あの、私も女の子なんだけど



 2



 事の発端は、二時間前に遡る。

「ハロー・マイ・ワールドー」

 気の抜けた挨拶? と共に、六メートル四方の小隊室の扉が開かれた。

「マイワールド?」

 僕――取月アキラは、適当に聞き返しながら扉の方に視線を向ける。そこには、黒いとんがり帽を深く被った背の低い少女がいた。

 ピンク色の髪に半ばまで覆われている背中はやや猫背で、両手はダルそうに前に垂らしている。しかし、その顔は妙に快活さを帯びていた。口調と格好と表情がまるで噛み合っていない。不思議な少女だ。

「そー。マイワールド。私の世界。マイの世界ー」

「さいで」

「と、いう訳で仕事を持ってきてあげたわー!」

 何が『という訳』なのだろうか。まあ何でも良いが、

「要らない。その仕事、どうせまたアニーがジニーから奪い取ったんだろ」

「当然じゃない。さあ、張り切って仕事するわーよー」

 仕事とかしたくない。マジでしたくない。

「悪いけど、この部屋は150以上無いと入れないから」

 なので、このとんがり帽を小隊室から追い出すことにした。

「部屋に身長制限!? どんだけ仕事したくないんだこのクソニート!」

「いやこの部屋動くんでな。上下に激しく」

「何のアトラクション!?」

「まるで生きているかのように激しく飛び跳ねるんだ。昨日辺りに新機能として機械科が実装したんだよな」

「初耳かつ無駄機能! 絶対嘘だー!」

「だからその……シートベルト必須でな。でも150より小さいとシートベルトがしっかり機能しないからアウトなんだ」

「良いよ細かい設定要らないよー! 要らないから入れろよー!」

 憤るとんがり帽。それを華麗に無視する。

「ま、そんな訳で。強く生きろよ」

「どんな訳!? あーちょっと待ってードア閉めないでーって、あの」

 バタム(閉)。

 ガチャリ(開)。

「あ、それと今度からツッコミはもっと簡潔に頼む」

「帰れー!」

 バタム、カチャ(閉→鍵)。

 扉に鍵を掛けて、部屋の中心に鎮座するソファに腰を下ろした。扉が相当激しくノックされるが、気にせずにテレビを点ける。

 ニュース番組だ。リポーターが何か必死にまくし立てているが、要領を得ない。また襲撃でもあったんだろうか。

 仕事なんてするくらいならこうして遊んでいた方がよっぽど有意義だ。テレビのチャンネルをバラエティーに変えようとしたところで、

「せあーっ!」

 威勢の良い掛け声と共に、バギイッ! と何かが折れる嫌な音がした。振り返ってみると、とんがり帽がドアを斬新に通過した所だった。

「あ! お前壊したな!」

「うっさい! 仕事しろー!」

 とんがり帽は相当腹を立てているようで、真ん中から二つに折れているドアを更に踏みながら言う。ドアはミシミシメキメキと悲鳴を上げた。

「このままじゃこの小隊は取り潰しだよー!」

「うっ」

 そこを突かれると痛い。確かにこの小隊は、僕が全く仕事をしないから存続の危機に瀕している。昨日も生徒会から通達が来た。『働け。さもないと退学』的な通達が。

 だが、それでも僕の決意は揺るがない。

 働きたくない。

「お、お腹痛い」

 なので、適当な言い訳でこの場から脱出をはかり、

「漏らせ」

「非情すぎない!?」

 あるいは、ととんがり帽は付け足す。

「漏らせ」

「さっきと同じじゃん!」

 怖いよ! なんか口調が変わってるし!

