さあ、全てを明かす時だ
3
魔女の少女は、小さくため息を吐いた。自分の属性のシンボルである杖を左手に持ち、目の前に立ちはだかる流線形のシルエットを眺めた。
少女が昔、住んでいた町。正確には、それに覆い被さるように厳重に張られた結界を。
赤い結界の中には、かつての日々を閉じ込められていて、今どう足掻いてもそこに手は届かないだろう。少女はこの国で屈指の魔術師だが、それでも個が組織の力に勝つことは難しい。
今や、町の中に人気は感じられない。
立ち入りは完全に禁止され、住民は強制移住を強いられた。少数流派というだけで不当に
あるいは、ねたみそねみがその底にはあるんだろう。少数流派が主流派に勝るというのは、彼らのプライドが許さなかったに違いない。
なんて醜い。
ダムの底に町を沈めるようなものだと、通達に来た男は話していた。天災だと思ってくれと。
「ふざけやがって……」
ぎりっ、と少女は歯を軋ませる。
まさかそんな説明で納得出来るとでも思っているのか。鈍い殺意が頭をもたげるが、少女は頭を軽く振ってそれを払った。
何にせよ、救世主を我が物に。そうだ、それで全ては終わるんだから。
言い聞かせるように脳内で何度も何度も繰り返し、焼き切れそうになる。
そして、少女は再び《表層》へと向かう。
この、つまらない戦いに決着をつけるために。少女はもう一度、戦場に帰っていく。
4
オベリスクに向かうにつれ、マイと中川の緊張感はどんどん上昇していくのが分かった。ぴりぴりと張り詰めた空気を、二人がまとっていく。
だが、僕は不思議なくらいに動じていなかった。多分、動じる理由が無いからだろう。
そして、ようやくオベリスクの根元が見えるか、という片側四車線の大きな道路に出たとき、そこに何か人影があった。
「…………、」
人影は無言で道路の中央で腕を組み、背中に杖をぶら下げている。僕らとの距離は、およさ一〇〇メートル。
その人影を僕は知っていた。…………先週の土曜にも見ている。
「……魔女」
「それは止めにしないか? 私にはフィア・レイという名前が有るんだ」
ただ呟いただけの筈だが、魔女――、フィア側から返答があった。一体どんな仕組みだろうか。
そして、僕はそのレイという名前にも酷く聞き覚えがあった。
「フィア・レイ…………。お前、まさかティア・レイの親戚だったのか?」
「親戚というのは適切ではない。
レイと言うのは個の名前じゃない、とフィアは言った。町の名前だそうだ。レイ町出身のフィア、レイ町出身のティア。
「…………しかしティアがレイと名乗ったか。ふむ……」
フィアは少し考える素振りをしたが、すぐにこちらに意識を戻した。
「それで? 交渉に応じるのかい? ちゃんと
「その前に一つ聞きたいんだ」
にやりと笑ったフィアを見て気色ばむマイを手で制して、僕は口を開いた。
「なぜお前はティアと一緒に攻めてこなかった? ティアと攻めればマイを奪取する事は格段に楽になった筈なのに、お前らはなぜかバラバラに攻めてきた」
「…………、」
僕は言葉を選ぶように黙った魔女、フィアに更に言葉を被せる。
それは、僕が今回の作戦の決断に至ったわけの一つ。
「お前らがどちらも《天空》の為に動いているなら、二人仲良く一緒に攻めれば良かったんだ。にも関わらずそれをしなかった。何故だ? 政治的問題か? 自分の確固たる名声の奪い合いか? だがお前らにはそんなものは無縁に見える。じゃあ何だ?」
「…………………………それは、」
言葉につまるフィアの言葉を引き継ぐように、僕ははっきりと告げた。
「内戦だろう?」
ごぼおっ! とフィアの腕が一瞬で沸騰した。だが僕は怯まずに続ける。
「どちらが政府側でどちらが反政府側かは知らないが、あるいは内戦とはいえないほどちっぽけなモノかも知れないが、とにかくお前らは一枚岩じゃない。だから互いに戦力の大幅増加を求めて、競うようにマイを奪いに来たんだ」
「…………半分は正解だ」
ごぼごぼごぼと、もはや異形と化した両腕を垂らしながらフィアは小さく笑う。だがその顔には、僅かに怒りの色が滲み出ていた。
「で、それでどうするんだ?《天空》の内部事情を知って、それで? 私がお前らにする事は変わらない」
もっとも、とフィアは続ける。今の話を聞く限り、交渉の余地は無いのだろう?
