第2話

日が暮れたころに噴水広場で集合した。


世界の果てはそれはそれは素晴らしかったことを追記しておく。


ジンたちから話を聞いた黒ウサギは怒っていた。


それはもう、ウサ耳がかわいくウサウサしている余裕もないほどに。


というか怒りでワナワナしていた。


「どういうこと?」


 事態を呑み込めていない燈火が十六夜に質問する。


「なんでも明日お嬢さまたち三人がケンカするんだとさ」


「へえー」


 さも自分たちは関係ないといった様子で、ジン、飛鳥、耀の三人のケンカだと言い切った。


「聞いているのですか三人とも!」


 説教はまだ続いているのだが、


「「「ムシャクシャしてやった。いまは反省しています」」」


「黙らっしゃい!!


 誰が言い出したのか、まるで口裏を合わせていたかのような言い訳に激怒する。ウサ耳も逆立っていた。

 しかし、三人の姿勢をただ責めるだけなのも、と思い黒ウサギは諦めたように頷いた。


「まあ仕方ないです。"フォレス・ガロ"程度なら十六夜さんが一人いれば楽勝でしょう」


「何言ってんだよ。俺は参加しねえよ?」


「当たり前よ。貴方なんて参加させないわ」


 フン、と鼻を鳴らす二人。


「だ、ダメですよ! 御二人はコミュニティの仲間なんですからちゃんと協力しないと」


「そういうことじゃねえよく黒ウサギ」


 十六夜が真剣な顔をする。


「いいか? このケンカはコイツらが売った。そして奴らが買った。なのに俺が手を出すのは無粋だって言ってるんだよ」


「そうだぞ、黒ウサギ。ケンカに横槍を入れるのは無粋ってもんだよ」


「あら、2人ともわかっているじゃない」


「……。ああもう、好きにしてください」


 丸一日振り回され続けて疲弊した黒ウサギはもう言い返す気力なぞ残っていない。



その後、コミュニティへ帰る前に行くところがあるということで、ジンとは一度別れた。


 なんでも、燈火たち四人のギフトの鑑定のため、"サウザンドアイズ"という超大型商業コミュニティに向かうとのこと。

道中、十六夜、飛鳥、耀の三人は興味深そうに街並みを眺めていた。

 商店へ向かう通りは石造りで整備されており、脇を埋める街路樹は桃色の花を散らしていた。


「桜の木……ではないわよね? 花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずないもの」


「いや、まだ初夏になったばかりだぞ。気合いの入った桜が残っていてもおかしくないだろ」


「……? いまは秋だったと思う」


 ん? っと噛みあわない三人は燈火へと視線を向けた。


「八神さんはどうだったのかしら」


「燈火、秋だったよね」


「えっと……」


 これには困った。世界各地を転々としていたので季節をどこを中心にしていいかわからない。


「ごめんなさい。わからないわ」


 申し訳なさそうに目を伏せる燈火に対し、二人は不思議そうな顔をした。


「皆さんはそれぞれ違う世界から召喚されているのデス。元いた時間軸以外にも歴史や文化、生態系など所々違う箇所があるはずですよ」


 十六夜がパラレルワールドか? と考えていると


「多分、立体交差平行宇宙論だよ十六夜くん」


「なんだそれ?」


「説明すると1日かかっちゃうからまた今度ね」


黒ウサギの足が止まる。


 どうやら店に着いたらしい。商店の旗には、蒼い生地に互いが向かいあう二人の女神像が記されている。

あれが、"サウザンドアイズ"の旗なのだろう。

 日も暮れてきて、看板を下げる女性店員に、黒ウサギは滑り込みでストップを、


「まっ」


「待ったなしです御客様。うちは時間外営業はやっていません」


 かける事は出来なかった。


「なんて商売っ気のない店なのかしら」


「ま、全くです! 閉店時間の五分前に客を締め出すなんて!」


「文句があるならどうぞ他所へ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」


「出禁!? これだけで出禁とか御客様舐めすぎでございますよ!?」


 アレコレと喚く黒ウサギに、店員は冷めたような眼と侮蔑を込めた声で対応する。


「なるほど、"箱庭の貴族"であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいでしょうか?」


 喚いていた黒ウサギが言葉に詰まる。代わりに十六夜が名乗る。


「俺達は"ノーネーム"ってコミュニティなんだが」


「ほほう。ではどこの"ノーネーム"様でしょう。よかったら旗印を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」


