エピソード33 「僕は拗ねて美女は体育会系のノリで青春する」

「時」を引き連れて、次々と車窓が流れ去る。


僕達は今、ヴェネチアのサンタルチア駅から

ローマのテルミニ駅に向かう、列車の旅の途中だった。



僕の隣の席では、エマが眠っている。


僕は、エマに気付かれない様に、…

赤いヴィクトリノックスのナップサックから二通の封筒を取り出した。


別れ際に、千乃さんが僕に手渡した手紙である。

一通は僕へ、一通はエマに、宛てられたものだ。




僕は、…躊躇ためらっていた。


僕は未だ、数年前にエマの身に置きた不幸な経緯を、

自分の事として受け止められずに居る。


今、僕の隣で眠るエマの姿形は「磐船エマ」という少女のモノ。

しかし、エマの身体に宿っている「心」と言うか「人格」は、…「磐船エマ」とは別の「リョーコ」と言う名の「水の聖霊使い」のモノなのだと言う。


かつて、「リョーコ」は、トリアーナの発掘の最中に事故に遭い、トリアーナに触れて「聖霊の卵」に戻ってしまった。


エマの母親と磐船エマは「水の聖霊使い」を復活させる為に、「磐船エマ」の命と身体を「水の聖霊使い」に与えたのだ。


「リョーコ」の「記憶」と「心」は、新しくエマの身体に宿って復活したが、…自ら犠牲になった「磐船エマ」という女の子の「心」というか「魂」は、…失われてしまった。


自分の為に他の誰かが犠牲になった事に、深い悲しみを抱く彼女に、

エマの母親がエマに託した手紙を、…僕は手渡すべきなのだろうか。




そして、僕は、…躊躇する。


「磐船エマ」がそんな無茶な事をしでかしたのは、誰でもない星田翔五、この僕の為だったのだ。 勿論、今のこの僕ではなく、「前世」の「世界を救う為に戦っていた星田翔五」の為なのだが、…同じと言えば、同じ事である。


少なくとも今の僕に、他の誰かが人生を差し出す程の価値が無い事は、この僕自身が一番よく、…判っている。


今の僕には「世界を滅ぼす呪文」も、その「呪文」を狙って来る ディビットとか言う強力な「聖霊使い」との戦いに望む自覚も無い。 エマの母親が自分の娘を差し出して迄 僕に託した想いを、僕には受け取る覚悟が無い。


エマの母親が僕に託した手紙を、…僕は開封すべきなのだろうか。



このままでは「磐船エマ」の「心」は犬死にである。







車両連結部の自動扉が開いて、

芽衣が、照れ笑いしながら近づいて来た。



芽衣:「翔五、何か飲む?」


芽衣は、両手に、何本かのソフト・ドリンクのペットボトルを抱えている。



芽衣:「コーラか、ファンタしか無いけど、」

翔五:「じゃあ、ファンタ・レモーネもらって良いですか。」


僕は、手紙をナップサックに戻しながら、

トランジスタ・グラマーな年下の先輩に…微笑みかける。



芽衣:「あっ、…やっぱコッチとる?」


何故だか、芽衣、ちょっと赤くなって、、



芽衣:「…半分こ、せえへん?」


翔五:「それじゃあ、僕コーラで良いですよ。」

芽衣:「あっ、ええねん、チョット味見してみたいだけやから、」


何故だか、芽衣、ちょっと赤くなって、、、



芽衣:「…一口だけ、くれへん?」





と、…再び、客車の連結部の自動扉が開いて、

今度は、二人の凸凹コンビが、僕の前迄来て、…立ち止まった。


見上げると、…


オールバックで、小柄な、ヘソ出しルックの 猫目女と、

赤毛で、大柄だけど妙に腰が低くて…気の弱そうな、お姉さん?


大柄お姉さん、軽く手を振りながら、…必死に愛想笑いする?



猫目女:「I don't want to battle in the train.(列車の中で、やり合うつもりは無いよ。)」


翔五:「えっと、…あっと、…what?(なに?)」

芽衣:「……、(汗!)」


僕は、行成(いきなり)りの敵の出現、…に気付くよりも何よりも、

行成りの英会話に、…焦りまくる、、、



猫目女:「Although I say,(言っておくけど、)We aren’t so irrational as an unrelated person is allowed to be involved in a disaster.(無駄死にを出す程、僕達は 非常識じゃないわ。)」


猫目女:「Wherever you may escape, I want you to know that it is useless.(何処に逃げても、無駄だって事は、知っておいてもらいたくってね、)」


翔五:「はあ、、、」


早口過ぎて、何言ってんだかさっぱり判らない。。

やはり、聞き返すべきだろうか、…

ここは、聞き返すべきだよね、…



猫目女:「Let's meet in Foro Romano at 24 Oclock the night on Friday one week after.(一週間後、金曜日の夜24時、フォロロマーノで会いましょう。)」



翔五:「あーはぁん?(何か解ったか解ってないか解らない生返事…)」

瑞穂:「I understand.(判ったわ、)」


振り返ると、何時の間にか、僕の席の直ぐ後ろに、…

瑞穂が立っていた。



猫目娘:「Then, Please enjoy the Rome sightseeing leisurely till then.(それじゃ、それまでのんびりローマ観光でも楽しんでね、)」


瑞穂は、背中を見せて歩き去る小柄な猫目女と大柄の赤毛女を、…無言で見送る。


大柄お姉さん、他の乗客の通行の邪魔になって、…きょどきょど頭を下げる。





翔五:「もしかして、…今のが、敵の「聖霊使い」?」

瑞穂:「そうね。」


瑞穂はチョット困った風に、口をへの字に曲げる。



翔五:「結局、あっさり見つかっちゃったみたいだけど、放っておいて大丈夫なのかな?」


瑞穂:「彼女達は只の「戦闘員」よ。今此処で彼女達を叩いても、直ぐに代わりの刺客が来るだけだわ、」


瑞穂:「ソレよりも、今は「時間」を貰える方が有り難い。一週間あれば、もしかすると、間に合うかも知れないし。」


翔五:「間に合う?」


恐らく、千乃と瑞穂が話していた、もう一つの「聖霊殺しの武器」の事に違いない。



瑞穂:「それに、夜の24時なら、アリアの力を借りる事も出来るしね。」

瑞穂:「覚悟を決める時かも知れないわね。」


瑞穂の声は、依然、りんとして覇気はきあふれていたが、


僕を見つめるその瞳には、今にも泣き出しそうな、隠し様の無い不安が、

手に取るように…こぼれ出している。




「私と一緒に戦って、」…あの日瑞穂は、僕にそう、告白した。


でも、これは、彼女の戦いなのだろうか?

どうして瑞穂に、戦わなければならない理由が、有るのだろう?



「僕と一緒なら戦える、」…あの日瑞穂は、僕に、そう告白した。


でも、これは、きっと僕の戦いに違いないのだ。

僕には、僕が忘れてしまった、何か重大な理由が、有った筈なのだ。



僕は、瑞穂の、喉元のどもと迄 出掛った弱音を抱きしめてあげたくて、…

そっと彼女の手に触れて、


瑞穂は、少しだけ照れ臭そうに微笑みながら、…

そっとその手を引いた。







ローマ


神話・伝説にどれ程の重要性があるのかは不明だが、…

ローマを建国したのはロムルスとされている。


元々ロムルスはレムスと言う弟と双子だったのだが、建国に当たって、パラティーノの丘にローマ城壁を築くのが良いとするロムルスと、アウェンテヌスの丘にレモラ城壁を築くのが良いとするレムスとの間で喧嘩になって、結局レムスは殺されてしまう。


そういう経緯でローマは誕生した訳だが、…

そもそも此の双子の兄弟が新しい国を作ろうとした切っ掛けは、赤ん坊だった自分達を殺そうとした大叔父、アルバ王アムーリウスを彼らが討ち滅ぼしたからだ。 もう少し言うと、アムーリウスにはヌミトルというアルバ国の正当伝承者たる兄がいたのだが、ロムルスとレムスがアムーリウスを打ち倒した際に、追放されていたヌミトルを開放してこの双子の祖父をアルバ国王として復権させたから、…とも言える。


