これは、そういう物語。


 3



 オベリスクにその入り口は存在する。

 ――――《地底》地下五〇〇〇メートル。警戒ランクA監獄、一〇八号室。そこに、僕とマイは向かった。

 巨大なエレベーターに乗せられ、三人のアンドロイドが僕らに付き従う。その両手には機関銃が取り付けられていたり、五〇口径の大型ライフルが携えられたりしている。

 エレベーターを降りるとそこは薄暗い空間だ。アンドロイドに従い歩く。

 そして目的の扉の近くに行くと、ガガッ! と強力なライトが、僕らと独房内を照らし出した。

 部屋の奥に、虚ろな目をした金髪の少女が佇んでいた。

「二日ぶりかな。元気にしていたかい、フィア」

「…………お兄ちゃんにマイか。一体何の用だ? というかそもそも、一学生がこんなところに来られるものなのか?」

「まあ色々有るんだよ。とりあえずこっちに来い」

 監獄というには意外に広めな部屋だった。質素な囚人服に身を包んだフィアは、片足を引きずって扉の近くまで来る。

「まず、フォークとかその他もろもろについて謝る。あれはやり過ぎた」

「気にしてないよ。私もお兄ちゃん達を殺そうとしたんだから。それより、本題は何だい、お兄ちゃん」

「お兄ちゃん―…………?」

 マイが訝しげな顔をするが、大丈夫だ血は繋がっていない。というか、僕はこいつを妹とは思っていない。

「じゃあ早速。グラビティボム。あれからうちのオペレーターに頼んで、色々調べさせてもらった。もうずいぶん進行しているようだな」

 フィアは正直に頷くと、

「ああ、まああと数日内には落下させられるだろうな。ふん、そうすればここはもうお仕舞いだ。天井が陥没して、漏れ無く全員生き埋めだな」

 お兄ちゃんたちだけでも極秘裏に脱出することをお勧めするよ、とフィアは笑った。

 だが、そこには隠しきれない悲痛さが見て取れた。

「お前はそれでいいのか?」

「んー?」

 フィアは少し上を向くと、

「いいと思うと思うのか?」

「いや」

「そうだよね、良くないよ」

 フィアはそう言うと、急に囚人服に手を掛けて、

「ふん!」

「なっ!?」

「ちょっ……」

 それを脱ぎ捨てた。少女のまだ発達途中の裸体と、太ももに残る治療も十分にされないままの痛々しい傷痕があらわになり、僕とマイが目を見開く。アンドロイドが何事かと気色ばむ。

 そして囚人服を綺麗に折り畳み、フィアは自分の脇に置くと、

「お願いします、救世主様」


 土下座。


 見事なまでの土下座を敢行した。

「もう私には何も残っていないんだ。どうか……、どうか、私の故郷を助けてくれ。無茶なのは分かっている。それでも……」

 フィアの声が、聞いたことが無いほど卑屈、悲痛に歪む。涙を流しているのが、雰囲気で分かった。

「私は、諦めるわけには行かないんだッ…………!」

 だが、残念だけどそれは無駄としか言いようがない。なぜって、


「安心しろ。土下座なんてしなくても、元からそのつもりだ。だからここに来た」


「ふえ……?」

 フィアがぽかんとする。

「言っただろ、お前を救うって。何もノープランであんなことを言っていたんじゃない。まあとりあえずは立て。そして服を着ろ、バカ」

 言いつつマイにちらりと視線を送る。マイはこくりと頷いて、紙切れを取り出した。

 僕らが学長に掛け合って手に入れたのはあくまでもだ。ここまでのパスはそのおまけに過ぎない。

 では何の交渉権か?


 フィアの小隊参加の意思についての交渉権だ!


「このままいけば、あなたは処罰されるわー。でもその前に、私達は一つ交渉権を手に入れた。それがこれー」

 マイは紙切れとペンを出し、パチンと指を鳴らす。紙切れとペンは牢をすり抜け、フィアの手元に舞い降りた。

「特別ルール。あなたが取月小隊に参加するなら、あなたは解放されるわー」

「ただし、解放されたら速やかに《地底》に従うこと。そして《地底》の為に働くこと。その為に『首輪』をお前に取り付ける。まあ、他にも細かいのは色々有るみたいだがな」

「そしてはー」

 マイはフィアの手元の紙切れを指差した。

「その契約書よー。そこにサインすれば、あなたが条件をのんだことになるわー」

 フィアの目が驚きで点になっている。無理もない、Fランクみたいな軽犯罪で捕まった魔女ならばまだしも、Aランクに投獄された殺人鬼の魔女を解放するなんて、前代未聞の事例だろう。

 だが、前代未聞だろうが何だろうが、今それは現実として起きている事なのだ。

「どうする、フィア。悪くない条件だと思うが?」

「え、でも、なんでこんな……。でも、お兄ちゃんが持ってきたんだし…………」

 罠か何かじゃないかしら、とうたぐるような声だ。ぜひ、僕が持ってきた事で何か特別な意味が生まれるのかフィアには聞いてみたい。いつの間に僕はそんなに信用されているんだ。

