目覚ましが鳴った。


「……んだよ。まだ七時じゃねえか」


 日曜日だった。


 ベッドの上で、ゴロリと寝返り。

 しばらく横になっていても、眠気がぶり返す気配はない。


 二度寝を断念して、洗面所に移動。

 顔を洗ったあとは、朝食作り。


 フライパンで卵を焼いたら、黄身がすっかり固くなってしまった。


「また固焼きか」


 目玉焼きを作るのは、何度やってもうまくならない。


 もちろんズルをすれば、上手く半熟を作るぐらいは簡単だ。

 でもまあ、できないからといってやらない理由にはならない。

 その逆もまた然り、とでも言うのだろうか。


 他人から見れば、よくわからない自分ルールのひとつにすぎない。

 根拠のない規則に従って、今日も自力で卵を焼く。


 固焼きの目玉がふたつ並んだところで、トーストが焼けた。

 朝食の用意を終えたあとは、テレビをつける。


 日曜朝の定番だ。

 児童向けの特撮やらアニメを適当に眺めながら、よく焼けた黄身を頬張る。

 食事が終わったところで、テレビの前で横になった。

 そのままゴロゴロしていたら、画面の時報が九時になっていた。


「ふわわゎ……」


 眠くなってきた。


 明日は平日だ。

 さすがにこの時間から寝るのはまずい。


「どうせ明日から、また忙しくなりそうだしな」


 金曜日の放課後のことを思い出す。

 部室でケーキをドカ食いした女子のみなさん。


 その中で一番はりきっていたのは、るる子だ。

 どんなケーキを出すのか注文を受けている俺の横で、「来週からは本格的に部活動を始めるんだよ」とみんなに声をかけていた。


「何を食ったら、あれだけ元気になるんだろうなあ」


 テレビの前で寝てしまうといけないので、部屋からマンガを持ってきた。


 本というものは、不思議だ。

 俺の能力を使えば、もちろん出すことができる。


 ただし、そのためには一度、最後まで読む必要がある。


 たとえば、あるマンガの途中、一冊だけほしい巻があったとしよう。

 それを出そうとしても、俺の能力では出すことができない。

 ひととおり、読み終わってからでないと、物質として構成されないのだ。


 なんか適当な本と思い浮かべると、本の形をした全ページが白紙のノートが出てきたりする。

 これは俺が作れる物体の限界が、知識に基づいていることの証明であるらしい。

 本に書かれた情報の量が多いため、記憶しきれないだとか、そんな理由であるとも聞いたことがある。


 食べ物についても、そうだ。

 見たことも食べたことのない料理というものは、俺の能力をもってしても作り出すことはできない。


 そう考えてみると、いろいろと納得できる。

 

 龍宮ナツメは言っていた。

 俺とあいつが、全能の力を使いこなせていない、と────。


 こちらとしては、いきなりそんなことを言われても困る、としか言いようがない。

 生まれてから十六年、このおかしな力と、それなりにうまく付き合ってきた。

 そういう自分を全否定された気にすらなってくる。


 突然やってきたあいつに、中二っぽい設定を語られた気分にすらなる。

 ややこして、わかりにくい、他人に意味のない俺ルール。

 そんなもの聞かされて、楽しいはずがない。

 いわゆる、寒いとか、引く、みたいな感覚しかねえよ、ってなもんだ。


 今ちょうど読んでいるマンガが、そういう感じの能力バトル物だった。


 俺だって、このマンガみたいにわかりやすい設定の世界で暮らしたい。

 火とか水みたいな属性だとか、あるいは超能力や魔術。

 そのぐらいで済むようなレベルが、たいへんうらやましい。


「あー……ラストバトルは、神の座にもっとも近づいた男かー。まあ、定番の展開だよなあ……」


 最近の身近な出来事を思い出して、ちょっと鬱な気分になる。


 最終巻まで読み終える頃には、時計の針が十二時近くまで回っていた。

 朝から着替えていないスウェットのまま、台所に行く。


 昼飯を作るのがだるい。

 こういうときこそ、俺の能力の出番である。


 テーブルをひと撫ですると、昼のメニューが勢ぞろい。

 冷めた味噌汁に冷や飯。

 冷たいコロッケ、つけあわせのサラダ。

 あと、おまけにキュウリの漬け物。


「まあ、こんなもんか」


 コンロを点火して味噌汁を温めつつ、ご飯とおかずをレンジに入れる。


 暖かい食事が出せないわけではない。

 ただ、なんとなくモリモリ食べたくなる料理を出すのも、日曜の昼らしくない。

 贅沢なものが食いたいかと言われると、あまり食いたいわけでもない。

 どうも俺の味覚は、庶民的な味つけが好みであるらしい。

 値段の高そうなものだと舌にあわないので、だいたいいつもこんな感じ。


 しかし、コロッケ二個ではたりなかったので、メンチカツも食った。

 育ちざかりなので、このぐらいは見逃してほしい。


 飯を食ったら、なんだか眠くなってきた。


「さすがに昼寝したら、明日……困るよなあ」


 授業中の居眠りは、なんとしても避けたい。

 面倒だが、食器洗いでもして目を覚ましてみよう。


 すぐに終わったので、お次は洗濯。

 とはいえ分量が一人分では、どちらもそう時間がかからない。

 ついでとばかりに、風呂とトイレの掃除もしておくことにした。


 そうこうしているうちに、ひと通りの家事を終える。

 あっという間に、やることがなくなってしまった。


 窓辺に座り込むと、空がやけにまぶしい。


 日差しがポカポカと暖かい。

 じつにいい天気だ。


「散歩にでも行くかあ」


 シャツとジーパンに着替えて、サンダル履きで外に出た。


 歩き出してみたはいいが、特に行くあてもない。

 

「あ。そうだ」


 ふと思いたって、駅前の古本屋まで行ってみることにした。


 たしか、買い続けているマンガの最新刊が出ているはずなのだ。


 ボンヤリ歩いていると、あぶくみたいに次から次へと生あくびが出てくる。

 道端を見回すと、歩きスマホの人がやけに多い。


「便利なのかなあ」


 能力を使えば、電話がわりに精神感応テレパシーを飛ばすぐらいはできる。


 問題は、話す相手がいないことだ。


 るる子のやつに連絡してみてもいいのだが、さすがに思いとどまった。

 あいつのことだから、友達と遊んでいるかもしれない。

 そんなところに超常現象を起こすのも悪い気がする。


 すると、他のやつしかしない。

 夕日に話しかけてみてもいいのだが、べつだん特に用事があるわけでもない。

 放課後にしかこちらの世界に来ないナナには、無論テレパシーなど届かない。


 白羽と黒羽には、話しておきたいこともあるが、連絡しづらい。

 これ以上、彼女たちからの印象が悪くなったりしたら、何かと都合が悪い。

 よけいなちょっかいを出すな、と騒がれるのが目に見えている。


 部員と言えば、あと一人いるが、あれは論外とする。

 となると、あとは先生ぐらいだが、もちろんこれも選択肢から外しておく。


「まあ、いいか」


 古本屋に到着したので、めあての本がないか探してみた。


 新刊でも、運が良ければ棚に並んでいることもある。

 いわゆる新古品とか、または飽きっぽいやつがすぐ売ってしまったりして、在庫にあればラッキーだ。

 狙いは、どちらかと言えば後者である。


 しばらく店内を回ってみた。

 コミックコーナーを探してみたが、残念ながら欲しいマンガはみつからなかった。

 これは、あとで別の本屋に寄って、新品を買うしかなさそうだ。


 腹いせに立ち読みをしていく。

 シリーズ物の一巻だけを数冊読んで、気に入りそうなものがないか探してみた。

 その途中でみつけた、戦記物がなかなか面白い。

 普段は読まないジャンルなので新鮮だ。これは今度、ぜひ買い揃えたい。


 読んでいる途中で、窓を叩く雨音に気がついた。


「やべっ!! 洗濯物っ……!」


 手元の本を棚に戻して、即座に家まで瞬間移動テレポート


 庭に干しておいた洗濯物をたたんで、大急ぎで家の中に運び込む。

 すべてをやり終えたときには、時刻は四時半を少し過ぎたぐらいになっていた。


 晩飯にはまだ早い。

 腹具合にしたって、やや重い感じ。まだ昼飯が居座ってる。

 他には特にすることもないので、風呂を沸かしておくことにした。


 それが終わると、本格的にやることがない。

 湯船のお湯が熱くなるまで、テレビを見て時間をつぶすことにした。


 ちょうどニュースがやっていた。


 報道される内容は、どれも殺伐としたものだった。

 火事だの殺人だのといったものから、傷害や災害。

 どれも世間ではありふれているものだとわかっていても、ひどく現実味がない。

 その中でも一番おそろしい事件は、SNSで知り合った女の子たちが、一人の男をめぐって殴りあいの暴行事件を起こしたみたいな、ひどいニュースだった。


「物理はダメだろ。物理は」


 テレビの前で、思わず独り言が出てしまった。


 そこで風呂のアラームが鳴り響く。

 体を洗うのもそこそこに湯船にダイブ。


「ふぁー……生き返るなあ」


 まったく疲れてなどいないのに、疲れが洗い流されていく気がする。

 風呂は最高だなあ。


 さて、風呂から出たはいいのだが、いまひとつ食欲がない。

 何か軽いもので済ませてしまうのがいいかも。


 納戸を適当にあさっていたら、買っておいて忘れていたカップ麺が出てきた。


 スープの味は、醤油。

 下地としては申し分ない。


 次はカズタマイズの素材を用意する。

 チューブ入りのニンニク。

 豆板醤、乾燥ワカメ、スイートコーン。

 これだけでは、まだ足りない。


「やはり肉か。それから……」


 完成形の味をイメージしながら、材料を吟味する。

 まず、バターは欠かせない。

 それから粗びきのコショウも入れて、パンチの効いた味にしよう。


 決め手となる肉については、悩んだ末に照り焼きのチキンにした。

 まろやかな醤油スープとの組み合わせなら、鶏肉がピッタリだ。


「そして、とどめは……これだぁーっ!!」


 薄切りのモチを加えて、ボリューム感をアップ。


 麺を下に敷く感覚で、モチ、チキン、ワカメ、コーンの順で乗せていく。

 あとは調味料を加えて、お湯を注ぐだけ。

 水分を吸う素材も多いので、ここは指定された量よりも、やや多めだ。

 通常は三分となっているが、具材が多いので一分多めの四分待つことにした。


 待っている途中で、ふとひらめいた。


「そうか、ゴマか!」


 白ゴマ、黒ゴマといった、あのゴマな。


 今回は白ゴマを使いたい。

 それも、細かくすり潰してあるスリゴマだ。


 黒コショウとまざって、スープの上に描かれる白と黒のコントラスト。

 ビジュアルも満点だが、味の面でも申し分ないものになるはず。

 ゴマの風味が全体の味をまとめ、コクを増してくれるだろう。

 想像しただけでヨダレがこぼれそうになってきた。


 時間になったところでフタを開け、仕上げのゴマをタップリと乗せる。


「さて。味のほうは、っと」


 最初にスープをひと口すすってみた。


「これは……!!」


 激烈な辛味が、醤油スープの甘みを完膚なきまでに打ち砕いている。

 豆板醤の分量が多すぎたのだ。


 本日のカップ麺カスタマイズ、失敗。


「くっ……ちっくしょおおおおおぉぉっ……」


 くやしくって、涙がこぼれそうだ。


 失敗したとはいえ、捨てるには忍びない。

 このあとスタッフが泣きながら食べました。


 スープの最後の一滴まで飲み終わった。

 その頃には、なんかもうすっかりやる気がなくなってしまった。


 明日の準備だけして、いつでも寝れるようにしておこう。


 カバンに明日の授業で使うノートや教科書をねじ込む。

 用意が終わったあとは、また居間。


 テレビの前でゴロゴロしながら映画を見た。

 娘を誘拐された元軍人のおっさんが銃やミサイルをバンバン撃って、悪党を次々と倒していくアクション映画だった。

 何度も見ているはずなのだが、吹き替えが面白くてつい見てしまう。


 映画が終わった。

 十一時を過ぎる頃には眠くなってきたので、おとなしく布団に入った。


「……あ。マンガ買い忘れた……ま、いいか」


 目を閉じてボーッとしていたら、いつのまにか寝てた。

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