7
エルヴァの部屋の扉をノックしてみたが返事はなかった。他に彼のいそうな場所は……と考えて辿り着いた談話室の扉に手を掛けたところで、内側から勝手に開いた。
「おや、申し訳ありません」
こちらに気づいて詫びながら几帳面に頭を下げたのはサブルムだった。彼と会うのは登城の案内人を務めてもらった初日以来だ。
「お久しぶりです、サブルムさん」
「はい。あなた方もお元気そうで何よりです」
ぺこぺこと頭を下げ合って目を合わせると、彼は標準装備の鉄面皮を和らげて私の頭のあたりを見て言った。
「会議でお嬢さんの保護が決まったそうですね。おめでとうございます」
そういえば、隠す必要がなくなったので黒髪は出しっぱなしである。
どうやら彼も夏妃の事情を知っているようだ。エルヴァあたりが話したのだろうか。
「それから、今回の騒動を収めてくださったこと、臣下として、龍の民の一員として、お礼申し上げます」
「い、いえ。そんな風に言っていただけるようなことは何も……」
恐縮して首を縮めていると、室内から苦笑気味の声がした。
「いつまでも廊下で立ち話もないだろう。入って椅子に座ったらどうだ?」
穏やかな笑みを含んだ美声はもちろん、エルヴァのものだ。サブルムは彼に向かって一礼し、「では後ほど」と声をかけて廊下の先へ歩み去った。
夏妃とウィルは談話室の中に入り、エルヴァの笑みに出迎えられた。
「おかえり、ふたりとも。無事で良かった」
温かい金緑色の眼差しにほっとする。彼の座るテーブルの向かい側に二人並んで腰を下ろすが、夏妃は和む間もなく目の前のものを凝視した。
「あの……これは……?」
テーブルの上には大量の紙束が山のように積まれている。夏妃の読解能力では内容は理解できないが、紙質や様式からするとなにかの書類だろう。
エルヴァは手早くそれらに何かを書き込んでいる。キリが良かったのか、数枚書き終えると手を止めて深く息をついた。
「ここ数日、王妃と龍玉の行方を追うのが急務だったからね。城中で通常の業務が滞った結果が、この書類の山だよ。緊急事態だからって普段の仕事がなくなるわけじゃない。加えて、龍騎士や軍部を動かした経緯の報告書や決済も山積み。きりがないよ」
「え。それをどうしてエルヴァさんが……」
「表向きは、今回のことは全て侵入者の仕業ということで片付けられた。その侵入経路なんかの調査に人手が割かれているし、城内はまだばたついていてね。幸い“
疲れたような笑みを浮かべて、金緑の瞳が宙を見る。
「……まったく。あの方々が破天荒なのはいつものことだが、今回ばかりはね……」
その笑顔に壮絶な凄みがあるのは、気のせいじゃないだろう。静かに怒っている。
恐る恐る視線を彼から逸らすと、ウィルと目が合った。自然と硬い笑顔を交わして、エルヴァを敵に回すのだけはよそう、と胸に刻んだ。普段穏やかなだけに、鋭い空気だけで十分に怖い。
硬くなった空気に気が付いたのか、「ごめんごめん」と苦笑すると凍える雰囲気は霧散した。
「とにかく、今回大事にならずに済んだのはナツキのおかげだ。ユウェル王子に付いていてくれたことも、いい方向に変わるために必要なことだったんだろうと思う。ありがとう」
「いえ……。むしろ、余計な心配をかけてしまって……」
あの時はそうすべきだと信じて行動したけれど、ただでさえ多忙だった彼に心労を重ねたことは申し訳ない。
エルヴァは首を振る。
「いや。とくに殿下のためには、それが一番大事なことだったろう。あの方には今まで、気安く話せる同年代の存在がなかった。ナツキと会ったとき、きっと喜んでいらしただろう」
言われて思い出す。やたらと“友達”という言葉に嬉しそうな顔をしていた彼。確かにお城という場所に、彼くらいの年齢の子どもの存在は皆無だ。
「立場が対等で、庇護すべき存在のナツキが傍にいたことで、殿下は“守る側”の視点を初めて持った。それが王になるということへの考え方を変化させたのだろうな。あの方は王になりたくなかった訳じゃない。大義のためには悪にもなれる為政者という立場を恐れていらしただけだ」
