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「なーんで、教室で食べないのかなー」
昼休みになったところで、るる子を連れて屋上に出た。
適当な場所に座り込んで弁当を広げるなり、さっそくクレームが飛んでくる。
「お弁当を食べながら話すだけなのに、どうしてこんなところを選ぶの」
「人の多いところは苦手なんだよ」
「あんまり聞かれたくない、っていうのは理解しますけど」
「それもある。だけどな、俺みたいな能力を持っていると、日常的にいろいろ用心しないといけないんだよ」
「女子的には、ちょっと不安を感じちゃうんだよ」
こいつ、わりと言いたい放題だな。
最初は愛想がいいだけのお人好しだと思っていたが、そうでもないらしい。
調子に乗って、変なこと言わないでくれと願うしかない。
「おまえね、失礼なこと言ってると……」
「それで、話なんだけど」
意外と、こっちの話を聞いてくれないところもあるようだ。
「俺の能力の使い道とやらだったら、聞かないぞ」
「まさにそれだよ!」
まさに、じゃねえよ。
やめろと言ってるそばから話題ふってくるなんて、どんだけ神経が太いんだ。
「私、いいこと思いついたんだ。守くんの力で、世界をいい感じに変えることができたら、みんな喜んでくれるんじゃないかな」
「いい感じ、って……曖昧すぎるだろ。どんなだよ?」
「うーんと。みんなが幸せになれるような世界。みたいな」
なんだこの、いきあたりばったりな空気。
「いいか、先に言っておくぞ。俺の能力を使っても、幸せなんて形のないものは出せないからな」
「食べ物をあげて、飢えをなくすならできる?」
「それは前に、俺を利用しようとしていた連中と同じだ。あとは、物を与えたところで、いくらやっても人は幸せになんてならない。もっとほしいって思うだけだ。そんなのキリがない」
「じゃあ、じゃあ、戦争をなくそうよ」
「どうやって?」
「武器を消しちゃうんだよ。こう、パパッと。できるでしょ」
どんどん話がまずい方向に行っているが、ここはキッチリ話をつけておかねばなるまい。
「消すのはダメだ」
「どうしてなの? シュークリームを出したり消したりしてたの、昨日見たもん」
「シュークリームじゃなくて、エクレアな。んでもって、あれは出したものを消しただけだ」
実際に、エクレアを出してみた。
「いいか。これをエクレアAとしよう。これは消しても、エクレアAのままだ」
「同じもの、ってこと?」
「この次にエクレアを出すと、それはエクレアBになる。ここまではいいな?」
最初に持ってたエクレアを消して、次のエクレアを出す。
「次にエクレアを出そうと思うと、それはエクレアCになる。だが、ここでふたたびエクレアAを出そうと思っても、それはエクレアAにはならない」
「エクレアじゃなかったら、何になるの?」
「エクレアAにかぎりなく近いが、エクレアAとは違うものになる。あえて言うなら、エクレアA´を出すことしかできないんだ」
「ダッシュがつくと、何か違うのかな。甘くなるとか」
「そういう話をしているんじゃあない。一度消したら、俺には完全に同じものを作り出せない。そういうことを言っているんだ。複雑なものであれば、出ろと念じてみても出てこないときだってある。それが俺の能力の限界だ」
例の中学生だったころの黒歴史。
あのとき受けた実験の結果で、俺自身について、いくつかわかったことがある。
もちろん詳しい原理なんてものは、当然のことながら解明不能だった。
はっきり言われたことと言えば、こうだ。
基本となる能力について詳しく分類すると、俺には物体をゼロから創造し、分解する力があるということだ。
そういうことを調べている間に、致命的な欠点もあきらかになった。
俺には、物体を再構成する力がない。
特にそれは、消すということを選んだ場合、ほぼ確実に元には戻らないのだ。
作り出せたとしても、それは別のものになる。
たとえばリンゴなら、一回消してもう一度出してみようとすると、表面にちょっと傷がついていたりする。
見た目が同じような場合でも、中身だとか、ほんの一部分だとか、別のところに必ず違いが出てくる。ひどいときには、見た目はあきらかにリンゴなのに、遺伝子がミカンだったなんてことさえあった。
生き物に関しては、作り出すことさえできない。
能力を使おうと意識するだけで、できるかできないか、そういうことは直感的にわかる。なんとも便利な親切設計がありがたい。
けれど、完璧ではない。
一見、万能のように感じられるが、こまかいところで不完全なのである。俺の能力というやつは。
そして、俺にとって大事なことは、なんであろうと消せるけど、消したくない。
消したら二度と元には戻らない。気軽にできないだろ、そんなの。
「とにかく、そういうわけで消すのはなしだ」
「そっかあ。それなら、過去にあった戦争をなかったことにする、みたいな作戦だったらどうかな?」
「なかったことにして、どうなるんだよ」
「世界が不穏な情勢になっている原因は、戦争の遺恨が残っているから、ってテレビのニュースで言っていたんだもん。そういうのが経済の不均衡を生んで……平和の妨げになっているとか、そういうの聞いたことあるんだよ」
だんだんあやふやになっていくところが、すごい不安を感じさせてくれる。
「んで、結局それでどうなるんだ」
「だから、それをなかったことにすれば、みんな仲良しになれるはずだよ」
なかなかスイーツな発想じゃないかね。
「結論から言うと、無理だ」
「そんなことないと思うんだよ。昔の恨みがなくなったら、きっとみんなお友達になれるもん」
