第9話救助

 終電に運ばれて深夜の駅に降り立つと、いよいよ雪が本格的におちてきた。千鳥足で新雪を踏み踏み、アパートの前に帰り着く。屋外の階段を上がり、頭の雪を払い落としながら、部屋のキーをポケットに探す。そのとき目に入ったのが、薄暗い渡り廊下の奥に小さく丸まった人影。それが小麦だったわけ。

(行き倒れ・・・?)

 あわてたが、大丈夫。ヨシヨシわかった、なにも言わんでいい。ひもじくて死にそうなのだね。なにか与えてさしあげよう、美しいひとよ。たしか冷蔵庫に豆腐が一丁あったはず・・・しかし、見も知らぬ行き倒れの女に、いきなり冷や奴、というのはちょっとおしゃれでない・・・かといって、冷凍庫に秘匿してある田舎から送られた「最高級イクラのしょうゆ漬け」を差し出す、というのもなんだか適当とは思えない・・・なにかこう、もう少しこの状況に馴染むような、例えばふかしたサツマイモなんかの取り置きはなかったものか・・・しかしイモなんてふかしたことないし、そもそもイモなど買ったことがない・・・どうすれば?

 ・・・などと動揺気味に、刹那、考えを巡らせてみる。すると彼女、だしぬけに、

「ねえ、ちょっとベランダ貸してもらえません?」

と、けったいな物言い。はて、ベランダを貸せと言われても、あれは取り外しがきくものだったかどうか?それにでかいし、重いし、この雪の中、運べそうにない。

 醒めかけヨッパのたどたどしい口調でそう伝えると、

「あんたバカ?・・・あのねそうじゃなくて、ベランダ伝いに隣の部屋にゆかせてほしいの」。

 なるほど、オレの精神状態がとっ散らかってたか。日本語とは難しい。

 気を落ち着かせて話を聞いてみれば、彼女はわが隣室に住むOLさんなのだった。このクリスマス・イブに外出したはいいが、酔いつぶれてバッグを無くしてしまい、雪の中、足を棒にするもついに探し物は見つからず、携帯から財布から部屋のキーからなにからなにまですべて入ったそのバッグ無しには遭難者も同然のその身を、都会という名のこの荒野では置かせてもらえる場所などどこにもなく、ひたすら自室の前で雪を避けてビバークしつつ、救いの手を差し伸べてくれる隣人の帰りを待ちわびてた・・・ってとこか。

 とにかくこんな事態を放ってはおけないので、すぐに部屋に上げてやった。そしてとりあえず、雪に濡れて歯をカチカチいわせる彼女にタオルを渡し、コタツに足を突っ込ませた。湯を沸かし、熱いインスタントコーヒーを炒れて差し出す。

「とにかくあったまりなって」

 ベランダにはすでに雪が相当積もってる。今すぐに冒険の旅に出るのは危険だ。アタックは天候の回復待ち。

 そんなわけで、しばしの時間を、オレたちはふたりきりで過ごすことと相成った。

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