エピソード47 「そして僕と美少女はオネエを誑かす」

太った男:「調子どう?」

翔五:「えっ?」


凱旋門のたもとでボーっと座っていた僕に、

突然、知らない人が話しかけて来た。



太った男:「18番の青山さん、どう思う? 結構美人だよネ。 何とか話する機会作れないかな。」


見ると、周りには、日本人観光客の集団。 一種、独特の雰囲気。

何だか、胸に番号札を付けた男女が、互いに探りを…入れ合っている??



醤油顔の男:「オタクら、そんな処で男同士ダベってないで、どんどん積極的に女子に話しかけないと、今日で最終日だよ。」


太った男:「そういうアンタは、上手く行ってんの?」


醤油顔の男:「俺? 俺はもう、メアドも交換したし。 取り敢えず3人キープかな。 まっ、成田から一人寂しく直帰って事にはナン無いっしょ。」


つまりこれは、所謂いわゆる、「婚活・海外ツアー」の、フリータイムらしい。



周りを見回すと、20人対20人位だろうか、地味な子から、派手な子まで、色々。

へぇ〜、結構可愛い子も参加するんだ、…と感心したりする。


一方、男の方は、結構、残念な面々、、、



太った男:「因みにアンタ、何番狙い?」


醤油顔の男:「良いじゃんヨ、誰でも、今晩のエッフェル・告白タイムのお楽しみって奴だよ。」


太った男:「教えてよ。かぶってたら別の子にすんだから。どうせアンタには勝てそうも無いし。」


確かに、この太ったヒト、見るからにショぼい、と言うか…卑屈っぽさが滲み出ている。。。 僕も、ヒトの事、言えないけど。




ケバい女子:「瀬戸く〜ん、一緒に写真撮っても、良いかも?」

醤油顔の男:「ああ、良いっすよ、撮りましょう。」


彼、瀬戸君って、言うんだ。



ケバい女子:「チョットアンタら、邪魔だから其処そこ退いてくれない?」


ケバい女子:「アンタみたいなミットモナイ日本人がフレームに入ると、折角のパリの雰囲気、台無しなんですけど。 解んないかなあ?」


瀬戸君、苦笑い、



翔五:「僕、此処で、ヒトと待ち合わせしてて、」


ケバい女子:「此処のフリータイム25分しかないの。 ソレで一体、何分、アンタこの景色独り占めしてる訳? 一寸は常識とか考えた事有るの?」


何で、この子、こんなに高圧的な訳??



太った男:「ああ言うのはパスだな、向こう行きましょう。」

翔五:「いや、僕は、違うから、…」


何故だか、僕は、卑屈だけど多分同類には人懐っこい太った男に引っ張られて、凱旋門の正面、シャンゼリゼ大通り側へ移動、、、



太った男:「多少ブスでも良いから、性格の優しい子が良いよね。そう思わない。」


小柄な痩せ男:「君ら、阿呆あほか?」

小柄な痩せ男:「高い金出してワザワザこんな処まで来てんだぜ、手堅い勝負してて、どうすんだよ。」


行成いきなり現れる、ちょっと、こ洒落じゃれた感じの、ボンボン?



小柄な痩せ男:「まあ、流石に君らレベルまで「見た目」落ちると、結構キツイモンあるかもな、でも、このツアーに申し込む位だから、ソレなりに金は持ってんだろ?」


太った男、キョトン顔。



小柄な痩せ男:「知ってたか、このツアー料金、8割は男が払ってんだぜ。」

太った男:「道理で!チョット高いと思った。」


小柄な痩せ男:「一方で、女の方は、参加するのに3次審査迄有る訳よ。 ルックス、学歴、家柄、素行、健康診断で選抜されて、勝ち残ったモンだけが参加出来る。 何でだと思う。」


太った男:「さあ?」

小柄な痩せ男:「つまり、女達は、金持ちゲットしに来てんだよ。」


成る程、、、そういうツアーなんだ。



小柄な痩せ男:「ウチ、一応自営の医者だし、あんま妥協はしたくない訳よ。 この前も従兄弟いとこがグラビアモデルと結婚したとか自慢気に披露宴みせびらかしやがったし。」


太った男:「ウチは、普通の会社経営だな、多分僕が継ぐ事に成ると思うけど。」


小柄な痩せ男:「アンタは?」


二人の視線が、より一層貧相な僕に、突き刺さる。



翔五:「いや、だから、僕は違うって、関係ないって。ほら、番号札も無いし。」


太った男:「ええっ? 君、もしかしてツアーの参加者じゃ無いの?」


小柄な痩せ男:「お前、不細工な面して、混じってたたずんでんじゃねえよ、紛らわしいだろ。」


翔五:「そっちが勝手に絡んできたんじゃないか。」


小柄な男、ジロジロと僕の事を値踏みして、



小柄な痩せ男:「確かに、見るからに小道具ギアが貧相で、庶民ぽいな。 顔も悪い上に、金も持って無いとは、終わってんじゃネ、…同情してやるよ、」


ちらりと見ると、柱の影から、万里がコッチを見て、…ニヤニヤ笑っている。

あいつ、何時の間に!?



翔五:「僕、連れが来たから、…もう行きます。」


僕は、逃げる様に、婚活フリー・バトル・フィールドから抜け出して、



翔五:「て、言うか、何で隠れて見てんだよ!」

万里:「いや、何だか面白かったからナ。」



と、地下通路への階段の傍に、黒山の人集ひとだかり。


中心に居るのは、モデル体型のアイドル顔、

明らかに、…朋花。



醤油顔:「君、何番?」

ムサイ男:「君、凄く可愛いねぇ。」

暑苦しい男:「俺、代官山でブティックやってんだけど、ウチで働いてみない?」


朋花:「何? ナニ、なに?? …分かんない!」



翔五:「こうして見ると、皆、必死なんだな。」

万里:「ああ、生きた飛蝗ばったたかる、軍隊蟻の大群みたいだな。」



朋花:「ちょっと、翔五クン、…何処行ったのー?」


朋花、何だか必死にキョドッてる?

男ども、勝手に写メを撮りまくり、



ムサイ男:「なぬ、ショーゴとな、ドイツだそいつは!」

暑苦しい男:「俺なら月40万出すよ。 絶対悪い様にしないって!」

醤油顔:「これ、僕の名刺、年収と、メアドも書いてあるから、連絡して!」


朋花:「要りません、もう、…間に合ってますから!」



万里:「早く、救助に行ってやれよ。」

翔五:「イヤ、何だか、色々、…怖い、と言うか、…切ない。」


朋花:「翔五ってば〜! 何処ー!」


朋花、何だか半泣き?