処で、この双子には壮大?な「曰く」が付き纏っている。

発端はトロイの木馬に迄遡る、、のはさて置くとして、…ヌミトルがアムーリウスに失脚させられた辺りから話をすると、当然ヌミトルの正当後継者がアルバ王国の王位を奪還する事を畏れたアムーリウスは、さっさとヌミトルの息子を殺害して、一人娘のレア・シルヴィアは(恐らく惚れていた為か殺害はせずに情けをかけて)、一生処女でいる事を義務付けられていたウィスタの巫女へと仕立て上げた。 ところが、シルヴィアは処女の掟も何のそので、早々に軍神マルスとエッチして双子を身籠る。 コレがロムルスとレムスである。 当然アムーリウスは双子の殺害を命じた訳だが(この時もシルヴィアは幽閉するだけで見逃している、余程惚れていたのだろう)、赤ん坊を殺すのは忍びないと思った兵士が双子を籠に載せてティベレス川に流し。 流された双子は程無く「川の聖霊」に救われて、何故だか「狼」に預けられ、「狼の乳」を飲んで逞しく育ってしまう。 その後双子は逞しい「羊飼い」に成長する訳だが、ある日レムスはアムーリウス軍の兵士と揉め事を起こして捉えられ、尋問される内に自分達の本当の素性を知る事になる。 そして、レムスを奪還する為に乗り込んで来たロムルス率いる羊飼い軍団が、とうとうアムーリウス軍を退けて、大叔父アムーリウスを討ち取る。。。という顛末なのである。


まあ、そうこうローマ神話を眺めている内に、


僕達を乗せた列車は、無事、テルミニ駅へと、…到着する。







朋花:「本当に、遊んで来て良いの?」


テルミニ駅近くのホテルのロビーで、チェックインの手続きを待っている間に、…突然、瑞穂が「休暇」を提案して来た。



瑞穂:「ええ、「敵」が指定して来た日時迄には、未だ一週間有るわ。 今日と明日の2日間は自由行動にするから、リフレッシュして頂戴。」


翔五:「でも、奴等の言う事を信用して、…本当に大丈夫なのか?」

瑞穂:「翔五サン、一つはっきりと解っている事があるの。」



そしていつもの事ながら、…

瑞穂は、重大事をいとも あっさりと、…


暴露する。




瑞穂:「「聖霊」は絶対に嘘をつかないのよ。」


翔五:「いや、…





…何、その設定?」



朋花:「じゃあ、瑞穂ちゃん、スペイン広場行こう! それから、コロッセオ!」

瑞穂:「悪いけど、私は、一寸ちょっと考え事したいから、ホテルに残るわ。 貴方達だけで楽しんで来て。」


瑞穂、代表者のパスポートチェックと、契約書にサインしながら、、、



瑞穂:「朋花、夜のレストランの予約だけ、お願い出来るかな。」

朋花:「了解!」


何故だか、慌慌アワアワする芽衣の腕を、朋花が掴んで離さない。



朋花:「芽衣ちゃん、ほら、行くよ!」


どうやら一緒に連れて行く気満々、…らしい。



朋花:「翔五クン、そろそろ現金キャッシュが尽きて来たんだけど、一緒に行って下ろしてくれる?」


翔五:「判りました。」


芽衣が、僕も一緒について来ると知って、ちょっと…ホッとしてる?







僕達の活動資金は、世界統一政府の「黒いキャッシュカード」に頼っている。(エピソード7参照)


上限無しで使い放題のカードなのだが、世界統一政府とディビッドが裏で交尾つるんでいる事を考えると、止められないのがチョット不思議だったりする。



僕は、テルミニ駅の銀行で5000ユーロを引き出して、

朋花と芽衣に1000ユーロを渡す。


それから自動販売機で地下鉄の一日券を買って、

連れ回されるままに、…まずはA線に乗ってトレビの泉へ、



翔五:「地下鉄は、ロンドンもローマも大して変わんないですね。」

朋花:「ローマの地下鉄はスリに注意よ! 知り合いの小説家はカーゴパンツの太股のジッパーを開けられそうになったって…言ってたわ。」







Barberini駅で降りて、暫く歩く。

街並も何と言うか、ロンドンと違って明るい? 陽気?



朋花:「知ってる? コインを肩越しに、後ろ向きに投げるんだけど、…


一枚だと、もう一回ローマに来る事が出来る。

二枚だと、愛する人と一緒になる事が出来て、

三枚だと、飽きた恋人と別れる事が出来るんだって。」



芽衣:「翔五、アンタ何枚投げんの?」

翔五:「一枚ですよ。」


翔五:「また。無事に、ココに戻って来れます様に。」






朋花:「翔五クン、ジェラート食べよう!」

芽衣:「美味しそう! 私レモーネ!」


女性陣、トレビの泉の直ぐ目の前の、ジェラート屋に直行!

先ずは、レジでサイズを言って、チケットを買う。



朋花:「メディオ? 真ん中の奴、」

芽衣:「ミー、トゥ(私も)、」


それからカウンターに並んで、カップかコーンか、アイスの種類はナニにするかをオジさんに伝える。



朋花:「えっと、なんて読むの? コレ、」


ピンク・グレープフルーツらしいのを選ぶ。



オジさん:「Cup? Or Cone?(カップにする? それともコーン?)」

朋花:「Cone(コーン)!」


気がつくと、エマ、

何時の間にかピッコロ(一番小さいサイズ)のコーンを4つも注文している…



翔五:「どうすんだよ、こんなに買って。」

エマ:「ショーゴが持つの、」


オジさん、思いっ切りねくり回して、…いい感じに空気と混ざったジェラートを、コーンに特盛、、、、可愛い女子には、サービスしてくれる…らしい。




朋花:「冷たくて生き返る〜。」


僕達は、店の外の日陰にたむろって、…暫し本場のジェラートに舌鼓!



芽衣:「美味し〜、」


処で僕は、両手にエマのコーンを3つも持たされているから、当然…

食べられない訳で、、、



翔五:「エマ〜、これ食べても良い?」

エマ:「駄目ー、」


エマは、4種類のジェラートをかわがわる口に運ぶ、

チョット、元気出た?のかな、… 僕は、少しほっとする。




芽衣:「ウチの食べる?」


芽衣、自分のレモーネをスプーンですくって、…



翔五:「良いんですか?」


芽衣、ちょっと照れ笑いしながら、…僕の口にスプーンを押し込む。



芽衣:「どう?」

翔五:「美味しい…!」


芽衣、そのままスプーンを舐めて、ちょっと、…照れてる。







それから、再びプラプラと散歩しつつ、スペイン広場へ。



翔五:「結構、…遠い。」


僕は、階段に腰掛けて、そのまま…ごろんと仰向けに寝転がる。

エマは、僕と並んで、チョコんとお行儀良く座ってる。


芽衣は、広場の下に有る噴水で、…水をすくって涼んでいた。



朋花:「だらしないなぁ。」


振り返ると、朋花が一段上に腰掛けて、…

膝を立てて、更に…頬杖ほおづえ?付いて、僕の事を見下ろしている。


いや、人の事をだらしないと言う前にだな、…



翔五:「朋花サン、」

朋花:「何だい?」


僕は、思わず、赤面しつつも、…やはり、男のさがだから、

どうしても視線が、…がせない。



翔五:「パンツ、…見えてますよ。」




朋花:「…エッチ。。。」


アイドル顔のモデル体型美人が悪戯そうに、…僕の顔をニヤニヤ眺めてる。







男1:「君達、何処から来てんの?」

男2:「どこのホテル?」


噴水の前では、芽衣が、…ナンパされていた。

相手は陽気なイタリア人かと思いきや、…バリバリの日本人。


流石に夏休みの観光シーズンだけあって、辺りには日本語や中国語、それに韓国語が飛び交っている。 かなりオノボリサン的に…行儀ぎょうぎが悪い、



芽衣:「いや、…あの、」


タジタジになって照れている芽衣も、ちょっと可愛い。



朋花:「良いなぁ〜、私、あんな風に男の子から声かけられた事無いんだぁ。」


翔五:「意外、…でもないですね。 朋花サンて、ちょっと住む世界が違い過ぎて、声かけづらいんですよ。」



朋花:「どう言う意味よぉ…」


膨れっ面したアイドル顔は、確かにスクリーンの向こう側のモノだ、




芽衣:「ほら、此の人達と一緒やから。」


芽衣、僕達の所まで逃げて来る。


日本人のどうやら学生達、しつこく付き纏って来て、…

朋花とエマの姿に感動する。


おそらく、僕の事は、眼中に入っていない、…




男1:「おおおお、…お姉さん! 是非!僕達と、お茶しませんか?」


なんか、妙に興奮?…してる??