「え? ユウは、王さまになりたくなくて、逃げていたんじゃないんですか」
「違うと思うよ。その証拠に、殿下の部屋にはいつ訪ねても読みかけの帝王学の本や、諸地域の世情をまとめた資料があった。本当にその道から逃れたいと思っていたら、そんなものは部屋に置かないだろう?」
ユウに呼び出されて彼の部屋に行った時。あの時も彼は何か、分厚い本を読んでいた。夏妃にはその内容が分からなかったけれど、あれもその類の本だったのだろうか。
「私……、いろいろ勘違いしてました」
今回のことはユウの意志を完全に無視して、王という立場を押し付けるための計画なのだと思い込んでいた。
しかし、彼の葛藤を知っていたからこそ、王さまや王妃さまはあんな騒動を起こすことに決めたのかもしれない。
なのに何も知らないで、夏妃は感情に任せて彼らを糾弾してしまった。
「ほんと、考えなしだ……」
俯く夏妃に、柔らかなエルヴァの声が言った。
「気に病んでいるのかい? 君はほとんど騙されて、巻き込まれただけなのに」
「それとこれとは別です。よく知りもしないで人を責める権利が、私にあるはずがないもの」
「ナツキは、真面目すぎる」
横で苦笑する気配がして、顔を上げる。ウィルは目を細めて言った。
「君はユウェル殿下のことだけを考えて、ああ言ったんだろう? その内容がもし間違っていたとしても、その気持ちの価値は変わらないと、俺は思うけどな。だからこそ、殿下の意志を動かしたんだろうし」
エルヴァも頷く。
「私たちが君に感謝する気持ちは変わらない。しかし、君が至らなかったと思うならそれでもいい。間違えたなら、次は改めればいいだけだ。知ったなら、もう今までと同じじゃない。上手くやれるさ」
「ふたりとも、ちょっと私に対する評価が甘すぎるんじゃないですか」
彼らの言葉は、いつも夏妃の屈託をさらりと押し流してしまう。それは心地いいけれど、慣れてしまったら我儘になってしまいそうで少し怖い。
ちょっと睨むように見ると、彼らは笑う。
「だから、言ったじゃないか。龍は身内と子どもに甘いって」
ウィルが若干不本意なことを言ってくれる。
「誰かのための我儘なら、それは許されるべきなんだよ」
エルヴァが穏やかに、優しく告げる。
やっぱり甘すぎる。まるで砂糖菓子みたいに。彼らの厚意に溺れないように、自分がしっかりするしかないなと胸に刻む。
「……それにしても、私たちはさっき戻ってきたばかりなのに、エルヴァさんはやたら正確な事情を知ってますね? そういえば、サブルムさんも」
首を傾げると、エルヴァは至ってのんびりと頷いた。
「ああ。王の命令で、情報の周知がされたからね。おそらく今この城で、ナツキの事情を知らない者はいないだろう」
「……は?」
思考が追いつかず、間抜けな声を上げる。彼は続けて言った。
「ナツキの素性に会議の決定の内容、今回の騒動における功績。そういったものは大まかに、皆に伝わっていると思っていい。さっきサブルムに聞いたところによると、すでに“
誰だそれは。あまりに自分のこととは思えなくて、むしろ呆れ返った気分になる。
「それは、私が龍じゃなくて人間だってことも伝わっているってことですか……?」
「もちろん」
肯定してから、エルヴァはすっと表情を真剣なものに改めた。それだけでこちらまでとっさに背筋が伸びるような、凛とした空気。
「ナツキには、きちんと理解しておいてもらわないといけない。
本来、いかなお人好しの龍族でも、他種族を不信感なく受け入れるのは困難だ。今までは素性を隠すことで龍のルールの中で守ってきたが、これからはそうもいかない場面があるかもしれない」
それは理解できたので、緊張しながらも頷く。本来はこの世界に存在しないはずの自分の存在を受け入れてもらう。そのために、夏妃はここまで来たのだから。困難は承知だ。
「だが、何事にも例外はあるものだ。ナツキに龍族における確固たる立場がないのなら、作ってしまえばいい。種族も出自も関係ない。そこにいてもいい価値があるのなら、だれも君を迫害しようとはしないだろう」
そこにいてもいい価値。理由。そんなものを、得られるのだろうか。
