「部活の名前ですか。たしかに、名前は大事です」


 ついこないだまで名前もなかったようなやつが、何を言っているんだ。


 昼休みになったところで、俺とるる子は部室にやってきた。

 そこで相談を持ちかけるなり、夕日はいかにもな感じで頷き返したのだ。


「大事なのはわかっているんだ。どういう名前にするかをこれから相談するんだよ」

「ですです。それなら、相談部はどうですか?」


 今度は思いっきり、はしょりやがった。

 るる子は弁当箱の揚げシュウマイを箸でつまみ上げた。


「相談部だと、ちょっと短いかなあ。活動内容がはっきりわかるぐらいがいいと思うんだよね。ところで夕日ちゃんって、何も食べないの」

「私です? ご飯は食べられますけど、食べなくても大丈夫です」

「私たちだけ食べるのって、なんか悪い気がしちゃって……」


 二人を横目にコロッケパンを齧る俺。


 ちら、とるる子の目がこっちに向く。

 なんとかしろ、と言いたいらしい。


「あー、夕日。なんか、食いたいもんあるか」

「杭鯛って魚ですか? 棒ですか?」

「そうじゃなくて、食事だ。俺もじつのところ、食べなくても問題ない。でもな、なんていうか……気分の問題だ。気分の」

「気分の問題ですか。気分、大事です」


 ニコニコ笑顔の夕日に、俺はちょっぴり苦い顔。


 さっきからるる子の視線が痛いせいだ。

 精神衛生上よろしくないので、形だけでもいいから夕日になんか食ってもらわないと、こっちの食欲が失せる。


「しょうがねえな。ほら。これでも食ってろ」


 購買で売っているミニ鶏そぼろ弁当を出してやった。

 

