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あいかわらず今日も、朝から天気がいい。
こういう日は、教室についたとたんに眠くなる。
実際のところ能力を使えば、睡眠なんて必要ない。
小学生の頃には、寝ないで何時間ゲームを続けられるか試してみたことだってあるくらいだ。さすがに三週間ぐらいで飽きたけど。
しかし、寝ないと体にどんな悪い影響があるかわからない。
なので、できるだけきちんとした生活を送るようにしている。
食事をするのも、似たような理由だ。
そんなわけで便利な能力を持っていても、眠いときは眠い。
今日みたいな日はなおさらで、つい居眠りしたくなるがそういうわけにもいかないようだった。
「守くん守くん守くん……おはようっ」
朝からるる子はやたらと元気だった。
教室に飛び込んでくるなり、とてとてと小走りで俺の机めがけて寄ってくる。
「あのねあのね、私すごいこと考えちゃったみたいだよ」
こんなことをされたら、普通の男は絶対に誤解するだろう。
朝イチで顔を見たとたんに駆けつけてくるんだぞ。
どんなやつでも「この女、俺にホレていやがるな……」みたいな、若さゆえのあやまちを絶対にしてしまうはず。
もちろん俺はそんなこと思っていないぞ。本当だ。信じてくれ。俺は正気を保っている。あーあー、今日も空が青いなー。びっくりするほどユートピア。
「聞いてますかっ!?」
「ぐぎっ!」
やる気なく頬杖をついていた俺の頭が手ではさまれて、強引にるる子のほうに向けられた。
「今すごく痛かった。謝ってほしい」
「ごめんなさいっ。それで私、昨日、寝る前に考えたんだ」
「顔近い。あと、話ならあとで聞くから」
「あとでって、いつなの?」
よっぽど話したいことでもあるらしい。
何を思いついたら、こんなテンションになるんだ。
本音を言えば聞きたくないが、今のところはそうもできない。
ある意味で、俺は彼女に対して対抗手段を持っていないのだ。
能力が無効化されてしまうわけだから、遠ざける方法がないにひとしい。
さらには人間を相手にしたときの最終手段とも言える、記憶の操作が通じない。
それをやれば反撃がくる。
今、地球上にあるどんな兵器でも傷ひとつつかない、俺の防御能力を貫通する攻撃。そいつで手痛い一撃をくらうのだ。
そんなのお手上げ。弱味を握られて、この女に逆らえないも同然。
あれか、これがチート能力ってやつか。自分がするならいいけれど、他人にやられるとビックリするぐらいイライラしてくるもんだな。
もちろん、るる子に俺の能力を使ったからといって、次もカウンターがくるとはかぎらない。
だが、こないともかぎらないわけで。
どちらにせよ、さすがに試す気にはならない。
誰だって痛いのは嫌だろ。
まったく、どうしてこんな面倒なことになっちまったんだ。
俺には俺の平穏な日常というものがあるのに。
できれば、そっとしておいてもらいたい。
「昼休みなったら聞いてやるから、とりあえず席につけ」
教師みたいな言い方をして、手で追い払う。
「絶対だよ。約束だよっ。嘘ついたら針千本だもん」
「わかったわかった。約束する。頼むから放してくれ」
仕方なく頷いてやると、るる子はようやく自分の席に行ってくれた。
よし。これで時間は稼げた。
午前の授業が終わるまでに、なんらかのるる子対策を考えねばならない。
と、思ったら、さっそく邪魔が入った。
授業中に手を抜けない先生のご登場なのだ。
「よーし。おまえら席につけ。授業を始めるぞ」
ホームルームが終わって、最初の授業が始まった。
やってきたのは新条先生だ。
担当教科は現代文。フルネームは
みんなだいたい、名前のほうで呼ぶ。キル先生とかキルキル、あるいは女殺し屋だとか。個人的には教師なんかよりも、両手にカマでも持って人の首を刈る職業が向いてそうだと思っているけれど、これ言っちゃダメだからな。内緒な。
それから、もうひとつ。
ちびキルなんてのもある。
