。うざい。ねむい。自分が言っても書いても、何の違和感も感じないコトバ。いっつも口にしてるし、あずさへのメールにも書いてる。でも。それをコピーが口にしたとたんに、わたしはどこまでもサムくなる。こんなコトバをいつも吐き散らかしてたのかと思ってサムくなる。他に言い方ないの? イライラする。
男の子は、自分自身のことを何も言わない。わたしのガッコの中での姿を組み立てる部品を探すみたいに、ひたすら質問を繰り返す。わたしは……この男の子の中で、どういう女の子として組み立てられたんだろう?
わたしはサムくなる。どんどんサムくなる。気味悪いメールのやり取りに対してじゃなくって。どう考えたって、がらくたの集まりにしかならない自分の姿。こぴーのメールが、本当に自分をそっくりに写してる。そのことが、どっこまでもサムくて。ふう……。
◇ ◇ ◇
はっと気付いたら、もう日付が変わってた。男の子からの最後のメールに、こぴーは返事をしてなかった。授業が終わって、補習を受けて、わたしが帰ろうとした時間。
マサト『またメールしてもいいかな?』
それっきり。こぴーは沈黙しちゃったみたい。
わたしは携帯をぱたんと閉じて、ベッドにぼんとひっくり返った。この男の子は。返事がないと、もう諦めるんだろうか。わたしなんか、最初からいなかったもんだと思って。それとも。返事は来ないかもと思いながら、メールを出し続けるんだろうか。まるで、無人島からえすおーえす出すみたいに。
わたしには分からない。わたしはこぴーじゃないんだもん。こぴーじゃないのに、この男の子には触れない。だって男の子にとっては、わたしじゃなくて、こぴーがその子なんだ。わたしは違う。わたしはいない。わたしは、その子のどこにも存在しない。あはは。あはははは。笑っちゃう。笑っちゃって、涙が出てくる。
わたしは、おばあちゃんが死んじゃった時以来ひっさしぶりに、ベッドの上で大泣きした。何がそんなに悲しかったのか分かんない。
でも……わたしは、寂しかったんだと思う。
◇ ◇ ◇
兄貴もお母さんも、もう寝てる。真っ暗な一階に下りて、灯りを点ける。顔洗ってこよう。
洗面台の前で自分の顔を見る。目を真っ赤にした自分の顔。ぶっさいくな顔。でもね、これがわたしなの。こぴーでなくてね。
ざぶざぶざぶっ! ぷふぁあっ! ふう……。なんか、泣いてすっきりした。冷蔵庫のポカリをコップに入れて一気飲みして。それから自分の部屋に戻った。
もっかい携帯を開く。この男の子から、こんな変な形でまたメールが来るかどうか分かんない。分かんないけど、ちゃんとした方がいいと思う。こぴーがいい加減なやり取りしちゃった後始末を、なんでわたしがしなきゃなんないのよう! なんか、めっさ腹立つけどさ。
『こんなメールしてちゃだめだよ。次にわたしからメールが行ったら、それは誰かのいたずらだと思って。 ばい!』
送信。ちろりん。あーあ、行っちゃったー。
わたしは、送信完了の画面を見て。しばらーく悩んだ。男の子からのメールを拒否るか。それとも、そのままにしておくか。むーん。
たぶん。わたしにかんけーなくいろいろやらかしてるこぴーの手口を見てると。わたしが何をどう設定しても、男の子からのメールを受ける時は受けるんだろうと思う。困ったもんだなー。
わたしは、そのまま何もしないで携帯をぱたんと閉じた。これから面倒なことが起きなきゃいいけどなーと。
……祈りながら。
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