夢オチって、もっとがっかりするもんだと思ってました
3
放課後。キリキリ胃が痛むのを堪えながら昼休み後の授業をやり過ごし、小隊活動棟の前に来た。
正直むちゃくちゃ入りたくない。
もう三人とも揃っているだろうか。だとしたら、凄まじく険悪なオーラが小隊室に渦巻いてそうだ。平時でさえ僕が仕事をしないからギスギスしているというのに、それを上回るギトギトした部屋に入れる気がしない。
「あー、もう帰ろうかな……。でもこのまま帰ったら多分明日タコ殴りにあうな……」
最悪、アニーのメカのテストをさせられそうだ。あんな前衛的な芸術家の作品の一部にはなりたくない。
……とか何とか思っていたら。
『死ね!』
叫び声と共に、ゴッッッ! と目の前の建物の三階部分の一部からぶっといビームが飛び出た。
「…………んん? 嫌な予感……ッ!」
『あんたこそ死ね!』
別の叫び声と共に、ジャギンッ! と直径四、五メートルはありそうで金属的に輝く巨大な棘が、ビームが開けた穴を広げるように飛び出した。
「やっぱりかよ! もう最悪!」
あわてて小隊活動棟に飛び込み、階段を二段飛ばしでかけ上がる。目指すは我が小隊室。
「幻覚でありますように!」
なかば叫びながら小隊室に滑り込む。でも幻覚なんかじゃなかった。壁に大きな穴が開いていた。
室内にはマイとアニー、それに中川の三人が既に揃っている。全員、僕が入ってくるなりそっぽをむいてしまった。
「…………誰がやった?」
怒りを堪えながら訊くと、アニーと中川が互いを指差した。
「りあが酸素を消費しますから……」
「アニー先輩が二酸化炭素を吐き出すから……」
「お前ら一生何も吐き出せない身体にしてやろうか?」
言い掛かりつけるチンピラか。いや、それよりもっとタチが悪い。とりあえず主犯格二人を床に正座させた。
それにしても、
「なぜ同じ方向に攻撃を?」
「最初はねー、ただの口論だったんだよー」
マイがソファの上で足をぱたぱた振りながら言う。
「で、段々とそれが『どっちが優秀か』的な話になってきてねー」
「機械科と魔術科が争ってどうするんだ……」
「最終的にはー、攻撃の出力競争になったわけー」
「それで室内で同方向にぶっぱなした訳か」
うむうむ、なるほど。まあ確かに、それならば納得はいくし……殴り合いにならなかっただけは認められなくもないが、
「いや外でやれよ!?」
「「うっ」」
バカ二人がまとめて耳が痛い痛いという顔をしている。一体何を考えてこいつらは、小隊室の中でこんな大技をぶちかましたのか。
「それはほら……、ついカッとなってその場でやっちゃったといいますか」
中川がおそるおそる、という感じで言う。
「ついじゃないんだよ『つい』じゃ。もう少し考えて行動しろよ……。それにこの穴、一体どうするつもりだ!?」
すると今度はアニーが堂々と言った。
「善処しますわ」
「善処しますか! ふざけんな、聞きあきたよそれ! お前、前に僕のゲームハード壊した時も『善処します』って言ってたけど、あれどーなったよ!」
「廃棄処分……ですわね」
「善処じゃない! 証拠隠滅しただけじゃん!」
「大丈夫ですわ、今回はそんな不粋な事はしませんわ」
「へえ……じゃあどうするつもりなんだ」
「世の中には、騙し絵というものがありますの」
「騙し絵! トリックアートッ!! 何をどう騙したら壁に空いた穴を誤魔化せるんですかぁ!」
ダメだ、中川はともかくアニーには常識が全く通用しない。なんかプログラミングに失敗した人工知能と話してる気分だ。「今日の天気は?」『死ね』「今日は何月何日?」『うんこ~』「世界滅亡はいつ」『マリア・テレジア』みたいな会話を交わしている気分だ。
「もういいよお前ら。とりあえず事務室に『またぶち壊しました』って届けて反省文書いてこい」
諦めて頭を掻くと、アニーが小さく何か呟いた。
「管理不行き届き……責任者アキラ……監視義務の不徹底……」
……ほほう。良い度胸だ。
「少し頭を冷やすか?」
「いいえ、必要ありませんわ」
「むしろ冷やす必要があるのはー、アキラの方じゃない?」
「なぜっ!?」
「なぜっ! じゃないよバーカ。もうとっくに授業終わったよー」
「授業? え?」
直後。
ガゴン! と後頭部を強く殴られた。視界が明滅する。平衡感覚が揺らぐ。
(recognize→現実)
「どうわっ!」
がばっ! と身体を起こす。
「……、」
気付いたら教室で一人、椅子に座っていた。目を擦る。時計の指し示す時刻――午後六時。放課時刻をとっくに過ぎ、あと少ししたら学校自体が眠りにつく。
「夢か…………」
極太ビームも極大棘も、トリックアートもみんな夢か。昼休みを終えた後の授業で、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「どんな夢を見てたのー? 随分うなされていたけど」
気付いたら隣にマイがいた。こいつが突然現れるのはいつもの事だ。
「んあ……、色々とな。悲惨な夢だった」
「ふーん。じゃあ、不快な夢から覚めて早々で悪いんだけどさー……」
言いながらマイが何やら物騒なモノを取り出した。良い感じに野球が出来そうな武器。木製バット。
待てよ。夢が覚める直前に、後頭部に走った衝撃、あれは一体何だったんだ?
