エピソード46 「僕は夢の中でも美少女達を探してしまう」

女の子:「C'est très délicieux!(美味しい!)」


隣のテーブルで、美しい銀髪の小さな可愛らしい女の子が、家族と楽しそうに食事をしている。


とても幸せそうに、笑っている。


僕は、銀色メイド=野崎美穂の事を、思い出す。


僕の「決心」の切っ掛けは、彼女かも知れないし、そうじゃ無いかも、…知れない。

でも、彼女を愛おしいと思い、彼女にこれ以上辛い思いをさせたく無いと思った事は、…事実だ。



僕の「決心」は、シンプルだった。


例えば、美穂は、恐らくこれからも、あの、危ない組織に狙われ続ける事になるだろう。


そんなのは、…嫌だ。



例えば、僕の家族や、親戚も、安全では居られないかも知れない。

例えば、捕まった芽衣や瑞穂や、涼子が、酷い事をされるかも知れない。


そんなのは、…嫌だ。



僕は、僕の身の回りのモロモロ達が、隣のテーブルで楽しそうに食事する可愛い女の子も含めて、皆が幸せに笑って過ごせる「世界」を、…護りたい。


それが、僕に取っての「宇宙の平和を護る」という事だと、ようやく、…思い至った訳だ。



朋花:「は、小さい女の子が、好きなんですね。」

翔五:「えっ?」


朋花:「さっきから、ずっと、見詰めていらっしゃるから。」


そう言いながら、テーブルの向かいに座る、朋花が頬を染める。



此処は、パリの中心部、パレ・ガルニエ(=オペラ座)の近く、イタリアン大通り。

僕と、朋花は早目の夕食に入ったレストランで、メインコースが出てくるのを待っている所だった。


あの、「奇跡の空中大脱出」の後、僕達は、日本の警察の調査によって、もう一台のオスプレイが、フランスに到着している事を知った。 元は、軍事オタクが撮影した所属不明オスプレイのスクープ写真がネットに流出したのが手掛かりで、目立つ尾翼の「山猫」の絵が決め手になった。


一応、念の為に補足しておくと、僕らが白衣の女達にオスプレイに乗せられたのが群馬の高檜山。 群馬からパリ迄は大体9500km、MV22オスプレイの航続距離は補助タンクを使ったとしても3500km、普通に考えれば半分も飛べない事は判っていて、もしかすると、これは僕らをかく乱する為の陽動作戦である可能性は拭いきれないでいた。


それでも、僕は、フランスに来るべきだと考えた。 「前世」で「山猫」と名乗る「世界統一政府」のメンバーが、フランスに居た事を、覚えていたからだ。


朋花は、二つ返事で同意してくれて、ワザワザ休暇を取って、プライベートで、僕を、此処パリ迄連れて来てくれた。 それで、ホテルにチェックインしてから、取り敢えず夕食に出かけて来た、と言うのが、今の状況である。


ついでに付け加えると、部屋は一つしか取れなかったので、止む無く同室、という状況だった。



翔五:「別に、特にそう言う、偏った趣味は無いですよ。」


一応、僕は弁解する。



朋花:「大きい娘、は、ダメですか?」


そう言いながら、朋花が、モジモジと、上目使いする。


恐らく、「大きい娘」とは、朋花の事を指しているのだろう。


彼女はスーパーモデル並のスタイルで、バストは88、身長は170cmを越えている。 僕は160cm有るか無いかで、しかもだらしなくくびれも無い体型だから、並んで歩くと、まるで「血の繋がらない姉弟」ミタイに見えて、一寸ちょっと恐縮してしまう。。。


しかし、この間から、何だか彼女の様子が、…おかしい。




そこへ、メインコースが、運ばれて来る。


比較的コジンマリしたテーブルに、五徳の様な、三脚台の様な、銀の脚をセットして、その上に、大皿を乗せる。


季節ガラ、冷凍モノである事は否めないが、4種類の生牡蠣、各種貝類、ミソのたっぷり詰まったワタリガニ、オマール、草蝦てながえび、エスカルゴ? ナドナドが、所狭しと大皿の上に盛られてある。