そんなあだ名をつけられるくらいなので、先生の身長は生徒よりも低い。
そのことを本人も気にしているのか、長い髪を頭の上で丸くまとめて身長を十センチぐらい稼いでいる。
そんでもって、ぴしっとキメたスーツと眼鏡。
格好だけは立派な女教師、というか教頭先生みたいな感じ。
見た目からして性格が厳しそうだけど、話してみると案外気さくなところもある。
そのうえ、生徒思いで評判はいい。
生徒たちからの総合的な評価では、いい先生である。
だが、ここでひとつだけ注意。
他の連中にとってはいい先生だ、と俺は言わざるを得ない。
キル先生は、普通の人じゃないからだ。
目をこらすと、先生の全身を包み込む、なんかよくわからんオーラが見える。
かなり分厚い障壁。電磁場のような力学的なものではなく、生体的なエネルギーだというところまでは俺にもわかる。
俺の知らない、強力な魔術か妖術なのだろうか。アストラル体とかプラーナみたいな、なんかああいうの。
あるいは人間より、もっと強靭な肉体をそなえた生物が放つ生気のようなもの、と言えば伝わるだろうか。
そこに何か呪術的な力がまざっているらしいのだけれど、それ以上のことはハッキリとわからない。
そういう性質のものなので、防御壁そのものは普通の人間には見えていない。
でもまあ見た感じ、攻撃にも防御にも使えそう、というのが俺の予想。
拳法マンガであるような闘気。あれが一番近いイメージかも。
はっきり言って、未知の力。
他に似たような力の持ち主を見たことはなかった。
そういう物騒な先生をうかつに敵に回したところで、俺には得がない。
ぶっちゃけ、あの障壁を一撃で壊すのは難しそう、ってのもある。
とはいえ、俺と先生には今のところ、なんら接点がない。
学校内で顔をあわせても、ただの教師と生徒。
おたがいに相手が特殊な力を持っていることには気がついているけれど、むこうは何もしてこない。
なので、俺からも何もしない。
言ってみれば無関心なお隣さん、と言ったところだろうか。
これまでもそうであったし、これからもそうであってほしい。
そんなささやかな願いどおり、何事もないまま授業が終わった。
「今日はここまで。宿題は来週の月曜、じゃなくて火曜に集めるから忘れずにやっておくこと。あとテストの予習もしとけー。それから久垣、ちょっとこっち来い」
呼ばれたからには仕方がない。
教室の前に行くと、先生がプリントの束を教卓の端に乗せた。
「なんすか、これ」
「こないだの小テスト。みんなに配っとけ。普通に配れよ」
うわー、めんどくさい。
「なんで俺が。こういうのは、委員長の役目じゃないんですか」
「たまにはやっとけ。だいたい、おまえ友達少ないだろ。クラスの連中にとけ込む、いいキッカケになるかもしれんぞ」
「へいへい」
いい先生だ。
第三者の立場でなら、だ。
教室で浮いてる困った変人扱いされた本人としては、お願いやめてと言いたい。
「じゃあな。大人に迷惑かけないよう、青春でもやってろ」
「先生も背が伸びるといいな」
「うるせー、ぼっち」
教室から出ていく、小さな先生を威嚇顔で見送る。
そんなことをしている場合じゃなかった。
次の授業が終わる前に、プリントを配らないと。
「半分手伝うよっ」
おせっかいな委員長が、さっそくやってきた。
明るい笑顔を浮かべたるる子だ。
「いいよ。自分でやる」
「委員長にやらせろ、って先生に言ったくせに。だから半分。ね」
そう言われると断りにくい。
だいたい半分ぐらい、適当に分けて渡すことにした。
「ありがと。お昼になったら、ちゃんと話を聞いてね。今日は逃げちゃダメだよ」
「俺がいつ逃げたんだよ」
「今日はテレポート禁止だもん。約束だよ」
どうしてみんな、最後にひと言よけいなことを言うんだ。
それが普通なのか。
普通じゃないのは、やっぱり俺だけなのだろうか。
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