お茶って?…昭和か??



朋花:「翔五クン、…どうするぅ〜?」


モデル体型のアイドル顔、何故だか僕の顔を見て、

思わせぶりに、…ニヤニヤ、



翔五:「じ、自由行動ですから、…好きにすれば良いんじゃないですか?」


よく見ると、結構なブランド品に身を包んだ、

ソコソコ整った感じのイケメン大学生? 或は、新社会人?


何だか根拠レスな、やる気と元気に、…溢れている。


芽衣、困ったミタイな事を言いながらも、…結構満更でも無い風に、照れてる?




翔五:「僕、先に帰ります。」

翔五:「エマ、帰ろ。」


僕は、大人げなくムッとして、お尻の埃を払いながら立ち上がる。



芽衣:「だから、翔五ぉ、あんたがひがんでどないスンの。」

芽衣:「悪いけど、うち等この人と一緒やから、他当たって。」



男2:「彼、帰っちゃうみたいだし、…」

男1:「観光地の情報交換も出来るし、近づかない方が良い危険なトコとか教えて上げられるし…」


男2:「昨日、凄い面白い店見つけたんですよ、料理もワインも最高で…」


アタリとアワセのタイミングを探る様に、…

男達のサソイが多面的に積極性をアップしていく。



朋花:「芽衣ちゃん、ちょっと、遊んじゃう?」

男1:「本当っすか!」

男2:「あざーす!」


芽衣:「朋花サン!ってばぁ〜!」


何時の間にか、ごくごく普通な事の様に、

世の中には、楽しそうな「場」が、出来上がって行く、


僕は、その中に入って行くのが、コテンパンに、…苦手だ。







翔五:「駅って、どっちだっけ?」


僕は、瑞穂が設定してくれた海外旅行用のブースターでスマホをネットに接続すると、地図機能で現在地を確認、…最寄りの駅を検索する。


エマが、ちょっと困った顔で、じっと僕の事を見詰めていた。



翔五:「ドッカ、行きたいとこ、有る?」


エマは、フルフルと首を横に振る。


やっぱりチョット、…元気が無いミタイ。



でも、

僕には、エマになんて声をかければ良いのか、…判らない。


エマが、どうすれば喜んでくれるのか、

エマが、どうすれば元気になってくれるのか、

エマの為に、僕にナニが出来るのかが、…


判らない。



翔五:「帰ろっか、」


エマは、僕の事を見上げて、黙って頷く。



芽衣:「ちょっと、待ってーや、」

朋花:「芽衣ちゃん、ごめーん、冗談だってばぁ〜!」


芽衣達が、ナンパを振り切って追いかけて来る?



芽衣:「アンタ、ちょう、ひどない? 置いてけ堀にする? 普通??」


翔五:「だって、…声掛けられたの先輩だし。邪魔したら悪いかなって、」



僕は、不意に瑞穂の言葉を思い出す。


…芽衣が好きな人って、アンタの事よ。

…芽衣やエマへの言動には、注意しなさい。

…彼女達を傷付ける様な事をしないで。


本当に、そんな事が有るのだろうか。



芽衣:「あんな人らに付いて行く訳ないやろ。ウチは、アンタの…」


其処で、芽衣の言葉が、…途切れる。





僕は、立ち止まって、恐る恐る芽衣の顔を、上目遣いに、…伺う。


自分でも気付かない内に、唇を、…噛み締めていた。



芽衣も、…エマも、…朋花も、…

僕の為に「聖霊使い」になって、何だか「人外」みたいになって、


痛い事や、苦しい事や、悔しい事や、恥ずかしい事やを、無理矢理やらされて、


本当は、もっと出来た筈の普通の青春とか、普通の恋愛とか、

そんなモノを全て犠牲にして、



こんな僕と、世界を滅ぼすとか言う 嘘くさい「呪文」を護らされて、



一体誰に、僕は、憤懣ふんまんをぶつければ良い?

