「それでは、本日からお茶菓子研究会の本格的な活動を始めます」


 放課後の部室。

 今いる部員は、俺と夕日、るる子もふくめると三人だけだった。


 適当にひっつけあった机で、円陣でも組むみたいに並んで座っている。

 雰囲気だけは、いかにも会議でもしているような感じになっていた。


 るる子は椅子に座ったまま、偉そうに腕組み。


「では、備品係さん。お茶の用意をお願いします」

「誰が備品係だ。部費もらってんだろ」


  まったくずうずうしい。


「予算で買えよ。そういうのは」

「買えないもん。予算だって、そんなにたくさんあるわけじゃないんだよ」

「わかったわかった」


 こないだまでと、言ってることが違う。

 不正な手段で入手するの良くない、みたいに言ってたくせに。


 言い返すのも面倒なのでお茶の用意をしてやると、今度は夕日の番だった。


「今日のお茶菓子はなんですか、マモちゃん?」

「その前に、丸呑みしないって約束しろ」


 るる子がパン、パンと短く手を打つ。


「それでは本日の議題です。守くんの能力を使って、どのようにしたら世界をより良くすることができるでしょうか。さあ、みんなで考えてみましょう!!」

「俺も?」

「も、だよ」


 それはちょっとどうかと。


「いや、でもさ。考えてみてほしいんだけど。みんなが計画を立てたりするとしてさ、俺はその計画を実行する担当になるわけなんだろ?」

「その通りだよ」

「だとしたら、別に俺は考える側にならなくてもいいんじゃないか」

「そう言って、きっとサボるつもりだもん」

「サボるも何もないだろ。だいたい考えるのも俺、実行するのも俺になったら、ここには俺だけいればいい、ということになるじゃないか」

「ま、まあ……そうだけど……」


 るる子が目をそらした。


 これはいける。俺に勝ち目がある。


 今日の俺はひと味違うぜ。

 なにしろ昨日、戦記物のマンガ読んだからな。


 るる子がひるんだところに、ここぞばかりにダメ押し。


「そうなったら、おまえいらないじゃん」

「うぐっ……」


 我が軍は優勢ですぞ。


「そこは、発起人として立ちあう……と言いますか、中立性を保つため、とでも……」

「そんなの他のやつでいいだろ。たとえば夕日でもいいわけだ。なあ」


 ここで支援要請。


 目で合図を送ると、ほわっと夕日が微笑んだ。


「よくわからないです」


 違うだろ。

 そこは「マモちゃんの言うとおりです」だろ。


 あてにしてたら、すぐこれだ。

 でもまあ、人間ではないから仕方がない。

 幽霊だか妖怪だか異次元生物だか、よくわからないものの助けなんか、期待してはいられない。


「とにかく、守くん一人できるのなら、とっくにやっているよね」

「いや、しないけど。俺、このままの世の中がいいし」

「困ってる人を助けようって思わないの? 自分だけ良ければ、それでいいの? そういうの情けないって、思わないかな」

「ズルい質問だな、それ」

「目の前でおなかを減らしている人がいたら、食べ物をあげようって思うのが普通だよ。夕日ちゃんだって、そう言ってるよ。ねえ、そうだよね」


 るる子に問いかけられた夕日が、パッと目を輝かせた。


「甘いものが食べたいです」

「おまえはどんだけ甘いものが好きなんだよ」


 戦力の均衡が破られてしまった。


 このままでは俺が圧倒的に不利だ。

 すると、そこで扉が開き、援軍が現れた。


「こんにちはぁ。お兄ちゃん、るる子さん。遊びにきたよ」


 ゆさゆさ揺れる妹が現れて、夕日の手を取る。


「夕日ちゃん、こんにちは」

「こんにちはなのです。ナナちゃん」


 味方が増えた、と思った瞬間には、るる子がナナの横に並んでいた。


「ねえ。聞いて聞いて、ナナちゃん。守くんがね……」


 さっそく外交交渉が始まっていた。


「守くんったらね。私のこと、いらないなんて言うんだよ」

「言う言う。うちのお兄ちゃんも言うよ。どこのお兄ちゃんも同じだねえ」


 そっちの俺、なんで妹にそんな冷たいの。

 はっきり言って、正気を疑うレベルだ。


 だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

 このままでは、ナナがるる子側勢力に取り込まれてしまう。


