6
「放したほうがいいんだぞ。おじさん」
「このままでは誘拐されてしまいますわ。しくしく……」
左右の脇に抱えた二人の幼女が、ジタバタと大騒ぎ。
ちょっとだけ、言い訳をしてもいいだろうか。
なぜ俺が小さな女の子を二人も捕まえて、人気のない場所に行こうとしているか。
ナナと別れてから、猫を探しに校門前までやってきた。
そうしたら、こいつらが猫を捕まえようとしていたのだ。
そこで俺は、このちょこざいなお子様どもを猫から引き離す役目を仰せつかった、というわけでして。
「私たち、知らないおじさんに捕っているんだぞー」
「助けてくださいですわぁ。この人、変質者ですの」
「頼むから静かにしてくれ。おまえたち」
それにしてもやかましい。
「誘拐なんてしないから、安心しろ。人気のないところまで行ったら、ちゃんと解放してやる」
「おじさんはバカだな。それを世間では誘拐って言うんだぞ」
銀髪を三つ編みにしたガキに、なぜここまで罵られないといけないのだろう。
「おじさんはやめろよ。クソガキ」
「だったら、その下品な呼び方をやめるんだぞ。
「そうかそうか。よろしくな」
適当にあしらっていると、今度は反対側から質問が来た。
「お兄さんは、不審者さんなんですの?」
「違う」
「お名前は? 不審者ではないのなら、名乗ってほしいですわ」
「久垣守。これで信じてもらえたか」
「はい。私、
「ああ。ご丁寧にどうも。こちらこそよろしくな」
適当に調子をあわせて、黒髪ロングの愛らしい少女をなだめる。
名前からして、こいつら姉妹なのだろうか。
でも、髪の色も違うし、外見がまるで違う。
とても血縁とは思えないが、そのへんまったく謎である。
しかし今は、そんなことはどうでもいい。
とにかく人目につかないところまで行って、適当に解放してやることにしよう。
そのあとで記憶を操作して、俺のことを忘れてもらえば誰にも気づかれまい。
また先生あたりに見つかるとまずいので、学校からは離れておこう。
行先は、近くの公園でいいか。
あそこなら、歩いたってすぐだ。
「いいかい。お兄さんは、猫を助けたかっただけなんだ。わかってくれ」
急ぎ足で進みながら、辛抱強く事情を説明していく。
「キミたちは猫を捕まえようとしていただろう。でも、あの猫を大切に思っている人がいるんだ」
「おい、黒羽。タイミングをあわせろだぞ」
「わかったわ。白羽ちゃん。一、二の三、ですの」
二人はおしゃべりに夢中なようだった。
子供なのだから無理もない。
だが、ここは俺の大人力が試されるところだ。
根気よく話せば、きっとわかってくれるだろう。
「つまりお兄さんには、お兄さんの事情がある。そのことをまずわかってほしい。お兄さんは不審者ではない。わかってくれるね。よし、いい子たちだ」
「イチニサン」
「はやいですわっ。今のは、なしですの。やりなおしですわ」
俺としては、幼女たちとのストロベリートークタイムをもう少しばかり、楽しんでいたいところだったが、そうもいかないようだ。
ほらもう、すぐそこに公園が見えてきた。
「いいかい。俺はその人に頼まれて、おまえたちを猫から遠ざけておかないといけないんだ……ええと、誰だっけ? 誰に頼まれてこんなことしているんだ、俺は」
「一、二の……」
「……三!!」
二人のカウントダウンとともに、両脇から爆発的な光が放たれた。
「────のわっ!?」
吹っ飛ばされた俺は公園の中に転がり込んで、ジャングルジムにからまった。
天地が逆になっている。
なんだこの、情けない格好は。
上下が逆転した視界の中に、ふわりと空中に浮かぶ二人の幼女が現れる。
どちらも天使みたいに背中から羽が生えていた。
「おい。黒羽。こいつを処分するんだぞ」
白い翼をつけている白羽が、ひどいことを言った。
「ダメですの、白羽ちゃん。人間には手を出してはいけませんわ」
黒羽のほうは、名前どおりに黒い羽根。
二人そろって、服装まで変わっていた。
白羽のほうはさっきまでと似たようなワンピースを着ているのだが、黒羽のほうは面積の少ない水着みたいな格好。ちょっとこれ、お兄さんには目の毒です。
「えっと、おまえら何者なの?」
ついさっきまでは、俺の知覚をもってしても、ごく普通の幼女にしか見えなかったはず。それがなんで、いきなり変身して飛んでいるんだ。
まるであれだ。
理由も理屈もない結果だけの現象────つまり、魔法そのものだ。
「私たちは、ちみっこランドから来たんだぞ」
「人間界にいる誰かが、私たちの住む世界から、魔法の力を勝手に持ち出しているのですわ」
「最近のキッズ向け玩具は物騒だな」
二人が持っている剣を見ながら、手足にからんだ鉄パイプを解いていく。
とりあえず、こいつらが何者かはさっぱりわからない。
言っていることを信じるなら、俺の知らない異世界から来たということになる。
