「守くん守くん。一緒に帰ろっ」


 授業が終わって放課後。

 カバンを手にして席を立ったところで、いきなりやってきたるる子が語尾に音符でもついてそうな口調で言ってきた。


「金ならやらんぞ」

「人を強盗みたいに言わないで。そんなんじゃないもん」

「おやつは家に帰って食え。俺はパティシエじゃない」

「ちちち、違うよ。そうじゃなくって……」

「でも、本当はシュークリームかパフェでも出してもらおうとか、ちょっと思ったり?」

「……ちょ、ちょっとだけ。ね」


 恥ずかしそうな声を出す彼女に背を向けて、教室から出ようとした。


「待って。違うんだってば」

「そんな便利に使われてたまるか。いい加減にしろ」

「誤解だよ。私は、お昼の話の続きがしたかっただけなの」


 つかまれた手がグイグイとひっぱられる。

 あまりに必死な顔をするものだから、ちょっと話を聞いてやることにした。


「話の続きってなんだよ」

「世界を変える力があったらって、ほら……あ。ここで話しちゃいけないんだっけ」


 今頃あたりを見回しても遅い。

 こうなるだろうと思って、あらかじめ周囲からは聞こえない設定にしてある。


 まあ、この程度のことで、いちいち怒っても仕方がない。


「普通の話し声ぐらいなら聞こえないようにしてあるから、何をしゃべっても大丈夫だ。続きは、歩きながら話そうぜ」


 それだけ伝えて、先に進む。

 るる子は急ぎ足でついてきた。


「ねえ、ねえ。守くんは世界を変えたりしようって思ったことないの?」

「変えようと思ったと言うか。すでに多少、変えてある」

「どこどこ? どこを変えたの?」

「ここからは見えないようなところだな」


 あんまり話したくない過去が頭に浮かんで、ため息が出てくる。


「どこなのかな~?」

「…………」

「どこなの?」

「気にするなよ。日常生活には影響はない」

「気になるもん。教えてくれてもいいんだよ」


 そんなに食いつく話題じゃねえ。


「わかった。全部、説明してやろう。あれは俺が中学二年のときだ。俺は自分のこの能力をどう扱ったらいいのかわからなくて、世界で一番デカい国の研究機関に相談してみたんだ」

「外国の言葉って、話せるの?」

「能力で自動変換したんだよ。話を続けるぞ」


 るる子がコクコク頷く。


「それがちょうど、七月。夏休みでヒマだったから、俺はのんびりと自分の能力を調べてもらうつもりだった。大勢の学者から、たくさん話を聞かれた。いろんな実験にも協力した。ところが八月に入ってしばらくたっても、調査の結果が伝わってこない。気になって調べてみたら、俺の能力をどうやって軍事的に利用するかという計画書が作られていた」

「兵隊さんにされちゃったの?」

「そんな、せこいレベルじゃねえよ。外交的に優位を保つための戦略からはじまって、地球全域規模の情報収集と分析、あとそれから俺の能力で際限なくエネルギーを引き出すとか、果ては宇宙開発まで。とにかくいろんな分野で、俺を使い潰すつもりでよってたかって悪だくみしてやがった。細かいところは省略するが、そいつらみんな最終的な結論は『俺の意思が邪魔』って言いやがったんだ」

「うわぁ……」

「自分たちで自由に俺の能力を使えなくなるわけだから、そりゃ邪魔でしかないよな。やつらが必死に考えていた計画の第一歩は、いかに俺から自由な意志を奪うかについてだったわけだ。される側の俺にしてみたら、とんでもねえ話だ」


 今思い出しても、あれは相当ひどい。


「こうなりゃあとは戦争しかない。次々とやつらの記憶を操作して、俺に関する情報をきれいさっぱり消し去ってやった。紙の資料はもちろん、ネットワークやサーバー、研究施設や諜報組織の拠点にある、バックアップのスタンドアローンにいたるまですべてだ。そうして以降、やつらのいかなる調査活動においても、俺には絶対近づくなっていう命令が出てくるように細工をした。それだけやるのに時間の流れを遅くして、しかも八月いっぱいかかったんだ。中学二年生だった俺の夏休みは、まさに人生最悪のひと夏の経験ってやつになりやがった」


 あんな体験、二度としたくない。

 できることなら、記憶の底に封印しておきたかった。まさにリアル黒歴史。


「わかったか。世界を変えようなんてことを考えると、こういうことに巻き込まれるんだぞ」

「あの……あのね、私……難しいこと理解できなくて、なんて言ったらいいのかわからないんだけど……」


 るる子はわずかに口ごもってから、パッと笑顔を浮かべた。


「それって中二病みたいだよね」

「ぜんぜん違う」


 うまいこと思いついたみたいな顔で、なんてこと言いやがる。

 俺のつらい過去を中二病あつかいはやめてくれ。

 当時はまさに、リアルに中学二年生だったんだからよけいに悲しすぎる。


 こっちが傷ついていることなど気にした様子もなく、るる子は口に手を寄せて何か考えているようだった。


「だけど、よくわからないねえ」

「何がだよ」

「守くんもそうなんだけど。なんで、みんな世界を良くするために、守くんの力を使おうって考えないのかな」


 こいつ、今なんて言った。


 世界を良くする、だって?


 いったい何を言っているんだろうか。

 そんな曖昧な方針で、俺に何かをさせるつもりなのか。

 この女、とんでもないことでも考えているんじゃないだろうな。


 話がよくわからん方向に転がりそうになったとこで、校門の前までたどりついた。


「じゃあ、俺こっちだから」

「私もそっちだよ」

「そうか。車に気をつけて帰れよ」

「あっ。もしかして、また────」


 最後まで聞かずに、家まで一瞬で瞬間移動テレポート

 

 正直なところ、嫌な予感しかしない。

 これ以上、るる子と話をしていたら何をさせられるかわかったもんじゃない。

 彼女とはもう、かかわらないほうがいい。

 

「よし決めた。そう決めた」


 ただ、ひとつだけ問題がある。

 るる子には俺の能力が通じない。

 そこのところをどうするかだけは、考えておく必要がある。

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