科学も時には頑張るから
7
しかしその轟音と共に落ちた雷は、僕に直撃しなかった。
代わりに続けて、ギャリギャリギャリ! とタイヤが地面を削るような不快な音が響く。
そう。タイヤが地面を削るような。
僕は雷が落ちる寸前、横の路地から飛び出して僕の真横に停車した(正確にはスリップ中だった)車に引きずり込まれていた。
雷は車に直撃し、車のフレームを通って地に逃げる。
「また邪魔が!」
窓の外で腹立たしそうに魔女が叫ぶが、僕は車に引きずり込んできたヤツらに注意が向いていた。
誰かなんて言うまでもない。マイとアニーだ。アニーが運転席に、マイが後部座席に座って笑っていた。
「随分楽しそうじゃーん、アキラー」
「マイの予想通りでしたわね」
「うんー、やっぱりあの光の柱は見間違いなんかじゃなかったよー」
マイがドアを開けて外に出る。
「アニーはりあちゃんの回収をよろしくねー。アキラは私と……」
「分かってる」
僕もドアを開けて外に出た。
「お前のおっかけをぶっ飛ばすぞ。少々マナーが悪いようだしな。ファンとしての常識を叩き込んでやる」
「また二日前のヤツの同類なわけねー」
対して魔女は、両腕を頭の後ろに回して喜んでいた。汗のたまった腋がよく見える。男の僕には少し辛い。
「あれー? その娘、もしやマイちゃん本人かな? そっちから出向いてくれるとは嬉しいわぁ」
マイは少し嫌そうな顔をすると、とんがり帽をかぶり直す。そして、魔方陣を一つずつ、両掌の上にそれぞれ展開した。
「迎撃は任せてー。アキラは本気であれ殴ってきてくれないかなー? 私、あれに触れたくない……」
「任せろ」
返事をすると同時、僕は駆け出した。
直後、魔女が躊躇いなく右手をかざす。蛇が飛ぶ。僕はそれを横に飛んで避けた。
すかさず、僕の着地地点目掛けて雷撃が走る。だが、それは軌道を変えてマイの掌にある魔方陣に吸い込まれていった。
「えっ……それ、チートでしょ!」
「喧しいわ」
僕は着地、そして間を置かずに駆け出す。ぎりぎりと魔女は歯を軋ませ、更に幾数も魔方陣を展開した。
「俺とマイが組んだら最強なんだよ」
たとい僕が防御に回っていたとして、今のマイと同等程度の働きは可能だ。マイの力を使っている僕は、理論的にはマイと同じ事が出来る。
…………つまりは、マイは僕が魔装でやることを頭でこなしているだけだ。このキーボードみたいな魔装は、想像と出力を担っている道具に過ぎないのだから。
もっとも、想像出来ないことは出力出来ないし、魔力の上限もある。この辺りは諸刃の剣だ。十数年も誰も使ってなかっただけはある。
雷撃やら蛇やら竜巻やら、色んなものが僕目掛けて飛んだが、全部マイに相殺されるか吸収されていく。
印は《punch》にセット。魔女は慌てて、全力で幾つも幾つも魔方陣を展開させる。
僕はそれを鼻で笑うと、拳をしっかり握り締めた。
「俺の一撃はちょっと痛むぞ。目を閉じて歯を食いしばれよ」
ティアは焦りを覚えた。放った雷撃が、魔方陣の中に吸い込まれていった。
え、なにそれ。魔女は全身に冷たい汗を浮かべる。
僅か一%に満たない力でも、神の力は神の力だ。そして神の雷撃とは、多くの神話の中で『裁きの一撃』を意味する。
そう。
それは人間ごときには、防げたとして吸収する事は出来ないはずのモノである。もっとも、百パーセントの神の力ならばまず防ぐ事すら不可能だろうが。
だが、それを現に吸収された。車なんぞに阻まれるのとは訳が違う。
裁きは人間の意思により失敗した。
それが意味するのは、神の威厳の失墜。
神が死ぬというのは全く有り得ないことではない。信仰心の消失により神は死ぬ。というより正確には、その存在が消されてしまう。
そして威厳の失墜とは。信仰心消失の一歩手前ではないだろうか?
ティアは不穏な妄想を頭の中で膨らませる。
膨らませながら、幾つも幾つも魔方陣を展開する。だが、焦る思考に狙いが定まらず、適当撃ちになる。ナッテシマウ。それは全部、マイに撃ち落とされるか吸収された。
そして放たれる。無慈悲な言葉が。
「俺の一撃はちょっと痛むぞ。目を閉じて歯を食いしばれよ」
そしてティアに拳が迫る。セマル。
なぜだ、どうしてこうなった。なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。急に状況が変わった、攻守が完全に逆転した。敵の頭数は増えても実際に戦っている人数に変わりはない。じゃあなぜ、なんで、どうして、あたしが、
負けている?
「なぜだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
ティアは叫びながら頭を懸命に働かして、でも、でも、拳は止まらなくて、魔方陣を展開しても、全く、マニアワナクtッbィpァッ
ガゴォォォンッ!!! と轟音が炸裂した。
僕の強化された拳が、ティアの頬骨に確かに食い込む。骨が軋む。軋む。
振り抜かれた拳に叩き飛ばされて、ティアは少し後ろに飛んだ。その手から杖が離れていく。
そしてティアは地に落ちた。
勝利は、あっけなく訪れた。
8
ブロロ……、と背後から音がした。気がつけば、僕のすぐ後ろにアニーが車で迫っていた。
「委員会に連絡は」
「とっくに入れてますわ。すぐに行くと返答が」
車の後部座席には中川が寝かされている。
「容態は?」
「気を失っているだけみたいですわ。少しショックで心臓が止まってたみたいですけど、色々処置したら治りました」
そう言って怪しげでカラフルな電極パッチを何枚も取り出すアニー。一体何をしたんだ。起きたら記憶が飛んでるとか無いといいのだが……。
一方マイは、アニーのその答えに安心したように胸を撫で下ろした。
「あの雷は弱いけど『神の裁き』と定義されていたみたいだからねー、設定によっては心臓を止める効果を作れるんだよー。もっとも、どうもあの魔女本人の信仰心が下がっていたみたいだから簡単に吸収できたけどー」
「なんだ? ここ数日でやたら仲良くなったみたいだな、お前と中川」
からかうように言うと、マイはびくっ! と震えた。
「そ、そんなことないよー……」
「隠すなって」
「バレバレですわよ、マイ」
「アニーまで!?」
事件解決。万々歳。
その時。
手足を縛っていなかったのは間違いなく失策だったろう。
僕に殴り飛ばされたまま地に沈んでいたティアが、弾かれたように起き上がった。ちょうど、彼女は僕の視界に入っていたのですぐ気付けた。まあ、気付けたからといって、
何か有る訳じゃないんだけど。
「しまっ……!」
「まだ終わらんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
叫号が上がる。絶呼が耳朶を揺さぶる。マイが驚いて振り返った。
と共に、可愛らしい少女の顔は般若のように変わっていった。それは紛れもない怒りだ。そしてその感情は時として、明確な力になる。
ティアの足と腕で光る四つの魔方陣が一斉に広がった。
それらは彼女の手足を離れ、さらに広がる。拡張を止めない。
そして、変化は突然に訪れた。その魔方陣の一つ一つからそれぞれ巨大な青い手や足が飛び出る。ちょうど、ティアの右手に嵌まっていた魔方陣からは右手が、左足に嵌まっていた魔方陣からは左足が飛び出す。
「神性が!? まさか、神の手足……!」
それを一目見たマイがおののいた。その表情に満足したのか、ティアは楽しそうに吠える。
「これでアンタらに勝ち目は無い! 手加減はしない、踏み潰されて死ね!」
「てめ……マイは良いのか!?」
「ん、マイ? ……ここまでやられて、そんなものは些事よ。纏めて潰されろ! そしてあたしだけが勝つ! ふふふ、完璧な案。最後に勝つのはあた」
突然、ぼしゅっ、と間の抜けた音がした。
「し?」
続けて、僕とマイの間をすり抜けるように何かが空を裂いた。ひゅうん、と綺麗な音が聞こえる。
そしてそれは、ドッッッン! という非常に痛そうな音を立てて、絶賛神性(ただし手足のみ)召喚中の魔女にぶち当たった。
「ぼッ?」
間の抜けた声と共に少女の身体はくの字に折れ、吹き飛ばされる。
果たして飛んできた『何か』はさすまたと呼ばれるU字の金具に棒を付けた鎮圧道具だった。ただし、何か即興で造ったような雰囲気が漂うボロいやつだ。
ティアは地に落ち、それに続いてその胴をさすまたのU字になった部分が跨ぐように落ちた。と思ったら、さすまたからジャギン! とやたらに鋭い音がした。
「あ? なによ、これ……」
ティアが身体を動かそうとする。動かない。ティアはさすまたに固定されてしまっていた。
「無駄ですわよー」
後ろからアニーの声がした。見れば、アニーが何やら怪しい筒を片手ににこにこしている。
「そのさすまたはもうロックされていますわ。諦めなさい、魔女。大人しく捕まって、深度千メートル単位の地下牢獄で生涯を終えるのをお薦めしますわ」
「何をバカな……あたしはこの体制でも、まだ技を発動出来るのよ!」
「ふぅん」
アニーはばたばたと暴れる魔女を小馬鹿にしたように笑う。そして、
「ならぺちゃくちゃ喋ってないでさっさと発動するべきでしたわね。たった今詰みましたわよ、あなた」
アニーの言葉と共に、魔女の方からジャギ! と耳障りな金属音が聞こえたのは、気のせいじゃ無いだろう。
ばっ、とマイと僕は、もう一度魔女の方を振り返る。
いつの間にかティアの枕元に立っていた複数名の
非公式ミッションクリア。取月隊、特別報酬追加。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます