魔女の少女はサド趣味ね

 3.5



 アキラが轟音に驚くより、時は半日前まで遡る。「道案内を探していた所でね」と言った少女は、そのまま臨戦態勢に入っていた。

 あまり広くはない路地裏にて。

「ふん!」

 ガバゴン! と近くにあった電柱を斬り飛ばした少女の手には、透明な剣が握られていた。

 水で作り上げられた剣。ぶよぶよとしているように見えるが、その実、鉄でも軽く叩き斬る硬度を内包している。

 だが、これはあくまでも次手の為のクサビに過ぎない。

 獰猛な表情を晒すでもなく冷静な顔を保っている少女は、口の中でずっと噛んでいたものをべっ! と吐き出した。血と、何かぷにょぷにょしたピンク色のものが地面に叩きつけられた。

「…………人肉は筋張ってて不味いな。いやいや、カニバリズムじゃなくてだ。こうすると色々と恩恵があるんだ。例えば」

 見えない誰かに語りかける言葉と共に、手に持った剣の色が変わっていく。

「『人血』という溶媒を通して、武器のランクを一つ上に押し上げるような」

 クサビの精度を上げる。その為には、猟奇的行動もいとわない。少女はうっすらと紅く染まった剣を地面に突き立てると、

「おっと」

 ドシュ! と再び矢が飛んだ。今度は少女の手元を狙って。少女は手を引いてそれを軽く回避すると、

「見ぃつけた」

 カウンターで矢が飛んできた方角に剣を投げつけた。ただし、地面に刺さっているのとは違う。別の剣だ。

 ブラフである。

 紅い剣はこのカウンター一発の為のツナギ。剣を紅く染め上げた事すら、相手に『あいつ今から何か魔法使いそう、妨害しておくべきでは』と思わせる為の、罠。相手があまり魔術に詳しくないのを見越して、それゆえの一撃。

「ぐっ!」

 苦しそうな声と共に、ばさっ、と何か布状の物を翻すような音がする。そして、空間にいきなり一人の男が現れた。釣られた、とその顔が悔しそうに語る。

 投げつけた剣は何も無い空間を突き抜けるかと思いきや、男が現れたすぐそばの民家、そのブロック塀の上で何かに阻まれたように止まった。

 少女は少し不思議そうに頭を傾けると、

「んー……、何それ? 科学技術の結晶か……?」

「何であれ、お前には関係無かろう」

 地に落ちた男は、左手に弓、右手に矢を持ち立ち上がる。膝に付いた泥もそのままにして、スーツの背中に背負われた矢立がカシャカシャと小気味良い音を立てる。

「わざわざ敵に技術を教える必要はない」

「あっそう。冷たいな。それじゃ、所属は」

「だからなぜ話す必要がある」

「お前には場を少しでも和ませようとする配慮が出来ないのか? 器が小さいぞ。その分では、男としての象徴も大分小さいんじゃないか?」

「黙れ魔女。貴様に教える事は何も無いッ!!」

 ふざけているような少女の声に答えた男の叫び、それと共に会話は打ち切られた。

 少女と男の距離は五〇メートル以上。探りあいも、一方的に攻撃できるラッキータイムも終了した。ここから、プロとプロの戦闘が始まる。




 勝てる、と男は小さく呟いた。

 いくら魔女とはいえ、歳は十五ほどで身体能力にも制限が有る。この距離であれば、少女が動く前に矢を叩き込める。一本ではダメかも知れない。だが、二本三本。そうなると話は変わってくる。何より、塀の上、装置に頼り不安定な体制で構えていたときよりも遥かに命中率は跳ね上がる。

 つまりは、急所。そこを正確に三度狙撃することも、鼻の穴をほじくるより容易い。

 そう思って、弓に矢をつがえ、ギリギリと胸の前で一気に開いた。力業だ。本来一度上に両手を起こし、それを下に降ろしながら弦を引くべきモノを、胸の前で強引に開く。

 終わらせる。そのはずだった。

 いや実際、そのまま射っていればそこで終わっていただろう。

 だが、少女は。それより一歩早く。

 男の予想の、その枠を越えてくる。




「やっぱりお前は小さいよ。何もかもな」

 男が矢をつがえたのを見ながら、魔女の少女はやはり極めて冷静な顔で呟くと、指を一つ鳴らした。

 パチン、と。

 その瞬間。

 男のすぐ右側で、青い爆発が起こった。

「!!?」

 閃光。同時、幾数もの欠片が弾け飛び、男を襲った。

 宙で固定されていた剣が爆散した。起こったことはそれだけだが、それほどの事が起きたのだ。至近一メートルで爆発に巻き込まれた男にとってはたまったものではない。

「が、あああああぁぁぁああああァァァアアアアアァァァアッ!?」

 更に衝撃で剣が刺さっていた装置、箱のような装置が壊れたらしく一緒に爆発した。自分が隠れていた装置に牙を剥かれる形で、男の身体に鉄の欠片が刺さっていく。

「なるほど、化粧室みたいな箱に隠れてたのか。外装を周りに同化させる訳ね。カメレオンみたいだ」

「貴様…………ッ!」

「そんな睨むなよ。今のはたまたまそこに剣が刺さったからやってみただけだ。お前がそんな箱を持ち出さなければ剣はどこかに飛んでいって、お前の近くで爆発なんてしなかった」

