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まったく不本意なことだ。
だが、ナツメと融合したことで、多少は走りやすくなった。
ふわふわした感覚がなくなって、あっというまに学校の前まで到着。
閉じた校門など、ものともせずに突撃する。
……ごいん!!
思いっきりぶつかった。
「いっ……でぇぇぇぇぇっ!!」
「キミはバカだな」
なんでだ。
さっきは通り抜けたはずなのに。
「どうやら厚すぎるものは、透過できないようだ」
「知っているなら先に言え!」
「塀でも校門でもいい。さっさと乗り越えろ」
「警備のセンサーが鳴ったりしねえだろうな」
「その心配はなさそうだ」
視線が塀の上に配置されたカメラに向いた。
「LEDは点灯しているが、あれはただの防犯用だ。ダミーではなかったとしても、どうせ録画をするだけだろう」
「よく知ってるじゃねえか」
「もっとも、警備に気づかれても問題はない。おそらく今の僕らは、普通の人間には目にすることもできないだろうしな」
そいつはありがたい。
さっそく校門を乗り越えて、敷地の中に侵入成功。
「なるほど。こいつは便利だな」
窓ガラスをすり抜けて、校舎内に入り込む。
「壁は抜けられないが、このくらいなら大丈夫ってことか」
「静かにしろ」
「んだよ。いちいち……」
「静かにしろと言っているんだ。誰かいるぞ」
だから、そういうの先に言えよ。
目をこらすと、明かりの消えた薄暗い廊下の先に、小さな人影が見える。
一瞬、キル先生かと思ったが、そうではなかった。
「ついに、みつけましたわ」
「まったく、時間がかかったんだぞ」
翼を生やした白羽と黒羽が、剣を構えていた。
「おお、おまえらか。ひさしぶりのところ、ちょっと悪いんだけどよ。頼みが……」
「バカ。逃げろ」
前に出ようとする上半身に反して、下半身が勝手に後退する。
「逃がしませんわ!!」
「盗んだ魔力を返すだぞ!」
二人の声が追ってきて、ようやく思い出した。
「そういえば……あいつら、おまえのこと追ってたんだな」
「今、議論すべきことではないな」
「返してやれよ!」
「残念だが、それは無理だ。もう使ってしまった」
「……ったく、足引っぱることばかりしやがって!!」
今、あの二人を相手にするのはまずい。
なにしろ、こちらは戦闘能力がゼロどころかマイナスにまでふりきってる。
本来の能力さえ自由に使えれば、あいつらなんかちょろい
だが、さすがにこの状況では手の出しようがない。
夜の校舎をひた走る。
翼がついて、空を飛べるだけあって、幼女どものほうが速い。
「お姉様そっくりの人、ごめんなさいっ……!!」
黒羽がブンと剣を振る。
振られた剣先の描く軌跡が、そのまま黒い刃となって飛んできた。
「あ。あれマンガでよくあるやつだ」
「避けろ!!」
教室の扉に体当たり。
スルッと透過した。
壁じゃなくてよかった。
バスッ……!!
空気を圧搾する音が響いた直後に、扉が断ち切られた。
その光景を最後まで確認せず、教室内を走り抜ける。
運良く教室の後ろ側から飛び込んだので、前まで行って、また廊下に逆戻り。
「黒羽! もっとよく狙うんだぞ」
白羽が剣をひと振りすると、壊れた扉が元に戻った。
「無理よ!! だって……あの人、お姉様とそっくりなんですもの」
「うわ。こいつ、めんどくせえな」
「無理ですのっ。私にはできませんわ!!」
「それじゃあ交代だな。黒羽が壊れたものを修理するんだぞ」
漫才やってる二人を無視して、脱兎の勢いで走り、廊下から階段に飛び乗る。
「おまえも、少しは役立つところがあるようだな。我が身を守くん」
「お役に立てて光栄ですよ……っと!!」
実際、黒羽が手加減してくれていなかったら、危ないところだった。
魔法の一撃をくらったら、今の俺なんぞ瞬殺コースで間違いない。
とにかく、まずは職員室まで急がないといけない。
キル先生の住所さえ手に入れば、ここから逃げることができる。
二階で廊下に出ようとしたら、足が勝手に止まった。
「勝手に止まるな、コラ走れ」
口を開いたそのすぐあとに、眼前の床が階下から砕かれた。
開いた穴から現れた白羽の握る剣が、ギラリとまぶしい光を放つ
「逃げても無駄だぞ」
「ちょっと!! 白羽ちゃん、そんなに壊さないでほしいですわ!」
このまま前には進めない。
階段を上がるしかなくなったので、やむなく三階に進む。
このままでは、いずれ追いつめられる。
廊下を走り抜け、隣の棟まで移動しつつ、必死に考えをめぐらせる。
「一度、あいつらを引き離さないとまずいぞ!」
「いい手はないのか」
他人事のような調子でナツメが問う。
「ねえよっ!! あるなら言え! すぐ言え、さっさと言え!」
返事はなかった。
おそらく、いい手などない、ということなのだろう。
そして、それを素直に言うのもくやしいので、だんまりを決め込んだに違いない。発想が俺と同じだ。
「ったく、ツンデレは本当に面倒くさ────いなっ!?」
廊下の脇にあったロッカーから手が伸びてきて、中に引きずり込まれた。
「こんにちは。久垣守」
「……先輩?」
菊音先輩が指を伸ばして、口に押し当てる。
静かに、ということなのだろう。
もちろん、おとなしく黙ることにした。
それにしても、ロッカーの中はせますぎる。
先輩と密着して、声も出せないとなればなおさらだ。
こんな状態でみつかってしまえば、もう終わりだ。
そう思うと、いつのまにか体が震えていた。
そんな俺の気持ちを察したか、あるいは怯えているとでも思ったのだろうか。
先輩の手が背中に回り、軽く抱き寄せてくれた。
なんだ、この変な気分。
女同士であるはずなのに、心臓がドキドキしてきた。
飛んでいた鳥の着地を思わせる、トスッと軽い足音が聞こえてきた。
「お姉様がみつかりませんわ」
「あいつ、姿が消えたんだぞ」
幼女たちの声が遠ざかっていく。
少しだけ待ってみてから、ロッカーを開けて様子をうかがう。
追ってきていた二人の姿はなかった。
「よし。ひとまず大丈夫……か」
「今は、まざっているのね」
先輩が、またわけのわからんことを言いだした。
「これは新しい事象だわ」
「あの、せんぱ……」
「現状から以降の経過を観測させてもらうわ」
パタン、とロッカーの扉が閉じられた。
「え……ちょっと、先輩」
ロッカーを開けてみる。
そこには誰もいなかった。先輩の姿は、どこにもない。
さっきまで、中にはなかったはずのモップやバケツといった、ごく普通の掃除用具があるだけだった。
ちょっとわけがわからない。
そもそも、俺が会ったこともない人をどうして華汐菊音先輩だと知っていたとか、なぜ俺を助けてくれたとか、どうして女同士なのにせまいところで抱き合っているとドキドキしてしまうのか、すべてが謎のままである。
もう何もかもがわからねえよ。
「あの女は、何者だ」
「俺に聞くな」
大忙しの最中だってのに、ますます混乱させてくれるところが先輩らしい。
そんなふうに考えることのできる、俺の記憶は大丈夫なのだろうか。
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