怯む夏妃を安心させるように、エルヴァは表情を和らげた。
「そんなに心配そうな顔をしなくてもいい。君は“黒色”を生まれ持ち、龍族には黒龍の英雄伝説があった。受け入れやすい下地が最初からあったのは幸運だった。
加えて今回、王家に関わる問題を解決する場にいたことで、君個人に対する信頼度も増した。それは、“救い姫”なんていう名がつくほどに。盤石とはいえないが、スタート地点としては上々だ」
確かに、これ以上は望めないくらいの好条件が揃っている。
ここからどうなるかは、夏妃の行動次第だ。自分の居場所を作れるかどうか。それはとても難しいけれど、特別なことじゃない。元の世界であっても、大切なことはきっと変わらないはず。
「なんだか、嬉しそうだね」
もう少し不安がると思ってた、とウィルが不思議そうに言う。もちろん不安もあるけれど、夏妃の心はすっきりとしていた。
「だって、これでわかりやすくなったじゃない? 今までは王さまがどういう判断をするかとか、どうしても人任せの部分があった。でもこれからは、上手くいってもいかなくても、それは全部私の責任。私が勝手に頑張ればいいだけだもの」
ウィルやエルヴァ、自分に味方してくれる人たちの負担を減らせるというだけでもありがたい。
しかし、ウィルはどこか不満げに頬杖をついた。
「ひどいな。俺はもう用済みってこと?」
「なんでそうなるの」
「だって、もうひとりでいいってことだろ?」
拗ねた子どもみたいな表情の彼に呆れる。
「そんなこと言ってない。確かに、ひとりでできることは頑張ってみたいけど。でも、それができるのはやっぱり、絶対の味方だって思えるウィル達がいるからだもの」
うまくいかなくても、きっと彼らは夏妃を軽蔑しないし、見放さない。それがわかるから、頑張れるのだ。そして、彼らをがっかりさせたくないから、いい結果を出そうと思える。
「ひとりだったら頑張れないよ。だから、ウィルにはちゃんと、私を見てて欲しい」
真剣に伝えると、彼は頬杖を外して目を見開いた。心底驚いた、という顔だった。なんだか恥ずかしくなってきて、慌てて付け足す。
「あの、だからって過保護は困るからね? 何もしてくれなくても、いてくれればいいっていうか」
しどろもどろになりながら言葉を探していると、何故だか重たい感じのため息をつかれた。彼はエルヴァと視線を合わせ、苦笑する。
「ずるいですよね、ナツキは」
「まったくだね」
男二人に訳の分からないところで意気投合され、夏妃としては納得がいかない。
「何のこと?」
「なんでもないよ。……それにしても。頼られてるのは嬉しいのに、やっぱり寂しいのはどういうわけなんだろうな」
優しいのに切ないような彼の表情にどきりとする。顔が熱いような気がするのは何故だろう。
答えを出せないうちに、談話室の扉からノックの音が響く。エルヴァが応えを返すのとほぼ同時に勢いよく扉が開き、快活な声が朗々と響く。
「やあ、“救い姫”。ちょうど良かった、探していたんだ」
大仰な呼称に、妙な緊張感が吹っ飛ぶ。脱力しつつ戸口を見れば、赤髪の女龍騎士が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「それ、やめてください……」
「何故だ? 良い通り名じゃないか。私の厳つい名前と交換してほしいくらいだ」
コルナリナはあっさりと夏妃の訴えを退けて平然としている。そりゃ確かに、“死火”なんていう恐ろしげな名前よりはましかもしれないけど。自分のこととは思えないのだから、そんなことにあまり意味はない。
「気にすることはない。お前への正当な評価なのだから、受け取っておけば良いのだ」
そう言ってコルナリナの後ろから顔を覗かせたのは、ユウだ。
「ユウ! なんでここに?」
「次代の王になることを受け入れた途端、嬉々として教師たちが押しかけてきてな。静かに昼寝もできないから、抜け出してきた」
脱走癖を改めるつもりはないらしい。彼はさっさと歩み寄って来て、夏妃の左隣の席に腰かけた。反対側から微妙に不機嫌オーラが漂ってきたが、触らぬ神になんとやら。気づかないふりを貫くことに決める。
