第二話 いぬとへび
「うー、ひまだー」
ダイニングテーブルの上に、のへーっと潰れる。
「一応、きゃぴきゃぴのじょしこーせーなんでしょ? せっかくの日曜日に、そんな無気力なことでどうすんのよ」
「気力はあるけど、おぜぜが付いてこないもん」
「ママ職安あるよ?」
「時給安過ぎ」
「あんたの働き度に連動なんだから、しょうがないでしょ?」
「ちぇー」
でも、家でのたくっててもしょうがにゃい。
「出かけっかなー」
「どこに?」
「公園と本屋」
「ひなたぼっことマンガの立ち読みかい」
ずっきーん! そん通し!
「いい年した女の子の行くところじゃないわねー」
「放っといてんかー」
「たまには進みたいに、おデートよーんとか言ってみない?」
「たるぅ」
「カレシ作るのが?」
うぐぅ。身内はとことんえんりょなしだもんなー。
「まあ、いいけど。ジャージ着てくのは止めてねい。恥ずかしいから」
「パジャマよりはましでしょが?」
「あんたのパジャマはジャージでしょ」
「びみょーに違うんだけどなー」
とかなんとか言ってるけど、実際は制服を着てかないとならんのよねー。そこいらへんが、うちのガッコはめんどくさい。私服でうろついたのがせんせにバレると、すぐにイエローが出てまう。制服だと、まずゲーセンとかおけびー(カラオケボックス)とかには入れない。コースは限られちゃう。
あ、そういやあずさの今度の標的は、ファンシーショップの新しい店員だとゆーとったにゃあ。そいつの面拝んでこよう。もしかしたら、あずさの醜態を見られるかもしれんし。ぐひひ。いじりネタは多いほどいいからのう。外メシするとお財布がげりすっから、昼は食べてから出ることにしよ。
「お母はん、お昼ご飯わあ?」
「残りものー」
残ってるものなんかあったっけ? 不安だー。んで冷蔵庫を開けると……キムコだけだった。
◇ ◇ ◇
ちっくしょー! 最初から買い物に行かせるつもりだったんじゃん。制服で買い物すんのはしんどいのに、うちのかかさまはそれをなーんぼ言っても理解しよらん。
とんでもない量の買い物袋をぶら下げて、ひーこら言いながら家に戻る。下手な部活よりも、スポ根かもしんない。好きなお弁当を買えるってことでなかったら、石にかじりついてでも動かんぞ、わたしゃ。
「ひぃはぁふぅへぇほぉ」
「お疲れさん」
あんまり感謝してるって風じゃないけど、わたしの渡した買い物袋を受け取って、お母さんが冷蔵庫の前に陣取った。ぴちゃ。ぴちゃ。ぴちゃ。ああ、また始まったょ。
「お母さん、たらみのフルーツゼリー食べるんなら、ちゃんとテーブルの上で食べて。冷蔵庫の前がべたべたになんの」
「うっさい子ねえ」
猫かよ! スプーンくらい使えよー。げっそり。わたしはお弁当を電子レンジに突っ込んで、あっためボタンを押した。ぴっ! うぶぶいーん。
「あー、お腹空いたー」
ぱんっ! あ、しもたー!
「みゆーっ! また醤油爆発させたわねーっ!」
とほほー。この親にして、わたしありかー。
◇ ◇ ◇
公園のベンチで、日差しを見上げる。ふいー。少しあったかくなってきたにゃあ。まあ、なんだかんだ言っても、春が近くまで来てんのはうれすぃ。なんかわくわくするじゃん。根拠はなーんもないけどさ。
ラジカセからラジオ体操流して踊ってるじいちゃんを見ながら、こっそりシンクロして体を伸ばす。うぎぃ! いてて、運動不足だなー。この分だとまた太る。体動かすのめんどいけど、なんか考えないとなー。
さてと。店に偵察に行こうっと。あずさ来てっかなー。ベンチからすぱっと立ち上がったわたしは。お尻になんか違和感を感じて、手を後ろにやった。ベンチに何か落ちてて、お尻でつぶしちゃったかも? でも、ベンチにはそんな跡はなーんもない。スカートにも何も付いてない。んー? 気のせいか。
◇ ◇ ◇
いっつも、学校帰りに寄るファンシーショップ。ここには文房具も置いてあるから、誰かに突っ込まれても言い逃れできる。シャーペンの芯やらノートのリフィルやらを買いに来たのんと言えばいいも。だから、うちのおとめ系生徒のごよーたしになってんの。
でもねー。ここへ来ると、よくぼーが爆発しちゃう。わたしの中のデコ魂に火が点いて、あっという間に財布がスリムビューティになる。臨時収入が年に一度のお年玉しかないわたしにとっては、ここが我慢のしどころなのだん。涙を飲んで、店の前を素通りする毎日なのだん。あずさに突っ込むんでなければ、遠回りしたいくらい。
ううう。どっかに、ぜにこが落っこってないかにゃあ。獲物を探すホームレスのおっちゃんみたいに、道路を見回すと。
ぴかりこん!
