それが真実だ
6
「マイの反応は動いていないのに、消失した?」
アニーは小隊室二階の空き部屋で、ぶつぶつと呟いていた。
「魔法で透明化された? いや、それならマイが
と、アニーは首を傾げた。なんで自分はさっきから、魔法方面しか考慮していないのだろうか?
魔女に消されていながら、マイの反応はいまだに健在だ。つまり、科学でも説明可能な何かにマイは囚われているのだ。
(反応は現地に有るのに、姿が見えない……。認識をずらした? トリックアート……? まさか)
出来ない話ではなかろう。あのペンダントから微量でもいいから何か噴出出来るなら。だが、それはもはや完璧に科学の領域。相手はあくまでも魔女だ。
つまり、科学的で、しかし魔法でも再現可能なこと。それを探せば良い。例えば、あのペンダントは
それならば、魔法的な説明は可能だ。ペンダントはしばしば、何かを入れて閉じ込める役割を果たす。そこを上手に使えば、ペンダントを牢獄と定義して使える。牢獄は『内から開けられない』ように出来ているモノだ。まあそれでも脱獄は有るだろうが、少なくとも牢獄は中から開けられないように、という明確な意思を持って作られている。そこを使い、マイに内側からディスペル出来ないようにすることも難しくなかろう。
だが、それを科学的にどう説明する。
科学的に説明出来れば、救出の糸口が見える。しばしば、科学と魔法は同居するものなのだ。
マイは牢獄空間に転移されていながら、反応を失っていない。何かないのか。空間を共にしながら、認識不可能な、そして科学的に証明できるものは。
今こうして悩んでいる間も、アキラ達はどんどん危険になっている。モニター上では中川が蹴り飛ばされた。アニーはいらいらして、髪を掻きむしった。己の無力さに腹を立て、ばたばたと足を動かして暴れる。
その衝撃で、棚の上から何冊かイケナイ本が落下した。中川が読んでいたヤツだ。うわちゃ、とアニーはそれを拾おうとして、ふと手を止めた。
そこに広がるのは、ピンク色の平面世界。
二次元世界。
「………………別次元……?」
7
「面子、ねぇ」
僕はつい、笑ってしまった。フィアが小さく眉をひそめる。
耳元でイヤフォンから『別次元……?』とか聞こえてきたが、そちらはどうでもいい。アニーのことだ、きっと放っておいてもなんとかなるだろう。
僕が笑ったのは。ここまできて、いまだに自分が優勢と思い込んでいるフィアの態度だ。
「まあ、無理もないか」
僕だって最近知ったんだし。こんな絶体絶命の状況を見れば、誰だってそう思うだろうし。…………実際に、マイをさらわれたのは少し予定外だった。
というか、フィアに秘密を明かさないままに終わらせられたらベストとか、下らない事を考えてしまったのが一番の失態だったんだろう。
だが、問題はない。すぐに取り返す。
「そもそもが違ったんだ。お前が現れた時から、いやその前から、全てはねじれていた」
僕はサーベルを放り捨てた。フィアが今度こそ、はっきりと眉をひそめた。自分から武器を捨てた? 狂ってる、とでも言いたげに。
そこが間違いだということ。
「僕が何を言っているのか、分からないか?」
バギン! となにかが
「お前は言ったな。『救世主はマイだ』ってさ。いいや、それ自体は間違っていない。少なくとも、あの時点では」
「あの、時点では……? 救世主の力は、器を次々に変えるとでも?」
「お前風に言えば、『半分は正解だ』」
僕は、出来るだけ横柄に見せるため、両手をズボンのポケットに突っ込んで、似合わない事を承知で斜に構えた。きらびやかな魔方陣が、僕を中心にずあっっっ! と展開される。
刹那、ドッ! と魔方陣が発光した。
「せめて、本当の救世主の性別ぐらい調べてから来るべきだったな、愚かなる我が同胞よ」
口から知らない言葉が流れ出る。体に知らない力が流れ込む。頭に知らない知識が満ち溢れる。これこそ、マイとの接続が切れた代償。魔女に魂を売った、罰。
すなわち、力の返還。
「まさか、お兄ちゃん、お前がっ………………!」
この瞬間。僕は僕にして、僕では無くなった。
ガカッ! とフィアの頭上に魔方陣が浮かび上がる。
つまりはこれが、僕がフィアと戦う事を決意した理由。マイが十五年間、僕に隠し続けた事実。
そう。
「僕がメシアだ」
前代未聞の三〇重魔方陣『未』。
見かけ倒しの威力しか設定しなかったのだが、それでも想像しがたい音と共に、図太い光柱が突き立った。
視界が真っ白に染まる。衝撃が、風が、僕を襲った。ぶわっ! と身体が浮き上がりそうになるが、斜に構えていたのも幸いしてなんとかそれは防げた。
だが、いざ光が消えたときには、フィアはいなくなっていた。
逃げた訳ではあるまい。僕を捕らえなければ、フィアの目的は達成されない。一時的に離脱して、体制を整えなおす、といったところだろうか。
となると。
「…………ワープか」
僕は小さく首を振って、未だにどたばたとやかましいアニーに向けて指示を出した。
「ぜっ! ぜひゅっ、ひゅー……」
咄嗟のワープで路地裏に逃げ込んだフィアは、呼吸を荒くしていた。なんだあれ。何重魔方陣だった?
