終章・無から始まった物語
真実を全て明かす。
0
あるいは自分が魔法使いになる手もあったんじゃないか、と。
殺人狂と言われながら、いやそう言われることで、倫理観を上手にマスキングしてきた。
小腸が目の前にぶら下がっていても、眼孔から脳がはみ出ていても、それら全てに蓋をしてきた。見ているはずなのに、見えていなかった。見たくないものが真っ黒に塗り潰されていた。
殺人狂と言われながら、結局少女は殺人狂になりきれなかった。
だから少女は。最後の瞬間まで、全力を出せなかった。
アキラを、全力で攻撃出来なかった。
つまりこれは、そういう物語。
1
時は僅かにさかのぼる。
あの日、マイは公園の上で、僕にマイが知る限りの真実を語った。
「僕が救世主?」
先に告げられた結論に動揺する僕に、マイはくすりと笑った。
「あの小さな魔女は救世主って言ってたけどね。実は救世主でも何でもないんだー。天才、って言葉が一番似合うかなー。生まれつき、強大な魔力を持って生まれてきた魔女」
マイはにこやかに言って、僕を指差した。それがアキラだよ、と。
「アキラは二歳まで、《天空》に住んでいたんだ。物心つく直前までね。元々魔法を使う才能もあったアキラが一番に習得したのは、変身魔法だった。蝶を見たらそれに憧れて蝶になり、犬を見たら犬に憧れて犬になる。それも、驚異的な正確さ、素早さの上でね」
マイはいつの間にか、間延びのない、真剣な喋り方になっていた。
「そしてアキラは、変身魔法以外にも様々な魔法を次々に習得していった。オリジナルの魔法を編み出したりもしたそうだよ。まあ、指先から蝶々を生み出すような、遊ぶための魔法だけどね。で、一方その頃、アキラの天才的な才能は《地底》にも流れていた。アキラの親の意向でひた隠しにされていたにも関わらず、スパイがいたから漏れちゃったんだね」
「スパイが……」
「だから」
私の親が入っていた秘密結社は、アキラをさらうために動いた。
マイはそこまで言って、一つため息を吐いた。それから、
「秘密結社についてはまた後で。そしてアキラが今ここにいることから分かるように、過程はどうあれ、アキラは確実にさらわれた。でも、一つ問題があったんだよ」
「問題が?」
「そう。アキラの才能があまりにも非凡すぎたんだ」
僕をさらう決行部隊は、人間と魔法使いの混合部隊だったらしい、とマイは言った。
「その時アキラは自分をさらいに来た魔法使いを見た。それから、一緒に居た人間を見てしまった」
「まさか、僕は……」
「憧れてしまったんだ。人間に」
だからアキラは人間になってしまった。しかし、大きすぎる魔力がそのまま残ったため、アキラは次第に体調を崩していったらしい、とマイは続ける。
「当初物心つく前にさらう事で魔法使いとして育てる予定だった秘密結社は焦った。しかもなぜかアキラは、魔法使いには憧れなかった。蝶になっても犬になっても最終的には魔女に戻り続けたアキラは、人間になったその時だけは魔女に戻ろうとしなかった。結果として、ぐんぐんアキラの体調は崩れていった。最終的には死にそうなほど衰弱してしまった。だから結社は最終手段として、アキラの魔力と才能をそっくりそのまま他の魔法使いに移してしまう事にした」
人間は魔力に慣れることは出来ない。永遠に。
だから、結社は前代未聞の魔力移植に乗り出した。
「そしてその移植先に選ばれたのが、アキラと同い年の私だったー」
マイは急に普段の喋り方に戻ると、僕の右手を取って自分の胸元にそっと当てた。
少しだけ柔らかい感触と、確かな鼓動が肌に伝わってきてドキリとする。あわてて手を離そうとしたが、マイはよりいっそう強い力で、抱き締めるように僕の右手を自分の胸に強く押し当てた。
「つまり、私には今アキラの魔力が宿っているんだよー……。私達は、ずっと昔に、会っていたんだー」
そう言って、マイはにこりと、どこか悲痛そうに笑った。
マイはそうして、アキラに付き従う事を言い渡された。
物心ついた頃には、執拗な『男児化』と共に何度も言い聞かされ深層意識に刷り込まれていたので、アキラに従う事に抵抗は無かった。
そしてマイは、確かに賢かった。幼稚園の頃には既に酸いも甘いも噛み分ける、とまではいかないが、世の中の裏と表を敏感に察知していた。自分の身体にアキラの魔力が宿った事実も訳も、すぐに飲み込んだ。
とはいっても、恐怖は確かに存在した。なんといっても、アキラは魔女の子であり、マイはその魔力を奪った魔法使いである。妙な罪悪感と、いかんともし難い恐怖――内側に魔女の力を秘めてしまったこと――にマイは幼いなりに悩まされてきた。
だが、初めてアキラを見たとき、それは全て
その時からマイは、自分の内にある魔力に愛情すら抱くようになった。アキラに付き従うことも決めた。例えばアキラが、魔女側に付いてしまったとして、マイはその場合、アキラと共に《地底》を、魔法使いを裏切れる自信もあった。
そして何事も無いまま小学校、中学校は過ぎた。そうして高校に入り、
「私達は初めて出逢ったー。そうして、今まで一緒に過ごしてきたー。そこまでが事実だよー」
そう、マイは締め括った。
「そしてー、これからの事実は今から作らなきゃいけない」
「…………、」
僕は黙ったままだった。今までの常識を全て覆されるほどの衝撃を受け取っていた。
そして僕は、もうひとつ、謎が残っていることに気が付いた。
「………………その、秘密結社というのは、一体?」
「ああそうだねー、まだ言ってなかったっけー」
秘密結社っていうのはね、とマイはなぜか楽しそうに口を開く。
それが、後の大問題のきっかけになるとは、露ほども知らないままに。
「この学園の事だよー」
2
事件から、二日後。
「けーっきょく、あたしは今回も役立たずですね」
「それは私にもぐっさり刺さるからやめてくれないカナー?」
けっ! と中川が不機嫌そうにソファに座った。ギブスを嵌めた左足を椅子の上に乗せる。
「はしたないぞ」
僕が柔らかくたしなめたが、中川はそっぽを向いてしまった。まったく、こいつは本当に。
まあ、僕としては誰も大事無かった方が幸いした。…………そんな僕の左手中指にもギブスが嵌まっている。知らない内に折れていたらしい。
「まあいいか。アニー、それで」
「はい。フィアは無事委員会が確保。さまざまな監視カメラから私達の行動は防衛行動と認められたのでおとがめは無し。ただし――」
「ただしー?」
「自発的に、かつ極秘に戦闘を行ったペナルティとして報酬も無しですわ。それから、今回の戦闘には私達は関わっていないことにしろ、と」
「なるほど、お偉いさんなりの配慮か、それとも横取りかって感じねー。で、アニー。一番大事な交渉権はどうなったの?」
はい、とアニーはにこやかに笑う。そして、一枚の紙切れを取り出した。
「無事発行されました」
許可証。地下千メートル単位の牢獄に突入するための、フリーパスだ。普通こんなものは発行されないが、今までの報酬全部と今回の功績と、フィアの話した情報を活用して、学長に直接掛け合って手に入れた貴重な一品。
「よし」
僕はさっきからずっと座りっぱなしの丸椅子から腰を上げた。
「じゃあ行こうか。スカウトしに」
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