 そのとき、この混迷をさらに悪化させる、第三勢力が乗り込んできた。


「お邪魔いたしますわ」

「ケーキをよこすんだぞ、おじさん」

「おまえら、何しに来たんだ」


 黒羽とともにやってきた白羽がケーキを要求してきたので、くわっと大きく開いた目で拒否する。


「今日は特に用があるわけじゃないだろ。それとも、まだケーキ食い足りないのか」

「足りないんだぞ!」

「足りませんわっ」

「やらん。それで、何をしに来たんだ」


 頬をぷくぷく膨らませた黒羽が、ひとさし指を伸ばして説明してくれた。


「私たちだって、自分たちでちゃんと調べてみたのですわ。そうしたら、この建物のあちこちに魔力の残滓がありましたの」

「残滓とか、お子様のくせに難しい言葉をよく知ってるじゃねえか」


 ほめてやったら、今度は二人がかりで不機嫌顔になった。


「おじさんはレディに失礼だぞ!!」

「そうですの。女性に対して、もうちょっと気を使うべきですわ」

「まったくよね。守くんってば、女の子の気持ちがまるでわかってないんだから」


 なんで、るる子までこいつらと一緒になっているんだよ。


「きっと今まで、女性にモテたことがないんですわ」

「教室でもね、いつも一人ぼっちなんだよ」

「非モテのぼっち……最悪だな。性犯罪者予備軍だぞ」

「おまえらぁ……好き放題、言いやがって」


 こうまで言われっぱなしでは、さすがに我慢ならない。

 物騒な色のオーラを視覚化し、景気よく教室の隅にまとめていた机や椅子を宙に浮かせる。


「はいっ。お兄ちゃん、そこでストップ」

「むぎゅ」


 ナナが俺の頭をギュッと抱き締めた。


 そのとき頭の中に、なぜだか昨晩食べたカップ麺の容器が思い浮かんだ。

 しかも、二個。大盛り。


「な、ナナ……これは」

「お兄ちゃん、そんなふうに怒らないで。うちのお兄ちゃんみたいに、いい歳して彼女いない歴イコール年齢になっちゃうよ」


 並行世界の俺に、ちょっとだけ同情。


 ふわふわ浮かぶ机と一緒に、夕日が漂ってきた。


「マモちゃん。いい考えがあるです」

「いい考えって、なんだよ」

「女の子の気持ちがわからないなら、マモちゃんも女の子になればいいです」

「おまえみたいに実体のあやふやなやつと、一緒に……」


 されてたまるか、と言いかけて止まる。


「いや、まあ……なれると言えば、なれるけどな」

「お兄ちゃんなら、そのくらい簡単だよね」


 ナナが嬉しそうに言う。


「私ね。本当はお姉ちゃんもいいかなぁ、ってずっと思ってたんだ」

「それ、むこうの俺に言うなよ。言ったら絶対、お兄ちゃん傷つくやつだからな」


 本人が言っているんだから、間違いない。


 それにしても、女になれとは思いきったことを言うものだ。

 たしかに性別を変えれば、気持ちがわかるかもしれないが。

 まあ、しないけど。


 そしたら、るる子が興味ありそうな様子でこっちを見ていた。


「ふーん……ちょっと見てみたいかなあ」

「いや、やらないし」

「そんなこと言わないで、一回ぐらい試してみてもいいんじゃないの」

「やらないってば」

「一回だけだってば。嫌ならすぐ戻ればいいじゃないの」

「やだよ」

「見たいもん。守子ちゃんだよ。興味津々だよ」


 意外とるる子がしつこい。

 他人事だと思って、ずいぶん気楽に言ってくれる。


 どう断ろうかと考えていたら、ナナが俺の腕にしがみついてきた。


「私も見たいなぁ。ねえ、いいでしょ。お兄ちゃん、お願い」

「しょ、しょうがねえなあ……一回だけだぞ」


 妹をそっと引きはがしてから、制服の内ポケットをたしかめる。

 生徒手帳は────あった。


 入れっぱなしだった手帳を取り出すと、るる子が首を傾けた。


「何してるの。生徒手帳が変身アイテム……とか?」


 アニメの魔法少女でも、そんなの見たことねえよ。


「図書室で本を借りるのに使うんだよ」

「本……?」


 るる子はまだ納得しきれない様子で、しきりに頭をひねっている。


 いちいち説明するのも面倒だ。

 手帳をポケットにつっこんで、扉に手をかけた。


「いいから、ここでしばらく待ってろ。戻ってきたときには、守子ちゃんだぜ」

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