そのとき、ドウッ! と凄まじい音が鳴り響いた。見れば、図太い光柱が天に突き刺さっていた。言うまでもなく、先ほどの魔方陣によるものだろう。
ぶわっ、と顔に冷や汗の粒が浮かび上がるのが分かる。規格外、という言葉すらももはや似合わない。あれは
手に握りしめたペンダントが嫌な冷たさを感じさせる。
なんというものに手を出してしまったのか、フィアは今さらになってその馬鹿さ加減が理解できた気がした。
メシア? 戯言を。あれはそんな便利なものじゃない。あれは絶対に開けてはならないパンドラの箱。フィアは知らず知らずの内に、それを全開にしてしまっていたということだ。
だが。
「…………それでも」
フィアは杖をぎゅっと握りしめた。
「引き下がれるかっ……!」
パンドラの箱は、全ての悪と災いが詰まっていた箱だ。だが、そこから全ての災いが抜けたとき、希望だけが箱の底に残ったそうだ。
メシアの…………、お兄ちゃんの攻撃を全て凌いで、希望だけを手に入れて見せる。
ごぼり、とフィアの腕が決意の音を立てた。
次の瞬間、巨大な火柱がフィアの居る路地裏を飲み込んだ。
僕が出した指示は簡単だった。
「アニー、マイの座標を教えろ。そいつを追跡して、フィアを叩く」
『分かりました。ただ……』
ぐいん、と視界に地図が浮かび、僕と中川、それにマイがポイントされる。
『追跡する必要はありませんわ』
「ん?」
『おそらく、マイはペンダントに次元変換を受けて閉じ込められています。そして、四次元のものはそのままでは別次元上で認識されません』
二次元のコンテンツも、三次元のデバイスを使用しなければ表示できないように。
『つまり、そこからマイの座標を巻き込むように大規模攻撃を行って下さい、ということです』
曰く、大規模攻撃をしてもマイは死なないし、むしろマイを閉じ込めている『ペンダント』をぶち壊すかも知れない。それさえ壊れれば、マイは自分で次元変換をディスペルするだろう。
…………との事だった。
そこからさらに一歩。フィアが水を使う魔術師なのは先ほどのを見ても明らかだ。前に戦った時も、彼女は確かに水で作った剣を振り回し、水の化け物を使役していた。
水と対極をなす概念、『火』。相克では非常に相性が悪いが、それを押して捩じ伏せる実力が今はある。むしろオーバーキル気味な今、ツマミ一つで結果が大きく変わってしまうような状況では、彼女の水である程度打ち消してくれれば丁度良い威力を実現出来るに違いない。
それにしても、フィアもティアも水系の魔法を使うのが好きだな。彼女らの故郷は水魔法のエキスパートでも住んでいるのだろうか。
なんて考えながら、軽く右手を振る。ゴミを放り捨てるくらいに、何気無い動作。たったそれだけで、
『結局、努力とは何なのか?』
と普通の魔術師が頭を抱えて盛大に唸ってしまうほど莫大な炎が路地を焼いた。たまたま撃ち込んだ方向にオベリスクがあるのだが、まさか国家反逆罪とか言われないよなあ、と冷や汗を流す。
火はオベリスクには到底届かないが、それでも瓦礫を飲み込み、木々を焼き、路地裏を丸焼きにして、挙げ句何かに引火したのだろう、ガボン! と黒煙が立ち上った。
災害。
それが現状にもっとも似合う愉快な言葉に違いない。無論、ユニークさを求めないのであれば、これは過剰殺戮だ。
地球上の一人一人の頭上に80tの爆弾がある。
なんて言われていた事もあったらしいが、甘過ぎる。きっと《天空》には僕以上の魔術師も沢山居る。それに、《地底》が遊び半分で開発しまくったプラズマボムなんかをあわせていったら、800tでもまだ生ぬるいかもしれない。
その、過剰殺戮の一片にせよ、それを一身に浴びたフィアなど、死こそ免れたかも知れないが、それでも致命的なラインをさまよっておかしくない。
にもかかわらず、彼女は来た。
それは唐突だった。未だに轟々と燃え盛っていた炎が、急に一点に収束した。
渦を巻くように炎に急に流れが生じたかと思ったら、ぎゅぱっ、と炎は一気に小さくなり、消えた。
まるで、何かに吸い込まれたかのように。
「杖が象徴する元素は、水では無い」
聞いたことのある、妙に幼く、しかし酷く冷徹に響く声がした。
予定では、致命的なラインをさまよっているはずの、少女の声が。
「こういう事もあろうかと、水術式を使い続けた甲斐がようやくあった。もう今となっては、私の本分を覚えている魔術師など数える程だろうがな」
かつ、かつ、と
「最初杖を見た時点で不自然に思わなかったのか。思わないか? そうか、《地底》ではそんな単純な事も習わないのだな」
「…………まさか」
「お兄ちゃんは最大のネタばらしをしてくれたな。さしずめこれは、そのお礼と思って構わないさ」
少女はくるくるとワンドを回した。
「さて、杖の象徴する元素は水ではない。そして私はこの通り、火の魔法を喰らっても全くの無傷だ。まさかその意味が分からないというほど、お前さんが愚鈍というわけではあるまい」
「……、」
息を詰める。僕は、大変な間違いを犯してしまったかも知れない。
まるで、ここぞとばかりに相手が放った渾身の黒のジョーカーに、赤のジョーカーを被せようとするかのように。
「そうだ」
薄く笑う口の端から、八重歯が可愛らしく覗く。
炎を吸い込んだ少女は、邪気を孕んだ笑顔で愉快そうに言った。
「私は火の魔術師だよ」
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