2
部室に戻ると、予想していたよりもずっとひどい反応が待っていた。
「守くん。自首して」
まずは、るる子。
俺のことをいきなり、誘拐犯あつかいしてきたのだ。
「その子たちが部室の中に入るとね、拉致監禁になっちゃうから、入る前にね。今のうちなら、まだ間に合うから」
あくまで俺を心配して言っているらしく、悲しそうな表情であるところが、かえってつらい。つらすぎる。
それにしても、まったくひどい言い草だ。
ナナはと言えば、いつもとおなじく笑い声。
「やっぱりお兄ちゃんは、お兄ちゃんだねっ。私が住んでいる世界のお兄ちゃんと、そっくりそのまま同じことしてるよぉ」
そっちの俺、いったいどんなことしてるの。
目を覆いたくなるような、ひどい想像さえ浮かんでくる。
部室内で、もっとも人間からかけ離れた存在である夕日は、いつものように優しく微笑んでいた。
「マモちゃんにお友達が増えて、よかったのです」
おまえは俺の母さんか。
たぶん事態を把握していない。
そのことだけは間違いなさそうだ。
「夕日。頼みがある。しばらく、この子たちの面倒をみていてくれ」
くっつけて並べた机に、ケーキとティーセットを並べる。
机の上は、あっというまにケーキバイキング状態になった。
見ているだけで胸やけがしてきそうだ。
とどめとばかりに山のような量のお菓子を出してやると、夕日がふわふわと寄ってきた。おまえ、こういうときだけ反応はええよ。
「これ、全部食べてもいいです?」
「いい。いい。好きなだけ食え。この子たちと一緒にな」
背後に手招き。
「おじさんは、素敵なおじさまだな。私たちをもっと甘やかしていいんだぞ」
「お兄さん……いいえ。さすがお兄様ですわ、と言わせていただきますの!!」
ケーキにつられてやってきた白羽と黒羽が、好感度の高まりをアピールした。
幼女わりとチョロい。
ナナは机上のスイーツ祭りを眺め、「うわぁ」と感心している。
「お兄ちゃん。私もケーキ食べていい?」
妹が視界に入る直前、すぐさま首をねじ曲げる。
今のはあぶなかった。
また前かがみになったナナを見てしまうところだった。
なにしろ谷間がすごい。かつて栄えたインカ帝国、アンデスの山中に今も残るコルカ渓谷のごとく。またの名をクルス・デル・コンドル。何言ってんだ俺。
「あの子たちの面倒も、ちゃんとみるよっ……ダメ?」
「ダメなわけないだろ。遠慮せず食いまくれ。お子様どもも頼む」
よくがんばった俺の理性。
自制心をよく保った勲章を与えたい。
「おひひぃれひゅわぁ」
「黒羽ちゃん、ほっぺにクリームがついちゃってるよ」
「ムグムグ……うまいだぞうまいだぞ」
「おいしいです、おいしいです」
とまあ、そんな感じで女性陣の大半が俺のスイートトラップにはまってくれた。
約一名をのぞいて。
るる子はひどく不安そうに、口元を手で隠していた。
「あのね、守くん。食事を食べさせてあげれば、監禁じゃなくて軟禁になるケースもあるらしいよ」
「おまえのその、危ない橋を渡り慣れてるみたいな法律知識は、どこで学んでくるんだよ」
「扉を開けたままにしておいてあるから、今のうちに急いで。ね。お願い」
ジョークにしても、さすがにキツくなってきた。
「いいか。るる子。あれは誘拐してきたんじゃない。その、なんていうか……あいつら、魔法の国からやってきた留学生的な、そういう……」
今にも死にそうな生き物を見送る目で、るる子が俺を見ていた。
わかっていたよ。
信じてもらえると思っていたわけじゃない。
これでは、いくら言葉を重ねても無駄だろう。
いっそのこと、本人たちに説明してもらってはどうだろうか。
「白羽、黒羽。悪いが、こいつにおまえらのことを説明してやってくれ」
「ふぁっふぇほふぃひふぇふわ」
「ひふぁひふぉふぁひひぞ」
「おいしいです、おいしいです」
口いっぱいにケーキを詰め込んだ白羽と黒羽。