 嘘。本当は剣を空中で方向転換させて、男に背中からぶっ刺して、そして爆発させるつもりだった。そういう風に操れるように造った。

「しかもその箱が誘爆したのも私の責任じゃない」

 半身が針ネズミのようになった男は当然、そんな詭弁で収まる訳がない。何より彼の目的は、オベリスクの死守――――正確には、オベリスクの下に埋まる学園の死守である。

「く、ああああぁぁぁぁアアアアァァァアッ!!」

「まだ頑張るの」

 死力を振り絞って走り出す男に、少女は呆れたような言葉を投げ掛ける。




 この時点で、体中に穴が空きまくってなお、男には勝算があった。

 ここに来て未だに、少女は次の武器を取り出していない。今から新しく剣を作るにも、地に刺さった剣を抜くのにも時間がわずかに必要なはず。

 その前に!

 今。ここで、一撃で決める!

 ギギギヂッ! と右手の激痛を堪えて弓を引きしぼる。今から矢を放つのにわずかな時間は必要無い。今度は、先ほどの爆発のような不意討ちも有り得ない! つまり。

「俺の勝ちだ!」

「残念だな」

 しかし少女には、まだ。




 まだ、手札が残っていた。

 今にも放たれそうな矢を見ながら、少女はニヤリと笑う。不敵に、横柄に。それを見て、男の表情が僅かに曇った。

 次の、瞬間。

 ガバン! と男の身体が宙に浮いた。

「あ、あ…………………………ッ!?」

 な、にが、と男の顔が驚きで埋まる。矢は見当違いの方向に唸りをあげて飛んでいった。

 正確には、男の身体が宙に浮いただけではない。男の周りの地面が爆発した。男はその衝撃で浮いたに過ぎない。

 何秒間の滞空だろうか。どさっ、と背中から地面に落ちた男は、肺から空気がまとめて奪われた事を知覚できない程に驚ろいていた。

「ほう、四肢が残っただけでも儲けものだな。そういう風には設定しなかったのだが」

 その腹に、何かがドスッ! と乗っかる。それも生半可な一撃ではない。男はそのせいで吐瀉した。胃が圧迫され、内容物が口から噴水のように吹き出す。

「おいおい、汚いな。我慢しろよ、男ならさ」

 果たして乗っかったのは少女のローファーを纏った小さな足だった。黒いタイツを帯びた細い足はそのまま短めのジーンズショートパンツに吸い込まれている。

 少女は先ほどまでとは打って代わり、ニヤニヤと笑いつつ、男を見下ろすと、

「どうだ? 完膚なきまでに負けた気分は。こんな小さな女の子に負けて、踏まれている気分は」

「どう、やっ…………て……」

「んー? 今の爆発か? ……わざわざ敵に技術を教える義務はないなぁ。だけど私は優しいからな。教えてやろう」

 そう言うと少女は、近くにまだ刺さっていた紅色の剣を引っこ抜いてきた。そしてそれを男の眼前で振りながら、

「誰がこれに何の意味も無いと言った?」

「…………?」

「術は発動していたんだよ。半径三〇メートルくらい、誰でも狙える爆発術がな」

「ッ!」

 それだけで男は全てを悟った。カウンターの為の罠に使った紅剣。

 つまりあのカウンターすら、この紅剣から意識を外すためのブラフ。紅剣に危険性は無いと勘違いさせる為の技。後は少女は、男が自ら爆破可能地点に踏み込んでくるのを待てば良かった。それだけで簡単に勝利出来るのだ。

「二重のブラフ。楽しいぞ? ある攻撃の為のブラフが、実はその『ある攻撃』をブラフとする本命だった」

 そして少女は紅剣を放り投げると、

「まあ、何もかもお粗末なお前には何がブラフで何が本命だったかすら、何一つ判別出来ていなかったろうがな? さて、と。じゃあお待ちかねの交渉の時間だ」

 少女はもう一度、軽く男を踏んづける。だが、今度踏んづけるのは腹ではなく股間だ。

 そしてそのままぐりぐりぐり、と足を動かしてそこを刺激する。

「がっ! あっ、あっ!」

 びくんっ! と震えた男に、少女は気にせず話し掛ける。

「私は最初に言った通り、道を案内して欲しくてな。何が言いたいかというと…………私を《地底》に連れていくか、それともこのまま玉を二つとも潰されるか、さっさとどちらか選べよロリコン」




