三章 アイドルエレジー
新たな敵ですか
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ある日、××は蝶に出逢いました。
蝶はとても優雅に舞っていました。
××は自分もそうなりたいと願いました。
するとなんという事でしょう、××の背中には大きく美しい羽が生えました。
またある日、××は魚に出逢いました。
魚はとても華麗に泳いでいました。
××は自分もそうなりたいと願いました。
するとなんという事でしょう、××の足には大きく美しい尾びれが生えました。
またある日、××は犬に出逢いました。
犬はとても精悍に吠えていました。
××は自分もそうなりたいと願いました。
するとなんという事でしょう、××の耳は大きく美しい獣耳になりました。
またある日――。
またある日――。
またある日――。
またある日――。またある日――。またある日――またある日――またある日またある日またある日またある日またある日またある日またある日またある日またある日またある日またある日またある日またある日またまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままま――――――――――。
するとなんという事でしょう、××は人間に――。
1
それからしばらくして、僕は小隊室棟を出た。トロリーバスで校門まで行き、それをくぐって寮に向かって歩く。
道には、ちょうど今が完全下校時間に近いのもあってか、人が溢れ返っていた。ほとんどの面積を学校が占めているこの《地底》世界では、道行く人も大体皆が学生なのだが。
ここは面積比でいえば学校:街(居住区)=8:2くらいだ。とはいえ逆に言えば、全体の五分の一を街に費やしている。直径二キロ半とちょっとのこの《地底》世界では中々の面積だ。街には寮が立ち並び、あるいは大型の量販店があったりもする。ちなみにあまりに広い学び舎の敷地は、実はかなりの部分が一般生徒には立ち入れない秘密区域にもなっている。上層部直轄の研究施設や軍の研究施設が、お互いに縄張りを持ちつつ建っているせいだ。
と、普段なら帰るときにはマイが追い掛けてくるものなのだが、今日は、
「あ、先輩。待ってください、あたしも帰りますから」
と中川がついてきた。だから先のは正確には、僕と中川は小隊室棟を出た、と言った方が正しい。
ちなみにマイは多分僕と一緒に帰るつもりだったが、実際帰る準備もしていたようだが、中川が先に立ち上がったから一緒に帰れなくなった、という感じだった。なんだかんだ言って、マイと中川はやはり仲が良くない。
「今日はなんかお前、いつもとは違うな」
「そうですか? 元々あたしは、自分の事を比較的陽気な性格と思っているんですが……」
「そういや、お前とまともに小隊活動をしたの、合わせて一月も無いもんな」
「返答に困りますね。また首を絞めたことに話を戻したいんですか?」
「いや、そういう訳じゃあないんだが……」
中川は近くに落ちていた石ころを蹴っ飛ばすと、溜め息を一つついた。そして、
「そういえば新聞部とかはどこ行きました? さっきまでうるさかったのに……。この学校、わりと暇だから、ちょっとしたニュースがあればすぐ追いかけ回すイメージが有るんですが」
「ああ、アニーが新聞部と放送部のパソコンをハッキングしてデータを片っ端からぶち壊しているから、多分こちらに手を回すだけの暇が無いんだろ。明日の朝刊の見出しは『言論自由の弾圧か/卑劣なテロには屈しない』で決まりだな」
「えげつないですね……さすがアニー先輩。それを容認するアキラ先輩もアキラ先輩だとは思いますが」
「とかいってお前も容認するだろ?」
「ええ、まあ。何が哀しくて自分の小隊の恥部を晒さなきゃいけないんですか」
こういうところは、中川はやっぱりうちの小隊向きだなと思う。しっかり変人達のやる事をスルー出来るのは立派なスキルだ。
と、僕はそこで、突然少し違和感を覚えた。
小さな小さな違和感だが、何かおかしい。しかし、何がおかしいかに気付いたとき、一気にその違和感は膨れ上がった。
さっきまで周りを膨大な量流れていた人の数が、目に見えて減っている。
無論、何か路地に入った訳ではない。先ほどまでと同じ道、いわばこの街のメーンストリートを歩いている。なのに、周りに人がほとんどいない。ついでに、通りに立ち並ぶ店の照明もみんな落ちている。
申し合わせたように、しかし緊急的に全て照明を落としたような。
まるで、それぞれの店の店員が全員何か緊急の用事を思い出して、慌てて店じまいをして立ち去ったかのように、その場には喧騒の雰囲気が漂っている。
僕は直感的に、悪い予感がした。だから、魔装を腰から抜こうとした。
しかし僕が抜き終わるより早くに、僕の鼻っ面に何かが突き刺さった。何か、はあくまでも何かだ。別にぼやかして言っている訳ではない。
「!?」
不可視の一撃だったのだ。
顔面に衝撃と激痛が走ると共に、首から上がまとめて後ろに持っていかれるような感覚を覚えた。
