「龍宮ナツメ。それが僕の名だ。それから、ひとついい知らせがある」


 背後から、ジャリッ……と砂を踏む音が聞こえてきた。


「今、体が作れるようになった」

「おい。ちょっと待て。なんだ今の?」


 ほんの一秒か二秒だが、時間の巻き戻る感覚があった。

 そのうえ、あいつ場所まで移動している。


 ナツメが、ククク……と嘲笑う。


「そうあわてるなよ。デモンストレーションってやつさ。僕はキミにできないことができるんだぞ、ってね」


 相手にしゃべらせながら、感覚器官を総動員する。

 物理的な五感、超常的な知覚、そのすべてだ。


 ナツメは────またしても、木をはさんだ反対側に位置を変えていやがる。


「それから、もうひとつの目的としてはテストだな。自分にどのくらいのことができるのか、それを調べるためさ。別にキミのために、ここに来たわけじゃないんだからな。ガタガタ守くん」

「人の名前で遊ぶなって、何回言えばわかるんだよ! ケンカ売りに来たってなら買ってやるから、さっさと本気みせてみろ!!」

「キミは野蛮だな。残念だが、今日のところはそんなつもりはないよ」


 だったら俺に何の用があるんだ。


「今はまだ、僕にキミを倒す力はない」

「ああ。そうだな。その通りだろうよ。前回も、俺を地面に叩きつけはしたが、ケガをさせるほどの威力はなかった。おまえ、じつはたいしたことないんじゃないのか」

「その通りだ。今はまだ、な」


 今は、だって?


「もうすぐ、キミよりも強くなる」

「だったら今……潰しておいてやるよっ!!」


 振り向きざまに、力いっぱい空間ごとひねった。


 ……バスッ!!


 押し潰された空気の悲鳴とともに、木の欠片が粉々になって飛び散る。


「僕がどうして、キミよりも強くなるのか教えておいてやろう」


 ナツメの平然とした声が、今度はやや離れた場所にある木の影から響く。


「僕らの能力は、ほぼ全能に近いが完璧じゃない。なぜだかわかるか」

「知らねえな。バカはそういうことに興味ねえんだよ。質問したけりゃ、バカにもわかるように話してくれねえか」

「そんな気づかいはしないが、説明はしてやろう」


 多少は気を使え。


「たとえばキミは、メレンゲをどう作るかも知らないだろう。だが、マシュマロを作り出すことはできる」

「だったらなんだ。知ってれば偉いって言うのか」

「偉いとか偉くないとか、キミがいかにバカかという話ではない。本来は、知っていなければ全能の力を使いこなせないはず、と言っているんだ。使っていて気がつかないところは、じつに見事なバカだと称賛しよう。銃の試し撃ちをするときに、銃口を自分の口に入れる種類のバカだ。すごいバカだよ、モモルくん」


 いちいち煽ってきやがるな、こいつ。


「比類なき愚かさを身上とするキミのために、もう少しわかりやすい、たとえ話を出してやろう。まずは一問目だ。ここに一本のスプーンがあるとする。これを曲げるためには、どうすればいい? ただし、キミの能力を使ってはいけない。それから、手も使ってはいけないことにしよう」

「だったら、踏んで曲げりゃいいだろうが」

「なるほど。ありがちな解答のひとつだ。では、次の問題を出してやろう。今度は、手を使ってもいいし、能力も使っていいことにしよう。さあ、どうだ?」

「そんなもん、能力を使っていいなら曲がれって念じれば、一発じゃねえか」


 なんで、後の問題のほうが条件ユルいんだよ。

 こいつはいったい、何が言いたいんだ。さっぱりわからねえ。


「いやいや、まったく。キミのバカさ加減がまたひとつ証明されたわけだ」

「何を根拠に言いやがる!! 言いがかりなら、たいがいにしとけ」

「よしよし。これからじっくりと説明してやろう。真に全能であるためには、膨大な演算能力と記憶領域を必要とする。何が必要で、何が必要でないか、取捨選択が必要だ。そのうえ、選びとるための判断基準を明確にする無限の知識、そして知恵と知性が欠かせない。さらには過去と未来と現在に起きる出来事を把握しておくこと。すべてを知っているとは、そういうことだ」

「そうかい。解説ありがとうよ」

「全知全能という言葉が示すとおり、そのふたつは不可分だ。どちらか一方だけでは、不完全なのだ。そして、言葉の示す並びのまま、先に必要となるのは全知であるべきだ」


 そのくらいは、俺でも理解できる。

 だから日々、学校に来て勉強してるんじゃねえか。


「だが、それでもだ。そんな能力の順逆といった矛盾をかかえながらも、僕らはある程度まで、全能に近いことができる。必要な要素を選び出す部分。知能で選択すべきこと、それを強引に補っている状態だ。できるから、できる。そう思い込むことで、結果を生み出しているにすぎない。先の例で言えば、手が使えないなら足で踏んでスプーンを曲げればいい。結果だけを求めた解法、と言えばわかるかな」