 力のある商店であるがこそ、信用できない客を扱うリスクは冒さない。

 "名"と"旗"が無い影響がこの状況でも出てきているのだ。

 黒ウサギは心の底から悔しそうな顔をして、小声で呟いた。


「その……あの………私達に、旗はありません」


「いぃぃぃやほおぉぉぉぉぉ!!!!、久しぶりだ黒ウサギィィィィ!」


 黒ウサギは店内から爆走してきた着物姿の白髪の少女に抱きつかれ、少女と共にクルクルクルクルクと空中四回転半ひねりして浅い水路まで吹き飛んだ。

 十六夜と燈火は眼を丸くし、店員は痛そうな頭を抱えた、


「……おい店員。この店にはドッキリサービスがあるのか? なんなら俺も別バージョンで是非」

「ありません」

「なんなら有料でも」

「やりません」

「私がやってあげようか?」

「おっ、マジかたのしみにしとくぜ」


真剣な表情の十六夜に、真剣な表情でキッパリ言い切る女性店員。

 三人が真剣に話している間、黒ウサギに強襲した白髪の少女は黒ウサギの胸に顔を埋めてなすり付けていた。


「し、白夜叉様!? どうして貴女がこんな下層に!?」


「そろそろ黒ウサギが来る予感がしておったからに決まっておるだろに! フフ、フホホフホホ! ほれ、ここが良いかここが良いか!」


 スリスリスリスリ。


「し、白夜叉様! ちょ、ちょっと離れてください!」


 白夜叉と呼ばれた少女を無理やり剥がし、頭を掴んで店に向かって投げつける。

 くるくると縦回転した少女を、十六夜は足で受け止めた。


「てい」


「ゴハァ! お、おんし、飛んできた初対面の美少女を足で受け止めるとは何様だ!」


「十六夜様だぜ。以後よろしく和装ロリ」


「八神燈火だよ。どうせならパスしてよ十六夜くん」


「普通に手で受け止めんか!!」


 一連の流れの中で呆気にとられていた飛鳥は、思い出したように白夜叉に話しかける。


「貴女はこの店の人?」


「おお、そうだとも。この"サウザンドアイズ"の幹部様で白夜叉様だよご令嬢。仕事の依頼ならおんしのその年齢のわりに発育がいい胸をワンタッチ生揉みで引き受けるぞ」


 白夜叉は指をわしゃわしゃと動かして飛鳥に迫ろうとするが、


「オーナー。それでは売上が伸びません。ボスが怒ります」


 何処までも冷静な声で女性店員に釘を刺され、動きを止めた。


「うう………まさか私まで濡れる事になるなんて」


 濡れた服やスカートを絞りながら黒ウサギが戻ってきた。


「「因果応報だな(ね)」」


「ふふん。お前達が黒ウサギの新しい同士か。異世界の人間が私の元に来たということは………遂に黒ウサギが私のペットに」


「まて白夜叉。すでに黒ウサギは私のだ」


「そうです。私は、って違います! どういう起承転結があってそんなことになるんですか!」


 ウサ耳を逆立てて怒る黒ウサギ。

 何処まで本気かわからない白夜叉は笑って店に招く。


「まあいい。話があるなら店内で聞こう」


「いのですか?」


「よいよい。"ノーネーム"だとわかっていながら名を尋ねる性悪店員に対する侘びだ」


 む、っと拗ねるような顔をする女性店員。彼女にしてみればルールを守っただけなのだから気を悪くするのは仕方のないことだろう。


「………わかりました、どうぞ」


 五人は、やはり女性店員に睨まれながら暖簾をくぐった。


「生憎と店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」


 五人は和室に案内され、腰を下ろしていた。

 部屋には香の様な物が炊かれていて、五人の鼻をくすぐる。

 個室というにはやや広い和室の上座に腰を下ろした白夜叉は、大きく伸びをしてから燈火たちへと向き直る。

気がつけば、彼女の着物は既に乾いていた。


「もう一度自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている"サウザンドアイズ"幹部の白夜叉だ。

この黒ウサギとは少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」


「はいはい、お世話になっております本当に」


 投げやりな態度で受け流す黒ウサギ。いつもこうなのか、水路に落とされたことが関係しているのかは定かではない。


「その外門、って何?」


「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」


 黒ウサギが上空から見た箱庭の図を書いて見せてくる。

 その図は、外門によって幾重もの階層に分かれている。 


「………超巨大タマネギ?」


「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」


「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」


「あっ、なんか食べたくなってきた」


「なら、ここは一番薄い皮の部分に該当するってこと?」


「そうなるだろうな」


 うん、と頷きあう四人。

 白夜叉は哄笑を上げて二度三度と頷いた。


「その通りだ。更に詳しく説明するなら、東西南北の四つの区切りの東側にあたり、外門のすぐ外は"世界の果て"と向かい合う場所になる。あそこはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持ったもの達が棲んでおるぞ―――その水樹の持ち主などな」


 白夜叉は薄く笑って黒ウサギの持つ水樹の苗に視線を向ける。

白夜叉が指すのは、別行動していた十六夜が倒した蛇神の事だろう。


「して、一体誰が、どのようなゲームで勝ったのだ? 知恵比べか? 勇気を試したのか?」


「いえいえ。この水樹は十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」


 自慢げに黒ウサギが言うと、白夜叉は声を上げて驚いた。


「なんと!? クリアではなく直接的に倒したとな!? ではその童は神格持ちの神童か?」


「いえ、黒ウサギはそうは思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし」


「む、それもそうか。いや、そうでもないのかもしれんな……。

しかし神格を倒すには同じ神格を持つか、互いの種族によほど崩れたパワーバランスがある時だけのはず。種族の力でいうなら蛇と人ではドングリの背比べだぞ」


「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」


「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」


 十六夜は白夜叉の発言を聞いてから、物騒に瞳を光らせていた。


「オマエはあの蛇より強いのか?」


 白夜叉にそう問いただす。


「ふふん、当然だ。私は東の"階層支配者"だぞ。この東側の四桁以下にあるコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者なのだからの」


