7
そこは平和な村であった。
だが、数か月前のことだ。
村の近隣に突然、巨大なモンスターが現れた。
世界の各地に現れた怪物たちのうち、最強の一匹。
凶暴なモンスターは村人を襲い、付近の旅人までをも餌食にしていった。かくして村はさびれ果て、今では誰も近づくことさえないゴーストタウンと化した。
────という設定だったのだが、今では陽気な人たちが暮らす村。
暗くてシリアスな世界感は、ちょっと苦手だ。
俺が村人として住む以上、明るく楽しいほうがいい。
ラスボスのモンスターが出没する地域に、もっとも近かったこの村だが、今では毎日お祭り開催状態。
今日も村の広場では、豊作祭りと子供たちの運動会、それから旅芸人たちが大道芸を披露して、わけがわからんくらいのどんちゃん騒ぎを繰り広げている。
夜になれば、かがり火を焚いて二十四時間営業中。
常に誰かしらが、飲んで、食って、踊って、日々を楽しく過ごしていた。
「ふわぁぁぁ……」
村の入口に座っていたら、あくびが出てきた。
俺の役目は、訪れた人に村の名前を告げること。
ロールプレイングゲームではおなじみの「ここは────の村です」と、その場所を訪れたプレイヤーに説明する係。
とても、大事な仕事だ。
しかし今まで、お約束のセリフを一度も言えた試しがない
なぜなら、この村までやってくるやつがいないから。
「……静かでいいなあ」
部活の途中でゲームにハマった俺は、白羽に頼まれ、夢の中でもゲームができるようにした。
そして作ったのが、この世界。
ゲームの設定を元にしたフィールドを作り、寝ている部員たちの意識をつなげる。
そうすることによって夢の中で、このゲーム空間とでも言う場所で自由に遊べるようにしたのだ。
空間と言っても、実際は俺の
ぶっちゃけヴァーチャルリアリティとか、そんな感じ。
ゲーム内では時間の流れは、現実の時の流れよりも数百倍速く進んでいる。
俺がこの村に来てから、すでに三か月ほどが経過していた。
毎日、村の入口でやってくる者を待つだけの日々。
のどかで平和な生活だった。
これはこれで、のんびりできて意外と悪くない。
「あいつら今頃、どこかでモンスター狩りでもしてるのかね」
お祭りの屋台から貰ってきた、肉の塊やら妙な形をした果物にかぶりつく。
俺自身もゲームに参加すればよかったのだが、そうはできない理由があった。
それは、ナナをゲームに参加させるためだ。
並行世界には、さすがに俺の能力も届かない。
そのため異次元空間を自由に行き来できる中継点が必要だった。
その役目は、夕日に任せた。
だがしかし、今度は中継点に発信し続けるための、送信所が必要となった。
送信所の役割をするとなると、ゲームに集中しきれない。
そのため、俺はここでゲーム世界の住人役をするはめになった。
そうこうしているうちに、食い物を食べ尽くしてしまった。
「ふむ。村の入口近くを歩いている
光の線で構成された四角い設定ウィンドウが、ぴょいんと目の前に現れた。
ゲーム内の変数を自由にいじれる、俺専用コンフィグ画面をあらかじめ作っておいたので、じつに便利だ。
村人に料理の配達を注文して、ウィンドウを消す。
食い物ぐらいは自分で作り出してもいいのだが、どうもゲーム内の情報を操作しようとすると、なんだか少し、いつもと違う感じになるのだ。
たぶん、これは俺自身にプログラミングの知識がないせいではないだろうか。
この世界から自由に出ることもできないので、ちょっと不便さを感じる。
そんなことを考えているうちに、村の占い師さんが料理を運んできてくれた。
頭まですっぽり隠せる、ぶかぶかのローブに身を包んだ女性だった。
「こんにちは。久垣守」
「はじめまして。華汐菊音先輩」
俺と先輩は初対面だ。
まあ、認識阻害を気にせず近づいてくるのだから、普通の人ではないのだろう。
さらにはゲームを模した精神世界の中にまでやってくる。
どうやって入り込んできたのか、こっちが知りたいぐらいだ。
俺の前までやってきた先輩は、料理を盛ったお盆を置くと、その横に座った。
「目を開いて、よく見なさい」
悪い予感がしたので、全力で目を閉じる。
そうしたら、今度はいきなり手首をつかまれた。
どうやら罠にはめられたらしい。
俺が素直に目を閉じないことまで、すでに読まれていたというのか。
「力を抜きなさい。あまり、指先に力を入れてはいけないわ」
「何を……ん!?」
ローブのゴワゴワした感触ごしに、やわらかなものが手に触れる。
手のひらサイズで。
指があたっただけで。
たやすく沈む半球状の────。
念のために言っておくと、今の俺は女だ。
はたして女同士で、こんなことをして興奮するのだろうか。
断言しよう。
するね!!
