取月隊はでしゃばりすぎです
5
魔女――――ティアの初撃は上からだった。多分それは間違いない。
二撃目はきっと後ろからだ。いや、三撃目が後ろからだろうか?
だが、そんなことは些事だ。なぜなら、
見えない攻撃は、どこから放たれても食らってしまう。
「くそ、透明に……がっ!」
顎に鋭い一撃が入る。危うく舌を噛むかと思った。
「先輩、無闇に動かないで! 防御に専念して下さい! どういう仕組みなのか分かるまでは……」
「仕組みは知れてる! 水で身体を覆って、その水の表面に周囲の景色と同化するような模様を映し出しているんだ! マイが前にそれを使って遊んだことがある…………」
「どうした、さっきまでの威勢は! もっとあたしに本気を見せてよ!」
ティアの声は聞こえるが、姿が完全に隠れてしまっている。
「めくるめくイリュージョンの世界はどうしたティアぁ!」
すると、ガィィィンッ! という音が聞こえた。今度は方向まではっきりと。
僕から見て左、上方。
「透明もイリュージョンの一つに数えられないかしら? 透明化の仕組みについては正解。あたしは水を纏っていたのよ」
街灯の上にティアは立っていた。その周りにはふわふわと水が浮いている。まるで無重力空間に水滴を垂らしたような動きをしていた。
「ちなみに、さっきの変装も似たような仕組みだったの。もっとも纏っている水の質感も変えてたから、触っても分からなかったでしょ?」
なるほど。それで合点がいった。
あまりにも強力な体技にはきっと、その全身装甲の防御力も一役買っていたんだろう。もともと強靭に鍛えられた肉体に、さらにがっちがちの『服』を着込んでいた訳だ。確かに勝てるわけがない。
「知るかよそんなこと。どうでもいいから、早く次のイリュージョン見せろよ」
《sword》に設定した魔装で、魔女の立っている街灯の根元を切り飛ばす。
……催促。なぜって、このままじゃ正直一方的にやられて終わりだ。そして、この魔女はきっとそんな勝負は望まない。二日前に会ったアイツとは方向性がまるで違う。
「今から見せてあげるわー。三つ目のイリュージョン」
こいつは本物の戦闘狂だ。
魔女の右の腕輪が拡張し、再び水の蛇が飛び出す。だが、二回目となると避けやすい。弱点も見えてくる。
この蛇は直線的にしか飛べないようだ。
僕と中川はそれを横に飛んで回避すると、中川が突撃し、僕は少し後ろに下がる。
「
そのまま中川の右手が、魔女の服を小さくかすった。
「あ」
ところで。
省略詠唱には面白い特徴がある。
もともと、『殴』は拳と共に、『蹴』は足と共に使い、それぞれの威力を高める超基本魔術だ。
ところが、省略詠唱というのは手や手に接触した武器にのみしか効力を発しないという弱点がある。魔法は発動条件を明確に設定しなければ使えない。この魔法の場合、それが『発動時手で触れたものに魔術を発動する』となっているのだ。
元々この魔術を作った人は火の魔法使いで、杖を使っていたのでそれでよかったのだ。
ここで問題。
キックの威力を高める魔法、すなわちキックしている状況でしか使えない魔法を、拳で相手を殴りながらしたら、どうなる?