 夕日は俺らと同じぐらいの年齢に見える。

 一応は女の子の姿をしているが、どのぐらい食うかわからん。

 でもまあ、これなら食べきれるだろう。たぶん。


「マモちゃん、ありがとうです。私、嬉しいです」

「別におまえのために出したわけじゃねえよ。礼ならるる子に言ってやれ」


 ジャムパンをもしゃもしゃ噛み砕いていたら、女どもが顔を寄せて、またヒソヒソ話を始めた。


「守くんって、ツンデレだよね」

「ツンデレってなんです?」

「本当は仲良くなりたいんだけど、ツンツンしてる人のことなんだよ」

「マモちゃんはツンツンしてるかもです。でも、本当はとっても優しいのです」


 夕日はやけに、俺に肯定的だ。


「だがしかし、俺は仲良くしたいわけじゃない! ツンデレでもない!!」

「はいそこ。食事中に大声出さない。普通、そんなことしないよ」

「うぐっ……」


 るる子に注意されたせいで、息がつまった。

 やっぱり普通じゃないのか、俺は。


 ちょっと傷ついたけど、どこからもフォローが入らない。


 夕日は、箸でちょこちょことつまむみたいにして、少しずつ弁当を口に運ぶので忙しいようだ。

 こうしていると、本当に害はなさそうなんだけどなあ。


「お弁当、おいしいです。マモちゃん」


 視線に気がついて、にっこり笑いかけてくる。


 まぶしいくらいに幸せそうな顔だ。

 あきらかに普通ではない存在のくせに、どうしてそんな堂々としていられるんだ。

 本気でうらやましくなってきたぞ。


「それで、部活の名前なんだけどね」


 るる子が話を戻した。


「世界をより良くする方法をみんなで考えていく研究会、ってどうかな」

「朝に言ってたやつとぜんぜん変わってねえだろ、それは」


 こいつのネーミングセンスは、ひたすら愚直だ。

 たとえて言うなら、バールのようなものさえ持っていればいいという理由で、相手が通り魔でも大工として雇ってしまいかねないぐらいの愚かさである。


 なんていうか、もう少しぐらいはひねってもいいのではないだろうか。


「だったら、守くんはどんな名前がいいの」


 正直に言うと、なんだってかまわない。

 けれど、ここで出した案を小馬鹿にされるのもしゃくにさわる。


「そうだな。俺なら……生活向上雑談部だな!」


 どうよ、この完璧さ。


 ひとつの議題について語り合い、なおかつ本来の目的を隠ぺいする。

 だいたい「世界をより良くする」などという不自然な目標は、そもそもネーミングに不向きなのだ。

 その要素は、積極的に隠すべき。

 そのうえで雑談部という名称なら、主要な活動を行っていても違和感がない。


 すべての条件を満たした、完璧な単語選び。

 万事において都合のいい部活名。

 これ以上なく、パーフェクトな命名だ。


「え……? なにそれ」


 返ってきたのは、冷たい声だった。


「守くん、この部活動の主旨しゅしって、ぜんぜんわかってないの?」

「知らねえよ!! 俺、無理やり誘われただけだもん。知るわけねえよ」


 るる子がものすごい微妙な顔をしたので、思わず大きな声が出る。


「……というよりも、だな。俺が知ってたらおかしいだろ。おまえが言いだしっぺなんだから。部活作ろうって言ったの、るる子だろ。だったら自分で決めろよ」

「私が決めたら、ヘンだとか、おかしいとか。守くんが、すぐ文句ばっかり言うんだもん」


 そんなのあたりまえじゃねえか。


「あきらかにおかしいだろ。おまえのネーミング。あれだと、部活動の内容が筒抜けじゃねえか」

「別に隠す必要ないもん。それに、まだ部になるって決まったわけじゃないし。研究会ってついても、おかしくない名前にしてほしいんだよね」

「だったら先に言え。あとになってから、そういう細かいこと言うのは後知恵深慮あとぢえしんりょとか、あげ足とりって言うんだ」

「最初にあげ足とったの、守くんだもん。だいたい雑談部って何? おしゃべりだけしてたいなら部活にでも入ってろ、って私に言ったんだよ。自分がおしゃべりしたいだけってことなの?」


 さすがにそこまで言われたら、俺も我慢はしてられん。


「そんな古い話蒸し返してるんじゃねえよ。この二枚舌女!」

「に、二枚舌じゃないもん!」

「何を言いやがる。教室じゃいい子ぶって、うわべだけ取り繕ってるくせに、どんどんずうずうしくなりやがって。俺だって、そうそうなんでもかんでも許せるわけじゃねえんだぞ」

「それは言いすぎだよ。自分だって、なんでもできるみたいな大口のわりに、できることといったら食べ物を出すぐらいでしょ。そんなの冷蔵庫だってできるもん」

「誰が冷蔵庫だ!! だいたい車に轢かれそうだったところを助けてやったのは、誰だと思っているんだよ」

「別にこっちが頼んだわけじゃないもん」


 机をはさんで、俺とるる子は視線をぶつけて火花を散らした。


「ごちそうさまです。マモちゃん、食後のお茶が飲んでみたいです」


 夕日の声が聞こえたので、ポケットから湯呑と急須と魔法瓶と茶葉の入った缶を取り出して机に並べた。


「ほれみたことか。俺がいないと備品ひとつだった揃わないだろ。なのに、なんでおまえはそんなに態度がでかいんだ、るる子」

「冷蔵庫の次は食器棚だよ。ジョブチェンジおめでとうございますー。なんでも出せてお便利ですわねー」


 さすがにこれはイラッときたぞ。


「なんだその口のきき方は!! てめえなんか、札束チラつかせたら目の色変えてヘラヘラ笑って俺のこと拝んできただろうが!」

「そっ、そんな顔してないよっ。それに、ヘラヘラ顔はそっちだもん。全裸で土下座させたり、コスプレさせたり、本当に守くんはエッチなことにばかり夢中だよ!」

「させてねえだろ! こっちは冗談で言っただけなのに、ムキになって脱ごうとしたのそっちじゃねえか。この露出狂!! フルアーマー状態から装甲を解除しての特攻で勝てるのは、ロボットアニメの最終回だけだ!」

