7
雪が静かに降っている。
街を見下ろす高台。
木々に囲まれた寒空の下で、俺は七年ぶりに実体を取り戻した。
おかしな気分だ。奇妙なことに、自分が消えたあとの記憶がある。
それどころか、七年前に戻った自分のことも知っている。
俺がどうして、ここに戻ることができたのか。
その手段も、きちんと覚えている。
しかし、今はそんなことどうでもいい。
何よりも優先してやるべきことがある。
るる子の住むアパートの前まで、すぐさま
「能力も……戻っているのか」
体のほうも、男の姿になっていた。女だったときのことを覚えているせいか、わずかに違和感がある。
一番おかしなことと言えば、いきなり二十三歳になっていることだった。
ちょっと人生損したような。まあいいか。
何もかも、奇妙な感じがする。
そして、この場にも、どうもひっかかるものがあった。
人と異なる何かの気配が漂っている。
わずかに立ち止まっていると、声がした。
「どうした。はやく行け」
「ナツメか?」
降りしきる雪にまじって、今にも消え入りそうな白い輝き。
今では、名前を聞かなければ、それがかつて龍宮ナツメであったことを確信することができないほど、かすかな光を放つだけの存在であった。
「そうだ。答えてやったぞ。これで満足か」
「ああ」
「では、行け。水取るる子を救うがいい」
「そうさせてもらう」
ゆっくりと部屋に続く階段を上る。
途中で足を止めた。
「なあ。俺がるる子を助けたら、おまえはどうなるんだ」
返答はなかった。
本当は、聞かなくてもわかっていた。
るる子の心が作り出した存在。
人には解くことのできない、あらゆる難事を解決する、万能の力を持つもの。
彼女の理想とする
死に瀕したるる子を助ける。
それで、彼女が心に描いた理想像はたやすくすり替わる。
今の俺にとっては、じつに簡単なことだった。
「彼女を頼む」
最後に聞こえたのは、そんな言葉だった。
「ああ。任せとけ」
ふり向かずに、前に進む。
あとひとつ、わかっていることがあった。
「あのとき、おまえが最後まで隠し持っていた魔法の力────」
白羽や黒羽が取り戻しにきた、魔力の欠片。
あれの使い道をやっと理解することができた。
きっとナツメは 魔法の力で願ったのだろう。
自分には叶えることのできない────彼女のささやかな望みを。
「おまえは、るる子のかわりに願ったんだろ」
だから今、俺はここにいる。
自分一人の力だけで、ここまで来ることができたわけではなかった。
そうでなければ、理屈でがんじがらめになったこの世界で、こんな奇跡が起きるはずがない。
「ずいぶん……待たせちまったな」
彼女の部屋の前までたどりついた。
扉を開けて、中に入っていく。
床に倒れていたるる子を助け起こし、ゆっくりと体温を上げる。
冷えきっていた体にぬくもりが戻るまで、さほどの時間はかからなかった。
「う……」
閉じられていた
「よう。ひさしぶり」
「……まも……る、くん?」
「おう。俺だ、俺。元気にしてたか」
同窓会で再会した友人に、挨拶でもするみたいに笑いかける。
るる子の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「ごめんね。ごめんね……私、ずっと……」
胸に顔を埋めて、彼女が泣く。
「いいよ。怒っていない。俺のほうこそ謝りたかった。許してくれ」
るる子はびっくりするぐらい、たくさん泣いた。
でも、これからはずっと、笑顔が見られるに違いない。
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