「おおっ!」
うっきー、ラッキー! 百円玉見っけ! ほくほく。ねえねえ、百円でこんなに喜べるじょしこーせーってさ、今時貴重でしょ? わたしはすかさずそれをぐしっと踏んづけて、自分のもん宣言をしてから、ゆっくりそれを拾い上げた。そして……とことんぜつぼーを味わった。
「スロットのコインだよ。とほほー」
まあ、世の中そんなもんですね。はい、そうですね。捨てるのもあれだし。それをスカートのぽっけに放り込んで、わたしは店に入った。
どれどれ。あずさがどつぼにはまるほどのイケメンてーのは、どいつだ? ぐるっと店内を見回したら、ファンシーでないおばちゃん店長の横に、あずさがとことん
好きそうな感じの爽やか風兄ちゃんが立ってた。は。こらあ、確かにいちころだろなあ。しかもライバルも多そうだねん。遊び人ぽい、ちゃらけた感じがしないからねぃ。
もしあずさがそこにいなければ、わたしゃさっさと帰っただろなー。確かにイケメンだったけどさ。まるっきり、わたしのタイプじゃあなかったから。でも、物陰から兄ちゃんを熱く見つめるあずさを発見して、そのかなぴー結末は見て帰ろうと思ったわけだよ。
んで。わたしはまず。目を擦った。ごしごし。あー、なんかでっかいゴミが入ったのかもしれない。目薬あったっけ? 涙ロート。ぽち。うぐー、きっくーっ! ふう。だみだ。わたしゃだーいぶキてる。ビーバーの呪いか?
レジを離れて品出しにきた兄ちゃんの横に、こそっとあずさが並ぶ。それはまあ、いつものパターンだす。どってことない。
違うのは。なんだよ! あのしっぽ! あずさのお尻のところから、でっかい犬の尻尾がにょっきり生えてる! それを、銀河系の外まですっ飛ばすぞってくらいに、振り回してるっ! それだけでも、とてつもなくづがあんだったんだけど。兄ちゃんの尻からも何かぶら下がっていた。それも確かにしっぽ。ただ、それは犬のじゃない。
へび……だ。
ざわーっ。わたしは、全身の血の気が引いた。女の直感が全力で叫ぶ。やゔぁい! やゔぁい! やゔぁあああいっ!
今までわたしが安心してたのは、あずさのアプローチがあまりにど真ん中の直球すぎて、まるきりアホだったからだ。いきなり目の前に現れた知らんじょしこーせーに、全力で結婚してくれーって叫ばれて、うんと言うやつなんか全宇宙中探したっているもんかい! 結婚だと? ぼけっ! その前にいろいろあるじゃんか、ふつー。でも、そういうのを全部吹っ飛ばすのがあずさじゃ。あすこも、ちょい特殊だかんなー。
おやぢさんがでっかい会社のしゃっちょだから、お金には不自由しないけど、忙しいおやぢさんはあまり家にいない。お母さんは死んじゃってて、実質お手伝いさんとの二人暮らしだ。でも、おやぢさんは一人娘をべたかわいがりしてるんだよね。お手伝いさんを操縦して、徹底的にあずさを純粋ばいよーしてる。今時、娘の読むものを全部コントロールする親なんかいないよー? マンガだって、あんなことからそんなことまで、AからZまで描くご時世に。
日経新聞と会社四季報だけ。わたしなら一日で発狂するぞ。
だから、あずさはオトコノコのあれやこれやをなーんも知らん。生態とか、駆け引きとか、お作法とかさ。なーんも知らん。わたしみたいに枯れきってて、んなもんどーでもいいって言うならともかくだよ。やる気満々アドレナリン全開でぶち当たれば、ふつーの男の子は引く。
でも、わたしのいやあな予感は当たりそうだ。爽やか青年は戸惑ったような表情を浮かべながらも、あずさの直球をどすこいと受け止めたらすぃ。あずさの全ての理性は、その途端にぷっつんだろう。あーあ、しっぽ切れるぞ、をい!