「そうじゃない。俺には歴史を変えるとか、過去にあった出来事をなかったことにするなんてのはできない、と言ってるんだ」
「ええー。できないのー」
すごい残念な口調だったので、ちょっと傷ついた。
「厳密に言うとだな、過去に行くことはできる」
「あれだね。タイムトラベルってやつだよ」
「そのとおりなんだが、しかし行った先では当然、俺はまだ生まれていない」
「そうすると、どうなるの?」
「体はあるし、俺の能力のおかげで死ぬことはない。だけど、まともに思考することができなくなる。アホみたいにボンヤリした状態で、そのままフラフラとしているだけになるんだ」
これは過去に数回、実際に試したことだ。
俺が生まれる以前の時間に戻ると、まったく頭が働かなくなる。
能力そのものは失っているわけではないので、傷つくことも死ぬこともなく、ただボーッとして数年を過ごす。
そんでもって、あるとき突然、意識が飛んで母親の元で生まれてくる。
「ちなみに、俺が生まれたあとの時間────つまり今から十六年前の時点、そのあとに移動しても似たようなことになる。そういう場合は、未来から来たという部分についての記憶が、すっかりなくなるんだ」
「過去に移動したことを全部忘れちゃう……みたいな感じになるのかな」
「察しがいいな。そういうことだ。そして、移動する前の時間まで戻ったところで思い出すんだ。そういえば、俺は過去に移動したんだっけ、って」
このことに関しては、例によって中学生時代に説明を受けたことがある。
原因は俺の能力のうち、防御機能とでも言うべき部分にあるらしい。
過去に移動して、歴史を改変する。
そうすると、時間軸の流れだかなんかが分岐して、そこから別の未来という可能性が生まれてきてしまう。
たとえば過去に戻って、過去の自分を死なせてしまったりすると、原因と結果の
つまりは、未来の世界と矛盾が生じるわけで、なんかそれをタイムパラドックスとかなんとか言うんだとさ。
その矛盾をうっかり起こしてしまわないように、防御機能が俺の意識を封じる。
つまり、俺の本能が俺自身を守ろうとするらしい。
能動的な行動ができないレベルにまで、脳の覚醒状態を抑制するか、あるいは思い出させないようにしているのではないか。
などと、もっともらしい仮説を述べられたが、たぶんそのとおりなんじゃないだろうか。他に説明も思いつかないし。
「いいか。もう一度、結論を言うぞ。俺には、過去の出来事を変えることはできない。歴史を変えるなんてことは無理。説明おしまい」
「それなら未来にだったら行けるの?」
「未来には、単純に行くことができない。何度試しても無理だった」
るる子が肩をすくめて、首を軽く振った。
「なーんか、意外となんにもできないんだね」
うわ、むかつく。
けっこう性格悪いんじゃないのか、こいつ。
「おまえな、命の恩人にそれはないんじゃないのか」
「う……そうだった」
「まったく。愛想笑いでうまく世渡りしてるようなやつが、世界を良くするなんて考えるんじゃねえよ」
「うう……そんなひどい言い方しなくても……」
「救世主気どりがしたいなら金でも権力でも、自分で力を手に入れてから考えるんだな。俺をあてにするんじゃねえ」
声を震わせていたるる子が、何も言わなくなった。
泣くだろうか。
いや、泣かすぐらいのつもりで言ったのだから、泣いてもらわないと困る。
正直、それで二度と俺にかかわろうなんて思わないでほしい。
「私、ね……」
るる子は小さな声で言った。
「あんまり、よくわかってないんだけど……あのね。守くんに助けてもらって、すごく嬉しかったんだよ。それで、助けてくれたのが守くんで、いつも教室で一人ぼっちでいる人で、だけど守くんは一人でなんでもできちゃう人で……すごい能力を持ったぼっちだから、スーパーぼっち、みたいな?」
「そんなに俺のぼっちを強調するな」
「そうじゃなくて……だから、だからね……」
彼女がぐいと近寄って、俺の手を握った。
「私と一緒に、世界を良くしようよっ」
「嫌だ。断る」
「キミの力が必要なんだ!」
「ほほう? 力が、ほしいか……」
全身から黒いオーラを放ってみた。色がついているだけで、ただの湯気だけど。
「うわ。この人、すごく悪者っぽい」
「人を利用しようとしている、おまえが言うな」
二人そろって同じタイミングで、ため息が出る。
「はあ。うまくいかないんだよ」
「まったくだ」
思わず空を仰いだ俺に、るる子が静かに言う。
「でもね、私も愛想笑いなんてしてるわけじゃないよ。みんなといると楽しいし、今こうやって守くんと話してるのも楽しいんだよ。助けてくれて感謝してるのも、本当だもん」
そんなに優しい目で、俺を見るな。照れる。
「私ね。誰かの力になれたときって、すごく嬉しいんだ。自分に何も得することがなくっても、それでいいんだって思う」
「俺は、そんな貧乏クジひくみたいなのはゴメンだね」
「普通はそうだよね。でも、だからこそなんだけどね。守くんが私を助けてくれたときって、とても嬉しかったの」
目の前で死にそうなやつがいて、助けられる状況だった。
俺にとっては、本当にただそれだけの出来事でしかない。
「だから、守くんも私と同じことを考えている人なのかな、って……損とか得とか気にせず、誰かを助けたいって思う人だったら、力になってあげたいんだよね。誰かと一緒に同じ目的を持つって、とても素敵なことでしょ」
「悪いんだがな。そういう宗教じみた考えに興味はない。そんなに誰かと一緒にいたけりゃ、部活にでも入れよ」
「部活……!?」
るる子が、がばっと立ち上がった。
「そうだよ。部活を作ろうよ!」
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