男ども、更に写メ、撮りまくり、







〜仕切り直し〜


僕達は、漸く、無事合流して、シャンゼリゼ通りにあるカフェへ、



朋花:「この人が?」

翔五:「ああ、裏切り者の濱平万里さんだ。」


万里:「一言、多いんだよ。」


やがて、

万里には1664(クローネンベルグ)、

僕にはエスプレッソ、

朋花にはエスプレッソ・ダブルが、運ばれて来る。



万里:「ナニ真っ昼間っからコーヒーなんか飲んでんだ?」

翔五/朋花:「イヤ、アルコールは、当分、見たく、…無い。」


僕は、朋花の酒癖の悪さを、昨日の夜、一晩で、すっかり、…思い出していた。


そうして二人が、モロモロ大切なモノを失ってしまった顛末については、又、…別の機会に、、



翔五:「それで、「山猫」をけしかけて、瑞穂達を誘拐させたのも、お前なのか?」


万里:「ああ、チョロチョロされると邪魔だからな。」

翔五:「酷い奴だな。 それで一体、何人死んだと思ってるんだ?」


万里:「俺は一言も「人殺しをしろ」なんて言ってないぜ。」

万里:「良識の無いのは「山猫」の問題だろ。」


翔五:「まあ、それでも、今は、イカレタお前に頼るしか無いんだけどな。」

万里:「まあ、人間万事塞翁にんげんばんじさいおうが馬、って奴だ。 今回は手伝ってやるよ。」



朋花:「何をするつもりなの?」


朋花は、さっき婚活ツアーのメンズ達から受け取った名刺の束を、一枚一枚、手品の様に、空中で燃やして消滅させながら、詰まらなさそうに、訪ねる。



翔五:「僕の持っている「呪文」を、…メルカバーに移すんだ。」

朋花:「えっ?」


朋花が、鳩が豆鉄砲を喰らった様な、可愛らしい顔で、僕の事を、…睨む。



翔五:「勿論、メルカバーにその事を言うつもりは無いけどね。」


翔五:「でも、それで、メルカバーは不死身だから、」

翔五:「…死んで世界がやり直しになる、って事は、無くなる。」



朋花:「でも、メルカバーに「呪文」を渡したら、メルカバーは「ソレ」を使って「神の戦争」を起こしちゃうんじゃないの?」


僕は、謎解きをする名探偵の様に、…勿体ぶって、



翔五:「ところがだ、」

翔五:「僕は、「呪文」を持ってるけど、使い方を知らないんだ。」


翔五:「っくの昔に、忘れちゃった。」

朋花:「ふーん、」


朋花、尊敬の眼差し、、いや、呆れた眼差し…とも言う。



翔五:「だから、同じ様に、メルカバーが「呪文」を持ってたとしても、持ってる事を知らなきゃ、それで使い方を知らなきゃ、「神の戦争」は始まらない、…って言う訳。」


朋花:「成る程、って言う程、上手く行くの?」

朋花:「もし、メルカバーが呪文の使い方を知ってたらどうするの?」


朋花は、立て肘に顎を乗せて、眠そうに欠伸あくびする。

そりゃ、昨日の夜、あんなになる迄、スルから、…仕方が無い。



翔五:「其処ら辺も引っくるめて、「神様」に聞きに行って来るよ。」


朋花:「でも、どうやって行く訳?」

翔五:「そこで、この濱平万里さんの出番だ。」


翔五:「一回位は、活躍してもらわないとな。」

万里:「どう言う意味だよ。」


1664の瓶は、あっと言う間に空っぽになっていた。



翔五:「万里やアリアみたいな審神者サニワは、夢を通じて、神様とコンタクト出来るんだ。」


翔五:「どう言う絡繰からくりなのかは、全く解んないけど、多分、一度、同じ方法で、僕は、神様に会った事が有る。 その時は、アリアと一緒だった。」


朋花:「じゃあ、どうして、今度は、ワザワザこの人と行く訳?」


何故だか、朋花は、万里と僕がくっ付くのが、…不満らしい。

まあ、万里の所為で、あの高檜山の事件が起きたのだから、解らないでも無い。



翔五:「理由は、幾つか有る。」

翔五:「一つは、万里は既にメルカバーに僕の事を伝えてしまった。」


翔五:「奴等は、何時、襲って来るんだっけ?」

万里:「3日後だ、」


翔五:「万里がもう一寸、慎重に行動していれば、こんな事にはならなかった。」

万里:「五月蝿うるせえ、俺は、じれってえのは嫌いなんだよ。」


翔五:「と言う訳で、アリアが目覚めるのを、待っている訳には行かない。」


朋花が、「やっぱり裏切りモンじゃん!」と言う、冷たい視線で、万里を睨む。



翔五:「もう一つは、僕達が神様と会って交渉するのに、一体どれ位の時間が掛かるのか解らないって事。」


翔五:「つまり、僕達が眠り続けている間にメルカバーが襲って来たら、朋花サンやアリアには、僕と万里の身体を護ってもらいたい。」