「これは、随分と賑やかになったな」
苦笑するエルヴァに、コルナリナが微笑む。
「お邪魔をして申し訳ない、エルヴァ殿。しかし、効率の良い仕事のためには休憩も必要だろう? 途中で女官に頼んできたから、そろそろ茶の支度が整うはずだ」
「準備の良いことだ。相変わらずだな、コルナリナ」
飄々とした態度の彼女に、エルヴァは特に反論もせずにテーブルの上の書類の山を一カ所に重ねてどけていく。
そういえば彼女はシルエラの幼馴染だという話だった。もちろんエルヴァとも交流はあるのだろう。彼らには親しげで、互いを理解した間合いがある。
コルナリナは夏妃と目を合わせ、さて、と言った。
「くつろぐ前に、もうひとり客がいる。君とはもう面識があるはずだ。――入って」
開け放されたままの戸口に向かって彼女が呼びかけると、ほっそりとした人影が現れる。思いがけないその姿に、夏妃はぽかんとした。
「ミカさん……?」
「こんにちは、ナツキちゃん」
にこりと笑って手を振る美女は、間違えようもなく彼女だ。戸惑ってウィルを窺えば、彼も驚いた顔をしている。彼にもこの場に彼女がいる理由がつかめないようだ。
「知っての通り、ミカは王城が認可した宿“銀の杯”の看板娘だ。だが同時に、城下の情報を集めて城に届ける役目も担っている」
コルナリナが説明すると、ウィルが「知らなかった」と呟く。エルヴァが何も言わずに傍観しているところから見ると、彼は承知していたことだったようだ。
「噂話は、女の子の得意分野だから。宿兼酒場っていうのは、一番情報の収集にはもってこいの場所なの」
補足するように言って、ミカはにこりと微笑む。
「私もミカから得た情報で、“黒龍”の娘の特徴を聞いていた。登城の時も、影から観察させてもらっていたんだよ」
コルナリナの言葉で、様々なことを理解した。ミカが風で外れそうになったフードを押さえてくれた理由。登山の間に感じた視線。全ての違和感が氷解する。
「そっか。ミカさんは最初から、私に接触するつもりで声をかけてくれてたんですね」
心底納得して言ったのだが、彼女は眉を下げて申し訳なさそうにする。
「ごめんなさい。あなたを騙すような形になってしまったのは、申し訳なく思ってる。でも、全部が演技だったわけじゃないわ。ナツキちゃんといて楽しかったのは本当よ。信じづらいとは思うけど……」
「いえ、最初から信じてますよ」
慌てて首を振る。事情があったというだけで、彼女の好意が全部嘘だったとは思わない。ミカはほっとしたように微笑む。
その彼女に、コルナリナが顔を向けた。
「それで、ミカ。次の役目はわかってるね?」
「ええ、もちろん。“黒色の救い姫”の噂を城下に流すこと、ですね」
「…………え? 何それ?」
一瞬聞き流してしまい、耳を疑う。なのに、ミカは何の疑問もない風に笑う。
「王妃様と龍玉を狙って現れた賊を、王子殿下や伝説の龍騎士と共に退けた黒色の姫君。黒龍伝説の再来か? どう、話題性抜群でしょう?」
「ど、どうって。それ捏造ですよ、事実と違いすぎます」
実際に魔族を封じたのはコルナリナやウィル、現役龍騎士の方々なわけで。嘘で祀り上げられるわけにはいかない。
「そう違わないだろう。どうせ遅かれ早かれ城の者から噂は広まる。そして人数を介するほど情報は尾ひれがついていく。そう結果は変わらないと思うが」
「全然違います、コルナリナさん」
しかし、彼女はきっぱりとした表情で首を振った。
「いや、これは必要な情報操作だ。正確な事実がもれる前に、より大きな話題を広めた方が余計な混乱を押さえられる」
情報操作って認めてるじゃないですか。
いや、その前に。不穏な流れを感じるのは気のせいだろうか。
ひとつ息を吐いたコルナリナは、かすかに眉を潜めて言った。
「実はな。魔族を逃がした」
逃がした? 目を見開き、思わず大きな声を出してしまう。
「え、ええ!? まずいじゃないですか、それ!」
「落ち着いて、ナツキ」
落ち着いていられるか!とばかりに、ごく冷静なウィルの声に反発して振り向くが、彼を含めてエルヴァやミカにも驚いた様子はない。深刻そうな表情ではあるが、想定範囲内の出来事だと受け入れているようだった。
