彼女の運命は、どこで変わってしまったのだろうか。


 明るい性格で、クラスの人気者だったるる子。


 そんな彼女がどうしてこんな、ひどいめにあわなくてはいけないのだろう。

 今、るる子は誰にも知られることなく、悲惨な最期を迎えようとしている。


 原因なんて決まっている。


 全部────俺のせいだ。


 俺と出会わなければ、絶対こんなことにはならなかった。

 るる子は幸せな人生を歩んでいたはずなのだ。


 彼女を死なせるわけにはいかない。


「おい!! 起きろ、るる子。こんなところで寝るなって!」


 声を出しているつもりだったが、るる子の耳には届かないようだった。


 このままでは無理だ。実体を取り戻す必要がある。

 そのあとで能力を使えば、彼女を助けるぐらいのことはたやすい。


 そう思っていた時期が、俺にもありました。


「ダメか……クソッ!!」


 現実に対して干渉する、すべての力が封じられている。

 それほどまでに、あのときの消えたいと願った感情が強かったらしい。


 今では、肉体を取り戻すことすらままならない。

 この幽霊みたいな状態から、元に戻ることもできなくなっていた。

 たしかに再構成は苦手だったよ。今さらだけど、そりゃないぜ。


「こうなったら、助けを呼ぶしかないか」


 なにしろ自分では、電話に触れることもできなかった。

 これでは救急車だって呼べない。

 となると、まずは幽霊みたいな俺の存在に気がつける人を探さないと、だ。


 そんなことのできるやつが、果たしているのだろうか。


「先生……キル先生なら!」


 すぐさま部屋を飛び出す。


 まずは学校に行くしかない。

 でも、こんな時間に先生が職員室に残っているとは思えない。


「他に頼れそうなやつは……いないか」


 こうなったら連絡先を調べて、家でもなんでも押しかけてやる。

 今の俺には、それしか方法が思い浮かばなかった。


 とにかく急ぐしかない。一刻を争う事態だ。


 ところが、このふわふわした体は、まったく意のままにならない。

 どれだけあせっても、まるで前に進んでくれない。

 地に足がつかないとは、まさにこのこと、とかうまいこと言ってる場合じゃねえ。


 それでも、どうにか学校近くの公園にまでたどりついた。


「ちくしょうっ。どうなってやがるんだ、この体は」


 ジタバタしていると、どこからともなく笑い声。


「ハハ、ハハハ、ハ、ハ! キミはあいかわらず、無様だな。七年たっても、まるで成長がない」

「なんだとこの野郎!! そっちだって、あいかわらず隠れてばかりで────」

「ここにいるぞ」


 ほんの数歩先に、一人の少女が立っていた。

 まるで鏡のように、かつての俺と同じ姿をした女。


 けれど、瞬時に理解できた。

 こいつはナツメだ。


「てめえ、女の格好してりゃ……俺が手加減するとでも思ったか」

「僕だって、こんな姿になるのは不本意だ。だが、それはキミのせいでもあるんだぞ。メス垣守」


 なんだ、その言いがかりは。


「知るか、そんなこと! こっちは忙しいんだ。おまえに構ってるヒマはねえ。そこをどけ!!」


 強引に横を通り抜けようとした瞬間だった。


 磁石にでも吸い寄せられたみたいに、俺とナツメはぶつかった。


「な……!?」


 奇妙な感覚だった。

 せまくるしい場所で、体をひっつけあっているような気色悪さ。


「忌々しいっ……!」


 ナツメが俺の口を使ってしゃべった。


「おい。勝手に話すんじゃねえよ」

「僕の体で、勝手なことをしているのはおまえのほうだ」


 だから、こんなことをしている場合じゃなかった。


「おい。ちょっと電話! 電話かけさせろ」

「無駄だ」


 右手がすうと上がって、電灯にぶつかりに行く。

 腕がそのまま、スルリとすり抜けた。


「なんだこれ? おまえも……」

「僕は力を失いつつある」


 それは、どういうことだ。


「こうして存在しているだけで、他には何もできない。今のキミだって、そうだろう。そんな死にぞこない同士がくっついて、どうにか形を保っているだけ……というのが、今の僕らの状態なのさ。わかってもらえたか、久垣マヌケくん」


 なんて使えねえやつだ、こいつ。


「んだよ。だったら離れろ」

「キミこそ離れたまえ」

「できねえんだよ、それが!」

「僕にもできない。水取るる子の命を救うために動いただけだが、まさかこんなことになるとは予想もしていなかった」


 るる子を助けるだって?


 つまり、だ。

 今のこいつは俺と目的が同じ、ということだろうか。


「彼女が死ねば、僕も消える。そうなったら、それで終わりだ。今できるだけの手は打ったが、間に合うかはわからないな」

「うるせえ知るか。この役立たず。とにかく学校だ。急げ!」

「僕に命令するな。だが、急ぐ必要があることだけは同意しよう。別におまえのためではない。そこのところをよく記憶しておけ。渋柿へらず口くん」

「柿と垣の読みしかあってねえよ!!」


 なんだこいつ、ツンデレか。無駄にキャラかぶらせるな。


「もういい。行くぞ! 今夜は俺とおまえで、ダブルツンデレだ!!」

「いいから少し黙れ。おまえの言葉を聞いているだけで、耳が穢れる」


 こっちだって、おまえの言うことなんか聞きたくねえや。

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