一体誰が、彼女達の恨みを、受け止めれば良い?



どんなに彼女達が全てを投げ打ってくれても、

どんなにエマが可哀想だと思っても、…

どんなに瑞穂の力になりたいと思っても、…

どんなに芽衣や朋花に申し訳ないと思っても、…


今の僕は、一人のとるに足らない人間だ。

特別な力も、特別な志も、持ち合わせてはいない。


僕の心は、っくの昔に折れていて、

痛みや、屈辱の記憶と一緒に、戦いの覚悟も、肝心の「呪文」さえも、投げ出してしまっていて、


何一つ残っていない、今の抜け殻の様な僕は、…

彼女達に護ってもらうことしか出来ない僕は、…



翔五:「僕は、先輩の、…何なんですか?」

芽衣:「えっ?」



翔五:「僕は、先輩に、…何をしてあげれば良いんですか?」

芽衣:「ナニ、…言うてんの。」



芽衣が、真っ赤になって、僕の事を、凝視する。



翔五:「僕には、…僕は、…どうすれば良いの?」


エマが、うつむいた僕の顔を、心配そうに覗き込む。




そして、不意に僕は…理解する。


そんなに奇麗事じゃない そんなに被害者面じゃない、

もっと、鳥肌が立つほどに、汚く腐りきった自分の本音を、…思い出す。



僕は、…ただ、「大変だよね」、「可哀想だね」、「辛いよね」って、同情してもらいたいだけなんだ。 解った振りをしてもらいたいだけなんだ。


皆の不幸は、皆の苦痛は、…「貴方の所為じゃないよ」、「貴方が悪いんじゃないよ」って、慰めてもらいたい、…だけなんだ。





なんて僕は、気味の悪い人間なんだ。



翔五:「御免なさい、…帰ります。」







朋花:「翔五クン、…」


朋花が、少し寂しそうに目を伏せて、



翔五:「えっ、」


僕の頬に、…行成いきなり!!




鈍い音:「バッチん!!!」


右ストレート、…一発!!!!!!




芽衣:「ひっ!」



僕は、平衡感覚を…失って、


フラフラと、石畳に、…ダウンする。




朋花:「体育会系気付クスリよ!」

朋花:「いいわ、ハッキリさせましょう。」


朋花が、仁王立ちになって、僕の事を、…見下ろしている。



朋花:「でも、こんな地下鉄の入口じゃだよね、ムードないモノ。」


朋花:「よし!サン・ピエトロ寺院に行きましょう!」

朋花:「彼処あそこの塔の天辺てっぺんで、皆が思ってる事を告白するの!」



芽衣:「ナンなんですか、それ、」


朋花:「芽衣ちゃん、要するに、みんな胸の内につっかえてるモノが有るって事だよ。 こんな気分のままじゃ、…はっきり言って、翔五クン、」


朋花:「貴方を護る気になんて、なれないわ!」




芽衣:「朋花サン」

翔五:「……、」


僕は、一番言って欲しかった言葉を聞いて、…




ジワジワと、涙が溢れてくるのを、…止められない。




朋花:「翔五クン、私達は何なの?」


朋花:「友達?仲間?なんだかよく判んないけど、一緒に何かしようとしてる事は確かだよね。」


朋花:「…だったら、悩んでる事、教えてよ。 それで、私の事も、聞いてよ。」


朋花:「私は、貴方の本当の気持ちが知りたい。それで、私の本当の気持ちも知ってもらいたい。」





朋花:「じゃないと、もう…」


モデル体型のアイドル顔が、…ニヤニヤと、




朋花:「…見せてあげないゾ!」


僕の顔を、…見つめている?




翔五:「…わ、…かりましたよ!!」


僕は、涎を拭きながら、…立ち上がる!




何だか有耶無耶うやむやの内に!…焚き付けられてる?!

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