「それは逃げられたのではなく、わざと逃がした、という意味だね?」
エルヴァの問いに、コルナリナが頷く。
「魔族と龍族は、相性が悪い。捕らえておいたところで、身の内に毒を取り込むようなものだ。それくらいなら、隙を見せるふりをして逃がした方がよほどいい」
相性が悪いという意味はわからないが、それなら最初から捕らえずに逃がせばよかったのではないか、という気がする。
それが顔に出たのか、コルナリナが困ったような笑みを見せて夏妃に言った。
「何のために捕らえたのか、と思っただろう? 我々も、ただ逃がしたわけではないさ。城に忍び込んでいた以上、機密を掴まれた可能性もある。だから、あの魔族には“毒”を食らわせた」
毒という言葉に怯む。
「死んでしまうんですか……?」
恐る恐る尋ねると、まさか、と彼女は笑った。
「言葉が悪かったな。毒というのは比喩だ。魔族を捉えれば我々が不利益を被るのと同様に、龍族という存在は魔族にとっても厄介なもの。それを利用して、こちらの損になるような情報を持ち帰れないように、ちょっとした工夫をしたのさ」
濁した言い方から、夏妃には詳しく話せないことなのだろうと察する。それにしても、互いの存在が毒になるというのはどういうことなんだろう。夏妃の持つ常識からは、とても想像がつかない。
「……しかし、互いが関われば不都合を生じるのはわかりきっていること。何故今更、魔族は龍族に手を出そうとする?」
鋭いまなざしで考え込むエルヴァに、同じくらい険しい表情でコルナリナが言う。
「それこそ、黒龍の英雄がいた時代からの謎だ。あの時もかろうじて魔族を退けたが、奴らの目的はわからないままだった」
「とにかく、今回のことで誰もが前回の魔族との戦争のことを思い浮かべるのは間違いない、か」
エルヴァがため息交じりに呟けば、ウィルが困った顔で夏妃を見る。
「それで、ナツキの噂で蓋をしようってことですか? でも、いずれはわかることなのでは」
「それは承知の上。今は、時間が稼げればいい。事実が事実として広まる前に、魔族の狙いを暴く」
強い眼差しで告げるコルナリナの金色の瞳には、覚悟と決意が窺えた。ウィルが息を呑む。
「まさか、魔族のもとに乗りこむつもりですか」
「なんだ、私の身を案じているのか?」
面白そうに、どこか意外そうに彼女が問えば、ウィルは不機嫌に目を眇めて睨む。
「当たり前です。無鉄砲でも凶暴でも、あなたは一応俺の母親ですから」
「はは。愚息のくせに、言ってくれる」
笑いながらウィルに歩み寄り、ぐしゃぐしゃと彼の髪をかき回す。迷惑そうな顔の息子を意に介さず、「まあ、上手くやるさ」と軽く言った。
「ナツキ。聞いた通りだが」
隣でずっと黙っていたユウが口を開き、真剣なアイスブルーの瞳が夏妃を見た。
「お前の本意でないことはわかっている。だが、これが今できる最善だと王も判断した。お前には関係のない龍族の事情ではあるが……。協力してくれるか?」
もちろん、ここまで話を聞いてから突っぱねるつもりはない。だが、不満は如実に顔に出たと思う。
「それはいいけど、ユウ。関係ないっていうのはひどいよ。“龍は身内を大事にする”んでしょう? 私はみんな、大事な“身内”だと思ってるんだけど?」
ユウが破顔し、エルヴァ達も微笑む。「ありがとう」という言葉を誇らしく思ったのは初めてだ。
できることを頑張ると決めたのだ。彼らの役に立てるのなら、噂話の的になるくらいどうということもない。――いや、やっぱりちょっとは嫌だけど。
間もなくお茶の支度を揃えた侍女たちがやって来て、皆が席に着いた。
軽口を言い合ったり、お茶菓子をつまんだり。こういう穏やかな時間は久しぶりで、登城した時からずっと力が入りっぱなしだった肩から、余計な力みが解けていく気がする。
ずっと、こんな風に過ごせればいいのにな、と願ったけれど。
不穏な未来は、確実に近づいていた。
でもそれは、もう少しだけ先の話。
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