「全裸で土下座の次は、巫女さんのコスプレですか」


 るる子がムスッとした顔になっている。


 今まで見たことがないくらい不機嫌な顔だ。

 俺の中にあった、いつも明るく元気なみんなの人気者という彼女のイメージが、どんどん壊れていく気がした。


 なにもかも俺のせいです。ごめんなさい。

 だがしかし、今度ばかりは仕方がないと思ってもらいたい。


「理由は説明しただろう。このままだと、ここは幽霊つきの事故物件のままなんだ」

「ぜんぜんそんな感じしないもん。ねえ、夕日ちゃん」


 るる子に呼びかけられた夕日は、にこやかに微笑んでいた。

 まったく事態を理解していない表情である。


「全裸で土下座って、なんですか」

「あのね、守くんがね……」

「はいはい……えー。うわー。それはいけないです。マモちゃんエッチです」


 本人を前にして、あからさまに非難するな。


「おまえら、人の話を聞いていたか。これにはきちんと理由があってだな」

「とりあえず、外に出て」


 おい、聞けよ。俺の話を。


「いいか。るる子、おまえが巫女さんの格好をして、ちょっとおはらいの真似事でもしてくれりゃ、それでいいんだ。そうすれば、あとは俺が夕日を適当な憑代よりしろに固定して、ここの守り神にすることができる。祟りを起こすような霊的存在でも、神様みたいに奉ってやることで、力の正しい使い道を導いてやればいいわけだ。そういうの、さっきから何度も説明しただろ。わかるだろ」

「わかったから、もう出ていって」


 廊下に追い出された俺の前で、扉がピシャリと閉められた。


 なんだ、このひどい扱いは。


 そういう理不尽を強いるキャラ作りが、今どき流行ると思っているのか。

 そんな需要はどこにもねえ。不合格。

 俺だって、もっと優しくされたい。

 もうちょっと丁寧に扱ってくれてもいいはずだ。


 扉は無言のまま、何も言わない。


「夕日ちゃん。これちょっと持っていてくれる?」

「はーい。着替えのお手伝いするです」


 部室の中から、るる子と夕日の声が聞こえてきた。


「わあ。るる子さんの……かわいいです」

「あはは。これお気に入りなんだよね」

「勉強になるです。るる子さんと一緒にいれば、私ももっと女の子らしくなれるはずです」

「そんなことないよ。夕日ちゃんは私より女の子らしいもん。きっと何を着ても、似合うはずだよ」

「でも、この巫女さんの服は、るる子さんのほうがピッタリだと思うです」

「そうかなあ。夕日ちゃんもちょっと着てみる?」

「えぇー。そんなの悪いです」

「悪くなんてないよ。ほら、こっち来て」


 聞き耳をたてながら透視能力を全開にして、教室の中を見ている。


 別に下心があってしていることではない。

 夕日だって、一応は怪奇現象のようなもの。

 俺の見ていないところで、るる子に危険があってはいけない。

 彼女の安全を守らなくてはならないのだ。


 そして、俺の能力を使えば教室の薄い壁を見通すことなどたやすい。

 だが、着替えているるる子の体と重なるように、やけにまぶしい光が走っている。

 あからさまに不自然な発光現象────なんだ、この謎の光は?


 このままにしておくのは、危険な気がする。

 と思ったら、今度はなんかやけにまっ黒な丸い影がるる子を隠した。

 その次はボンヤリとした幾何学図形の集合体。

 いわゆるモザイクが俺の視界いっぱいに広がっていった。


 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。

 なんだこれは。


 そうこうしているうちに、二人の声が聞こえなくなった。

 いったい中では何が起きているんだ。

 だいたい最初によく聞こえなかった部分は、なんなんだ。

 夕日はるる子の何をかわいいと言っていたんだ。

 そのあとの会話の流れから察するに、ブラジャーなのか。下着なのか。そういうことなのか。どういうことなんだ。


 つまり、こういうことだろうか。

 これまでるる子に能力を行使しようとすると、反撃があった。

 それと同じく、透視に対して妨害が行われた。

 でも、こんな強力なジャミングを受けたことなんて、今まで一度もないぞ。


「こん……ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉーっ!!」


 くやしさに声が抑えきれない。


 念のために言っておくが、着替えが見れなくてくやしいわけではない。

 物理的な視覚に対する妨害なんてことを戦いの最中にされたら、こっちが圧倒的に不利じゃないか。

 これがもし実戦だったら、俺は負けていたかもしれないだろ。


 そう思うと、くやしい。

 無から有を作り出すことすらたやすくやってのける、この俺が。この俺がだ。

 くやしくって、涙さえこぼれそうだ。


 なぜ俺が、こんな屈辱を味わわなければいけないのだ。

 大衆の面前で辱められたにもひとしい、なんて薄汚いやり口だっ!


「ちょっと、守くん。大きな声出しすぎだよ」

「なんだか大騒ぎです」


 半開きにした扉から、着替えを終えたるる子と夕日が顔をのぞかせていた。


 その後、ちっこい神棚を作り出して、るる子には先端に白いヒラヒラの紙がついた棒を振ってもらいお祓いの真似事を済ませた。


 かくして、夕日は部室の守り神となった。


 さて。

 やることやったので、今日はもう帰っていいですか。

 こんな無力感にさいなまれた日は、家に帰ってひたすら寝たい。

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