学校に戻ると、すっかり日が暮れていた。


 そのまま帰ってもよかったのだが、そういうわけにもいかない。


「がんばって部員を探してみたけれど、残念ながらみつかりませんでした……うむ。この線でいくしかないな」


 部室に顔を出して、るる子に言い訳ぐらいはしておこう。


「あいつ……怒ってるだろうなあ」


 そういえば、最後に彼女と話をしたのはいつだったろうか。


 ここのところドタバタしていて、ゆっくり会話をした記憶がない。

 ほんの数日ぐらいしかたっていないのに、不思議な感じだった。


「なんか、いろいろあったような……」


 部室を作って、夕日と思わぬ再開を果たした。

 そして、並行世界からナナが来て、先生のおかげでどうにかなった。

 そのあと、ナツメと軽くやりあってから、おかしな幼女たちと出会った。


 記憶をたどっている途中で、妙な違和感があった。


 何かがおかしい。


 何かがすっぽりと抜け落ちている。

 どこにも、おかしいところはないはずなのに。

 それなのに何かが足りない気分と言うか、見落としがあるような気がする。


「ん……? どういうことだ」

「ひゃっ」


 廊下を歩いていたら、るる子とぶつかりそうになった。


「わ、悪い」

「ううん。平気だよ」


 とっさに何を言えばわからず、思わず口ごもる。


「……あー。部室、行くのか」

「う、うん。カバン、取りに行かないといけないもん」


 るる子が階段を上がって行ったので、後に続く。


 なんとなく、無言。

 言わないといけないことがあるような気がするのだが、うまくしゃべれない。

 それは、るる子も同じであるような気がした。


 気まずい空気の中、階段を踏む足音だけがやけに響く。


 校内に残っている人が少ない。

 そんな気配があった。


 二階、三階────もうすぐ四階だった。


「あ、あのな」


 声をかけると、るる子がピタリと足を止めた。


「部員、みつからなくって……さ。ごめんな」


 何も悪いことはしていないのに、謝罪の言葉が口をついて出た。


「必死でがんばってみたんだけど……その、なんていうか。俺、こういうの苦手みたいで……」


 るる子の返事はなかった。


「あと、あれだ。こないだ、その、服……ごめん」

「うん」

「悪かった。反省している」

「いいよ。もう」

「それから、なんていうか……」


 彼女が振り向いた。


 笑っていた。


「もう怒ってないよ」

「それなら、いいんだけどさ」

「私もね、部員の勧誘できなかったんだよ」


 るる子が、疲れたとでも言いたげに腕を大きく上げて伸びをした。


「今日、クラスの友達に声かけたら、ひさしぶりにカラオケに誘われちゃった」

「お、おう」

「そのときに、最近は何か忙しいのかって聞かれたんだよ。いいきっかけだったから部活に誘ってみたんだけど、断られちゃったもん」

「そうか」

「他にも、ほとんどクラスの全員に声をかけてみたんだけど……」


 声が少し、途切れた。 


「全部、断られちゃったんだよね。あはは」


 わずかに調子がはずんで、強がる感じの笑いが響く。


「いやー、私も守くんのこと笑えないかな。友達が多いと思っていたけれど、じつはそんなに……」

「そんなことはねえよ」


 低めの口調で遮る。


「まあ、これじゃあ、あれだな」

「あれってなあに?」

「二人そろって、罰ゲームだろ」


 るる子がクスッと笑う。


「そうだね」


 彼女は、また階段を上がっていく。


「なあ。罰ゲームって、何をやるんだ」


 後について歩きながら、たずねる。


「んー……何も考えてなかったり」

「考えなしかよ!」

「いやー。あのときは勢いっていうか、調子に乗ってたと言いますか」

「なんていうか……まあ、おまえらしいけどよ」


 なんだか、うまく言葉が出てこない。


「俺も調子に乗っていたっていうか、ノリだけでやってたところあるし……なんか、その……」


 声が途切れると、るる子が振り返った。


 なんとなく顔をあわせられなくて、目をそらした。


「俺も、おまえのこと笑えないかな」

「それじゃあ、おたがいさまだね」

「そうだな」


 俺とるる子の顔に、苦笑が浮かんだ。


 それから二人で部室に戻った。


 部室では、夕日とナナがトランプで遊んでいた。


「おかえりっ。お兄ちゃん、るる子さん」

「おかえりなさいです。入部届が来てますよ」

「えっ!? 本当に? 見せて見せて」


 おいおい、マジかよ。


 夕日がるる子に、一枚の紙を手渡した。


「誰なんだ。るる子の知り合いでも入部してくれたのか」

「えっとね……龍宮ナツメさん、だって。知ってる?」


 意外な名前が出てきたが、嬉しくもなんともない。

 何をするつもりでこんなことしているんだ、あの野郎。


 顔を寄せている俺とるる子のそばに、夕日がふわっと近づいてくる。


「るる子さんが困っているから、名前だけでも部員にしておいてください、って言っていたのです」

「幽霊部員かよ!! いや……夕日、そいつの顔を見たか?」

「目がふたつ、鼻がひとつ、口がひとつありましたです」


 返事をする気も起きなくて、コクコク頷き返しておいた。


 まあ、あいつのことはどうでもいい。


 部員が増えて、るる子は嬉しそうだった。


「これで予算の申請もしやすくなるかもだよ。夕日ちゃん、ナナちゃん。何かほしいものある? 予算が出たら買うものを相談しておこうよ」

「はいはーい。パソコンがあるといいかもっ」

「私はお茶菓子があれば十分なのです」


 みんなも楽しそうだ。


 結果オーライ、といったところだろうか。


「あ、そうだ。罰ゲームは守くんだけね」


 るる子がふんぞり返っていた。


「……おい待て。なんでそうなるんだ」

「だって、部員を勧誘できてないの守くんだけだし」


 いやいや。ちょっと待ってくれないだろうか。


「じ、じつはな……その、龍宮ナツメってやつ。俺の知り合いなんだよ」


 るる子が夕日を手招き。


「夕日ちゃん。その人、そんなこと言ってた?」

「言ってなかったです」


 死刑宣告にもひとしい夕日の発言を聞いていたナナが、クスクスと笑う。


「お兄ちゃん、ズルしちゃダメだよぉ」

「いや。嘘じゃないって!! 本当なんだってば! っていうか、明日までだろ? 金曜までだろ、部員集め! あと一日あるから!!」


 明日までには、なんとかして部員を一人、集めなくてはいけない。


 絶対、無理な気がするけれど。

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