中川の魔女に触れたと思った瞬間、その手と足の位置が入れ換わった。そしてそのまま、オーバーヘッドでも撃つかのように中川は空中で蹴りを放った。
奇しくも。
その長い足は、元々カーデガンに触れた位置を巻き込むように魔女の鼻面に突き刺さった。
「があっ! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ゴギン! と痛々しい音が響く。予想外の攻撃に魔女が一撃を喰らう。
「な、めるなああああああ!」
魔女が後ろに吹き飛びながら、右手を横に振る。すると、魔女の周りに青色の魔方陣が十数個展開した。――――その全てが、中川を狙って今にも火を吹かんと光っている。
「こっちの台詞だボケ!」
僕は叫びながら、魔装をいじくった。
印は《AK47》。
手に現れた突撃銃、それも魔弾入り。それをフルオートでぶっぱなし、空中に展開された魔方陣をものの数秒で全て穴だらけにした。毎秒十発の発射速度は馬鹿にはならない。魔銃化しているから残弾も無限だ。
すかさずティアは叫ぶ。
「Atone for your……ッ!? 発動しない!」
「この魔弾は《キャンセラー》だ。その『設定』も全部含めてキャンセルだよ」
「ちっ!」
魔女は鼻血を垂らしながら立ち上がると、右手をバッ! とかざした。腕輪が拡張する。
「もう本当に面倒だ。一撃で終わらしてやるわ」
「来るぞ中川!」
「はい!」
中川と共に回避体勢を取る。魔女はそれを見て、ふっ、と鼻で笑った。
「あれだけ言ったのに。あたしは嵐の神を宿してるって」
「何を……」
その右手を閉じて、拳を作る。
「嵐の神が水しか使えないなんてお粗末だろうが!」
その右手を急に上げ、一気に降り下ろす。
「裁きを受けよ! 落雷!」
ガジャアン! と中川に雷が落ちた。
中川の身体は背筋がぐいっと伸びると、そのまま一回転して、ばたりと倒れた。
「なっ……! 中川、大丈夫か!」
「お仲間を心配している場合かしら?」
その声に、慌てて視線を中川から魔女に戻す。魔女はまた右腕を振り上げ、二発目を放とうとしていた。
「アンタらの死体を吊るせばマイも出てくるでしょ、怒り狂って」
「魔女ってのはどいつもこいつも物騒だなオイ……ッ!」
ティアは薄く微笑むだけだった。無情にもその手が降り下ろされる。
直後、ガジャアン! と凄まじい音がもう一回、炸裂した。
6
結局のところこの《地底》の防衛システムの防衛力は落ちていた。たとい一時的なものであるにしても、明らかに魔女に対抗できるほどの防衛水準には届いていない。
だけど、魔女が侵入したという話を聞いたとき、高本理貴はため息を吐いた。またか、と。
もとはといえば二日前の襲撃の魔女、あの魔女に鍵を渡してしまった委員が問題だ。とはいえ、話を聞かずともその満身創痍な姿を見れば仕様がなかったのは分からないではない。まあ、だとしても処罰は免れないだろうが。
だが、と高本はため息をもう一つ吐く。問題はそこではない。問題は、この短期間でまた襲撃があるとは思わなかった事だ。想定外の襲撃に対応する準備も十分に整っていない。
確かに相手が弱ったところを叩くというのは有効な手だ。しかし、それにしても間隔が短すぎる。それに、今日も二日前も魔女は単騎で攻めてきている。なぜ最初から複数名で攻めてこない。
二日前の魔女の『配慮』も気になる。死者は0。なぜだ? あの魔女は《表層》では散々同胞を食い散らかしたはずだ。にも関わらず、《地底》での死者は出さなかった。偶然? まさか。まず間違いなく、魔女が何かしらの配慮をしたに違いない。しかしそれは何のために?