翔五:「万里は「戦闘」にはカラッキシ役に立たないからな。」

万里:「偉そうに、お前だってそうだろ。」


朋花が、「なに仲良さそうに話してんのよ!」と言う、不審の視線で、僕を睨む。



翔五:「それと、アリアは、日が昇っている間は、活動出来ない。」

翔五:「夢の中でも同じなのか解らないけど、神様に会いに行く時に、この事が、どう影響するのかが、解らない。」


翔五:「もしも、夢の中で半日活動不能に陥ったら、それだけで随分なタイムロスになってしまう。」



万里:「ちなみに、「お嬢」が、夜しか活動出来ないのは、お前の所為せいだ、」

万里:「そんな事も、覚えてねえんだろうな。」


翔五:「そうなの?」


今度は、僕が、キョトン顔。



万里:「ああ、お前と「お嬢」は、コレ迄に何度かメルカバーに捕まっている。」

万里:「それなのに、今お前がこうして、此処に居られるのは、何故だと思う?」


確かに、言われてみれば、



万里:「「お嬢」は、捕まって、二進にっち三進さっちも行かなくなったお前を「逃がす」(=「殺し」て「転生」させる)為に、何度か、メルカバーと取引したんだ。」


万里:「トランプの七並べで言う所の「パス」って、奴だ。」



万里:「メルカバーは、「納得する対価」を差し出せば、取引に応じる。」

万里:「奴等に取っちゃ時間は永遠だし、力は無限だし、一寸くらい、「待った」に応じるのは、何とも思わないって訳だ。」


万里:「つまり、有段者の棋士が、子供と将棋打ってるミタイなモンなんだろう。」



万里:「まあ、その代わりに「お嬢」が失った物は、」

万里:「「太陽が出ている間の活動」と「決められた人間以外との接触」だ、」


万里:「今じゃ「お嬢」が接触出来るのは、日か暮れた時間の「俺」と「翔五」と、「室戸」って言うボディガードの3人だけだ。」



翔五:「でも、瑞穂達とは、…」

万里:「あいつらは、…人間じゃ無いからな。」


万里:「つまり、時々はメルカバーもポカミスを犯すって訳だ。」

万里:「付け入る隙が、無い訳じゃない。」


万里:「「お嬢」に掛けられた二つの「呪い」は、お前が何回転生を続けても継続している。 多分「お嬢」自身が、転生後も記憶を持ち続けている事と関係があると思うが、だから、翔五の読みは案外正しい。」



翔五:「まあ、と言う訳で、今回は万里に協力してもらう。」

朋花:「本当に、信用出来るの? この前はあっさり裏切ったんでしょ?」


朋花は、もう一度、苦虫を噛み潰した様な複雑な表情で僕を睨む。

そんな、朋花の顔も、…やっぱり、可愛い。



万里:「別に、俺が頼んでる訳じゃない。 好きにすれば良いさ。」


翔五:「僕は、万里を信じる。」

翔五:「理由は、この作戦には、万里以外に頼れる奴が、居ないからだ。」


朋花は、仕方無さそうに、溜息を吐いて、



万里:「なんか、消去法的な発想だな。」

翔五:「まあな。」


実際には、もう一つ、…理由がある。

でもそして、その事は、どうしても、アリアに知られる訳には、行かない。



翔五:「ソレよりも、先ずは、」

翔五:「「山猫」に会いたい。 奴は、何処にいるんだ?」


万里:「そうだと、思ったよ。」

万里:「だから、…此処から歩いて 直ぐの処だ。」


万里は、二本目の1664を、一気に飲み干した。







翔五:「こんな、パリのど真ん中に住んでいるのか。」


アパートのブザーに、意外にも、あっさりと「彼」は応じた。


206と書かれた部屋のドアをノックする。



山猫:「開いてるわ。」


現れたのは、背の高くてほっそりとした、所謂、…「おねえ」的な方、だった。


髭を隠しきれてない、濃い化粧が、…痛い。



山猫:「一寸ちょっと待って、その子はゴメンよ。」

山猫:「そんなのは、ウチに入れないで。」


山猫は不遜にも、朋花を指差して、



翔五:「朋花サン、外で、一寸だけ、待ってて、もらえますか。」

朋花:「大丈夫?」


翔五:「もし、20分で出て来なかったら、」

翔五:「このアパートごと、全部、消炭にしちゃって下さい。」


朋花:「本当にそんな事して、良いの?」


朋花は、僕の本気が、何処迄なのかを、不安がる。

でも絶対に、僕の言う事に、彼女が逆らう事は、…無い。



山猫:「私だって、そんな長い話なんか、したく無いわよ。」

山猫:「入って、」


キャラ設定通りの、ピンク一色な、部屋だった。



山猫:「初めまして、…

自宅に大家以外の人間を招くのは、貴方達が初めてだわ。」


翔五:「如何どうして、こんな処に住んでんだ?