で、男のへびしっぽも、きぼち悪くのたくってる。あれは喜びじゃないね。たくらみ、下心だ。わたしには分かる。
「ううー」
わたしは一旦店を出た。腕組みして考える。冷静になろう。しっぽのことはひとまず置いといて、このあとの男の出方を見張らなきゃ。あいつが本当に見かけ通りのまじめな男なら、時間をかけてお付き合いをってことになるわな。ま、せいぜい携帯の番号とメルアドを交換して終わりだ。でもわたしは、男がすぐに行動に出るような予感がびんびんしたんだ。
◇ ◇ ◇
「うー、ざぶぅ」
わたしのくだらん妄想で、あずさに迷惑かけちゃったらやだなーと思う。でも、しっぽが見える時点でわたしには非常事態だ。こうなりゃ、とことん付き合ってやる。
五時近くなって。バイトくん、勤務時間終了になったらしい。そのままあずさとばいちゃしてくれれば、わたしの任務は終了じゃ。だけど。そいつのへびのしっぽは、さっきより激しくのたくっていた。外で待っていたあずさの側にぴったり寄り添って、何か声を掛けてる。上の空のあずさがそれにうなずく。やべぇ。あの男、ことを急いでる。
うちらの高校は、ウイークデイの行動監視がきびすぃ。下校後にデートなんちゃ、もっての他だ。口ほどにもないあずさは、校則破って隠密行動を起こすなんてのは絶対にできないだろう。付き合うのにほんとーに時間がかかる。
あずさがフリーになるのは休日しかないし、そこでアプローチしても、お手伝いさんセンサーを通してあずさのおかしな様子をおやぢさんが察知したらすぐに締め付けるだろう。チャンスはそんなにないんだ。そういう事情を、あの男がもう知ってるってことだよね。それが……どうにもこうにもおかすぃ。
そして、わたしはもう一つおかしなことに気付いた。
もう一人いる。少し離れたところで、二人の様子を見ているひょろっとした若い男が手にした携帯で、誰かに電話をしてる。そいつの尻にも、へびのしっぽが垂れ下がってて。ぐねぐねとそいつを動かしてる。気持ちわりぃ。わたしの心配は、どんどん形になる。もう予感じゃなくなりそうだ。
ふう。わたしは暗くなり始めた空を見上げた。こういう時にトモダチが少ないってのは辛いんだね。わたしのかすかすの脳みそだと、そんなにアイデアが浮かばない。浮かばないけど、行くしかないね。だって、あずさはトモダチだ。わたしがどうしてもなくしたくない大事なトモダチだから。
わたしは、もう一人の男に気付かれないように。ゆっくりあずさの後をつけた。
◇ ◇ ◇
あずさたちがどこへ行くか。それがモンダイだ。きっちゃてんくらいなら、どってこたーない。見つかったところで厳重注意で済むもん。でもあの感じだと、そんなもんじゃ済みそうにない。もう肩を抱いてるし。きっとラブホに連れ込むつもりだろう。
だけどさあ、そりゃあおかしな話じゃん。じょしこーせーたらし込むなら、あずさじゃなくても、好きなタイプをよりどりみどりでしょ? あの面なんだから。ファンシーショップには、毎日山のように女の子来るんだしさぁ。知り合ったばっかの二次元つるんぺたんのあずさを、あえてたらし込もうとしてる理由が分からん。それも、変な男の紐付きで。
考え込んでたわたしの前で、ちかっと光が瞬いて。ちっ! 男の舌打ちする声が聞こえた。携帯のカメラで、あずさたちを撮ろうとしたんだろう。
はっはあ。そっか! わたしは、それでそいつらの狙いが分かった。標的はあずさじゃない。あずさはエサだ。単なるエサだ。あの男たちは、あずさをホテルに連れ込んで、それからのことを写真かビデオに撮るんだろう。それをネタに、おやぢさんを脅すつもりだ。きったねえっ! わたしは、怒りで体が震えた。
わたしらは、モノじゃない! あんたらがてきとーに遊んでぽいする、モノじゃないっ! あほーだろうが、世間知らずだろうが、わたしらは必死に生きてんの。それを土足で踏んづけようとするやつらは、絶対に許せない! でも、怒ることはできるけど、どうすればいいかは浮かんで来ない。
どうする? いいんちょとビーバーに相談する? ううん、間に合わない。それに下手すると、あずさのことがヘンな形で外に漏れる。頼りたくないけど、家族に頼るしかない。携帯を握りしめて、登録キーを押す。兄貴っ、頼むっ! 出てくれーっ!