朋花:「Could you give us a bottle of vine?(ワイン、頂けますか?)」

ウェイター:「C'est heureux.(喜んで)。Vin blanc Ou rouge?(白、赤、どちらにしましょうか?)」


朋花:「White Please.(白ワインを、お願いします。)」



翔五:「何だか、凄い御馳走ですね。」

朋花:「どうぞ、召し上がって下さい。」


当然、貧乏で新入社員で給料日前の僕は、カラッキシの金欠な訳で、…

ここの食事代も、フランス迄の航空券も、ホテル代も、全部、朋花持ちだった。



翔五:「何から何迄、スミマセン。…甲斐性無しで、」

朋花:「どうか、お気になさらないで下さい!」


朋花:「私は、翔五様の、御役に立てるだけで、…幸せなんです。」


そう言って、また、朋花が、ポッと、頬を染める。


つまり、こんな風に、何だか彼女の様子が、…おかしい。



翔五:「でも、朋花サンって、流石に大人だけあって、お金持ってますよね。」


下衆げすな、話題だった…、


て言うか、僕に取って女の人との付き合いなんて「経験値最低レベル」だから、一体、どんな話題を振って、どんな風に喋れば良いのか、…丸っ切り判らない。



朋花:「実は、…」

朋花:「恋人が出来たら、世界中を旅行しようと思って、貯金していたんです。」


そう言って、上目遣いする彼女の顔が、ヤケに、…艶かしい。



翔五:「相手が、僕なんかで、…スミマセン。」

朋花:「トンでも御座いません!」


そこへ、ちょうど良く、ウェイターが、ワインを持って来る。

当然の様に、ティスティングは、…男の仕事で。


僕は「瑞穂」のお陰様で、見様見真似みようみまねに、一連の手順をこなし、、



翔五:「Perfect!(完璧です!)」


ウェイターが、二人のグラスにシャブリ プルミエ・クリュを注いで、

それから、丁寧にお辞儀をして、テーブルを離れる。


改めて、一口飲んでみる。

すーーっと、爽やかな酸味と、フルーティな残り香が、舌と鼻を潤して行く。


瑞穂め、フランスのワインも美味しいじゃないか、、



朋花:「…本当の事を言うと、ずっとそう言う「出会い」の機会が無かったんです。」


どうやら、話は続いていたらしい、



朋花:「…実は、私、コレ迄、恋愛にとても憧れが有ったんですが、実際の男性に魅力を感じる事が無くって、…」


朋花:「何時か、魅力的な方が現れるのを、ずっと夢見ていたんです。」


モデル体型×アイドル顔の美女が、モジモジと恥ずかしそうにする姿は、言うまでもなく、…萌える。



翔五:「朋花サン綺麗だから、ナカナカ釣り合うヒト居ないですもんね。」


朋花:「そうじゃ無いんです!」


朋花:「容姿とか、人柄とか、頭の良さとか、裕福さとか、」

朋花:「そういう、きたりなモノでは、埋められない、…渇きだったんです。」


何だか、怪しい雰囲気になって来たゾ。。。


どうして、心の奥底の「渇き」の話を、こんな僕なんかに、…打ち明けるのだろう。



朋花:「だから、この前、翔五様に会って、私の、…正体について、教えて頂いて、それで、初めて、…判ったんです。」


朋花:「頭で、理解するんじゃなくって、何だか、身体の芯の、深い所から、自然と沸き上がって来る、此の気持ちの正体を、…納得したんです。」


翔五:「はぁ、…」



朋花:「居ても立っても、…居られない様な、」

朋花:「傍に居るだけで、…濡れてしまいそうな、」


そう言いながら、朋花が、蕩ける様な上目遣いで、顔を赤らめる。



翔五:「え、何を、…言って…?」


そう言いながら、僕は、凍える様に、目が、点になる。



朋花:「だから、翔五様と出会って、ようやく私は、自分の求めていた物に気付く事が、…出来たんです。」


朋花:「つまり、その、私が、「前世」から、ずっと、翔五様の、その「せいどれい」、…だったって言う、、、」


そう言いながら、朋花が、恥ずかしそうに、…目を伏せる。



何処から、…説明し直せば良いの、かな??







時計の、秒針の音が、ヤケに耳につく。


僕は、レストランの前で、朋花を待っている。

確か、そう言う「シチュエーション」だった。


シトシトと、雨が降り始めていた。

一人の初老の紳士が、店から出て来て、店の軒下、僕の隣に並ぶ。



紳士:「おや、イオリさんじゃ無いですか?」


綺麗な、日本語だった。



紳士:「確か、名古屋の学会で、ウォーターポンプ・ベーンのエロージョンに関する論文を発表されていた、カジ・イオリさん、ですよね。」


確かに、その学会発表の事は、覚えている。

でも、…



翔五:「はい、その学会発表をしたのは、私です。」

翔五:「でも、私はカジ・イオリでは、ありません。」

翔五:「私は、星田という者です。」


何だか、僕の日本語の方が、小学校の教科書センテンスみたいだった。



紳士:「そうですか、」

紳士:「実は、昨年まで日本の大学で、講師をやっておりまして、沢山の、学生の方を見て来たので、…勘違いしたのかも知れません。」


紳士:「失礼しました。」

翔五:「いえ、お気になさらずに、」


紳士は、上着のポケットを探って、

どうやら、忘れ物をして来た事に、気付く。



紳士:「失礼ついでに、ライターを貸して頂けないですか?」


そう言いながら、男性は細い目を更に細める。

一寸、親近感が湧くのだが、



翔五:「すみません、僕はタバコを吸わないので、ライターは持ってないんです。」


紳士:「おや、その胸ポケットから顔を出しているのは、ライターでは無かったですか?」


言われてみれば、何時の間にか、銀色のジッポーが、

僕の胸ポケットに紛れ込んでいた。



翔五:「本当だ。」


隅っこに、「M.S.」のイニシャルが彫ってある。


そう言えば、瑞穂が取り上げられたジッポーって、確かこんな感じの奴じゃなかったっけ???


でも、なんで、…こんな所に?



僕は、不思議に思いながらも、その紳士にジッポーを渡す。



紳士:「どうも、有難う。」


そう言いながら、紳士は煙草に、火を、付ける。



紳士:「最近は、何処も、レストランの中では喫煙出来無くなってしまいましたのでね。 でも、食事の後の一服が、どうしても、止められない。」


翔五:「そうですか、」


僕は、ライターを受け取りながら、

一寸ちょっと、面倒臭そうなのに引っかかっちゃったぞ、…と苦笑いする。



紳士:「何だか、浮かない顔ですね? 心配事ですか?」

翔五:「いえ、まあ、月並みな悩みです。」


紳士:「こんな風に言うと、気分を害されるかも知れませんが、羨ましいですね。」


翔五:「羨ましい?」


紳士:「歳を取って、時間も、体力も、底が見えて来ると、その分、出来る事も、悩みも少なくなってくる物です。」


紳士:「私には「世界」が、酷く退屈なモノの様に思えてしまう事がある。」


紳士:「所詮「人間」に出来る事は、「気持ちよくなる」か「気持ち悪くなる」かの二つだけです。」


紳士:「「人間」は気持ちが悪いと、だんだん気持ち良くなる為の動機が起こって来て、気持ちよくなる為に行動します。 そして、その結果として気持ち良くなれば、動機は少なくなり、気持ち良くなる為の行動を起こさなくなる。 だからだんだん気持ち悪くなって来て、そうすると又、気持ち良くなる為の動機が大きくなって来て、気持ち良くなる為の行動を再開する。」


紳士:「大体、「世界」と言うモノは、コレの繰り返しです。」


翔五:「はあ、」


大学の先生の言う事は、意味不明だ。



紳士:「要するに、貴方が何か憂鬱を抱えていると言う事は、何かに取り組もうと動機付けられているという事です。 それが、一体、どういう事なのかは知りませんが。 つまり、貴方には、やるべき事、活躍する場があると、そう言う事なのです。」


紳士は、深く吸った煙を、ゆっくりと吐き出して、



紳士:「だから、羨ましいですね。」

翔五:「でも、僕には、何をすれば良いのかが、判りません。」


紳士:「「人間」に出来る事なんか、限られています。「気持ちよくなるか」、「気持ち悪くなるか」その、どちらかです。 どちらを望んでおられるのかは知りませんが、そうなる為に何をすれば良いのか、それだけ考えれば良いのです。」


僕が、望む事。


それは、僕の周りの人達が、幸せに笑って暮らせる様にする事。

その為に、「世界」を護る事。


「世界」を護る為には、あの、強大な敵「メルカバー」を黙らせなければならない。


でも、その為には、どうすれば良いんだ?



紳士:「往々にして「人間」は、どんな風にやるか、ばかりを、先に考えがちです。 何をしたいのか、どう有りたいのかが不明確なまま、方策ばかりが先行すると、本末転倒になってしまいますからね。」


紳士:「先ずは、どう(How)するかではなく、何を(What)するかを考えるべきです。」


確かに、言われてみれば、僕はどうやって戦うか、ばかりを考えていたかも、知れない。



そもそも、「世界」を護るって、一体どう言う事だったんだろう


「世界」を滅ぼす「神の戦争」を止める事。

「世界」を繰り返しのループから、救い出す事。


「世界」を滅ぼす「神の戦争」の「起動呪文スイッチ」を持っているのは、僕

「世界」を繰り返しの「転生ループ」に閉じ込めているのも、僕


メルカバーは、「起動呪文」を狙って、僕を襲って来て、僕はメルカバーから逃げ出す為に「世界」を「転生」させる。 延々とこれの繰り返し。


状況を変えるには、


「起動呪文」を、もっと安全な所に移し替えれば良い。

メルカバーに壊されたり、殺されたりしない所へ、


それは、別に、メルカバーを力で打ち負かす、…そう言う事ばかりでは無い。


メルカバー=「天使」には、どう足掻あがいた所で、勝ち目は無い。

しかし、つまり、それでも「戦い様」はあると、…そう言う事なのか。


「根本的に、戦い方が間違っている。」…瑞穂はそう言った。


つまりそれは、そう言う事なのかも知れない。



紳士:「時々、若い人は、難しく考え過ぎなのですよ。」

翔五:「何だか、簡単な事の様な気がしてきました。」


翔五:「有難うございます。」

紳士:「此方こそ有難う。 久しぶりに日本語でお話が出来て、楽しい一時でした。」







一秒、一秒を刻む、機械仕掛けの絡繰からくりが、

まるで心臓の鼓動の様に、静かに、規則正しく、音を刻む。


僕は、気がついたら、一人でベンチに座っていた。

何時の間にか、転寝うたたねしてしまっていた、らしい。


目の前は、大きな川沿いの、遊歩道の様だった。

さっきまでとは打って変わっての陽気で、目の前の遊歩道は、行き交う人で溢れている。


確か、僕は、イタリアン大通りのレストランで朋花と食事をして、…それから、


今は、何時なのだろう。


ふと見ると、僕は、腕時計を付けていなかった。



翔五:「時計、忘れた。」


いや、そう言えば、あの白衣の女に、持ち物 一切合切いっさいがっさいを、没収されたのだった。


誰かが、行成いきなり、ベンチの隣に 腰掛けて来た。

両手には「コスタ」のグランデカップを1つずつ、



朋花:「目が覚めた?」


朋花は、僕にコーヒーを一つ、手渡した。



翔五:「ぼく、今迄…何を?」


朋花:「何なの? 昨日頑張り過ぎちゃって、記憶が飛んじゃったとか、言わないでよ。 夕べの事、全部覚えてないなんて言ったら、…許さないんだから。」


朋花は、可愛らしく微笑んで、それから、ちょっと照れ臭そうに、僕の頬っぺたにキスをする。



翔五:「昨日の事?」


何か、とても、大切な事を、僕は、忘れてしまったのだろうか?

いや、一体、僕は、「何時から何時迄」、夢を見ていたのだろうか??


目の前には、…タワーブリッジが見える。



翔五:「どうして、僕は、イギリスに居るんだっけ、」


翔五:「確か昨日まで、日本に居たはず、」

翔五:「飛行機で墜落して、朋花サンに助けられて、…」


状況を、整理しよう。

以前にも、こう言う事は有った。


僕は、何千回も「転生」を繰り返す内に、時々、夢と現実と「前世」と「今世」の境が、限りなく不明瞭になる事が有る。。。そんな風になっていた。


例えば、酷く疲れて眠りの浅くなった朝方とか、

例えば、「聖霊」に襲われて、夢を見せられている時とか、


これは、今起きているコレは、何なんだ?

まさか、この後タワーブリッジに出現する「マネキン人形」に似た「聖霊」以降のエピソードが、全部、僕の夢落ちでした、、、なんて事は、…有り得ない。



翔五:「朋花、さんは、どうして此処に?」

朋花:「ちょっと、変だよ。 大丈夫なの?」


にわかに、朋花の表情が、不安で曇る。


落ち着け、僕はさっき迄、何処に居たんだっけ? 日本? いや、フランスに居た様な気もする。 でも、フランスの朋花は、僕の事を「翔五様」とか言って、「性奴隷」になり切っていたから、多分、夢。。。


翔五:「ごめん、何だか、混乱してるみたい。」

朋花:「怖いよ。」


朋花が、コーヒーのカップを放り出して、僕に抱きついた。

僕は、無性に零れたコーヒーの事が気になって、、いや、そんな事よりも。


朋花が、僕の頬っぺたにキスしたり、こんな風に抱きついたりって言うのは、、いや、勿論嬉しいのだけれど、…とても現実とは、思えない。


これは、夢? それとも、何回か前の「前世」の記憶??



朋花:「私を置いて、急に居なくなったり、しないよね?」


朋花は、半泣きになって、震えている。

柔らかい女の身体に包み込まれて、それでも僕は、何だか妙に、冷めていて。



翔五:「朋花さん、…」

朋花:「イヤ、そんな風に呼ばないで。」


朋花:「ショウゴ、好き! どんな事でもするから、お願い、…」


朋花が、キツく、僕にしがみ付く。



朋花:「私から、離れて行かないで、…捨てないで、」


とても、不埒ふらちだが、このシチュエーションは、…


有りかも知れない。



当然、僕はアリアが大好きだ。 でも、朋花の事も、大好きな訳で、


こんなグラマー×可愛らしい、アニメのヒロインみたいな女の子に、溺愛されて、毎日羨ましい事やりたい放題な生活、、所謂「朋花ルート」攻略目前、状態?? みたいな現実も、それはそれで、…


有りかも知れない。



僕は、優しく、朋花の髪を、撫ぜてやる。



翔五:「そんな、捨てたりなんて、しないよ。」


何だか、妙な罪悪感を感じてしまう。 小市民的な、…僕、



朋花:「きっと、一寸ちょっと、疲れてるだけだよ、…帰ろう。」


僕は、朋花に肩を貸されて、立ち上がって、…


立ち眩(くら)みする!



朋花:「ショウゴ、ショウゴ!」


朋花の叫ぶ声が、聞こえる。 だんだん、…遠くなる。







意識を、失ったのか?

いや、やっぱり、あれは、…夢だったのか、


何だか、凄く、良い夢を見ていた様な、気がする。

起きてしまうのが、勿体なかった様な、さて、どんな夢だったっけ、


あっと言う間に、それは「現実」に埋れて、形を失い、記憶の棚の奥深くへと、しまい込まれてしまう。


本棚に乗せた置き時計が、カチカチと秒針を、…刻んでいた。


気がつくと、真夏のフラット(アパート)。

開け放した窓から、時折、気休め程のそよ風が、吹き込んで来る。


僕は、机に俯せた格好で、何時の間にか、転寝うたたねしていたらしい。



翔五:「暑い…」


オフィスならエアコンが効いているのだが、イギリスの一般家庭にはそう言う家電がデフォルトで存在しない。


イギリスの夏は驚くほど短いらしく、数日を我慢すれば後は日陰とそよ風でそこそこ快適に過ごせると言う事らしいのだが、


涼しげに水をむ音が、開け放たれたままのバスルームのドアから聞こえて来る、


誰かが、湯船に浸かってる?


僕は、何とは無しに、バスルームを、覗いてみる。


其処には、「僕の天使」が、湯浴ゆあみをしていた。


白くて綺麗な肌…

小柄で華奢な体つき…

細くて長い脚…

目鼻立ちのはっきりした顔立ち…

大きくて深い瞳…

柔らかそうな金髪…

ツインテール風に束ねたうなじ


そして子猫だか赤ん坊だかミタイナ甘い匂いがする…



エマ:「やぁだ、ショウゴのエッチ!」


翔五:「なんで、エマがうちの風呂に入ってるんだよ?」

エマ:「だって、暑いんだもん。」


僕は、ようやく、吃驚びっくりして、エマの裸体から回れ右して目を逸らし、



エマ:「もしかしてショウゴも一緒に入りたいのかな?」

エマ:「良いよ、おいで、洗ったげる。。」


僕の天使が、悪戯そうに笑う。



翔五:「良いって、」


僕は逃げ出す様に、居間に戻って、気をまぎらわす様に、冷蔵庫のドアを開ける。

昼真っからで申し訳ない気もするが、暑いからビールでも、、、



エマ:「駄目よ! お酒ばっか飲んじゃ!」

翔五:「なんだ、もう出てきたのか。」


僕は、それでもペローニの小瓶を一本拝借して、…エマに見えない様に栓を抜く。


何故だか、エマ、…裸にエプロン。。



翔五:「お尻見えてるよ。」

エマ:「嫌なら見なければ良いのよ。」


エマ:「私はショウゴなら別に見られても嫌じゃないけど、」


それじゃあ、じっくり「観察」させてもらおっかな、、



エマ:「お昼、おソーメンにしようか、紫蘇しそが手に入ったんだよ。」


翔五:「ふーん、…何だか、楽しそうだね。」

エマ:「えへ、…だって、ショウゴと一緒だもん。」







芽衣:「何、ニヤニヤしてんだよ、」

芽衣:「気持ち悪い奴だな。」



翔五:「えっ?」

芽衣:「女と酒飲んでて、寝落ちするなんて、有り得ねえよ、」



翔五:「えっ??」

翔五:「って、お前、…芽衣、…さん?」


いつの間に、こんなに、逞しく、野性的になられて、

て言うか、此処は、何処??


場末の酒場?

セピア色の背景?

だんだん、場面が適当っぽくなって来たゾ?


壁にかかった大きな古時計が、ガチガチと刻を追いかける。


そろそろ、真剣に、この状況と、…向かい合おう。



翔五:「あの、貴方は、現実? それとも、夢?」

芽衣:「何だよ、これまで、何回慰めてやったのか、もう忘れちまったのか?」


芽衣:「何なら、もう一回思い出させてやろうか?」


確か、膝枕してもらった、様な、…気がする。



芽衣:「どうせ、エロい夢でも見てたんだろ。」


否定はしないが、…そんな事よりも。



翔五:「どうして、お前は、そんなに、…すさんでるんだ?」

翔五:「どうして、此処は、こんなに、…乾いてるんだ?」


芽衣:「なあ、お前さあ、俺達が、本心から、ヘラヘラ笑ってたとでも、…本気で、思ってんのか?」


芽衣は、僕の事を見ようとしない。


アルコールなんて飲めない筈の彼女の手には、既に空になったウィスキーのグラス。



芽衣:「お前さ、あの、ローマの、サンピエトロ大聖堂の塔の天辺てっぺんで、なんて叫んだか、覚えてるか?」



僕は、何も言えなくなる、…

僕は、息も出来なくなる、…



誰よりも、何よりも傷つき続けて、怖い思いをし続けて、辛い思いをし続けて来た、彼女達が、平気じゃない事くらい、…判っていた筈なのに。


僕の事を励ます様な笑顔の奥には、自分の死と、宿命と、先の見えない無限地獄に怯える厭忌えんきの渦が、渦巻いている事くらい、…っくに知っていた筈なのに。


そんな本心を聞いてくれと、あの日叫んでいた、彼女達の声を、本当に、僕は、…聞いていたのか?


それに対して、僕は、一体、何と答えたんだ?

どう、報いて来たのだ?


いや、僕は、あの日、自分が、なんて叫んだのかすら、…覚えていない。


何時の間にか、僕は、ぼろぼろと涙を零していた。


恥ずかしくて、もう、此処には留まれない。

でも、芽衣を、此の侭には、して置けない。



芽衣:「もう、疲れたよ。」







翔五:「僕には、償う事が、出来るだろうか?」


もはや、背景は、白、一色だった。

あの、フォロ・ロマーノの、塩の台地の様な、真っ白な地面に、真っ白なベンチが一つ。


其処には、濡烏の髪の美女が、脚を組んで座っていた。


ちなみに、僕は、瑞穂の前で、…地面に正座していた。



瑞穂:「誰に償うつもりなの?」

瑞穂:「出来もしない事を悩むのは止めなさい。」


瑞穂:「そんなあわれな可哀想な草食動物の振りをしても、私は慰めてあげないわよ。」


僕は、上目遣いに瑞穂を、恨めしそうに、睨む、



翔五:「けち、」


瑞穂:「アンタねえ、饒舌じょうぜつなエマとか、昼メロな朋花とか、ヤサグレた芽衣が出て来た時点で、おかしいって気付きなさいよ。」


翔五:「気付いてたよ。 でも、」

瑞穂:「でも、何よ?」


翔五:「あの、夢には、何の意味が有るんだ?」

翔五:「それで、お前も、僕の夢なんだろう?」


瑞穂:「そうね、夢ね、アンタは、ずっと、夢の世界を彷徨さまよってる。」


翔五:「何時から?」

翔五:「何処迄が現実で、何処からが夢なのか、判んなくなっちゃった。」


瑞穂:「アンタに判んないモノが、私に判る訳無いでしょう。」


翔五:「どうすれば、夢から目が覚めるのかな。」


瑞穂:「ソレも大事だけど、先ず確かめないとイケナイのは、如何どうして此処に居るのかって事よ。」


瑞穂:「最悪は、既にアンタは「メルカバー」に掴まっていて、「呪文」を探り出す為の何かの術を掛けられてるってパターンね。」


僕は、首から下を全部切り落とされて、機械で生かされていた時の自分の姿を思い出す。 例えば、フォロ・ロマーノの戦いで、実際に僕がメルカバーに拉致されて、そのまま囚われ続けていたとしたら、その可能性は大いにある。



瑞穂:「でも、貴方が、自ら望んで、此処に来たっていう可能性も有る。」


翔五:「どうして、?」

瑞穂:「望んで来たとしたら、貴方には何か目的が在った筈よ。」


目的、…



翔五:「僕の目的は、みんなが、幸せに、笑って暮らせる「世界」を護る事。」

瑞穂:「そう、」


翔五:「その為には、僕が持っている「呪文」をどうにかしなくちゃイケナイ。」

瑞穂:「そう、」


翔五:「僕みたいな弱い「人間」じゃなくて、もっと安全な場所に隠さなきゃならない。」

瑞穂:「そう、」


翔五:「ソレが出来るのは、「神様」だけだ。」

翔五:「僕は、もう一度、「神様」に会わなくちゃならない。」


瑞穂:「そう、」


翔五:「だから、その為には、「前世」で、僕がどうやって「神様」に会ったのか、その方法を「思い出さなきゃ」ならない。」


瑞穂:「そう、」


僕は、そっと目を上げて、瑞穂を見る。


瑠璃色がかった濡烏ぬれからすの髪、芯の強そうな眼差し、華奢スレンダーで黄金比なスタイル。神の贔屓ひいきとしか思えない美貌。 そして どこか人の心を惹き付けて離さない不思議な匂いがする。


瑞穂は、優しい眼差しで、じっと、僕の事を見詰めていた。



瑞穂:「それで? 思い出したの?」

翔五:「いや、そうじゃないけど。」


僕は、どうしたって、この女の事が、愛おしくて、堪らない。

僕の「動機づけ」としては、もう、それだけで、…十分だった。



瑞穂:「ナニ? まさかアンタ、夢だからって私に、変な事しようとか、思ってないでしょうね?」


翔五:「してないよ。」


瑞穂:「そう言う事は、目が覚めてから、現実の私にして上げなさい。」


そして、彼女は、ベンチから降りて、

僕の肩を抱いて、…頬を重ねる。


彼女の心臓の鼓動が、時を刻む秒針の様に、僕を、次の段階へと、誘う。



瑞穂:「翔五、好きよ。」

翔五:「知ってる。」







また、夢が、…変わった? 


僕は、再び、夢の中で、…目を覚ます。


何だか、イギリスの田舎の、田園風景みたい。

羊達が放牧されている牧場、教会、レンガ作りの塀、


そして、現れる、濱平万里ワイルドキャット



翔五:「やあ、探したよ。」

万里:「しょうが無い奴だな、全く。」


翔五:「これは、夢なんだろ。」

万里:「ああ、…」


万里:「俺の夢の中だ。」


万里は、芝生の上に寝転んでいる僕の隣に来て、…腰掛けた。



万里:「お前が、考えている事は、判る。 此処は、俺の夢だからな。」


翔五:「お前達、審神者さにわは、こうやって、夢を使って、神や、他の人間達と「精神感応テレパス」するのか?」


万里:「一寸違うな。 人間の「魂」は、元々「一つ」なんだ。 アリ塚の蟻達が全部で一つの生き物なのと同じ様に、粘菌が集合体で組織として動くのと同じに、人間も、所詮は、全部で一つの生き物なのさ。」


万里:「元が根っこの処で繋がっているんだから、解り合えるのは、…当然の事だ。」


万里:「俺も、ずっと、長い間、忘れていたけどな。」



翔五:「力を、貸して欲しい。」

万里:「お前のやり方じゃ、奴等は、納得しないと思うぜ。」


翔五:「それでも、僕は「世界」を救いたい。」

翔五:「お前も、ひっくるめてな。」


万里:「ああ、知ってるよ。 それが、…星田翔五だ。」







それから僕は、…目を覚ます。


此処は、セーヌ川のほとり、チュイルリー公園

その、中央の通りから外れた、木立の陰の、ひっそりとした芝生の上、


僕は、朋花の膝枕の上で、ずっと眠っていた。


朋花の腕時計の秒針の音が、しっかりと、僕の意識を手繰り寄せている。


そして、小さな銀色の髪の女の子の形をした「聖霊」が、僕のオデコに掌を当てている。


朋花は、何時でも、その「聖霊」を殺せる様に、…

周囲に無数の「魔法陣」を展開していた。



朋花:「殺す?」


赤い、魔法陣が、ゆっくりと回転しながら、「聖霊」に向けて、必殺のプラズマの矢を照準する。



翔五:「駄目だ。」


僕は、ゆっくりと、そっと、


銀色の女の子の形をした「聖霊」の、小さな掌を取って。

優しく、…握りしめる。



翔五:「有難う。」

翔五:「君のお陰で、友達に会う事が、出来たよ。」


僕は、朋花の膝枕から起き上がり、

女の子の「聖霊」と掌を合わせて「会話」する。


この「聖霊」達には、悪意も、善意も無い。

ヒトの心に反応して、思いを投影する。


ヒトが「恐れ」れば、「聖霊」も怯える。

心を穏やかにしていれば、決して「襲って」は来ない。


やがて女の子の「聖霊」は向きを変えて…再び、「黄昏の公園」を徘徊しはじめる。



朋花:「上手く行ったの?」

翔五:「ああ、」


朋花も、ずーっと膝枕の格好で、…

しかも何時、僕を救う為に「力」を発動しなければならないかと、ジリジリ緊張し続けていた訳で、…


漸く開放されたって事で、何故だか無防備に、…ストレッチに興じる。


モロモロ強調された身体のラインとか、深い胸の谷間とか、見えそで見えない股間とか、、



朋花:「…ん?」


僕は、思わず、赤面しつつも、…やはり、男のさがだから、

どうしても視線が、…がせない訳で。



翔五:「一応、念の為に、確認するんだけどさ、…」

朋花:「なに?」


翔五:「貴方は、、どのタイプの「朋花サン」?」


朋花:「うん?…??」


モデル体型のアイドル顔が、不思議そうな顔で、…小首をかしげる。

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