それがどこかは不明だが、こういうのには慣れているからどうでもいい。
それより大事なことがある。
ひとまず、立ち位置というものをはっきりさせておいたほうがいいだろう。
「ネバーランドだか、ちみっこランドだか知らんが。まあ、その……なんだ」
とりあえず、こいつらに敵意がないことを示しておく必要がある。
「安心しろ。俺は……おまえたちの味方。幼女が大好きな男だ!!」
ピシッと音が聞こえるほど、二人の顔がひきつった。
「な、なあ黒羽。間違えて攻撃しちゃったぞ、ってことにするからな」
「そうですの。同時に攻撃して、一撃で葬らないと危険ですわ」
「なに物騒な相談してるんだよ、おまえら」
幼女まじこわい。
「とにかく俺は敵じゃない。誤解があったことは謝るが、ちみっこランドとやらには無関係だ。そんなの今まで聞いたこともない。信じてくれ」
力いっぱい誠意をこめて説明していると、黒羽がポケットから何かを取り出した。
小さな箱だった。
中身はオモチャのような、安っぽい光を放つ石と指輪。
フタの裏側には鏡がついている。
黒羽は箱の背を俺に向けて、宝石をカチャカチャといじくりだした。その横から、白羽が相棒の手元をのぞきこんでいる。
「あら。この人、魔力の影響を受けたことがあるみたいですわ。それも最近ですの」
「ホントだぞ。一、二……六回ぐらいだな?」
「どういうことなんだ、それ?」
よくわからないので、たずねてみることにした。
「つまりですわ。ちみっこランドから魔力を盗み出した犯人が、あなたに魔法を使ったということですの」
「おじさんが犯人じゃなくて残念だぞ」
「何度でも言うが、俺はおじさんじゃない。お兄さんだ」
まったく、白羽のほうは本当に口が悪い。
まるで誰かを思い出す。
何かにつけて、俺をバカ呼ばわりしたあいつ。
「ん……?」
そのとき頭の中で、謎の符号がピタリとひとつに組み合わさった。
ここ最近で俺に攻撃を仕掛けてきたやつと言えば、あいつしかいない。
龍宮ナツメだ。
やつの正体を知る手がかりに、少しだけ近づいた気がする。
「じゃあ、とりあえずこいつの記憶を消しておくぞ」
「それがいいですわ」
白羽が軽く剣を振る。すると剣先から、モヤモヤとした白い輝きが放たれた。
魔力で作られたらしい謎の光が、俺めがけて漂ってきた。
「フッ────!!」
息を吹きつけて、あやしい発光体を吹き飛ばす。
続けざまに、ものすごい勢いで黒羽に組みついた。
「いやぁーっ!!」
「頼む! ちょっと教えてくれ」
「いやぁっ……いやっ! やめて、やめてっ!! こっちこないでですわっ!」
持っている剣を振り回したので、手首をつかんで地面に押しつける。
「落ち着いてくれ。俺は話が聞きたいだけなんだ」
「はっ、放してっ!! いやっ、こんなのいやぁ……」
「別に痛くしないから。こら。暴れるなって」
「いやっ、いやですわ……助けてっ。助けて、白羽ちゃんっ!」
わめく黒羽の叫びを聞いて、すぐさま白羽が飛んできた。
「やめるだぞぉーっ!!」
後頭部に、ガツンと剣が振り下ろされた。
「痛い痛い。やめろって」
「こいつ、すごい頑丈だぞ」
「やめて……もうやめて、お願いですの……許して。なんでも……なんでも、しますわ。ウウッ……うぅ」
何度も剣を叩きつけてくる白羽。
そのすぐ横で地面に転がされ、髪を乱した黒羽が両手で顔を覆って泣いていた。
なんとも言えない、気まずい空気があたりに漂う。
「おまえな。友達を泣かすなよ」
白羽に声をかけた。
とたんに鋭い剣先が喉首を狙ってつき出されたので、両手ではさんで受け止める。
「泣かしたのは、おじさんだぞ」
「悪かった悪かった。謝るから」
「言い訳はあの世でするがいいんだな」
「いやだから、話が聞きたかっただけなんだって。本当に。マジで」
「変質者は、みんなそう言うんだぞ」
「おまえたちの魔力を盗んだやつに、心当たりがあるんだよ。嘘じゃない。信じてくれ。頼む。お願い」
「ふえぇぇ……私、汚されちゃった……ううっ。うわーん!!」
黒羽が鳴き声を響かせたところで、白羽は剣をやっと止めてくれた。
「とりあえず詳しい話はまた明日、聞いてやるぞ」
「明日の何時だ?」
「学校が終わったら聞きに行くんだな」
「おまえら学校に通っているのか。どこの?」
「おじさんみたいな変態に、通っている小学校を教えるお子様はいないんだぞ!!」
ひどい捨て台詞を残してから、白羽が黒羽を助け起こす。
「ほら。黒羽、もう泣くなだぞ」
「だって……だって、あの人こわかった。動物みたいな顔で……ケダモノですわ」
「気にしないほうがいいんだな。こっちの世界は、ろくな大人がいないんだぞ」
二人は公園から去って行った。
なんだか、すごい誤解をされてしまったような気がする。
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