第13話金策
「ジャーンケーン・・・」
店内に響く気迫のかけ声。完全なマジモードだ。三回先勝の五回勝負。負けた方が支払いの責を負う。だが、通常の賭けとは訳がちがう。その金が、懐に無いのだから。負けた方は、雪降る街を金策に走りまわることとなる。それでも金がつくれなければ、店側に首を差し出さなければならない。絶対に勝つしかない!それは、この修羅場から逃れるためというよりは、
(ばかやろー、こっちは生きるか死ぬかの〆切が迫ってんだぞ・・・)。
オレにとっては、この先のマンガ界を生き抜くための決死の勝負だった。
しかし平穏はついに訪れない。オレはあっさりと三つの負けを重ね、屈辱的役回りを背負わされた。
「さっさと行ってきなさい。このビンボーマンガ家」
「うるせえ。そっちが呼び出したんだろうがっ。給料が出たかと思って来てやったのに」
「そんなわけないでしょ。25日には一日早い!今日は全国的に、全世界的に、全宇宙的に24日よ。どんかん」
「うるせえうるせえ」
小麦がマフラーを差し出してくる。
「早くいってこい」
「言われなくてもいってくらー」
奇妙な色使いのそいつを首にグルグル巻きにし、びちょびちょのコンバースをはく。つめてー。なにもかもが。
とっとと店を飛び出したかったが、外は今冬いちばんの寒さ。その前にストーブにあたり、セーターの中にたっぷりと暖気をためこんでおくべきだ。しばらく股火鉢状態でからだを温める。
(なんでこんなことに・・・)
考えてみれば、この仕打ちはむちゃくちゃだ。理不尽きわまる。もう一度悪態をつこうと小麦に振り返った、そのときだった。
「んまっ・・・待てっ!小麦・・」
思わず叫んだ。小麦の手に、いつの間にかシャンパンボトルが握られてる。その銃口は、まっすぐにこっちを向いてた。
「そんな高いのはだめだ!抜くな!」
「早く金をつくってこい。このカイショなし」
「待てって・・・・・抜くな!な、な。今日は穏やかにすまそ、な」
「いや、抜く」
小麦の目は座ってる。この時点でオレは、ついにある決意を固めつつあった。それは何ヶ月も前から芽吹いて育ちつづけてた決意だ。核にある鬱屈は、ずっとずっと硬い萼の中に背中を丸めて閉じこもってた。踏み切れなかったのだ。が、今やその核は破裂する勢いでつぼみを割りはじめてた。
ポンッ。
突然、両目の間に火花がはじけ、頭が真っ白になった。同時にオレの中で、決意の大輪が、ぱっ、と開ききった。
額の中央で弾んだシャンパンのコルク栓は、スローモーションのように宙空を一回転した。炭酸による推進力をたっぷりと眉間に打ち込み、柔らかなる弾丸はゆっくりと重力に従い、やがて力なく足下に転がり落ちる。
「大当たりー!きゃはははは」
小麦は、ボトルからあふれる盛大な泡に手首を洗われながら、笑い転げた。オレはその姿に殺意の一瞥をくれ、ようやく暖気でほぐれかけてた素足に覚悟の芯を入れた。
「行きゃあいいんだろ!」
入口の引き戸を開けると、氷壁のような冷気が殺到する。そこに鼻先を突っ込むと、神経が瞬殺される。しかし、覚悟は揺るがない。止まらない小麦の嘲笑を背後に聞きながら、そのまま寒風吹きすさぶ街角に飛び出した。
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