普通、悪の組織のアジトって、もっと隠れた山里とかじゃないの?」


山猫:「此町パリが好きなのよ。 私の生きている理由は、只ソレだけよ。」


山猫:「何か飲む?」


翔五:「コーヒー。」

山猫:「面倒臭いわね、栓抜けば飲める奴にしときなさいよ。」







翔五:「さてと、まず、瑞穂達は返してもらうぞ。」

山猫:「どうせ、私に拒否権なんて無いんでしょ、勝手に持って行きなさいよ。」


翔五:「「聖霊」を掴まえて、どうするつもりだったんだ?」

山猫:「アンタに関係ないでしょ。」


翔五:「僕の「聖霊」だ、多いに関係あるだろ。」

山猫:「「人間」が「聖霊」の力に対抗出来る「武器」を開発する為よ。」


翔五:「どうやったら、そんな事出来るんだ?」

山猫:「アンタ、そんな事聞きに来たの?」


山猫:「あっと言う間に20分経っちゃうわよ。」

山猫:「私は、黒焦げなんて、ゴメンなんですけど。」



翔五:「お前に頼みが有る。…僕は「前世」で、エインヘリャルとか言われている少年を見た。」


万里が、ビクリと、…震える。



山猫:「カイトの事?悪いけど、もう無理よ、あの子は既に改造済み、今更、元には戻せないわ。」


翔五:「そうじゃない、その「カイト」って少年は、確か、腕の中から、武器が出て来た。 こう、腕が、パカっと裂けて、中から「トルコ石の蛇」とか言う、宝石みたいな物が飛び出したんだ。」



山猫:「あんた、色々知ってるのね。 …でも、現実には、「トルコ石の蛇」は、まだ発見されていないわ。 手に入れようったって無理よ。」


翔五:「違うんだ。…あの仕掛けを、僕の腕にも、仕込んで欲しいんだ。」

山猫:「どう言う事?」


翔五:「3日後にメルカバーが僕を拉致しに、此処へやって来る。」

山猫:「馬鹿じゃないの、喧嘩なら、どっか広いトコ行ってやってよね。」


翔五:「て言うか、今度こそ手詰まり、奴等に力で勝てない事は、前回分った。」

翔五:「今度掴まれば、世界を滅ぼす自信が、僕にはある。」


山猫:「やな自信ね、」

山猫:「つまり、これは脅迫してる訳ね?」



山猫:「それで、どうして欲しいの?」

翔五:「奴等は、僕の事を取るに足らない「人間」だと思って油断している。」


翔五:「前回戦ったときもそうだった。 奴等は、直ぐ手の届く距離迄、何の警戒もせずに近づいて来る。 て言うか、警戒する必要がないからな。」


翔五:「その時に、「トリアーナ」で、奴等を卵にする。」

翔五:「つまり、トリアーナを、僕の腕の中に、仕込んで欲しいんだ。」



山猫:「あんた、3つ位、先に知っておいた方が良いわね。」

山猫:「一つ、トリアーナは、アンタの腕の中に隠せる程小さく無いわよ。」


山猫:「二つ、腕の中に武器を隠すアイデアは有るけれど、まだ完成してないわ。 多分、出来るけど、アンタの腕は、二度と使い物にならなくなるわよ。」


翔五:「三つ目は?」

山猫:「位って言ったじゃない。細かい男はモテないわよ。」


万里:「三つ目は、トリアーナはメルカバーには効かない。」


万里が、冷めた目で、僕の事を見詰める。



万里:「奴等は、全ての聖霊を塩に変える「トルコ石の蛇」の光を浴びても、モノの3分もしない内に、無の状態から復活した。」


山猫:「アンタも、見たの? その、メルカバーとか言うの。」


万里:「ああ、山猫、俺からも、お前に伝えておかないとイケナイ事が有る。 奴等「天使」には、「聖霊殺しの武器」は、通用しない。」



山猫:「ふーん、面白いわね、」

山猫:「でも、一旦は、消滅したのね。」


翔五:「ああ、ダメージを与える事は出来ても存在を消す事は出来ない、と言っていた。」


山猫:「じゃあ、やっぱり無理じゃない。」

翔五:「良いんだ、一瞬だけでも、奴等を行動不能に出来れば、それで良いんだ。」


翔五:「これは、僕のけじめだ。 前回、奴等に、一太刀も浴びせられなかった、僕に対する「通過儀礼」だ。 あの時よりも、前進してるって、確信したい。」


山猫:「それでどうするの。結局は捕まって、それで世界を滅ぼしちゃう訳?」


翔五:「それは、させない。 だから、自爆装置を仕込んで欲しい。」

翔五:「前回、瑞穂に言って、僕の身体に生物兵器だか化学兵器だかを仕込んだのは、お前の仕業だろう。」


山猫:「悪いけど、そんな阿漕あこぎな事は「未だ」思いついてないわよ。」

山猫:「でも、アンタに自爆装置を仕込むのは悪く無いアイデアね。」


山猫:「アンタは、人類にとっての「リセットボタン」ミタイな物なのよ。 追いつめられた時に、安全地帯まで瞬間移動で避難する為の、脱出装置なのよね。」


万里が、俯いて、唇を噛む。



翔五:「上手く行けば、メルカバーに対するトリアーナの効果を「来世」でレポートしてやるよ。」


山猫:「確かに、そのデータは貴重だわ。」

山猫:「解った、一口乗ったわ。」


山猫:「トリアーナの取り寄せに一日、改造手術の準備に一日、明後日の朝、迎えに行くから、ホテルの場所を教えて頂戴。」


翔五:「ああ、頼む。」







僕と朋花は、万里と別れ、

その足で、フランス北部、ノルマンディーの海岸に近い田舎町にある、山猫の秘密基地を訪ねていた。


朋花は、警察としての残務…と言う訳では無いのかも知れないが、基地の中の書類やら、オスプレイの写真やら、得体の知れないロボットモドキのデータやら、モロモロの証拠集めに奔走している。


彼女が、同僚警官を殺されたあの「虐殺事件」を看過して置けない、その心中は察する。


しかし、山猫が「世界統一政府」の一員として活動しているのだとすると、「高檜山の事件」を表沙汰にする事は、恐らく不可能に違いなかった。







その頃、僕は、巨大な体育館の様な建物の中で、

床に並べられた巨大な5つの水槽を眺めていた。


水槽の中に居るのは、

瑞穂と、芽衣と、涼子、…の残骸。


皮を剥がれ、解剖され、筋肉を外され、骨を分解され、小分けされて、


それでも脳が死なない様に、人工のポンプとチューブで酸素と栄養を送られて、液体の中に吊るされた、元は人間の形をしていた、…肉の塊。


綺麗にバラされて、水槽一杯に拡がった食道と胃と十二指腸と小腸と大腸は、上半分を切り剥がされた頭蓋骨と顎にくっ付いたままで、まるで巨大な生き物の様にゆらゆらと蠢いていて、


肺と肝臓と胆嚢と膵臓と脾臓、ソレに腎臓と膀胱、子宮と卵巣は、比較的人体に近い位置関係のままで、肋骨と脊椎に、固定されていた。


上半分が剥き出しになった脳には、二つの眼球が視神経で結ばれたままで、


もしも今の自分の姿を、見る事が出来ているとしたら、

彼女達は、何を想い、何を、…訴えるだろうか。



僕は、水槽に姿を映す、その幻影に問い掛ける。



翔五:「お前は、本当に実在しているのか?」

アリア:「貴方が望むのなら、私は何処にでも実在するわ。」


腰迄かかる長くて豊かなウェイブ、


まるで造り物の様に一点の欠陥も無い白い肌、

この手に抱きしめれば壊れてしまいそうな華奢で中性的な肢体、


およすべての者物ものモノを魅了するであろう深い眼差しが、

おそれを持って切なげに ただ僕だけを見つめ、


暗闇の中で星を集積する夜光虫の様に、…おぼろげに光を放つ。



翔五:「こいつら、元通りになるかな。」

アリア:「大丈夫よ、「聖霊」は不死身だもの。」


翔五:「ずいぶん、長い間、僕を慰めてくれていたんだ。」

アリア:「そうね。」


翔五:「もう十分だ。 もう十分護ってくれた、尽くしてくれた。」

翔五:「今度は、僕が、この子達を、救いたい。」



翔五:「なあ、抱いてくれないか。」


僕は、振り返りもせずに言い、

アリアが、背中から、そっと、僕を、…抱きしめる。


少女の温もりが、冷えきった僕の緊張を、解きほぐして行く。



翔五:「アリア、聖霊って、…子供を産めるのかな?」


僕は、突拍子も無く、そんな風に聞き、



アリア:「貴方が望むのなら、私は、何だって出来るわ。 …世界を滅ぼす事だって、出来る。」


彼女は、何の躊躇ためらいも無く、そんな風に答える。



アリア:「翔五、貴方はどうしたいの。」

翔五:「僕は…、お前と一緒にいたい。」


翔五:「最後の刻が来る迄、僕はお前と一緒にいたい。」



彼女は、…慈しむ様に、優しく、僕に触れて、



アリア:「翔五、…私に、貴方の「命の記憶」を、頂戴。」


僕は、…愛しい者達の屍骸の群れが見守る、冷たい銀色の手術台の上に、


奇跡の様な美少女を、押し倒す、



僕達は、お互いの、温もりと、匂いを、承認し合い、…

吐息と嗚咽の、入り交じる、甘美な、呪文の詠唱を、繰り返し、…


やがて、命を練成する為の、術式へと、…


到達する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る