 そしてとんがり帽は諦めたように僕の前に立つと、

「そろそろ頭冷やせ!」

 次の瞬間。

 とんがり帽の飛び膝蹴りが顔面に突き刺さった。

「ごあっ!?」

 クリティカルヒット。鼻血がたらりと流れ出る。でもそれは飛び蹴りのせいじゃない。ちらりとパンツが見えたからだ。

「頭冷えたー?」

「パンツ見えたぞ」

「あ・た・ま・ひ・え・た?」

「はい」

 少女の笑顔に青筋は怖い。

「そう。なら良かったー。じゃあ、仕事をやりなさーい」

「………………このまな板が」

「せいっ」

 めこっ、と。刺さった。

「何てー? 聞こえなかったー」

「お……おお…………」

 ロクに言葉も話せないくらいに股間がすっごく痛い。これ潰れたんじゃね?




 苦しみ悶えることおよそ十分間。

 ようやく、痛みから復帰した。幸い潰れてはいなかったらしい。

 だが、これじゃあもうどうしようもない。本格的な実力行使には敵わない。このまま抵抗しても痛い目を見るだけだろうし、ここは大人しく従うとしようか。

「……分かったよ。仕事やるよ。資料は?」

 とんがり帽は、おお、となぜか感嘆の声を上げると、帽子の中から紙束を取り出した。

「はいこれー。サポートは全力を尽くすから」

 渡された資料をぺらぺらと捲って、

「げ。ただのコソ泥潰しかよ」

「そうねー。でも、機械科が極秘に作ってた危険物を持ち出したらしいよー」

 だから殺害許可が下りちゃってる、と言って、とんがり帽は溜め息を吐いた。

「それにしてもまたー、『危険物』……ねー」

「機械科は常に『極秘な危険物』を公に作ってないか?」

「『極秘な危険物作ってます』って自分達で言うもんねー。はいー、インカムと戦闘服一式」

「サンキュ」

 とんがり帽はどこから取り出したのか、黒い戦闘服を渡してきた。その場で着替える。とんがり帽は女子だが、堂々と。

 恥ずかしくは無いし、向こうも長い付き合いで慣れたのかそれとも興味がないのか、特に気にしている素振りもない。

「それじゃあいっちょ、仕事しますか」

 服を着終わり、一通りチェックを済ませて、軽く体操する。

「あれれ。私を持ったかの確認はー?」

「いつも腰に着けてるから不要」

「ふむふむ。なるほどねー」

 とんがり帽は頷くと、小さな杖をポケットから取り出した。

「それじゃあ」ひらひらとそれを振りながら、とんがり帽は――いや、魔女は言う。

「行ってらっしゃーい。――ファ・スン・トラ」

 その言葉だけで僕は、《地底》から《表層》へと、一瞬で飛ばされていた。

 学校に居ては忘れがちな、《表層》の閑散とした、荒廃した、淪落した先代文明の風景。それを眺めながら、僕は腰にぶら下げた『魔装』を、その魔装に力を与えた者の事を少しだけ考えた。

 僕が魂を売った魔女。とんがり帽。その名を、マイと言う。

 彼女の同胞を、これから処断しに行くのだから。考えずにはいられない。




 そしてやっと冒頭の状態に戻る訳だ。少し長くて済まなかった。

 僕はコソ泥を待ち伏せし、追い詰めて生け捕りにすることで、処断を済ませた。

 本来は殺害許可も下りている。その場で殺しても誰からも文句は言われないだろうが、マイの力が宿る武器を血で汚したくはなかった。

 とはいえ――。この魔女は結局今から、非合法な拷問を浴びるように喰らってむごたらしく死んでしまうだろう。その意味で僕は、彼にとって最低の選択をした訳だ。


 取月隊、ミッションクリア。ポイント、五〇〇プラス。



 3



 アキラが去ってすぐ、小隊室に一人残されたとんがり帽――マイの顔は、かああ……と赤くなった。

「毎回隠しもせず着替えちゃってさー。私も女子なんだよー……」

 アキラの前では顔を赤らめまい、といつも苦労しているのだった。

「……っと、こうしちゃいられない。慣れないオペレーター役を全うしますかねー」

 マイは壁際に設置されたパソコンの前に座り、インカムセットを装着した。

「Hello?」

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