さてまず、状況を整理せねばなるまい。


 昨日の放課後、夕日がナナを入部させたことで部員は四人になった。


 夕日は、これでノルマを達成したことになる。

 実際のところは、並行世界の俺が妹の入部を許せば、と条件がつく。

 だが、先生がからんだ以上、ほぼ入部は確実と見て間違いないだろう。


 となると、あとは俺とるる子だ。

 俺たちが一人ずつ、入部希望者を勧誘してこなければならない。

 できなかった方には、罰ゲームが待っている。


 これはまずい。


 正直に言って、夕日が最初に罰ゲームを免れるとは予想もしていなかった。

 ぼっちの俺より人脈を持っていないはずの夕日が。


 そして、るる子にはクラスの人気者になるほどのコミュ力があるのだ。

 この時点で、俺の圧倒的な不利は覆しようがない。


 お得意の能力を使わなければ、と条件がつく。


 いざとなったら誰かを操り、適当に部員を仕立てあげちまえばいい。

 誰もが、そう思うはずなのだ。 


 だが、それは決してしてはならない。

 やってしまうわけにはいかないのだ。


 そんなふうに言うと、俺がやたらと我慢強いように感じられることだろう。

 しかし、なぜそうするかには理由がある。


 あれは五年前のこと。

 取り返しのつかない失敗をしてしまった。


 今思い出しても、気分がヘコむ。

 ミスをした経験があるせいで、自分の能力に対する恐怖が生まれ────そして何よりも、自制心を失ってしまうことが怖い。


 まあ能力を使って勝ったとしても、るる子にあとから卑怯だなんだとグチグチ言われそうな気がするからってのもあるしな。


 とにかく特別な力に頼らず、自力で部員を増やすべきだ。

 決して罰ゲームとやらが怖いわけではない。

 そんなもの、まったく怖くなんかない。


 いまいち分の悪い賭けだが、自分でどうにかするしかない。


 だがしかし、俺には必勝の策があった。

 るる子に打ち勝つ、秘策が。


 おそらく彼女は、同級生にはすでに声をかけているだろう。

 そこで俺は、他の学年、クラスを問わず手当たり次第に誘っていくことにした。

 これならるる子より先に、部員の勧誘に成功するはずだ。


 そのような事情の元、俺は走った。

 授業のあいまの短い休み時間に走り、昼休みは飯も食わずに走った。


 ところが、現実は想像以上に冷たかった。


 俺の言うことに、誰も耳を貸してくれない。

 部活に勧誘しようという話を出すことすらできない。

 あんた誰、とばかりに軽くあしらわれるばかりだった。


 もちろん、原因は俺にある。

 俺を見たことは思い出さないでください、と日頃から認識阻害なんぞに頼っているせいだ。


 自分の用心深さを後悔しても始まらない。

 せめてクラスの連中ぐらいとは、仲良くなっておくべきだったろうか。


 いや、同級生はダメだ。

 やつらはすでに、るる子の手中にあると思っていい。


 とすると、俺にはもはや打つ手がない。


「……もうダメだっ!!」


 放課後の校舎裏に、むなしく響く俺の声。


 おそらく、るる子はすでに部員の一人ぐらいは確保しているだろう。

 もしかすると数人ぐらいは、余裕で集めている可能性もある。

 それを思うと、うかつに部室に顔を出すことすら難しい。


「これで俺は、夕日以下……幽霊なのか妖怪なのかよくわからない、人外以下のぼっち野郎にされてしまうのか!? 最悪だっ!」


 じっくり時間をかけて落ち込んだところで、高らかな笑い声が響いた。


「ハハ、ハ、ハハハ……キミはバカなのか? それだけの力を持っていて、なぜそんなくだらないことで悩んでいるんだ」

「てめえは……いや、言わなくても結構だ」


 あいつだ。


 るる子に手を出すと、俺に反撃を加えてきたやつだ。


 あのとき聞こえたぶつ切れの音とは、あきらかに声の調子が違う。


 だが、話し声だけでこれだけの敵意を感じさせる相手。

 そんなのは、あいつ以外に考えられない


「とうとう正体を現しやがったな」


 声の源はどこなのか────。


 さっぱりわからん。ムカつく。


「姿を見せろよ。ストーカー野郎」

「ああ。キミはバカなのだな」

「なんだと!?」

「姿を見せろよ、に対する返事はこうだ。敵にわざわざ姿なんて見せる必要がない、もしくは、自分で見つけてみせろよ、だ」


 長々としゃべってくれたおかげで、居場所がわかった。


 俺のいる位置から、左斜め前方。

 そこに生えている木の後ろから、声が放たれている。


「返事はもうひとつあるだろ」


 敵のいる方向をにらみつける。


「姿は見せられない。なぜなら、おまえはまだ、実体を持っていないからだ」


 あらゆる知覚を総動員しても、声以外に存在を示すものはない。

 つまり、こいつはまだ物理的な肉体がそなわっていないはずだ。


 どうやら俺の想像は正しかったらしい。


「ふむ。バカだけに屁理屈だけは上等だな。まあ、ヒントもあったことだしな」

「ヒントだって?」

「しばらく前に、キミを踏みつけてやろうと思って体を作ったからな。少しばかり大きすぎて、実体化できなかったようだがね」


 屋上からふっとばされたときのことか。


 いったい、どんなサイズになろうとしてやがったんだ。

 怪獣にでもなるつもりだったのか。


「それにストーカー野郎という指摘も、あながち間違ってはいない。僕は、今はまだ水取るる子から離れることができない。まったく、うまいことを言うものだ。バカの屁理屈は、時に真実に近づくものだな」

「うるせえよ。あんまりバカバカ言うな」

「真実を口にされて喜ぶやつはいない。そんなこともわからないから、キミはバカなんだ。バカ垣守くん」

「勝手に人の名前を変えるなよ!」

「失礼。久垣アホるくんだったか」

「名前でいじるのやめろ!! だいたい、こういうときは先に名乗れよ。礼儀を知らないのか、礼儀を!」

「そうがなるな。教えてやるよ。僕の名前は、レイギ・シラズ」

「たった今つけたみてえな名前を言って、俺が信じるとでも思っているのか!? おまえ、ふざけるにもほどがあるだろ!」


 肩をすくめる気配が伝わってきた。


「龍宮ナツメ。それが僕の名だ。それから、ひとついい知らせがある」


 背後から、ジャリッ……と砂を踏む音が聞こえてきた。


「今、体が作れるようになった」

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