「ま、グラビティボムの事とか、フィアの《天空》アンチ発言記録とか、後は僕らの功績とかでお偉い方を無理矢理丸め込んだんだ。あの人たちも、さすがにグラビティボムは困るらしい」

 そこで《天空》のナビゲーターとしてフィアの解放を、と提案したのだ。

 実際には他にも色々あった。新聞部の時とおんなじような感じだ。

 すなわち、主にアニーがハッキングしたりウイルス流しまくったりして脅しを掛けたり、色々弱味を探して揺さぶりまくった。完全に犯罪である。

 それをたった一日でやってのけるからやはりあいつは天才だ。

「さあどうするフィア。あまり時間は無いんだろう? さっさと決めて貰えると助かるんだがなあ」

「あ、ああ」

 フィアは少し躊躇うようにして――、それから、はっきりと名前を書いた。


 ………………………

 ……………

 ……………………

 ……………………

 私は、上記に定められた規約に同意し、取月隊の一員となることを誓います。

 フィア・レイ


 途端に、契約書が発光し始めた。同時に、バギン! と妙な音を立てて、牢獄の扉が開く。

 魔女が、魔法使いへと変わる瞬間。

「歓迎するよ、フィア・レイ」

「よろしくー」

「…………なんだか、まるで実感が湧かないんだが」

 恐る恐る出てきたフィアは、なぜか怯えるように僕に抱きついてきた。僕は優しくその背中に手を当てる。

「実感なら、後でいくらでも湧くよ。お前の願いが現実になれば、嫌と言うほどにな」

「でも」

「俺は、お前を救う。夢を見ているならそれも悪くは無いだろう。お前が夢を見ている間に、俺は現実でお前を救う」

「でも……!」

「だから、あともう少しだけ夢を見ていてくれ。そうすれば、全ては現実になっているはずだから」

 取り残されたアンドロイドとマイが揃って気まずそうだ。

 というかマイの方からは軽く殺意すら感じられる。

 僕は愛想笑いを浮かべると、エレベーターの方を指差した。



 4



 小隊室でアニーは呆れたようにため息を吐いた。

「で、アキラはまた女を一人作ってきたと」

「またってなんだ! ていうか作ってないよ! 今も、今までも!」 僕はすぐに否定したが、相変わらず不機嫌そうな中川からも痛い視線が飛んできた。

「まあ、とりあえず歓迎しますわ、フィアさん」

「あ、ああ……よろしく頼む」

 肝心のフィアはどこか気弱だった。ここに来るまでも相当びくびくしていたのだから、これは当然だ。

「ほら、中川も。これからメンバーなんだから」

「………………………………………………………………………………一度納得したことではありますが」

 中川はこちらをじとりと睨む。

「そもそも、あたしは魔女が大嫌いです。いくら事情を抱えているとはいえ、あたしはあなたをまだ完璧に信用したわけじゃありません! 良いですか魔女! このロリっ娘!」

 ぴきっ! とフィアから嫌な音がした。ごぼっ! と腕も沸騰する。

 だが中川は上から堂々とフィアを見下していた。本当に魔女が絡むと中川は怖いもの無しだ。さすが、何の迷いもなく僕の首を締め上げただけはある。

「ふーん、言ってくれるなあ……。このド貧乳」

「何ですって!? 土下座野郎!」

「何でお前がそれを知っているんだ!?」

 フィアが驚愕すると、アニーがぼそりと呟いた。

「私がクラスAフロアの監視カメラをクラッキングしましたから……」

「お前はまたそんな事を」

 中川とフィアの喧嘩は続く。見かねたマイが一歩踏み出した。

「あーもう喧嘩しないのー……」

 マイが呆れたように言うと、二人の間に割って入った。おかしい。マイが大人に見える。

「そうだ。お前らには仲良くしてもらわないとな」

「は?」

「何でですか先輩?」

「何でって……。フィアは中川のパートナーになるんだから」

「「!?」」

「だって前に中川、『パートナーいるとか羨ましいー』みたいな感じの事言ってたろ」

「あ、まあ、確かに言いましたが……。こいつと? この殺人鬼と!?」

「大丈夫。フィアは(多分)根はいいやつだから」

「だとしても嫌です! 断固お断りです!」

「私だってこんな処女臭い女は嫌だ」

「何ですって!?」

 再び喧嘩発生。というか、フィアは仮にも乙女だろうが。もう少し言葉には気を使えよ。

「そうだ! 私がお兄ちゃんのパートナーになって、マイが小娘のパートナーになれば良い!」

 これにはマイがすぐに不満を訴えた。

「なっ!? 私はアキラと離れるのは嫌だよー! というか封印の関係で離れられないし!」

「それとフィア、お前は知らないかも知れないが、中川とマイの仲はあんまりよろしくないんだ。察してやってくれ」

「…………まあ、どちらも自己中心の塊のようなヤツだしな」

「お前もだろ」

