第2章 幼馴染みが妹をつれてきた
1
「おい。ちょっと、そこ座ってくれ」
自称、幼馴染みに声をかける。
すると彼女は、少し驚いた様子でこっちを見た。
「でも、お掃除しなくていいのですか?」
「いいから、ここに座ってくれ」
重ねて頼むと、机をはさんだ向かいの席に、ちょこんと座ってくれた。
「まず、おまえの名前を教えてくれ」
「名前です?」
そんな不思議そうな顔するな。
たずねているこっちのほうが、おかしなこと聞いてるみたいな気分になる。
「名前、ですか」
「そうだ。名前ぐらいあるだろ。なんて呼べばいい」
「名前ないです。マモちゃんの好きなように呼んでいいです」
そんな幼馴染みがいてたまるか。
しかし、この展開はまずい。
もし、こいつが幽霊のようなものなら、名前をつけるのはたいへん危険だ。
これが妖怪や魔物だったら話は逆になる。
人に害のある
本来の名前を知ることで、相手を支配する。
オカルトの方面で言うところの
そういう専門技術には、きちんと法則がある。
相手を知り、支配することで、便利にこき使ったり、用が済めば追い払う。
知ること、そして理解することが前提なのだ。
そのうえで使い魔や天使みたいな、特別な力を持った異世界の存在を操り、目的にあわせて使い分けていく。使役や召喚といった術の基本概念は、だいたいそういった感じであるらしい。
そして、名前をつけるということには、対象の存在を認めるという意味がある。
本来は非科学的で、ありえない現象。そういうあやふやなものに対して、力を与えてしまうことになるわけだ。
それらの法則を利用して、みずからの力を得るために人をだまそうとする、たちの悪い化け物もいる。
だから、この「好きなように呼んでください」は罠かもしれない。
どうしたものだろうか。
現状、すでに手遅れな気がしないでもない。
怪談話の決まり文句と言えば、オバケが人間に「見たな」とか言う場面。
ああいうの、よくあるだろ。あれが危ない。
俺もるる子も、出会った時点で、こいつを見てしまった。
目で見て、その存在を認識した段階で、相手にペースを握られてしまう。
それが
俺はいいんだ。俺は。
こういうのが何匹だって来たところで、どうにでもなるから。
問題は、るる子。
あいつが危険にさらされるとなれば、話は違ってくる。
「そうです。いいことを思いつきましたです」
「こら、勝手に動くな」
いきなり立ち上がったが、こわい顔をしてみせたら笑顔のまま椅子に戻った。
「名前、自分で決めてもいいですか」
「好きにしてくれ」
「夕日。
「なんで、その名前にしたんだ」
軽くさぐりを入れてみる。
よくある幽霊退治の話では、この種の問答や知恵比べで正体を見抜くなんて展開が多い。うまくいけば悪い影響もなく、除霊の真似事ぐらいはできるかもしれない。
「昔、マモちゃんと遊んだとき、いつも夕日が出るころにお別れしてたです」
はい。
ここで違和感入りました。
なんか、身に覚えのある気がしてきたわけで。
「それって、十年ぐらい前か」
「たぶん、そのぐらいです」
「学校帰りに俺が家まで近道してる途中で、何度も話しかけてきた。アレか?」
夕日がコクコク頷いた。
さて、ここから回想。
まだ小学生だったときの話な。
学校までの行きと帰りは、もちろん歩き。
両親から、空を飛んだりするのはいけないと、厳しく言いふくめられていた。
親の言いつけにはできるだけ従うようにしていたが、そのうちだんだんと面倒くさくなってきた。
子供らしく悪知恵を働かせ、家に帰る途中で近道をするようになった。
当時は、まだ
それで学校から家までの抜け道作りに、果敢に挑戦した。
そこらの路地裏で、適当に。
簡単に言うと、俺専用のショートカットを作ろうとしたわけよ。
当時はまだ後先考えないガキだったので、手当たり次第に開通工事を試してみた。気がつけば、そこらじゅうが穴あきチーズみたいになっていた。
何度か通るうちに、次第に俺の空間制御力とでも言うものが安定してきたらしい。
ところがそこで、まずいことに気がついた。
時間を操る能力に、ちょうど目覚めてしまったみたいなんだよな。
んで、そっちにも慣れてくると、なんだかいつも同じような場所ばかりを目にするようになった。
そこは、やけに古臭い路地裏だった。
木の板で作られた低い塀、木の電柱には張りのない電線がかかっていた。
足元はアスファルトの敷かれていない砂利道だったり、街のあちこちがとにかく古臭い。子供心にも不安を感じるレトロな空気に満ちた世界。