 "最強の主催者"―――その言葉に、十六夜・飛鳥・耀の三人は一斉に瞳を輝かせる。


「そう………ふふ。ではつまり、貴女のゲームをクリア出来れば、私達のコミュニティは東側で最強のコミュニティという事になるのかしら?」


「無論、そうなるのう」


「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」


 三人は剥き出しの闘争心を込めて白夜叉を見る。白夜叉はそれに気づいたように高らかと笑いあげた。


「抜け目ない童達だ。依頼しておきながら、私にギフトゲームで挑むと? しかし、お主はよいのか?」


 この流れで問題児三人に続かない燈火に、白夜叉は挑戦的な視線を送るが、まるで相手にされなかった。


「興味ない」


「え? ちょ、ちょっと御三人様!?」


 慌てる黒ウサギを右手で制す白夜叉。


「よいよい、黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている。あやつが参加しないのは残念だがな」


「ノリがいいわね。そういうの好きよ」


「ふふ、そうか。―――しかし、ゲームの前に一つ確認しておく事がある」


「なんだ?」


 白夜叉は着物の袖から"サウザンドアイズ"の旗印―――向かい合う双女神の紋が入ったカードを取り出し、壮絶な笑みで一言、

 

「おんしらが望むのは




"挑戦"か?




もしくは、"決闘"か?」




 刹那、四人の視界に爆発的な変化が起きた。

 黄金色の穂波が揺れる草原。白い地平線を覗く丘。森林の湖畔。


 四人が投げ出されたのは、白い雪原と凍る湖畔―――そして、水平に太陽が廻る世界だった。


「……なっ……!?」


 あまりの異常さに、十六夜達は同時に息を呑んだ。


 薄く薄明の空にある星は只一つ。緩やかに世界を水平に廻る、白い太陽のみ。


 唖然と立ち竦む3人に、今一度、白夜叉は問いかける。


「今一度名乗り直し、問おうかの。私は"白き夜の魔王"―――太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への"挑戦"か? それとも対等な"決闘"か?」


 魔王・白夜叉。少女の笑みとは思えぬ凄みに、再度息を呑む3人。



 十六夜は背中に心地いい冷や汗を感じながら、白夜叉を睨んで笑う。


「水平に廻る太陽と………そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、オマエを表現しているってことか」


「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私が持つゲーム盤の一つだ」


「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤………!?」


「如何にも。して、おんしらの返答か? "挑戦"であるならば、手慰み程度に遊んでやる。――だがしかし"決闘"を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」


「…………っ」


 三人は即答できす、返事を躊躇った。

 白夜叉が如何なるギフトを持つのか定かでは無いが、勝ち目が無いことだけは一目瞭然だった。


「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」


「ふむ? それは決闘ではなく、試練を受けるという事かの?」


「ああ。これだけのゲーム盤を用意出来るんだからな。アンタには資格がある。―――いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」


 苦笑と共に吐き捨てるような物言いをした十六夜。

 白夜叉は堪え切れず高らかと笑い飛ばした。


「く、くく………して、他の童達も同じか?」


「………ええ。私も、試されてあげてもいいわ」


「右に同じ」


 苦虫を噛み潰したような表情で返事をする二人。


「ふむ。さて、最後にお主はどうする?」


 最後の一人である燈火に白夜叉は問う。いまだに参加を諦めていなかったのだ。


「……残念断るわ。全力でもない相手に戦っても面白くないし。

さらに言うと勝てそうにないし。

それにね、【決闘】と言うのなら、神格を返してからにしてくれないかしら?」


 強固な意志を持って白夜叉を見つめる。


「まぁ、よい。まずはそこの3人を相手にしてやろう」


 一連の流れをヒヤヒヤしながら見ていた黒ウサギは、ホッと胸をなでおろす。


「も、もう! お互いにもう少し相手を選んでください! "階層支配者"に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う"階層支配者"なんて、冗談にしても寒すぎます! それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年も前の話じゃないですか!!」


「はてはて、どうだったかな?」


 ケラケラと悪戯っぽく笑う白夜叉。ガクリと肩を落とす黒ウサギと三人。


「さて、では始めるとするか」


 白夜叉の声に反応するように、湖畔の向こう岸にある山脈から、巨大な翼を広げた獣が空を滑空し、こちらの方へ駆けて来た。

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問題児が異世界から来るそうですよ?え?四人目は魔王だそうですよ? 腐りかけ@ @tamamo

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