「そのくらいは俺でもわかる! おまえが言っている、その強引さってのは、ようするに自動化されているってことだろうが。能力を使うとき、別に意識しなくても、勝手に結果が出る。そう言いたいんだろ?」

「自動化か。言ってみればその通りだな。オートマチックの車と、マニュアルの車の違いみたいなものさ」


 フフンと、また人を小馬鹿にしたような空気が伝わってきた。


「だが、僕らの能力において、それは車の性能以上の差が出る。この前、地面に叩きつけてやったときに、キミは自分を防御する障壁を作り直していたな」

「おまえにぶっ壊されたから、当然だろ。さっきの言い草で説明させてもらうなら、自動で元に戻って何が悪いってもんだ」

「あれは壊したんじゃない。解体したんだ」


 勝ち誇った声。


「キミがやるような、ただの荒っぽい解体作業とは違うぞ。構造を理解し、そのうえで一枚、一枚と……皮をぐみたいにしてやったのさ。あのときは残念ながら、最後まで貫くには時間がたりなかったがね」

「結果は同じだろうが!!」

「そんなことはないな。力任せに壊すよりも、ずっと効率的だ。エネルギーの総量に差がない場合、どちらが有利は言わなくてもわかるだろう。僕とキミが全力で戦えば、決着がつくのは何千年、何百万年後になるかはわからない。けれど、先に力尽きるのは確実に、無駄な動きが多く、力任せで何も考えていない方だ」

「…………」

「さて、ここでさっきの問題、二問目に戻ろう。キミは自分の能力でスプーンを曲げるときに、ただ結果だけを思い浮かべた。曲がれ、と」

「それの何が……悪いってんだよ」

「おいおい、笑わせるなよ。キミはとっさに、支点と力点と作用点の関係をイメージすることすらできなかった。中学生レベルの知力の持ち主にも、できて当然の発想ができていない、ということだぞ。これはキミが、能力に頼りきっていることの証明だ。その点こそ、僕とキミとの違いさ」

「それの何が違うってんだよ」

「現時点で僕は限定的にだが、全知にかぎりなく近い状態にまでなれる」


 そいつはすげえや。


「いずれ僕が真に全知を獲得すれば、それで全知全能となる。そうなってしまえば、キミが僕に勝てる見込みはない。僕にしてみれば、キミなんて僕以下の他すべてと同じになる。越えられない壁、とでも言うのか。こういうのは」

「神様みてえなこと言ってくれるじゃねえか」

「今のは笑うところかな? 事実、もうすぐ神様にだってなれるはずさ」

「だったら、なおさら今のうちに潰したくなってきたぜ」

「残念だが、普通の攻撃は効かないぞ」

「試してみないとわからねえだろ」

「おたがいに防御が自動化されていることは、キミにも理解できるだろう。ついでに言っておくと、さっきからキミに僕の姿が見えない理由は、僕の防御機能が働いて、キミの死角に出現するようになっているからさ」

「見たくもないから、ちょうどいいぜ」

「そう強がるなよ。能力は互角でも、こちらには知性というアドバンテージがある。キミからしてみれば、匹敵にして天敵。それが今のボクだ。ここまで言えば、攻撃しても無駄だとわかってもらえるかな」

「バカにはわかんねえよ。そういうの」


 ナツメに狙いをつける。

 容赦をするつもりは、一切なくなっていた。


 こいつは危険すぎる。


 長くてありがたい説教じみた、一方的な演説。

 そのすべては、俺と戦うことを想定した理屈だった。

 今、倒しておかないと確実に後悔する。


 俺が使える、一番強力な攻撃手段を使うしかない。


 この期におよんで、ナツメは落ち着きはらった声で言う。


「親切心ではなく、僕自身のために言っておこう。やめておいたほうがいいな。もうすぐ、僕はここにいられなくなる。そろそろ時間なんだ」

「おまえの都合なんか、知らねえな────消え失せろ!!」


 消えろ、と念じた意志がエネルギーの奔流となって飛ぶ。

 それこそ能力の自動的な部分にのみ頼りきった、文字通りに雑な攻撃だが、背に腹は変えられない。


 願った通りに、ナツメが消滅する。


 いや、消去した手ごたえはなかった。

 この消え方は、違う。

 あいつ自身が消えたんだ。


 俺の放った不可視の攻撃は、ナツメがいたはずの位置を通過している。

 その進路上をよぎる形で歩く、るる子とナナの姿があった。


 このままではまずい。

 とっさに攻撃を止めようとしたが────間に合わない。


 目標を変えるしか対処する方法がなかった。

 消えてもいいものだけを選ぶしかない。


 身に着けているもので、消えてもいいもの。

 いくらでも代わりがきくもの。

 なくなってもいいもの。


 そこでやっと、二人がこっちに気がついたらしい。


「あっ。お兄ちゃんだぁ、やっほー」

「守くん。そんなところで何してるのよ。部員、みつかったの?」


 エネルギーの風が、彼女のスカートをなびかせる。


 その直後に、るる子の着ている制服がはじけて、細かい塵となって消えた。

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