 辺りはもう夕闇に包まれかけている。

「これを差し込めば良いのか……」

 少女は男から受け取った三角柱形の『鍵』を手のひらの上で転がした。約束通り潰さなかったのは優しさの為せる技だろう、と少女は自画自賛する。

「まさか出入口がオベリスクにしか無いとは……、罠のような気もするのだが」

 だが、もうオベリスクのすぐそこまで来てしまった。ここから下がるのもダルいしな、と少女は小さく溜め息を吐く。何より、これ以外に《地底》への手掛かりが無い。

 別に、これが罠だというならそれはそれで良い。その場合、別のヤツを捕まえて道案内を頼もう。

 こんなときに空間座標移動系の魔法が使えたらなあ、そうすれば一発で《地底》に潜り込めるのに。なんて少女は思うが、それは言っても詮無きこと。攻撃と防御にパラメータを全振りしている少女にそれは望むことの出来ない事だった。あくまでも前衛、戦闘特化。それが少女の選んだ道であり、同時に選ばざるを得なかった道である。

 …………ちなみに、現実は甘くない。そういう侵入に対抗するための防御術式がバカみたいに《地底》と《表層》の間には張ってあるので、もしも座標移動を使って不正侵入しようとすれば身体がバラバラに弾け飛ぶこと請け合いだ。

 と、そんなこんなで少女はそのままオベリスクの元までたどり着き、

 ドガガガガガガガッ!!!

 と上方から機銃掃射をまともに喰らった。上を見れば、聳え立つオベリスクの壁の地上十メートルあたりにいくつも穴が開いていて、銃口が顔を覗かせている。

 一辺三〇メートル、刺のように堂々と聳える四角垂。正確には四角垂ではないが、四角柱の上にピラミッドを置いたような建物だが、高さはゆうに三〇〇〇メートルを越える、つるつるの材質でできた塔。そんなオベリスクは、自律式の《地底》防衛施設でもある。

「だぁー…………最早人すら出てこないとはなぁ……これだから人間は…………」

 少女は本当に気だるそうに言うと、浴びせるような弾丸の雨を手持ちの防御術式で防ぎつつ、しかし素直に下がった。

 明日の朝まで、一応待とう。人が出てきたらラッキー。出てこなければ、もう強行突破しよう。冷静な顔してアバウトな事しか考えない少女である。

 親指と人差し指の間に鍵を挟んで、ぶんぶんと振りながら、

「一応、鍵穴は有るか探すか……本当にダルい……」

 不満そうに言いながら少女はゆっくりと歩き出す。

 結果から言えば、確かに鍵がはまりそうな出入口は存在した。あのロリコン、嘘をついていなかったのか、と少女は少し驚きながら、後ろに下がる。

 その辺で無防備に寝ていれば誰かが攻撃してくるかも知れない。そいつを捕まえて内部の道案内をさせよう、来なかったらそれはそれで良いや。突破口は見えた、と少女は考え、そして小さくあくびをする。

 眠い。

 しばらく辺りを見回し、

「…………寝不足は美容の大敵って言うだろうが。レディに瓦礫の上で寝ることを勧める紳士がどこにいる。くそ、ついでにシャワーも浴びたい。まったく……」

 ぶつぶつと言いながら、時には『レディ』らしくない言葉も吐きながら、オベリスクから少し距離を取る。気づけば日は完全に落ちた。眠る場所を探そうか。




 朝。

 昨日、小一時間ほど探し回った挙げ句結局手近な廃屋で寝た少女は、目を覚まして身体中が痛むことに閉口した。固い床で寝た代償である。

 ついでに、夜に誰も襲撃してこなかったことに結構絶望した。本当に誰も来ないとは。いよいよ面倒くさくなってきた。

 外に出て見れば、オベリスクは朝日を浴びて、つるつるの壁は神々しく輝く。神々しく?

「鬱陶しい」

 神の輝きを纏うとでも言うのか。神を信じぬ者が、神を宿らせる事が出来るとでも。馬鹿馬鹿しい。自分で思い浮かべた言葉に少女は舌打ちした。

 魔法というのは、信仰があって初めて成立する。神話に伝承、あるいはその信心に由来する決してぶれぬ意思。そんなものが魔法の原動力になる。少女は魔女である。ということはつまり、少女は信仰が有ることに直結する。

 普段であれば、視界の端に収めることすら忌避すべきオベリスク。もしくはその下に埋まるもの。だが、今はそれに自ら進んで近づく必要がある。

 少女はオベリスクの根元に着いた。相変わらず掃射を浴びながら、鍵を根元に差し込み、一回ひねって抜く。すると鋼の雨はぴたりと止み、代わりに小さな空間が根元に口を開けた。奥の闇に繋がっている。言うまでもなく内部通路への入り口。

「……そういえばこの機銃掃射、一般人はどう避けるんだろうな。やっぱり罠だったか?」

 本当はそれを止ませる専用の鍵(というよりはリモコン)があるのだが、少女はそれを知らない。男はそれをあえて渡していなかった。勿論、少しでも少女が死ぬ確率を上げるためだ。

「まあ良いけど。何にせよ入り口が開いたなら、その時点で私の勝ちだ」

 少女は軽く言うと、大きく口を開いた闇に何の躊躇いもなく踏み込む。

 語られるべきではない秘密を携えて。少女は、『あの方』に会いに行く。その為だけに、少女はオベリスクの下に埋まる学園の平穏を踏み荒らす。

 災厄の顕現。あるいは、悲劇の活現。

 そして。



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