そしたら「にゃあ」と鳴き声が。
「静かにしなさい。声を聞かれてはいけないわ」
「……猫かよ!」
目を開くと、ローブの下から顔をのぞかせている猫が見えた。
「なんで先輩は俺に猫の尻をもませるわけ!? それなんか楽しいの? 俺をイジメて楽しんでるってことなんですか!」
「今のは重大なヒント」
「何か解かなければいけない問題が、あるのかどうかさえわかんないですよ! 先に問題を出してから、ヒントって普通そのあとでしょ!!」
「普通」
先輩が右の黒目を時計回り、左を逆向きにクルクルと回した。
「あなたは、普通ではないわ」
「げはっ……!!」
そんなこと言われなくてもわかっている。
それでも、先輩みたいな非常識きわまりない人に言われると、精神的なダメージがひどい。こういうときは通常の三倍とか、伝統的に言わないといけないのかって気になってくる。それだと、かなり深刻だ。
立ち直れない俺をほったらかしにして、先輩は音もなく立ち上がった。
「もうすぐ、人が来るわよ」
今度は素直に言われるままに、ハッと顔を上げる
村から続く道のむこう、地平線の果てに小さな影が見えた。
人だ。
こっちに近づいてくる。
誰だろう。
誰なんだろう。
ついに、あの言葉が言える。
なんだかもう、それを思うだけでワクワクしてきたぞ。
ボロボロのフードつきマントを着た人影は、もうすぐそこだ。
彼女が目の前で立ち止まった。
「ここは────」
ここぞとばかりに口を開いたとたん、相手の武器が振り上げられた。
「……うがぁーうっ!!」
るる子の大斧を両手ではさんで受け止める。
「まあ落ち着け」
「ここまでくるのに、三か月もかかったもん!!」
そういえば、時間の流れが現実世界と違う仕様について、説明するのを忘れてた。
「ど、れ、だ、け、苦労したと思っているのっ……!」
「すまんすまん。難易度が高いほうがいいって、白羽が言ってたから」
「私は言ってないもん!!」
「そうだっけ……あ、その鎧。かっこいいね。似合うよ」
「そんなこと、どうでもいいんだよっ……」
とんでもなくお怒りのようだ。
俺のせいじゃない。
誰のせいかと言われると、特に責任を押しつける相手もいないけど。
るる子の攻撃をしのいでいたら、他の連中もぞろぞろとやってきた。
「あっ。お姉ちゃんだぁ。おーい」
こっちに駆け寄りながら、パタパタと手を振るナナ。
妹も鎧を着ていた。
ビキニアーマーと言うか、白地に水色の縞模様が入った、ただのビキニ。
手と足と肩に、金属のパーツがちょっぴりついているだけ。
布の面積が小さすぎて、ほとんど水着も同然だ。
バィンバィンに揺れる例のブツは、持っている棍棒の先端よりも大きい。
なんだ、この着る凶器は。
るる子の斧を止めるので必死になっていなければ、危ないところだった。
「マモちゃん。おまたせなのです」
いつもと変わらぬ笑顔と制服姿で夕日がふわふわ漂ってきた。
せっかくゲームの中にいるというのに、なんでそんな格好なんだ。
空気が読めないところは、こいつらしいと言えばこいつらしいけど。
なんか、その空気の読めなさは誰かを思い出すんだけど、誰だっけ?
「うおー、最高に面白かったんだぞー!! 肉うめー!」
「大変……でしたわ」
いつぞやの変身コスチューム姿の白羽と黒羽。
持っている剣は、たぶん自前だろうか。
二人のテンションに差がありすぎて、黒羽はちょっと気の毒な感じ。
白羽は肉でも食ってろ、というか、すでに食ってた。お行儀悪い。
ひとまずこれで、部員はみんな揃った。
全員無事で、めでたしめでたし。
「……それで、るる子さんや」
「な、に、か、し、らっ」
斧が。
斧がね。
「いいから、今すぐここから出してっ!」
「いや、それが。こういう精神世界を繋ぐのって、はじめてでさ……」
ここでは、いつもと勝手が違う。
精神世界の中では、すべてが俺の自由にはならないらしい。
全員が意志を共通させないと、外に出ることはできないようなのだ。
「……なので、ラスボスを倒さないと、終わらないみたいなんだよね」
「倒して、今すぐ」
るる子の精神状態が、ちょっと危ないかも。
他のみんなは、まだやる気があるようだった。
「わかった。俺も行く。みんなで、このゲームをクリアしようぜ」
「はーい。今度はお姉ちゃんも一緒だねっ」
「みんなでがんばるです」
「やっつけるだぞ!」
「またですの……」
「うがー!!」
るる子が野生化しかけている。
もはや一刻の猶予も許されない状況だ。
このあと、滅茶苦茶ラスボス討伐した。
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