ラストバトル
そして、僕の前にフィアは現れた。
捕らえるべき救世主を間違え、散々痛い目にあい、太ももにフォークを刺されて、自分自身壁に突き刺さってまで、彼女は諦めずにもう一度僕の前へ現れた。
正直やり過ぎたと認めるレベルだ。一歩間違えれば彼女は死んでいたかも知れない。そうなれば、僕には彼女を救うことは叶わない。今だってきっと、非常にギリギリのラインだ。
もう、彼女には最初の
マイを人質とすれば良いものを、そこまでもはや頭が回っていないようだ。よくよくみれば目の焦点も合っていない。
それは、今の彼女の火の魔法と、僕の不馴れな救世主魔法ならば互角だろう。だが、今の彼女には、僕と互角に戦えるほどの体力が残っているとはとても思えなかった。
目の焦点も合っていない、足取りもおぼつかない。そもそもあの足は、今も激痛に脅かされている筈だ。
「アニー、中川は無事か」
『足が折れていて、動けないそうですが』
「そうか。もうすぐ終わるから、と伝えておいてくれ」
そう言うと、アニーはくすりと笑った。
『自分達でも通信出来るのに、私を通すのは何か意味が有るんでしょうか?』
「さあな。自分で考えてくれ」
分かりました、とアニーは言ってから、少し黙った。
『マイと、そこの魔女。救ってあげてくださいね』
「もちろんだ」
僕は通信を切ると、じっとこちらを睨み付けているフィアに話しかけた。
「どうしてだ?」
「…………何が」
「どうしてお前は、そんなにぼろぼろになってまで僕を――、メシアの力を欲するんだ? 普通ならもう引き際だろう。お前にジョーカーがあったとして、もうお前はそんなにぼろぼろなんだ」
「……そうだな」
フィアは少しだけ笑うと、上を指差した。
「簡単に言えば、私の故郷の為、だな。お前だって、故郷は大事だろう?」
「それとメシアに何の関係がある」
「あー……そうだな、何から話すべきか…………、」
フィアはそう言って、頭をがしがしと掻いた。
「……コードネーム・グラビティボム、っていうのは知っているかな」
「グラビティボム……、重量爆弾……?」
「そうだ。歴史が定めた禁じ手。《天空》の切り札。…………私が止めようとしている、非人道的計画」
眉をひそめた僕に、フィアは知らないのも無理もないと笑った。とうに忘れ去られた手段だと。だが、僕も必ず知っている筈だと。
「もっと簡単に言ってやろうか。重量の偉大さを使って、高所から超重量物を落下させる計画だよ。《天空》創造初期に闇の方で進行していたヤツだ。…………まあ、すぐに頓挫してしまったわけだが」
つまり、とフィアは更に簡潔に告げる。
「私の故郷を爆弾代わりに落下させる計画だよ」
9
グラビティボム。
《天空》に数多く浮かぶ円盤のひとつを自由落下させるという、愉快極まりない作戦だ。数百トン級の物体が対流圏から落ちてくるわけだから、結果は全く愉快ではないのだが。
元々あれは魔法で浮かんでいるため、それを切ってしまえばほいほい落下してくる。
《天空》創造当時は、すべての円盤に人が住んでいるわけでは無かったので、落としてみようかというお話もあったそうだ。しかしながら《地底》の報復を怖がり尻込みするうちに《天空》の人口はどんどん増え――避妊を禁じる新興宗教が大流行したせいもある――、最終的にはすべての円盤に人が住み着き、落としたくても落とせない状況になった。
――という話だった筈だと、僕は歴史の授業で習った。それをグラビティボムというのは初めて知ったが。
「それをお前は止めるために、僕を探しに来たのか」
「ん。政府の一部の馬鹿どもが裏で再始動したプロジェクトだが、決行は民間に委託されていた。だからそれを潰そうと思ってな」
その民間業者にティアは勤めていたんだろう。
僕の心を読んだのかは知らないが、フィアは少し顔をしかめると、
「ティアはその民間企業に勤めていながら、その計画を止めないどころか進行させたんだ。故郷を消し去る計画をな」
「…………、」
「まあ、というわけだ。どうしても私は引き下がるわけにはいかないのさ」
そう言うと、フィアはポケットに手を突っ込んだ。そして、こちらに何かを投げて寄越す。
「とはいえ、精神論じゃこの足はどうにもならない。この身体もな。頭も大分キている。もう私は、今にも死んでしまいそうなんだ。――完璧に自業自得だな」
それは、ペンダントだった。マイが閉じ込められている。
「それは返すよ。ぶち壊せば、後は勝手にマイが中からディスペルするだろう。――もう私には役立たないモノさ」
「…………本当にやる気なのか?」
「もちろん。言っただろう? 引き下がれないって」
その言葉に導かれたかのように、フィアの頭上に魔方陣が展開する。
「これは偉大なる悪足掻きだ。そんな顔してないで褒めてくれたまえよ」
だが、その規模は規格外の一言に尽きた。
半径一〇〇メートル。真っ赤な魔方陣がゆっくりと回転していた。
「今だったらまだ平和に終わらせられるぞ」
だがそれでも、僕は動じずに言った。
「そうだな、お兄ちゃん」
フィアは両手を上にあげる。
「もしかしたら、そんな未来も有ったのかもしれないね」
ずあっ! と魔方陣が冗談みたいな勢いで縮小を始めた。代わりに、魔方陣の中心に赤い火の玉が生まれた。
それはぐんぐんと大きくなり、そしてそれに逆比例するように魔方陣はどんどん小さくなった。
「安心しろ、お兄ちゃん。これを食らってもお兄ちゃんは死なないさ。死ぬほどの苦しみを味わった上で――私に捕まるだけだ。まあ、周りは一面焼け野原になるだろうけど」
そいつは分かりやすい構図だな、と僕は笑いたくなった。これを防げば勝ち。防げなければ、僕は捕まり――、中川も、下手をすればマイも死ぬ。
それにしても。
今すぐにでも抱き締めてやりたいくらいに、フィアは弱々しく笑う。全てを背負い、そしてぼろぼろになって、彼女はまだ諦めきれていない。
そこにはしつこいとか、未練がましいとか、そんな否定的なイメージは全くない。敵であり、嫌味なほどに憎たらしく、酷く擦れてしまっているようで――――、
その実、彼女もやはりただの少女なのだ。
ふと、強い信念を持って僕を殺さんとした中川を思い出した。いつの間にか、僕は中川とフィアを重ねて見ていたのかもしれない。
だったら、もうする事は更に簡単になったわけだ。
全てを受け入れろ。その上で、正しい方向に導いてやる。
「俺はお前の全てを肯定するよ、フィア。そしてお前の全てを救ってやる」
最終的に人の頭ほどになった火の玉を、フィアはそっと胸の前に下ろした。その目に、これまでに無いほど強い信念が宿る。
来る。最大の一撃が。
「だからまず、俺はお前を叩き潰す」
光が。熱が。闇が。
炸裂した。
10
火の玉は、すぐに拡張を押さえ込まれた。
「なっ…………不発!!?」
フィアが愕然とする。不発? まさか。
僕が押さえ込んだんだ。
正八面体の結界を組み立て、即時実行。青い結界は速やかに火の玉を取り囲み、その膨張を未然に阻止する。
筈が。
バギン! と妙な音が響き渡った。結界の許容限界を越え、ヒビが走っている。
今度は僕が驚く番だった。
すぐさま、魔法で結界を外側から押さえつける。割れないように。
「割れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」
「させるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!」
ミヂミヂミヂミヂ! と結界に内側から凄まじい力がかかる。
急速に広がるヒビを、糸のような『力の線』を利用して必死に押さえ込む。ここを押し負けたら全てが終わる。
「つあっ!」
だが、フィアの力の方が僅か上を行った。遂に結界の一ヶ所が弾け飛び、朱が噴出する。
終わったと思った。
フィアが勝ち誇るような笑みを浮かべる。
その時。
フィアの笑みが凍りつく。同時、彼女の膝がかくんと折れた。
拍子に、確かに結界にかかる圧力が弱まった。僕は穴を修復し、更に結界自体を強化する。
その上で、僕は結界をどんどん狭めていった。ギギギギギ、と火の玉を押し潰すように結界は小さくなっていき――、遂に、目を大きく見開いたフィアの前で消滅した。
これで最大の脅威はクリアーした。だが、まだ終わらない。
そして僕には
僕は優しくなかった。人の気持ちを考えられれば、僕は今まで幾人もの魔女を切って捨てておかしくなかった。それを僕は今まで、自分の都合でねじ曲げてきたのだ。
今度も同じ。フィアを救うために、僕は何でもやってやると決めたんだ。
つまり、隙を見せたフィアに対して、僕は迷わずに一歩を踏み出した。
両者の距離は五メートルもない。
こちらが動いたのを見て、フィアの手に炎剣が生み出された。豪々と燃えるそれを片膝立ちのままに構えるフィアに、僕は拳を握り締めた。
「僕は約束通りお前を救って見せるさ、フィア。だから」
決着。
「俺の一撃はちょっと痛むぞ。目を閉じて歯を食いしばれよ」
咄嗟にかざされた炎剣に掠りもせず、僕の拳は――、魔法強化もされないままに、フィアの顔面に突き刺さった。
音は聞こえなかった。
フィアはくるくると宙を舞って…………………………、それから、地面を転がった。
火の玉が消えてもなお残っていた魔方陣が静かに点滅して、ふっ、と消滅したのが、唯一僕の勝利を物語っていた。
「…………アニー」
『作戦は終了ですわ。これから撤収作業を開始致します』
一連の騒動は、終結した。
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