「先輩!」
中川の心配するような声が耳に届くのが早いか、僕の身体は首に引きずられるように後ろに下がる。だが倒れるほどじゃあない。何とか踏みとどまり、今度こそ腰から魔装を抜いた。
同時、周囲の雰囲気がカラリと変わる。つい先日進攻があったばっかりで怯えている人々の心が、
そんな中、僕は突然の襲撃者に声を荒げた。
「誰だ!」
「お初にお目にかかります、デース」
気付けば僕と中川の数メートル前に、さっきまでそこには何も無かったはずの場所に、何か人影が生まれていた。
自然、道行く人々の視線はそちらに集まる。なんだ見世物かと、立ち止まる人もいた。というのもその人影は、道化師のように奇妙な格好をしていたからだ。
その人影の周囲だけ妙に暗く見えるのは気のせいだろうか、いや、この雰囲気には見覚えがある。それも、つい二日前の話だ。
どこから侵入したのかは知らないが、燕尾服にステッキを携え、大きなシルクハットを頭に乗せているこいつは多分……。
「あなたがたからすれば、わたくしは魔女と云うことになりますね。さて、取月様に中川様。時は金なり、デースよ。早速、わたくしの世界にご招待いたしましょう……」
やけに丸い口調に合わせて、魔女はバッ! と白手袋を着けた右手の手のひらを上に向ける。そこを中心に、水色の丸い魔方陣が一つ、出現した。そしてそれはみるみる内に大きくなっていく。
「めくるめくイリュージョンの世界へようこそ。案内役はこの、ティア・レイがつとめさせて頂きます」
言いつつ、魔女はぎゅっ! と上に向けていた手で拳を作った。すると、それを切っ掛けにしたように、魔方陣が高速で時計回りに回転を始める。魔方陣の上に刻まれた模様が見えなくなるほどに速く、速く。
左手でシルクハットのつばを軽く押さえながら、顔に少々シワの寄っている初老の老人は笑顔で小さく言う。
「…………とりあえずは『フィールド』づくりだくそったれ」
その言葉がきっとスイッチだったのだろう。何かが切り替わったように、魔方陣が回転を持続させつつ直視出来ないほどに明るく煌々と輝く。
それに合わせるように、周囲の喧騒の色が不安から恐怖に一斉に塗り変わっていった。辺りで今まで不安げにマジシャンを見ていた人々がばたばたと悲鳴を上げながら逃げ出す。
「お前、よせ!」
中川が思い出したように叫んだが、魔女はにやにやと笑いながら冷酷に、簡潔に言い放った。
「もう遅い」
僕は最後まで動けなかった。気が付いたら、呆気に取られていた。身体の自由は剥奪されていた。
直後。破壊が。
2
その時。
マイは小隊室でリスみたいにジャムパンを両手で持ってかじっていた。ぼんやりとジャムパンを見ながら考える。
いまだに、私は伝えきれていない。あの日、アキラを呼び出した時に言いたかったことを。
機は熟したと思っていた。だが、中川の話に気が向いてしまい、気付けば言う機会を失っていた。
そして、マイはまた一口、もふり、とジャムパンを頬張る。口の中に何とも言えない苦しみがじんわりと広がって、食道を刺激しまくる。それにしたって、これは本当に食べ物なのだろうか。罰ゲーム用のパーティーグッズじゃないのか。
「あの……マイ、それはアキラがゴミ箱に捨てた分ではないですか?」
「……む? うん、そうだよー、もったいないから食べようと思って。別に腐ってる訳じゃないんだしー」
「いえ、衛生的な問題なんですのよ……。一度ゴミ箱にダイブしてるじゃないですか。それにそれ、めちゃくちゃ不味いとかいう噂が絶えませんし」
「いやー……」
「いや? ……ってことは、美味しいんですか?」
アニーが訊くと、マイは渋い顔をしてもう一口ジャムパンをかじった。それをよく咀嚼して呑み込むと、
「何て言うかー……これに美味い不味いの評価をしたら色々終わると思うんだー」
「つまりもはや食べ物ではないと」
「強いて言うならー、噛みかけのガムで砂糖とゴマを包んだモノを食べたらー、こんな感じになるのかなー」
「とても食べ物の評価に聞こえませんわね。って、顔色悪いですわよ!? 大丈夫ですの?」
マイはジャムパンを惜し気もなくゴミ箱に放ると口元を手で押さえて、『うっぷ』と小さく言った。それから、ドアに向かって歩きながら、
「ちょっともどしそう……。トイレ……」
「だからこの棟には今無いんですが……」
マイがその言葉に足をぴたりと止めた。そして、高速でその身体が部屋のすみにある流しの方を向く。
「上水が死んでいるので、当然流しも断水ですよー……」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………マジでー?」
何だかついさっき見た光景だなあ、とマイとアニーは同時に少しだけ思った。
下校完了を促すベルが鳴るが、そんなものは二人には関係無い。これからアニーはマイをトイレに搬送することに本気を出すことになる。
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