「あ、兄貴?」
「おまい、デート中に電話してくんなよなー」
すっごい不機嫌な声。でも、出てくれてめっちゃほっとする。
「今どこ?」
「ん? 瀬崎だけど? 映画見終わったとこー」
ラッキー! 近くだ!
「兄貴、友達がちょーヤバい! 変な男たちにホテルに連れ込まれそうになってんの!」
「なにーっ!?」
兄貴の声が裏返った。兄貴は、じぇんじぇん熱血漢とかでわない。でも彼女が出来てから、本当にびしっと男らしくなった。悔しいけど、かっこよくなった。兄貴は、自分の彼女と重ね合わせたんだと思う。
「みゆ、おまい今どこだ?」
「塩野の三丁目」
「近くだな。らぶほの多いとこだ。絶対見失うなよ。俺が着くまで何とか引っ張れ!ホテルの中に入られたらアウトだ」
「うん!」
「みゆ、おまいの携帯のGPS機能、オンにしとけ。それから、なんかされそうになったら、大声上げてトモダチと逃げろ!」
「分かった!」
心強い。兄貴が来てくれる。よおしっ! わたしは携帯をセットして、それを開いたままであずさたちをつけた。
雑居ビルの間を通って、ぎんぎらぎんの趣味わりぃラブホの前で、あずさたちが足を止めた。さすがのあずさも、それを見て尻込みしたらしい。しっぽのぱたぱたが止まった。すぐに不機嫌になるイケメンくん。でもそれは、あずさに覚悟させるためのポーズだろう。ホテルに入ったところで、あずさがびびって逃げたらどうにもなんないから。チャンスは今しかない。もう一方の男の様子を確認して、わたしはあずさたちに近付いて声をかけた。
「ちーす、あずさぁ。こんなとこで何やってんのー?」
あずさが、真っ青になってうろたえた。
「みみみみゆっ! どーどどどーしてー、ごごにぃ!」
「決まってんじゃん。あんたおちょくるためよん。でもさー、あずさー。こりゃあ、なんぼなんでもちぃとまずくないっすかぁ?」
男はわたしの出現に驚いてるだけで、まだアクションを起こさない。先手必勝だ。
「ちょっとぉ、お兄さん。うちの高校ね。こういうのにめっちゃうるさいの。ここいらへんうろついてるだけでも、もうイエローカードなのよん。ましてやこんな趣味わりぃところで、何やらかそうとしてんのか知んないけどさー。やめてよねー」
男がにやっと笑った。
「この子がいいって言ってついてきたんだよ。あんたの知ったこっちゃないだろ? ブス」
は。本性剥き出したなー。
「じゃあ、聞くけどさ。あんた、この市の条例知ってる?」
「じょーれー?」
「未成年にヘンなことすっとね、ぶち込まれるんだよー。ハンザイだよん。合意もへったくれもないんだ」
男が黙った。わたしは祈る。もう一人の男。そいつが動かないでくれって。でも、その祈りは届かなかった。電柱の影から、携帯を畳んで男が近付いてきた。
「テラ。めんどくせー。強引に連れ込んじまおう」
「こいつは?」
「俺が排除する」
はいじょ、すか。わたしはゴミじゃないんだけどなー。足が震えるけど、わたしははったりをかました。黙って、携帯の画面を見せる。
「ああ、進? 今、ゲンバ。踏み込んでいいよ」
頼む! 兄貴! このタイミングで来てくれっ!
