7
学校に戻ると、すっかり日が暮れていた。
そのまま帰ってもよかったのだが、そういうわけにもいかない。
「がんばって部員を探してみたけれど、残念ながらみつかりませんでした……うむ。この線でいくしかないな」
部室に顔を出して、るる子に言い訳ぐらいはしておこう。
「あいつ……怒ってるだろうなあ」
そういえば、最後に彼女と話をしたのはいつだったろうか。
ここのところドタバタしていて、ゆっくり会話をした記憶がない。
ほんの数日ぐらいしかたっていないのに、不思議な感じだった。
「なんか、いろいろあったような……」
部室を作って、夕日と思わぬ再開を果たした。
そして、並行世界からナナが来て、先生のおかげでどうにかなった。
そのあと、ナツメと軽くやりあってから、おかしな幼女たちと出会った。
記憶をたどっている途中で、妙な違和感があった。
何かがおかしい。
何かがすっぽりと抜け落ちている。
どこにも、おかしいところはないはずなのに。
それなのに何かが足りない気分と言うか、見落としがあるような気がする。
「ん……? どういうことだ」
「ひゃっ」
廊下を歩いていたら、るる子とぶつかりそうになった。
「わ、悪い」
「ううん。平気だよ」
とっさに何を言えばわからず、思わず口ごもる。
「……あー。部室、行くのか」
「う、うん。カバン、取りに行かないといけないもん」
るる子が階段を上がって行ったので、後に続く。
なんとなく、無言。
言わないといけないことがあるような気がするのだが、うまくしゃべれない。
それは、るる子も同じであるような気がした。
気まずい空気の中、階段を踏む足音だけがやけに響く。
校内に残っている人が少ない。
そんな気配があった。
二階、三階────もうすぐ四階だった。
「あ、あのな」
声をかけると、るる子がピタリと足を止めた。
「部員、みつからなくって……さ。ごめんな」
何も悪いことはしていないのに、謝罪の言葉が口をついて出た。
「必死でがんばってみたんだけど……その、なんていうか。俺、こういうの苦手みたいで……」
るる子の返事はなかった。
「あと、あれだ。こないだ、その、服……ごめん」
「うん」
「悪かった。反省している」
「いいよ。もう」
「それから、なんていうか……」
彼女が振り向いた。
笑っていた。
「もう怒ってないよ」
「それなら、いいんだけどさ」
「私もね、部員の勧誘できなかったんだよ」
るる子が、疲れたとでも言いたげに腕を大きく上げて伸びをした。
「今日、クラスの友達に声かけたら、ひさしぶりにカラオケに誘われちゃった」
「お、おう」
「そのときに、最近は何か忙しいのかって聞かれたんだよ。いいきっかけだったから部活に誘ってみたんだけど、断られちゃったもん」
「そうか」
「他にも、ほとんどクラスの全員に声をかけてみたんだけど……」
声が少し、途切れた。
「全部、断られちゃったんだよね。あはは」
わずかに調子がはずんで、強がる感じの笑いが響く。
「いやー、私も守くんのこと笑えないかな。友達が多いと思っていたけれど、じつはそんなに……」
「そんなことはねえよ」
低めの口調で遮る。
「まあ、これじゃあ、あれだな」
「あれってなあに?」
「二人そろって、罰ゲームだろ」
るる子がクスッと笑う。
「そうだね」
彼女は、また階段を上がっていく。
「なあ。罰ゲームって、何をやるんだ」
後について歩きながら、たずねる。
「んー……何も考えてなかったり」
「考えなしかよ!」
「いやー。あのときは勢いっていうか、調子に乗ってたと言いますか」
「なんていうか……まあ、おまえらしいけどよ」
なんだか、うまく言葉が出てこない。
「俺も調子に乗っていたっていうか、ノリだけでやってたところあるし……なんか、その……」
声が途切れると、るる子が振り返った。
なんとなく顔をあわせられなくて、目をそらした。
「俺も、おまえのこと笑えないかな」
「それじゃあ、おたがいさまだね」
「そうだな」
俺とるる子の顔に、苦笑が浮かんだ。
それから二人で部室に戻った。
部室では、夕日とナナがトランプで遊んでいた。
「おかえりっ。お兄ちゃん、るる子さん」
「おかえりなさいです。入部届が来てますよ」
「えっ!? 本当に? 見せて見せて」
おいおい、マジかよ。
夕日がるる子に、一枚の紙を手渡した。
「誰なんだ。るる子の知り合いでも入部してくれたのか」
「えっとね……龍宮ナツメさん、だって。知ってる?」
意外な名前が出てきたが、嬉しくもなんともない。
何をするつもりでこんなことしているんだ、あの野郎。
顔を寄せている俺とるる子のそばに、夕日がふわっと近づいてくる。
「るる子さんが困っているから、名前だけでも部員にしておいてください、って言っていたのです」
「幽霊部員かよ!! いや……夕日、そいつの顔を見たか?」
「目がふたつ、鼻がひとつ、口がひとつありましたです」
返事をする気も起きなくて、コクコク頷き返しておいた。
まあ、あいつのことはどうでもいい。
部員が増えて、るる子は嬉しそうだった。
「これで予算の申請もしやすくなるかもだよ。夕日ちゃん、ナナちゃん。何かほしいものある? 予算が出たら買うものを相談しておこうよ」
「はいはーい。パソコンがあるといいかもっ」
「私はお茶菓子があれば十分なのです」
みんなも楽しそうだ。
結果オーライ、といったところだろうか。
「あ、そうだ。罰ゲームは守くんだけね」
るる子がふんぞり返っていた。
「……おい待て。なんでそうなるんだ」
「だって、部員を勧誘できてないの守くんだけだし」
いやいや。ちょっと待ってくれないだろうか。
「じ、じつはな……その、龍宮ナツメってやつ。俺の知り合いなんだよ」
るる子が夕日を手招き。
「夕日ちゃん。その人、そんなこと言ってた?」
「言ってなかったです」
死刑宣告にもひとしい夕日の発言を聞いていたナナが、クスクスと笑う。
「お兄ちゃん、ズルしちゃダメだよぉ」
「いや。嘘じゃないって!! 本当なんだってば! っていうか、明日までだろ? 金曜までだろ、部員集め! あと一日あるから!!」
明日までには、なんとかして部員を一人、集めなくてはいけない。
絶対、無理な気がするけれど。
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