「変態エッチスケベのぞき魔、それからあとコスプレマニア。イカゲソ! アブラムシ! スリッパの裏側!」

「の、のぞいてねえし!! 俺コスプレしねえし! マジ見てねえからな。だいたい、るる子の裸なんか見たって興奮なんかしねえんだよ」

「なれなれしく名前で呼ばないでっ」

「おまえがそう呼べって言ったんじゃねえか!」

「そんなの知らないもん。だいたい、いつですか。何月何日何時何分何秒ですかー」

「小学生かよ、おまえは!」

「おまえおまえって、何度も言わないでっ。私にはちゃんと、水取るる子っていう名前があるんだよ」

「名前で呼ぶなって言ったのおまえだろうが!」


 そうやって、そのあとも十分ぐらいかけて、思う存分ののしりあった。


「……はぁ、もうやんなっちゃうなぁ。守くんって、石頭だよね」

「それはこっちが言いたいぜ。どんだけ頑固なんだよ」


 ゼーハーと肩で息しながら、二人そろって机につっ伏した。


 俺とるる子のセンスは平行線だ。

 おそらく一生かけても、まじわることはないだろう。


 でもまあ、気分はスッキリした。


 知り合ったばかりで、おたがいよく知らないところもある。

 けれど、こいつはこいつで一生懸命であるに違いない。

 だからと言って、なんでもかんでも許せるわけではないのだが。


 おたがいの口から、同じタイミングで疲れきった息がこぼれた。


「はー、なんか怒鳴りすぎて、喉が乾いちゃった」

「るる子ちゃん、お茶どうぞです。マモちゃんもです」


 夕日が俺とるる子の前に、ほかほかと湯気をたてる湯呑を置く。


 気を取り直して、お茶をひとすすり。

 ついでに、ポケットからあんがたっぷり入った大福を取り出した。


「ん」


 机に伏せたまま、るる子が手を伸ばしてきた。


「なんだよ」

「私にもそれ、ちょうだい」

「うっせ。知るか」

「えー。イジワルだよ。いいでしょ。私だって食べたいもん」

「フン」


 鼻息をふかして顔をそむけると、夕日が視界に入った。

 ものすごく目を大きくして、俺の手元を見ている。


「なんだ。夕日は甘いものが好きなのか」


 首がはずれそうな勢いで頷かれた。

 このままほっといたら、齧りついてきそうな顔だ。


 これで噛みつかれたら、かなわない。

 皿に大福を乗せて、おまけにヨウカンをつけて夕日に渡してやることにした。


「ありがとです。マモちゃん、やっぱり優しいです」


 礼を言うなり、ぱくりと大福にかぶりつく。

 見ているこっちが胸やけしそうな食いっぷりだった。


「わーたーしーにーもー……」


 すごくうらめしそうな、るる子の声。


 こちらは当然、しかめっ面で無視。


「ごーめーん。謝るから、私にも大福ぅー。それからヨウカン食べたいもーん。お願いお願い、守くん。守さまぁー。私が悪かったんだよ~」


 机に前のめりになったまま、るる子が手足をバタつかせる。


 なんだ、この駄々っ子は。

 見てるこっちの怒る気が失せるというものだ。


「……ったく。しょうがねえなあ」

「わーい。ありがとうだよっ」


 こんなもんで機嫌がなおるなら、手間がかからなくていい。


 それにしても、疲れた。

 こんなふうに人と怒鳴り合うなんて、何年ぶりだろうか。


 るる子の方も疲れきった顔をしている。

 楊枝に刺したヨウカンをちまちま齧りながら、眉を寄せて思い悩んでいる様子を見ていると、ちょっと悪いことをした気分になってきた。


「おい、るる子。それで、部活の名前どうするんだ」


 なんかもう、面倒だ。

 次にこいつが出した案で賛成しておこう。


「んー……ねえ、夕日ちゃん。夕日ちゃんなら、どんな名前にする?」

「私なら、お茶菓子研究会です。マモちゃんおかわりほしいです!」

「じゃあ、それで」


 投げやりな調子で、るる子が頷く。


「そんなんでいいのかよ」


 きんつばとモナカ、あとオマケとしてすあまを夕日の皿に並べている俺を見もせずに、るる子は答えた。


「いいよ。私、放課後には顧問探しだってしないといけないし。そんなに時間かけていられないもん。だから、もうそれで決まりだよ。はい、決まりぃー」

「決まりなのです」


 そういうことになった。

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