午後の授業では宿題忘れの罪にて、こってりと油をしぼられてからの放課後。


「それでは、いよいよお茶菓子研究会、発足であります」


 部室にやってくるなり、るる子が一人ではりきっていた。


 今日の彼女は委員長モード。教室でホームルームの進行役を務めるときの口調になっている。こんなんで話しかけられたら、悪い予感しかしてこない。


「さて、めでたく研究会の活動開始となりましたが、このままでは予算がありません。なぜなら予算の申請には条件があるからです」

「お茶と菓子ぐらいなら、俺がいくらでも出してやるけどな」


 そう言うと、るる子は指を立ててチチチと舌を鳴らした。


「そういうわけにはいきません。不正な手段で入手したお菓子を食べて活動するわけにはいかないのです。わかりましたね」

「おまえ、前に俺のやったドーナツ食っただろ。あと大福とヨウカンも」


 るる子が窓のむこうを見た。


「ではまず、予算を申請するために必要な計画を説明します」


 めっちゃ無視された。

 俺もう帰っていいかな。


「予算を獲得するためには、所属人数! 部活動、または研究会の所属人数が五名以上である場合には予算が編成されると、生徒手帳にも規約が書かれています。念のため、私は生徒会にも予算配分の基準を聞いてきました」

「なるほどです。るる子さん、すごいです」


 夕日がパチパチと拍手する。


 今の話のどこに拍手をする要素があったのだろう。

 彼女たちのノリがさっぱりわからない。


「世の中って、わからないことだらけだなー」

「では、結論です!! 今から私たちお茶菓子研究会は、部員の獲得に全力を注ぐことにいたします!」

「そっか。がんばれ」

「がんばれ、じゃなくて。守くんも勧誘に行くんだよ」


 そんなのしたくない。


「いいか、るる子。人間には、向き不向きってものがあるんだ」

「目標は、一人につき最低一名の勧誘。なお、部員が五人以上になれば、人数に応じた予算の増額も検討されるとのことです。がんばって、たくさんの部員を集めましょう。期限は今週の金曜日、放課後までとします」

「俺はやらないぞ。勧誘なんて、知らないからな」

「なお、一人も集めることのできなかった人は、罰ゲームを受けてもらいます」


 なんだよ、それ。


 高校生の部活動でノルマなんてありえないだろ。

 だいたい罰ゲームってなんだ。そんなんでやる気になるわけねえよ。俺にやる気を出させたければ「レモンちゃん、恥ずかしい……」ぐらいのこと言ってみせろ。


 ちょっとるる子が暴走気味な気がする。

 ここは何としてでも止めなくてはなるまい。


「ちょっと待て。るる子。さっきから聞いていると、いろいろフェアじゃないぞ」

「何がフェアじゃないの?」

「それは知り合いの多いおまえなら、部員の一人や二人すぐ集められるだろう。だが、俺はそうじゃない。日頃から人目を避けて暮さねばならない事情もある」

「そのぶん便利なことが、いろいろできるもん」

「だからって能力で人間を作るわけにもいかないだろ。そういう意味では、俺はただの人間と同じってことだ。わかるな」

「私だってただの人間だもん。それなら公平だよ。フェアだと思うよ」

「うぐっ……」


 墓穴を掘ってしまった。

 何か突破口はないのか。何か。


 反撃の糸口を探す俺の視界が、夕日をとらえた。


「そうだ。夕日に対してもフェアじゃないぞ!」

「それは……」


 るる子がひるんだ。

 チャンスは今しかない。


「そもそも人間ではない夕日に部員探しはできないだろう。そんなあいつに、るる子、おまえはなんてひどい条件を出すんだ。血も涙もないとは、まさにこのことだ。ああ、おそろしい。人の皮をかぶった魔物のやり口だ」

「そ、そこまで……言うことないと思うけど……」

「いいや。これはもう人間のすることじゃないよ。こんな詐欺みたいなやり方はお断りだな。おまえもそう思うだろ、夕日」


 ここぞとばかりに本人に発言を求める。

 まあ、あいつのことだ。

 内容とかかわりなく、きっと「マモちゃんの言うとおりです」と賛成してくれる。


「部活に入ってくれそうな人に、心当たりがあるです」


 ほら、言った。


「……あれ?」

「一人ですけど知ってるです。部活のことを教えてあげたら、とても入りたがっていたのです」

「本当!? 夕日ちゃんすごーい!」


 るる子が夕日の手を取って、ぴょんぴょん跳ねて大喜び。


「いったいどんな人なの? 夕日ちゃんのお友達?」

「すぐに連れてくるです」

「いや、ちょっと待て!!」


 教室の扉に手をかけた夕日を引きとめる。


「おまえの知り合いってなんだ!? 幽霊か、それとも妖怪か? トイレの花子さんじゃないだろうな。それともおまえは、ここをお化け屋敷にでもするつもりなのか!」


 夕日に人間の知り合いなどいるはずがない。


 なにしろ彼女は、部室からは離れられないのだ。

 とすれば、まともな人間など、まず来ないだろう。

 得体の知れない化け物なんぞ連れてきて、キル先生にかぎつけられたら困る。

 また俺のせいにされたら、とんでもないことになりかねない。


「待て、夕日。やめるんだ。人間じゃない部員は、おまえ一人でもう十分だから!!」

「大丈夫です。もう、すぐそこまで来ているです」

「どうやって来たんだよ、そいつ」


 こっそり仕掛けておいたのだが、この部室には俺が許可しないやつは近づけないようになっている。


 無理やり広げた空間に作った部室。

 そこで誰かがやたらと近づかないようにしておいた。

 理由はもちろんアレだ。


 俺がるる子に能力を使うと出てくるやつ。

 万が一、あいつが現れたとしても一般の人に被害が出ないよう、気づかいが必要ではないかと判断したからだ。


 普通の人間で部室に近づけるのは、今のところるる子だけ。

 ごり押しで通ってこれるのは、キル先生とか、ああいう人種だ。


「ちょっと待て。そいつ通すな。絶対、普通の人間じゃない」

「普通の女の子なのです」


 そんなこと言いながら、夕日が扉を開ける。


「ナナさん。入ってくるです」


 髪をツインテールにした女の子が、そこにいた。


 髪型以外にも、すごい特徴がある。

 こんなことを言うと女性蔑視かセクハラかと怒られそうだが、あえて言うと、かつて見たことないほど、すばらしいバストの持ち主だ。


「どうも。こんにちはぁ」


 すばらしいバストの持ち主が、軽く頭を下げておじぎする。

 彼女が顔を上げたとき、ふいに目があった。


「……お兄ちゃん!」


 パッと笑顔になったバストに抱きつかれた。


 それはもう、ワンダフルな巨乳だった。

 あらゆる防御を貫通して、ぽよんと弾む攻撃力。

 防ぐ手段はまったくなかった。

 おまけに謎の付加効果によって、俺の鼻の下はびろーんとだらしなく伸び、顔に浮かんだニヤニヤ笑いが消せなくなった。


 この一撃をいかなる方法で防げばいいのか、頭の中でシミュレートしてみたのだが、はっきり言って防ぎたくない。


「本当にお兄ちゃんだぁ。すごーい!! 同じ学校に通えるなんて夢みたい」


 ナイスおっぱいちゃんが大喜びしている。

 そして、何を驚いているのか知らんが、るる子が目を丸くしてこっちを見ていた。


「守くんって、妹さんがいたの?」


 そこで、ようやく気がついた。


 俺に妹はいない。

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