「おう」
わたしの背後から、兄貴がぬっと顔を出した。ナイスっ! 兄貴ーーっ!
男たちが明らかに慌てた。後から来たひょろっこい方が、一目散に逃げた。怒り狂ってる兄貴の顔が、めっちゃ怖かったんだろう。JAのちょきんぎょのあお色版みたいな顔っすから。
「ちぇ、白けるよなぁ」
わざと平気を装ったような顔で、男が立ち去ろうとする。一発ど突いたろうとした兄貴を体で押さえ込んで、わたしはその男に宣告した。
「あんたの後ろで誰が糸引いてるか知んないけどさ。うちは警察関係なの。あんただけでなくて、全部まとめてしょっぴくからね。覚えとけっ!」
警察という単語に、男がめっさ動揺した。歯をかちかち言わせながらよろよろと退場。ほーっ。溜息が出る。ちびるかと思ったよ。わたしは、ぼーっと立ってたあずさの髪を掴んで怒鳴る。
「ごるあっ! ええかげんにせえやーっ!」
「ひぃ」
「ひぃじゃねえよ!」
涙が出る。もう。がまんできない。地面にへたる。
「あずさぁ。なんもなくてよかったー。わあん!」
緊張の糸が切れちゃった。あずさもしゃがみ込んでぐすぐす言い始めた。わたしらを見下ろしてた兄貴が、でっかい溜息をついてわたしらを立たせた。
「勘弁して。こんなところで制服の女の子二人も泣かせてたら、俺がしょっぴかれるわ。場所変えろよ」
う。確かに。
◇ ◇ ◇
兄貴は冷静だった。店でバイトしてたやつの正体は、履歴書に残ってるはずだ。もし、その住所や名前がうそっぱちでも、携帯には跡が残ってる。そこから、引っ張り出せる。警察ざたにできるかどうかしんないけど、もう手は出してこないだろう。だから、これ以上は余計なまねすんなよ。そう言われた。てか……そんなん怖くてできないよー。
わたしは家まであずさを送ってった。あずさはショックだと思う。だからおやぢさんが付いてた方がいいと思って、兄貴に頼んでおやぢさんを呼び出した。すわ、娘の一大事! おやぢさんは、すっ飛んで帰ってきた。今回のは、あずさが直接の標的じゃない。だから、あずさのおやぢさんには事情を知らせた。
あほーのわたしと付き合うのをいい顔してなかったおやぢさんも、今回のことで考えを変えてくれたらしい。娘のピンチを体を張って救ってくれたってゆーことで、とんでもなく感謝された。だから、わたしは突っ込んだ。
「ねえ、おじさん。あずさにもっと世間を知らせないとだめだよ。汚いことも知らないと、そこを避けられないよ」
おじさんは黙っていたけど。きっと、わたしの言ったことの中身を考えてくれるでしょ。いや、そうだったらいいなーと思う。あずさの家を出る直前に。あずさに後ろからぎゅっと抱きつかれた。
「みゆー。ありがとー」
うん。わたしは、それだけでいい。あずさがそう言って、わたしと絡んでくれるだけでいい。
「また明日ねー」
わたしは、振り返ってあずさを見た。あのしっぽは……もう消えていた。
◇ ◇ ◇
あずさんちからの帰り道。コンビニに寄って、新製品のプリンを三つ買う。お財布には辛いけど、今日はそんなこと言ってられない。コンビニスイーツにはまってる甘党の兄貴。昨日、兄貴のプリン食っちゃったからさ。埋め合わせしないと。一つは、昨日の分。あと二つは、今日のお礼。わたしのと、あずさのと。
あー、デート台無しにしちゃった兄貴の彼女さんにも謝らないとなー。
でも、兄貴にはどこまで感謝してもし足りない。いつも、ぶっ殺してやるって思うことの方が多いけど。いざっていう時にはやっぱ頼りになるし、わたしも頼っちゃう。いいなあ、兄貴の彼女。わたしもあんなカレシならほすぃ。まあ、顔はちょきんぎょだけどさ。
でも、やっぱ顔じゃないんだよ。ねえ、あずさ。
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