それゆえ、高本には魔女らの目的はこの《地底》崩落ではないんじゃないだろうか、と思えてならなかった。どうも、複数名の魔女が何かを取り合って《地底》に来ているような印象を受けるのだ。
ただ、そうまでして魔女達は一体何を求めているのか、それが分からない。高本はそんなことを考えながら、ファイルを片手にとある建物の廊下を歩いていた。『上』の老人どもなら、もしかしたら把握しているのかも知れないが。
スーツをビシッ! と効果音でもつきそうなほどにきっちり着込み、髪はムースでかっちり固めている高本だが、その顔には疲れが見える。ここ二日間は不眠不休どころか働きづめだ。
しかも勤めているのは『残業手当? は? 眠いならコーヒー風呂に漬かってろ』みたいなブラックコーヒー企業だが、高本はそれについてはあまり文句は無かった。この仕事に就いている事に高本は誇りを持っている。ところでコーヒー風呂って何だ。
そして高本はとある部屋の前にたどり着いた。ノックもしないままにドアノブを捻り中に足を踏み入れ、言葉を発する。
「取月隊に対する報酬の目処がついた」
「お疲れ様です。防衛システムの復旧もあと二日で終了する予定との報告が入っています」
そこは広くも狭くもない部屋だった。その中には六つのデスクが並べられ、それぞれのデスクの上にはノートパソコンが一台か二台かずつ置いてある。そしてそのノートパソコンそれぞれに人が一人ずつ張り付いていた。みんな高本の部下だ。
高本に返事をしたのはその内で唯一の女性の部下だった。目にかかっていた長い髪を耳の上へかきあげながら、ノートパソコンで何かばちばちタイプしている。
話をするときくらい目を合わせないか、と責めたりはしない。それくらい繁忙を極めた状況だというのは高本自身よく理解している。
「現在新たに出現した魔女ですが、市街地で交戦中のようです。相手は生徒のようですが……」
部下の女性はノートパソコンの画面を高本の方に向ける。画面の中では魔女が大量に青い魔方陣を出し、間を置かずして魔女に相対する少年がそれを全部撃ち抜くところだった。
「現場に救援は」
「出しています。どうも、人を払うような魔術があたりに掛けられているようで、第一発見が著しく遅れたのですが」
「日本の水属性魔術お得意のやつだな」
「ええ。記憶を流す、人の流れを操る、みたいな下らないダジャレを魔術まで昇華した厄介なヤツです」
それなら記憶を飛ばす、記憶を《消す》とか言って風属性でも火属性でも使えるんじゃないですかね、と部下はぶつぶつ言うが、高本はそれをスルーした。今はそれどころではない。
「戦闘中の部隊は何隊だ?」
「目下確認中です。何隊にせよ、取月隊と同等ぐらいの報酬を与える必要は有ると思いますが」
「よし、解析急げ」
「はい」
高本は指示を飛ばし、手元のファイルから紙切れを一枚取り出した。取月隊への報酬。基本はポイント大幅加算、それに設備更新の申請許可などのオプションを付けまくっている。上手に使えば、個別の小隊棟を一つ建てられるくらいのご褒美。
高本の遥か上、高本には名前も顔も伺い知ることが出来ない数人の老人達が決めたものだ。日本に合わせて十数人しかいない『柱』の、その内の一人の手足である老人達。こうしてみると自分の地位の低さがよく分かる。
これをもうワンセット用意か。随分と大盤振る舞いだが仕様がない。老人達でもこのご褒美の内容については随分揉めたらしい。その影響は高本まで来ていた。指示が期限を過ぎても降りてこない。スケジュールがどんどん遅れる。
だが、最終的に降りてきた指示は大盤振る舞いも良いところなご褒美だった。つまりは、学生が《地底》に侵入してきた魔女と相対するというのはそれくらい褒められた事なのだ。
「相対部隊、判明しました!」
やがて、考え事をしていた高本の耳にとある部下から声が飛ぶ。その部下はノートパソコンを持って勢いよく立ち上がった。
自然、その部下に注目が集まるなか、高本は部下に訊いた。
「何隊だった?」
部下は念のためという感じで判定結果をもう一度確認すると、しかし確認してなお不審そうな声で答えた。
「それが………………………………取月隊、ですね」
「…………………………………………………………………………………………………………あ?」
高本は一瞬思考がストップする。しかしすぐに再起動が始まった。
「それは間違いは無いのか?」
「ええ。取月隊の内の二隊員、取月アキラと中川理愛と思われます」
「そうか……」
ざわざわと他の部下達が騒ぐ中、高本はしめた、と思った。
もともと、多すぎたご褒美だ。功績一回分だったはずのご褒美を、功績二回分のモノとして渡しても構わないだろう。分からないに違いない。
これならば、ぶつくさ言っていた反対派の老人どももまとめて黙らせることが出来るだろう。
……決まりだ。
「よしみんな、よく聞け。取月隊の報酬についてだが……」
こうして、取月隊は知らない内に大人の事情で損をしていたのだが、それはまあ、裏のお話。
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