二階建ての建物なんてなくて、視界がやけに広かった。
雲の間をよぎる不穏な機影。空襲の警報が、ときおり響く赤い空────。
おそらく過去にあった風景なのだろう。
ねじまがった時間と空間をつなげたトンネルから見えた、異質な世界だ。
そんな通り道に迷い込んだ俺が、空間おっぴろげながら強引に突き進む。
家をめざして歩いていると、その途中で声が響いてきた。
「……ねえ、そこのあなたです。一緒に遊ぶです」
「そうそう。そんな感じで、どこからともなく声がして」
「何度も声をかけたのに、いつもそのまま行ってしまわれたのです」
「おまえかぁーっ!!」
ようやく夕日の正体がわかって、思わず大きな声が出る。
「はい。やっと会えましたです、マモちゃん」
嬉しそうなところで悪いんだが、俺は会いたくなかったよ。
おそらく夕日は、元は路地裏に住みついた霊だったのだろう。
その幽霊が十年ぐらい前の空間操作で、時空に巻き込まれた。
同時に、そこを通り道として固定したことで、人間の痕跡が残った。
そうなってくると、そこに人の気配を好むものが寄ってくる。
妖怪や魔物だとかいう、実体のない存在。
長い年月が過ぎる頃には、どれほど集まったかは想像にかたくない。
それらすべてが、今回のリフォームに巻き込まれた。
場所としては、もちろん実際の距離を隔てた別の位置にあったものだ。空間のいじり方にクセのようなものがあったせいで、なんら関係のないはずであった場所が、偶然にもつながってしまったに違いない。
十年寝かせた霊気の坩堝が、完全にごちゃまぜの状態になったわけだ。
元々の幽霊であった部分、異次元に生じた妖気、そして部室が不完全な形でひっついてしまった。
今の夕日は、さしずめハイブリッド心霊的存在とでも名づけるべきか。
都市伝説と妖力が合体して学校の怪談になりました、と言われたところでオカルトの専門家にだって分類はできないだろう。
そんなわけのわからないものが生み出された原因は、もうおわかりだろうか。
説明が長くなったが、ここらで結論をまとめよう。
この部室、事故物件だ。
他ならぬ俺が原因で。
「私、マモちゃんと会えて嬉しいです」
「俺は嬉しくねえ」
過去の失敗をほじくり返された気分で、胸がいっぱいです。
「昔は、何度も声をかけたのに、ずっと相手にしてくれなかったのです。マモちゃんは、そのうち来なくなっちゃって、とてもさびしかったです。でも、こうして会えて、本当に嬉しいのです」
「おまえ、何がしたいんだよ」
「私、マモちゃんとたくさん、たくさんおしゃべりがしたいです」
「おしゃべりねえ……」
そんなこと言ってると、いかにも無害そうに聞こえなくもない。
とはいえ、この種のものは油断できない。
善良な霊が、ちょっとしたことで祟りを起こすなんてのは、昔話でもよくある。
お供え物を切らしたとか、そんなたわいもない理由で地震に崖崩れ、雪崩など災害を発生させる。田舎の爺さん婆さんがよく話したがる、ああいうアレな。
こいつだって、そうならない可能性がないとは言いきれない。
「どうしたもんかなあ」
「どうしたのです? マモちゃん、困ってるですか」
夕日が笑顔でたずねてくる。
とても害があるようには感じられない表情だ。
悪いやつではないと信じたい。
信じたいけど、そういうわけにもいかない。
「ここのお掃除なら、私がやっておくです」
「掃除じゃなくて、今しなくちゃならないのはお清めとか、そういうものだ」
できることなら、巫女さんでも呼んでほしい気分だぜ。
「ん? 待てよ」
「待ってるです。いつ、お掃除再開していいですか」
「掃除はいい。俺がやる」
手をさしのべると、腕の動きにあわせて、教室内のものがふわふわと浮き上がる。同時に、見えない手を伸ばして窓を開けた。
ぶわっと風を起こしてホコリだけを一気に吹き飛ばす。
あとは教室の隅に、机と椅子をひとまとめに移動させる。
これにてお掃除終了、てなもんだ。
「おお~。マモちゃん、すごいです」
床の上から五十センチ上空を漂う夕日が、パチパチと拍手した。
「おまえは浮かなくていい。こら。下りてこい」
「次は起きろ目ですか」
「起きろ目じゃない。次にやるのは、お清めだ」
とはいえ、ここから先はるる子の力が必要だ。
仕方がないので、先に準備だけしておくことにした。
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