僕はそれに答える代わりに、右腕を小さくぺきぺきと鳴らした。左手に握った魔装が、冷ややかな存在感をあらわにする。
「愚かな奴らだ」
フィアは吐き捨てるように言った。
「自分がどれだけ弱いかも忘れるなんて。愚昧に過ぎる」
「そうかもな。内部事情が分かっても何もないし、状況も何も動いていない。だけどそれでも、僕はお前と戦うよ。お前が何か、《天空》世界に歯向かってまで成し遂げようとしていることが有るみたいだからな」
ぴくっ、とフィアの眉が動いたのが、なぜかはっきりと分かった。
この時点で僕は、ティアが《天空》の政府に食い込んだ魔女だという情報をアニーから得ていた。昨日、アニーからメールで回されてきた情報だ。
「お前と戦って、お前を止める。それからの事はそれから考えるさ。俺達の事も、お前の事も」
5
僕がフィアと戦う事を決めた理由は三つある。
一つは魔女に屈しない事。
一つはフィアを救う事。
この二つについては、上は当然の事だし、下に至っては後から付け加えられた理由だ。『そういう話ならついでにあの魔女も救っちゃうか』ぐらいの。
僕が戦う事を決めた一番の理由はそこではない。あの公園で、マイから伝えられた事こそ、決断の理由である。
それは――――、
僕はフィアに向かって駆け出した。
少し後に中川が続き、マイが後方で魔方陣を展開する。
「無駄だよ。マイを攻撃に回すならともかく、お前らじゃ火力不足だ」
フィアは杖で僕をしたたかに打ち、蹴りを打ち出した。
僕を押し退けるように飛び出した中川がその足を掴む。そして投げようとして、その手が虚しく空を掻いた。
「忘れたのか。私は水属性を使えるんだよ」
中川の手が、フィアの足をすり抜けた。と思ったら、その顔面にフィアの拳が突き刺さった。
「ああっ!」
ゴッギィィィン! と痛烈な音が炸裂する。
「ヒール!」
すかさず、マイから声が飛び、中川の身体が柔らかい緑色に包まれた。
僕はそれを横目に、間を置かずにロングソードをフィアにぶち込んだ。…………が、何の手応えもなく剣はすり抜ける。
僕は舌打ちすると、小さく印を呟いた。途端にロングソードが形を変える。
「少し派手にやっても構わないよな!」
バックステップで十メートルくらい一気に下がり、不恰好な銃の形をしたそれを構え、引き金を引く。ぽん、と間抜けた音と共に大きな弾丸が撃ち出された。
「…………?」
フィアが
刹那。
ボン! と一際大きな破裂音がして、フィアが後ろに飛ばされた。
「ちっ……! 爆弾か!」
「その通り」
僕は笑いながら言う。そして。
「…………余所見するなよ」
その言葉と共に、中川の手がもう一度、フィアの腹に突き刺さった。
「O・C!」
フィアが中川の手を透過させる暇もなく、その拳がフィアを捉えた。ズドン! と強烈な音がして、フィアの小さな身体が宙に少し浮く。
「こざかしい!」
フィアが即興で造り上げた水の剣を振るうが、その一瞬前には中川は離脱していた。
「だー……、面倒くさい……。思った通り戦闘になるし、思った通りマイは前に出てこないしさ」
フィアは少し後ろに滑って、靴底からざりざりざり! と嫌な音を出しながら停止した。
「当然だ。ロールプレイングゲームでよくあるだろ、あいつに挑みたければ俺を倒してから行けってな」
「それはやられるフラグですよ、先輩」
「大丈夫大丈夫」
僕は印を変えて、武器をサーベルに変えながら言う。
「レベル制RPGは理不尽なまでに数字がモノを言う世界だ。レベルカンストの勇者は、逆立ちしてもゴブリンに負けられない」
「人をゴブリン呼ばわりとは余裕だな
フィアが腹立たしげに言いながら、指を素早く振る。と、その足が真っ赤に発光し始めた。
………………おにいちゃん?
「アキラ、気を付けてー! その魔法は……!」
一瞬、フィアの変な発言に気を引かれた僕に、マイから警告が飛ぶ。
「ワープ魔法だよー……ッ!」
マイが言い終わるが早いか、フィアの姿がふっと消えた。
「!」
びびゅっ、と後方から音がした。バッと振り返ると、フィアが人差し指を唇に当てて不敵に笑っていた。
その左手に何か握られている。あれは、ペンダント……?
「…………それ、まさかー!」
そのペンダントを一目見たマイが慌てて攻撃魔方陣を目の前に展開するが、フィアが一足先にその左腕を突き出した。そのペンダントがマイの胸元に当たって、
パッ、と今度はマイが消えた。
「マイ!?」
「マイ先輩!」
「……こんなものか?」
フィアはつまらなそうに言いながら、ペンダントをポケットに仕舞った。
『アキラ、落ち着いて下さい。マイの座標反応はまだ先程と同地点にあります!』
耳元でアニーが言う。その裏で、ガタガタガタガタ! と激しくタイピングする音が響いた。
「目標達成。……なんだか、めちゃくちゃつまらなかったな」
「お前、マイ先輩をどこにやった……!」
中川がロングソードを抜きながら飛び出す。制止する暇も無かった。
「待て中川! 早まるな!」
ゴギン! と骨が折れる音が走った。
中川が魔女に蹴り飛ばされた音だった。その小さな足のどこにそんな力が、と言いたくなるほど軽々と、フィアは中川を本気で蹴飛ばした。
中川が何メートルか軽く飛ばされて、瓦礫になりかけていた家の中に突っ込んでいった。そして、姿が見えなくなる。
「……余所見するなよ」
中川の方に気を向けてしまった僕の前に、ふっ、とフィアが現れた。
「くっ!」
慌てて右手に持った剣で斬ろうとして――それが、
ガードをすり抜けて、フィアの腕が僕の胸ぐらを掴む。あっ、と思った瞬間には背負い投げを食らいそうになった。
それを避けようと、反射的に片足を軸に身体を反転させる。無理矢理フィアの手を引き剥がすと、
「おおおおおおおおおおおッ!」
ガガがガガがががガガがッ! と、闇雲にサーベルを打ち出しながら距離を取った。
フィアは小さく舌打ちして、何度か自分に直撃するコースを通る剣先を弾いた。
「本当ならここで帰っても良いんだけどな」
数メートル離れ、肩で呼吸をする僕をまっすぐに見ながら、フィアは言う。最初に会ったときと同じように。
「あれだけ大口叩いたんだ。その面子を立ててやる。――――来いよ、お兄ちゃん。マイを取り返してみせろ。あの女の子のかたきを討ってみせろ」
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