6
午後の授業が終わりを告げた。
るる子とともに、さっそく出発である。
「ぃよーしッ、まずは部室探しに行くぞオルぁ!」
「おーっす!!」
廊下で気合を入れた俺たちは、
「ねえねえ、どこに行くの?」
肩で風をきっていると、背後からさっそく質問がきた。
「どこって、まずは部室を作るに決まってるだろ」
「部活動設立の申請は? それから、顧問の先生はどうするの」
「そんなものは俺がいれば、どうとでもなる。安心して任せとけ」
「そっかあ。頼りになるねえ」
俺の物まねでもしているのか、るる子はのしのし歩きながら微笑んだ。
まったく、こいつ空気読みすぎだろ。
クラスの連中に好かれているだけあって、人にあわせるのが得意なのだろう。
まあ一緒に気合入れたりしてくれたおかげで、こっちもやる気になってきた。
でも、だからって、るる子の言っていたとおり、誰かと一緒の目的を持つことが楽しいなんて思ってるわけじゃない。
あえて言っておくけど、別にそういうわけじゃないんだからな。
とかなんとか考えている間に、四階についた。
「なるほど。ここなら使える教室がありそうだね」
るる子の言うとおり、四階にある教室の半分ぐらいは空いたままだった。
俺たち一年生の教室は、校舎の三階にある。
三階には一年の教室以外にも、音楽室やら調理実習室だのといった、実習教科の教室があった。
それらが埋め尽くしているせいで、空き教室はない。
しかし、四階は二年生の教室しかない。
少子化の影響とやらのおかげで、がら空き。
そのひとつを部室に使うと、るる子は思ったらしい。
「どこがいいかなあ。でも、勝手に使ったら怒られたりしないの?」
「勝手に使うことは間違っていないが、怒られるような場所じゃない」
「どういうこと?」
問いかけには答えず、廊下の端まで進んでいく。
まっすぐ進んで教室をふたつ分。
すぐに行き止まりになった。
「ここを部室にするの?」
るる子が横の教室をのぞきこむ。
中には誰もいない。よくある未使用の教室で、倉庫がわりになっているらしい。
使われるあてのない机や椅子が、どっさりと積まれている。
あちこち眺めている彼女を横目に、壁に手をついた。
「部室にするのは、こっちだ。匠のリフォームってやつを見せてやるぜ」
「こっち? そっちは行き止まりだよ」
返事はせずに、手のひらをグイと押す。
「何してるの?」
「部室を作った」
ちら、と階段に続く教室の並びを目で確かめる。
「ひとつ、ふたつ……みっつ?」
俺の視線を追ったるる子が、教室の数を数えた。
「え? あれ? さっきより……教室の数が増えてない? どうなってるの?」
「うむ。増やした」
「壁に手をついてただけだよね」
「押したんだ。んでもって、空間を拡張した」
もちろん、空間を広げただけで教室ができるわけではない。
実際のところ、俺の能力をもってしても空間の制御なんてことをするのは、完全には不可能だ。
今いる場所と行先との間にある空間をねじって、近づけるだけ。空間そのものは、すぐ元に戻る。
過去の改変ができないのと同じように、空間を操作しても変化したままにはならない。時空というものには、そのくらい強固な復元力がある。
本来、不変なものだから当然。だが、一時的に手を加えるぐらいまでなら、いけないこともない。
時間と違って空間は、その場にものを置くことができる。
広げた場所に物を置くことで、空間をだますことが可能だということを俺は経験から学んだ。
呪術的な考え方では、存在を主張する、とでも言うのだろうか。
音を使った
たとえば音声、それから文字といったものには、本質的に「私はここにいる」という呪力がこもるものであるらしい。
そういうものを言霊とも言う。結界だって、大雑把に言えば原理は同じだ。
目印を置くことで、ある一定の範囲を「ここは私の場所です」と宣言しているんだとかなんとか、そんな話を聞いたことがある。
つまりはこうだ。
空間を操作して広げた場所に、俺が作った目印になるものをつめ込んでしまえばいいわけだ。
「俺がやったのは、広げた空間に隣の教室にあるものをそっくりそのままコピーしてぶっこんだ、というわけだが……もちろん、下の階には影響はない。一階から三階は、教室の並びはふたつだけだ。だが、校舎を外から見ると、四階を見たときだけ教室が三つあるように見える。どうだ。面白いだろう。学校の七不思議として語ってもいいぞ。聞いているか、るる子?」
るる子は目を点にして、ポカンと口を開けたバカ顔になっていた。
「その、なんだ。ややこしいことを言って、すまん」
「あ。ううん。いいんだよっ……部室。部室できたね。おめでとう!」
「お、おう」
なんか悪いことをしてしまったような気がする。
罪悪感をごまかすため、そそくさと部室に入ることにした。
ついでに中を確かめておいてもいいだろう。
何もないはずだが、万が一ということもある。
扉を開けて視界に入ったものといえば、かたすみに寄せて積まれた机。
その横で、重ねられた椅子。
それから窓際の席に、ぽつんと座った女の子。
「マモちゃん。おひさしぶりです」
教室の中にいた少女が、こっちを見て言った。
視線をるる子に向けて、顔を見た。
るる子も俺を見返してから、窓辺に目を戻す。
「えっと……守くんのお知り合いですか」
「はいです。私、マモちゃんの幼馴染みなのです」
彼女は席から立ち上がり、ちょこんと軽くおじぎした。
るる子が、ホッと息をつく。
「よかった。誰かと思っちゃった。私、守くんの同級生で水取るる子。よろしくね」
「よろしくお願いしますです。るる子さん」
「そうだ。ねえ、守くん。この人にも部活に入ってもらったらどうかな」
名案だと言わんばかりの表情だった。
「ねえ。いいでしょ。守くんからも、頼んでみてくれない?」
「部活ってなんですか。マモちゃん」
二人でまとめて声をかけてくるな。
「あー、るる子さんや」
ちょい、ちょいと軽く手招き。
「悪いんだけどさ。その話はあとにして、先に顧問を探しに行ってくれないか」
「え……いいけど」
るる子が何か言いかけるのを身ぶりで止めて、早口で先に言う。
「俺はこいつと二人で、ここを片づけておく。掃除もやっておくから、そっちは頼む。頼んだぞ! 一番いい先生を頼む」
「うん。わかった。任されたよっ」
元気に頷いたるる子が走り出ていく姿を見届けてから、教室内に視線を戻す。
「うんしょ、うんしょ……」
すでに片づけが始まっていた。
「マモちゃん。机、どこに置けばいいですか」
そう言われても、困る。
そんなふうに昔からの知り合いみたいな口調でたずねられると、ますます困るというものだ。
なぜなら俺には、幼馴染みなんていない。
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