「ああ。だけど、この二人ほど酷くない自覚はあるよ」

「「生意気な!」」

 どったんばったん! と中川、マイとフィアの最終決戦がスタートとする。あいつらの精神年齢はどうなってるんだ。ついでに中川、お前足の怪我はどうしたよ。

 僕とアニーはアイコンタクトを取ると、ハルマゲドンと化してしまった小隊室からこっそりと退却した。




「元から賑やかな小隊室がさらに愉快になりそうですね」

「まあな。ただ問題小隊に代わりは無いんだが」

 アニーは優しく微笑んだ。珍しく、その目には真面目な光が宿っている。

「それで、これからどうしましょうか」

「どうしましょうかね。まあ、とりあえずはフィアの街を救うことは確定だな。中川の骨折はあと二、三日で治るらしいし」

 最近の医療は本当にレベルが高い。僕の軽い擦り傷は大体治っていた。フィアはまだ治っていないが、正式に魔法使いとなった今、病院に行けば何とかしてもらえるだろう。

「まあ、今日ので悪化しないと良いんだがな」

「ですねぇ」

 思えば、フィアの顔がほとんど目撃されていないのは幸いだった。もしフィアがここ連日の襲撃者だと知られていれば、フィアを隊員として取り込むことは叶わなかった夢の筈だ。

「そうして、それからはどうします?」

「何だ、突然だな。良いことでも有ったのか?」

「いいえ、特には」

 アニーはまた、優しく微笑むだけだった。答えてください、とその目が語っていた。

「そうだな…………、何もしないんじゃないか」

「と、言いますと?」

「だから、何も変わらないのさ。別に僕は、いや僕らは、自分から何かに向かっている訳じゃない。行き当たりばったりの対症療法で生きてきて、ここまできた。人間ってそんなものだろ? 目的無く人生を歩む人も多いだろうよ」

 僕はドアの向こうから未だに幽かに聞こえてくる喧騒に耳を傾けながら、紡ぐ。

「だから、何もしないのさ。人生っていうのは本当に分からないし、何も知らない。自分の気持ちに正直でいられれば、それで良いんだ」

 今回みたいにね。結局は、それが一番良い結果に繋がる事だって多いんだから。

「……そもそも、忘れてやしないか。僕はマイという鬼の対症療法として仕事しただけで、あれが無ければ僕は働く気すら無かったんだぜ」

「そうでしたね」

 アニーはどこか感慨深そうに呟くと、深呼吸をひとつした。




 それから、少しだけとりとめのない話をしてから。

「……そろそろ部屋に戻りましょうか。でも、その前にもう一つだけ」

 アニーは相も変わらず優しく微笑みながら、言った。

「あのとき、アキラは」

「……僕は?」

「中川に気を使ったんですよね? ――以上です。返事は要りませんよ」

 そう言うとアニーは小隊室(実際は小隊小屋)に戻っていった。

 中川に気を使った…………、か。



『自分達でも通信出来るのに、私を通すのは何か意味が有るんでしょうか?』

『さあな。自分で考えてくれ』

『わかりました』



 correct。

 まったく、あいつは天才なんだ。そう、僕は中川に気を使った。

 そこまですべてを見通して、どうしてお前はそんなにキチガイっぷりに満ち溢れたキャラを演じるんだい。

 僕はそう思いながら、小隊小屋のドアをひねって開けた。

 室内からはもう何も聞こえない。見れば、アニーが全員土下座させていた。

「さて、色々壊してくれたようだし」

 僕は部屋を見回した。あちこち穴が開くわ、燃えるわ、水びたしになっているわで大惨事だ。

 部屋の中央ではアニーと中川が揃って震えていて、その隣に座るフィアはどこか飄々とした態度をしていた。全員等しく泣かせてやるから安心しろ。

「説教を開始するとしますか」

 僕は額に青筋を浮かべた。




 この説教の顛末も書きたかったのだが、どうやらもうあまり尺が残っていないようだから、ここらで一旦筆を置くことにしよう。

 これでこの物語ストーリーは一区切り付いた。退屈だったかもしれないが、これが僕らの世界だ。

 たった一〇日間の短い世界に、間違いなく僕らの人生の欠片は詰まっている。それは事実。

 色々な奇跡が積み重なって、僕らは《地底》にいる。それもまた、事実……。

 そして、事実はまだまだ続く。今も、これからも。僕らの一生はまだまだ長いんだ。いつか終わるその時まで。事実は生まれ続ける。それも確かな、事実。

 その事実の一欠片。この数日後、僕らはフィアの故郷を助けに行くのだが、それは、また別のお話。

 最後に締まらない挨拶で失礼する。

 でもそれはつまり、


 これはそういう、物語。


 って事なんだから、ね。



 fin.

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