第10話クリスマスキャンドル
「独り暮らしなのね・・・」
男子学生の部屋がものめずらしいのか、コタツに背を丸めながら、行き倒れ人はキョトキョトと大きな瞳をめぐらす。
「こんなまずいコーヒーより、ワインある?」
凍てついた肌がようやくゆるみ、気持ちもほどけてきたのか、彼女が無遠慮に要求をはじめた。ちょっとカチンとくる言い方だ。
「ワインか・・・焼酎ならあるけど」
ホコリまみれのいいちこを引っぱり出す。セーターのそで口で一升瓶をふきふき、コタツの上に置いた。そして欠け茶碗をふたつ。
「ちょっと・・・あんたね、今夜がどんな夜か知ってる?」
「クリスマス・イブだっけ?」
「そんな夜に、美女を前にして、このテーブルセッティングはないと思わない?」
この女、捨て猫同然の身の上をわかってるのだろうか?それがイノチの恩人に対する振る舞いなのか?
「・・・まあいいや。ケーキはないの?」
「ケーキ(あるかっ!)・・・ま、似たようなものなら・・・」
もう配慮などいらない。冷蔵庫から豆腐を一丁取り出した。そいつを対角に、つまり三角のショートケーキ型に切り、まな板ごと彼女の前に置く。
「皿がないんだ、ウチ」
豆腐の上にパックのカツオブシをバラまき、麺つゆを少々。
「な、それっぽ」
「似てない!冷や奴は、ケーキに似てない!」
「そうだ、キャンドルならあるよ」
電気料金が払えず、停電状態のときに使った和ロウソクがあるのを思いだした。そいつを二本、奮発した。まな板の上の豆腐に突き刺し、ライターで火をつける。
「電気を消して、と」
「ちょっと、やめてよ。この光景はありえないっ」
かまわず、部屋の蛍光灯を消した。すると、思いがけず、いい雰囲気。コタツの上に咲いた小さな炎が柔らかくふたりを照らして、ちょっとステキな聖夜的空間ではないですか。
薄闇に浮かんだ彼女は、ようやく隅々にまで血液が行き届いて、あたたかそうだった。体温を感じさせる赤みがほおに差して、妙に艶めかしく見える。さっき雪の吹き込む玄関先で見た、磁器のように無機質な印象とはすっかり変わってた。そして驚くべきことに、その口元は、笑ってた。
「バカね、あんた」
「きみもな」
さらに彼女の笑顔がひらく。瑞々しく輝く唇の、その真ん中のホクロに、オレは魅入らされた。
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