…………ま、さか。
「なんで今日、活動棟に来なかったかなあー! すっごく気まずかったんだケド!」
ズキリ、と後頭部が痛んだ。
やはり夢は夢だった。壁に穴は空いていなかった。それは喜ぶべきことなのかも知れない。
「全治一週間のたんこぶ四つ」
マイにバイオレンスな事をされた翌日、土曜日。休日だが、僕は小隊室棟に足を運んだ。……ちょっと忘れ物を取りに来ただけだ。決してマイに『明日来ないと殺る』とか脅迫されたからではない。
小隊室にはアニーだけがいた。部屋のすみにあるパソコンを使っていたが、僕の言葉に振り返ると、
「良かったではないですか。新たなる人生経験ですよ」
「みんなお前のせいだぞ、アニー」
「???」
はい? という感じでアニーが首を傾げた。肩のあたりで切り揃えてある、マッシュルームカットのように端が内に軽く巻いた髪が揺れる。
僕の額辺りまでと少し高めな背、透き通るような水色の髪に年齢以上に見える整った知的な顔、コバルトブルーの大きめな瞳。女子から羨望と嫉妬の的となっている豊満な胸も、どこか色気の漂う身体を際立たせている。
が。
そのぶっ飛んだ思考と所々焦げた白衣がその全てをぶち壊している。残念なまでに残念な『オトナな女の子』だ。
校内変人度ランキング一位(独自調べ)。年齢を訊いたらメガネの金額が返ってきたあの衝撃を僕は忘れない。しかもアニーはメガネかけてない。
最近ではそういう変態な行動は減ってきたが、とはいえ変人は変人である。
「機械科の調子はどう?」
「成績は一番ですわね。でも正直、もっと筆記より実践をテストに増やすべ22244444」
「どうした!?」
「……『きかと』をテンキーで打った結果ですわ」
「なるほど。相変わらず意味不明だ」
「知能指数チンパンジーですか?」
「なぜ罵倒されなきゃいけないんだ! もう全体的に理不尽だよ……」
なぜこいつと一緒の小隊なんだ……。
するとアニーは今までずっとパソコンのモニターに向けていた視線を初めてこちらに向け、
「今のチンパンジーは『賢い対象』としてあげたんですよ?」
「嘘つけ」
ダメだ。まともに会話が通じない。会話をこれ以上続けるのを諦めた。机の上にジャムパンを見つけ、迷わずゴミ箱に放り込んだ。
それからしばらくして、ガチャリ、とドアが開いた。
「やっほー! ……ん、あれ? ドアいつの間に直ったの?」
マイだった。
「そういや、直ってるな。アニーか?」
「違いますー」
「あたしですよ」
びくうっ! と入り口を塞ぐように立っていたマイが肩を震わせた。声はマイの更に後ろから。
「へ、へー。りあちゃんが……」
中川だった。中川はマイを鬱陶しそうに見ると、
「良いから先輩、早く中に入ってくれませんか? 邪魔です」
超好戦的。あたしケンカ売ってますよオーラがぷんぷんする。
しかしマイはそれを買うことなく『ごめんね』というとさっさと中に入り、アニーの近くに転がってた丸椅子に腰掛けた。中川が少し残念そうな顔をしたまま中に入ると、後ろ手で扉を閉めた。
「中川が直したのか。真ん中から二つに折れてたのに」
「ええ」
中川は小さく頷くと、扉の上部を軽く叩いた。
ピシッ! と鋭い音が走り、扉の中央に亀裂が入る。そのままその亀裂より上が傾いていき、――廊下に落ちた。
ゴドン、と木とコンクリートが触れ合う固い音が廊下に響く。
「…………………………………………………………………………あの?」
「ここはまだ壊れたままですが」
「そこが第一に直すべき所!」
仕方なく廊下に出て、落ちた扉(上部)を壁に立て掛けておいた。
「…………で? わざわざ休日に集めた訳は」
「特に無いよー」
僕が訊くとマイは手をひらひらと振りながらあっさりと答える。
「お前なあ……」
「私には、ね。りあちゃんが何かアキラに話しておきたい事があったみたいだからー」
「話しておきたい、というほどの事でもないです。仕事をしろ、とだけ」
「アイノウ……」
結局はやっぱりそれか。正直したくないんだが、ここで『イヤ!』とか言った日にはただの肉塊にされてベーコンにされる。燻製になるのはさすがに不味い。
「分かったよ。しょうがない、真面目にやるよ」
「約束を破った場合ソーセージにしますからね」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………マジで?」
「マジです」
ヤバい。真面目にやらないとベーコンより遥かに酷い目に遭いそうだ。すっげー猟奇的。
「じゃあアキラ、早速今日から仕事するー?」
「いや、今日はそもそも……任務出てないだろ? アニー」
「出てないですわよー。基本的に休日の分は平日に回されますし、重要度の高い分は委員会が全て済ませてしまうので、平日を待つしかないですわね」
アニーが画面とにらめっこしながら返答する。そして、「あ、でも」と付け加えた。
「でも?」
「これ―――――――――――……」
アニーが返事をする前に。
ゴバァン! と轟音が、窓の外から響いてきた。
何かが
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます