部室に戻ると、予想していたよりもずっとひどい反応が待っていた。


「守くん。自首して」


 まずは、るる子。

 俺のことをいきなり、誘拐犯あつかいしてきたのだ。


「その子たちが部室の中に入るとね、拉致監禁になっちゃうから、入る前にね。今のうちなら、まだ間に合うから」


 あくまで俺を心配して言っているらしく、悲しそうな表情であるところが、かえってつらい。つらすぎる。


 それにしても、まったくひどい言い草だ。

 ナナはと言えば、いつもとおなじく笑い声。


「やっぱりお兄ちゃんは、お兄ちゃんだねっ。私が住んでいる世界のお兄ちゃんと、そっくりそのまま同じことしてるよぉ」


 そっちの俺、いったいどんなことしてるの。

 目を覆いたくなるような、ひどい想像さえ浮かんでくる。


 部室内で、もっとも人間からかけ離れた存在である夕日は、いつものように優しく微笑んでいた。


「マモちゃんにお友達が増えて、よかったのです」


 おまえは俺の母さんか。


 たぶん事態を把握していない。

 そのことだけは間違いなさそうだ。


「夕日。頼みがある。しばらく、この子たちの面倒をみていてくれ」


 くっつけて並べた机に、ケーキとティーセットを並べる。


 机の上は、あっというまにケーキバイキング状態になった。

 見ているだけで胸やけがしてきそうだ。

 とどめとばかりに山のような量のお菓子を出してやると、夕日がふわふわと寄ってきた。おまえ、こういうときだけ反応はええよ。


「これ、全部食べてもいいです?」

「いい。いい。好きなだけ食え。この子たちと一緒にな」


 背後に手招き。


「おじさんは、素敵なおじさまだな。私たちをもっと甘やかしていいんだぞ」

「お兄さん……いいえ。さすがお兄様ですわ、と言わせていただきますの!!」


 ケーキにつられてやってきた白羽と黒羽が、好感度の高まりをアピールした。

 幼女わりとチョロい。


 ナナは机上のスイーツ祭りを眺め、「うわぁ」と感心している。


「お兄ちゃん。私もケーキ食べていい?」


 妹が視界に入る直前、すぐさま首をねじ曲げる。


 今のはあぶなかった。

 また前かがみになったナナを見てしまうところだった。

 なにしろ谷間がすごい。かつて栄えたインカ帝国、アンデスの山中に今も残るコルカ渓谷のごとく。またの名をクルス・デル・コンドル。何言ってんだ俺。


「あの子たちの面倒も、ちゃんとみるよっ……ダメ?」

「ダメなわけないだろ。遠慮せず食いまくれ。お子様どもも頼む」


 よくがんばった俺の理性。

 自制心をよく保った勲章を与えたい。


「おひひぃれひゅわぁ」

「黒羽ちゃん、ほっぺにクリームがついちゃってるよ」

「ムグムグ……うまいだぞうまいだぞ」

「おいしいです、おいしいです」


 とまあ、そんな感じで女性陣の大半が俺のスイートトラップにはまってくれた。


 約一名をのぞいて。


 るる子はひどく不安そうに、口元を手で隠していた。


「あのね、守くん。食事を食べさせてあげれば、監禁じゃなくて軟禁になるケースもあるらしいよ」

「おまえのその、危ない橋を渡り慣れてるみたいな法律知識は、どこで学んでくるんだよ」

「扉を開けたままにしておいてあるから、今のうちに急いで。ね。お願い」


 ジョークにしても、さすがにキツくなってきた。


「いいか。るる子。あれは誘拐してきたんじゃない。その、なんていうか……あいつら、魔法の国からやってきた留学生的な、そういう……」


 今にも死にそうな生き物を見送る目で、るる子が俺を見ていた。


 わかっていたよ。

 信じてもらえると思っていたわけじゃない。


 これでは、いくら言葉を重ねても無駄だろう。

 いっそのこと、本人たちに説明してもらってはどうだろうか。


「白羽、黒羽。悪いが、こいつにおまえらのことを説明してやってくれ」

「ふぁっふぇほふぃひふぇふわ」

「ひふぁひふぉふぁひひぞ」

「おいしいです、おいしいです」


 口いっぱいにケーキを詰め込んだ白羽と黒羽。

 この様子では、しばらく話すことも難しそうだ。

 それはそれとして、ひょいぱくひょいぱくとひと口でケーキ食うな夕日。


「守くん。とにかくね……」

「二人とも、口に食べ物を入れたまましゃべるのはダメだよ」


 るる子が俺に話しかけてきたと同時に、ナナはお子様たちをたしなめる。


「……守くんが何をしたいのかわからないけれど……」

「んごきゅっ……こいつ、おっぱいオバケだぞ!」

「んぐっ……おっぱいオバケですわっ!!」

「ひゃん」


 ちびっ子どもが指を伸ばしてナナをつつくと、小さく息がもれた。


 ちょっと、おまえら何やってんの。


「聞いてるの? 守くん」

「はひっ!! もっ、もひろんでありますっ!」


 るる子にたずねられて、あわてて返事をしたら舌がもつれた。


「とにかく、私はもう何も言わないけれど。部員集めのことだけは……」

「こいつ、すごいふわふわだぞ」

「スポンジケーキみたいですわ」

「やーん。やめてぇ。そんなことしちゃダメぇ」


 おまえら俺の妹に何をしているんだ。

 俺だって、そんなことしたことないんだぞ。


 全力でナナたちがいる方を見たい。

 そんなことしたらるる子から怒られてしまいそうだが。


「……守くん。聞いてる?」

「はいっ、はいはいっ!! 聞いてますっ。聞いてますよ!」


 三日ぐらい餌にありついていない野良猫みたいな目で、るる子が俺を見ていた。


 これはいかん。

 会話の内容が、さっぱり頭に入ってこない。


「守くんっ!! こっちを見なさい!」


 るる子が大声を出した。


「今日は金曜日だよ」

「はい」

「本日までに部員を集められなかった場合は罰ゲームって、言ったとおりだよ」

「……はい」

「今から、罰ゲームだもん」

「は、はい……」


 なんかもう、ごまかせる雰囲気じゃなくなってきた。


「それは目を閉じて。私がいいと言うまで、何もしゃべってはいけません」

「なんだよ。何をするつもりなんだ」

「黙って」


 言われたとおりにした。


 離れたところから、小さく笑い声が聞こえた。

 黒羽か、それともナナだろうか。


 耳をすまそうとしたら、頬をつままれた。


 上下左右にグイグイ引っぱられる。

 変な顔にでもなっているのか、また誰かのクスクスと笑う声がした。


「はい。おしまい」


 目を開けた。


 制服の後ろ姿が見えた。

 るる子の興味は、俺からケーキに移ったらしい。


「罰ゲームって、もう終わり?」

「終わりだよ」

「あれだけ? あんなんでいいのか」


 肩すかしもいいところだ。

 何をされるかとビクビクしていた、俺の数日間を返してほしい。


 拍子抜けして、つっ立っている俺をるる子がチラリと見た。


「ばーか」


 そんなふうに言われたような気もするが、気のせいかもしれない。


 聞きなおして、たしかめてみたほうがいいだろうか。


「マモちゃん。おかわりがほしいですっ」

「このお姉ちゃん、一人でケーキを全部食べてしまったんだな。はやく次の用意をするんだぞ」

「次はシフォンケーキとミルクレープとザッハトルテとモンブラン、それからアップルパイとマカロンが食べたいですわ」

「そんなに食べきれないよ、黒羽ちゃん。ほら。口のまわり、クリームついてる。ふいてあげるからこっちを向いてね。お兄ちゃん、紙ナプキン出して。たくさんね」


 どいつもこいつも言いたい放題だ。


「おまえらケーキ食いすぎだろ。特に夕日」

「これから毎日ケーキを焼こうぜなのです」


 何を言ってやがるんだ、こいつは。


「いいからケーキを出すんだぞ」

「我々はケーキを要求するですわ」


 白羽と黒羽が、鳥の巣でわめく雛みたいに騒ぎだした。


 そして俺は、ケーキとの交換条件を出した。

 二人がどこから来たのか、やつら自身の口でるる子に説明するように頼んだ。


 彼女たちの間でどんな話がされたのか、俺は知らない。

 別に、知りたくもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る