この様子では、しばらく話すことも難しそうだ。
それはそれとして、ひょいぱくひょいぱくとひと口でケーキ食うな夕日。
「守くん。とにかくね……」
「二人とも、口に食べ物を入れたまましゃべるのはダメだよ」
るる子が俺に話しかけてきたと同時に、ナナはお子様たちをたしなめる。
「……守くんが何をしたいのかわからないけれど……」
「んごきゅっ……こいつ、おっぱいオバケだぞ!」
「んぐっ……おっぱいオバケですわっ!!」
「ひゃん」
ちびっ子どもが指を伸ばしてナナをつつくと、小さく息がもれた。
ちょっと、おまえら何やってんの。
「聞いてるの? 守くん」
「はひっ!! もっ、もひろんでありますっ!」
るる子にたずねられて、あわてて返事をしたら舌がもつれた。
「とにかく、私はもう何も言わないけれど。部員集めのことだけは……」
「こいつ、すごいふわふわだぞ」
「スポンジケーキみたいですわ」
「やーん。やめてぇ。そんなことしちゃダメぇ」
おまえら俺の妹に何をしているんだ。
俺だって、そんなことしたことないんだぞ。
全力でナナたちがいる方を見たい。
そんなことしたらるる子から怒られてしまいそうだが。
「……守くん。聞いてる?」
「はいっ、はいはいっ!! 聞いてますっ。聞いてますよ!」
三日ぐらい餌にありついていない野良猫みたいな目で、るる子が俺を見ていた。
これはいかん。
会話の内容が、さっぱり頭に入ってこない。
「守くんっ!! こっちを見なさい!」
るる子が大声を出した。
「今日は金曜日だよ」
「はい」
「本日までに部員を集められなかった場合は罰ゲームって、言ったとおりだよ」
「……はい」
「今から、罰ゲームだもん」
「は、はい……」
なんかもう、ごまかせる雰囲気じゃなくなってきた。
「それは目を閉じて。私がいいと言うまで、何もしゃべってはいけません」
「なんだよ。何をするつもりなんだ」
「黙って」
言われたとおりにした。
離れたところから、小さく笑い声が聞こえた。
黒羽か、それともナナだろうか。
耳をすまそうとしたら、頬をつままれた。
上下左右にグイグイ引っぱられる。
変な顔にでもなっているのか、また誰かのクスクスと笑う声がした。
「はい。おしまい」
目を開けた。
制服の後ろ姿が見えた。
るる子の興味は、俺からケーキに移ったらしい。
「罰ゲームって、もう終わり?」
「終わりだよ」
「あれだけ? あんなんでいいのか」
肩すかしもいいところだ。
何をされるかとビクビクしていた、俺の数日間を返してほしい。
拍子抜けして、つっ立っている俺をるる子がチラリと見た。
「ばーか」
そんなふうに言われたような気もするが、気のせいかもしれない。
聞きなおして、たしかめてみたほうがいいだろうか。
「マモちゃん。おかわりがほしいですっ」
「このお姉ちゃん、一人でケーキを全部食べてしまったんだな。はやく次の用意をするんだぞ」
「次はシフォンケーキとミルクレープとザッハトルテとモンブラン、それからアップルパイとマカロンが食べたいですわ」
「そんなに食べきれないよ、黒羽ちゃん。ほら。口のまわり、クリームついてる。ふいてあげるからこっちを向いてね。お兄ちゃん、紙ナプキン出して。たくさんね」
どいつもこいつも言いたい放題だ。
「おまえらケーキ食いすぎだろ。特に夕日」
「これから毎日ケーキを焼こうぜなのです」
何を言ってやがるんだ、こいつは。
「いいからケーキを出すんだぞ」
「我々はケーキを要求するですわ」
白羽と黒羽が、鳥の巣でわめく雛みたいに騒ぎだした。
そして俺は、ケーキとの交換条件を出した。
二人がどこから来たのか、やつら自身の口でるる子に説明するように頼んだ。
彼女たちの間でどんな話がされたのか、俺は知らない。
別に、知りたくもなかった。
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