四章・それが君の答えならば
誰の一人語り?
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『僕』は昔から不器用だった。
そんな事では勤めを果たせないぞと、何回も何回もぶたれた。理不尽な
だから、初めてのお勤めのとき、小学一年生。未来の主人を陰から見たとき、どんなに傍若無人な者かと恐れていたのは記憶に残っている。
結局それは、傍若無人の反対側を生きるような人だった。
友達付き合いのよい、生まれながらに全てを兼ね備えているような子供だった。
なるほどこれが由緒正しき魔女の王族血統かと、子供ながらにいたく納得した。もしかすれば、子供だったからその感動は『すげえ』みたいなちゃちな言葉で片付けられていたかもしれない。
でもきっと、心の芯で感じていたのは、今も昔も変わらない感情だっただろう。
一生お仕え申し上げると心に決めた。
例えあなたも自分も忘れてしまったとしても。あなたがどちら側の勢力になってしまったとして。
双翼をもがれた魔女の救世主よ、あなたはきっと、いつまでも『僕』の主である、と。
1
その後マイから聞いた話は、僕の心を掻き乱すには十分過ぎた。
足元が揺らぐ。視界が明滅するかのような、不安感に襲われた。心臓が不自然に脈動する。
それらをどうにかこらえて、記憶の根っこの方を必死に探っていった。――――ダメだ。何の欠片も出てこない。
「…………じゃあ、何か。マイは、それを僕に言うか否かで何日もずっと悩んでいたのか?」
「うんー、お恥ずかしい限り」
「体調が悪かったのでも、一人で《天空》に行くか悩んでいたのでもなく?」
「もちろん。というかー、私がなんでそんな事で悩まなくちゃいけないのー?」
小山の頂上のベンチに二人、並んで座っていた。夕焼けが顔を赤く染めていく。もうそろそろ、この場から立ち退いた方が良さそうだ。夜の世界が幕を開ける、その前に。
「何回も小隊室、いや今は小隊小屋かー、に足を運んだよー? でも、いつも怖じ気づいちゃってねー」
「それはもう良いんだ」
そんな事を気にしている場合ではない。まさか、そんな。
僕とマイが、昔会ったことが有るなんて。
僕の記憶が正しければ、僕がマイと初めて知り合ったのは高校生、この学園に入ってからの筈だ。
なのに。
「今さっき私が話したことはー、アキラの自由に話していいよー。私の秘密も、昔私達が会ったこともー。ただ、」
山を下る。
「話すかどうか決断する為の時間はー、もうあまり残されていないと思うよー?」
その通りだ。
この小さな山を下りきったら、僕らは小隊室に戻る。そこがタイムリミット。そこまでに決断しなければならない。そこまでに決断しなければ、多分僕は一生この事について決断しないままに終わってしまう。
そして、僕とマイはもう一つの問いを抱えていた。それはマイにもたらされた、マイの秘密によるもので。
こうなってくると、大きく話は変わってくる。土曜日の取引に応じるか否か、それを真剣に考える必要がある。
小隊室に帰ると、アニーに中川もいた。
マイとの感動の再会もそこそこにして。僕は二人に、土曜日の取引について聞いた。自分の希望と、それに至った理由も添えて。
仲間に隠し事をするのは卑怯だ、と時々思っていた。それは、今も全く変わらない。僕はマイが話した真実を、そのままぶちまけた。
そして緩やかに時は流れる。
随分長く話していたと思う。気がつけば完全下校時刻はとっくに過ぎていて、辺りは真っ暗になっていた。
どうでもいい話だが、《地底》世界でも昼夜はある。地底の天井は一面がディスプレイになっていて、そこに空は投影されている。至極下らない知識だ。だが、昼夜が無ければ人の概日リズムは極限まで歪むに違いない。
話終わった僕は、ある種やりきった感に包まれていた。
てっきり、大バッシングを喰らうと思った。二人とも方向性は違えど、魔女を嫌うタチだ。本来なら、取引場所に行かせる事など断固として許さないだろう。
だが、二人は簡潔に言っただけだった。
『それがあなたの答えならば』
もちろん、実際に聞こえてきた言葉はもっとずっとぶっきらぼうなものだったんだけど。
そして、僕の暴挙に付き合ってやると、笑顔で言ってくれた。まあ、その暴挙の内容が内容だったからなんだろう。それでも、やはり嬉しかった。
ただそれだけで、もう予定は確定した。ここからは、全てが裏返る時間。あの魔女の少女との話し合いの時間だ。
賽は投げられた。未だに、マイを狙う魔女達は賽の六の目を争っているに違いない。醜い。だとしたら、だ。
2
取引の日は。すぐにやってきた。
二回寝れば土曜日なんだから。月曜日に週末を渇望するより遥かに短い期間だ。
そして実際、土曜日は、待つまでもなくすぐに訪れた。いっそ清々しさを感じさせるほどに生ぬるい朝の風が、僕の頬をべろりと舐めていく。
風は、マイの帽子と中川の長い髪を揺らして抜けていった。二人の制服も、少しだけ風を受けて膨らんだ。なぜ僕らの誰もが戦闘服を着ていないかは、僕にも説明出来ない。着る気がまるで起きなかったと言うべきか、あるいは魔女の警戒心を少しでも減らそうとしたのかも知れない。
《地底》に居ると忘れがちになるが、今は完全に夏だ。夏休みを目前に控えた、今日はそういう休日だ。
そして、僕らの一生を左右しうる休日でもあった。
僕にはまだ、そのあまりのスケールを把握しきれていなかった。だからこそ、もう淡々とここまで事態は進んでしまったに違いない。
僕ら取月隊は、《表層》に居た。朝早くに、マイの転移魔法を使って来たのだ。
ただアニーだけは、オペレーターなので小隊室に残してきた。今頃、いつもと変わらずパソコンの前に鎮座しているのだろう。
そう。オペレーターとして鎮座しているのだ。
これだけで、僕らが今からやろうとしていることは大体見当がつくと思う。
「準備はいいな」
二人に問う。二人は言葉を発することなく、小さく頷いた。いつでもOK、とその二対の目が語っている。
「よし、それじゃ行こうか」
僕は、自分が出しうるもっとも気楽な声でそう言った。…………少なくとも、言ったつもりだ。
果たしてそれが二人にどう聞こえたかは、まるで分からないんだけれど。
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