エピソード32 「その日僕は美少女の秘密に触れてしまい」

凍結したスプリンクラーの配管は放水を諦めて、

天井に堪った水滴がポタポタと床に零れ落ちてくる。


両足を銃で撃たれて、うつぶせに床の泥を舐めていた僕は、…

漸くエマの介添えで、ベッドの残骸にもたれかけさせてもらった。



エマ:「ショウゴ、大丈夫?」

翔五:「ありがと、少し、…楽になった。」


当然、嘘である、依然痛くて堪らないのだが、何故だか、…

コノ子の前では、チョット格好を付けたくなってしまうのだ。





一方で、ビショビショに濡れた濡烏の美女とモデル体型のノーブラ・アイドルは、…何やら空中に漂うオーロラの様な物を観察していた。


よく見ると、そのフワフワと空中を漂うオーロラの中心部には、キラキラ輝くちっちゃくなった「火の玉坊や」が浮かんでいて、…


やがて「火の玉坊や」達は、再び周りの空気を巻き込んで、ポッポッと発熱を再開しはじめる。



瑞穂:「シブトイわね。」

朋花:「どうしよう…、」

瑞穂:「全く、自分で付けた火の始末も出来ないなんて、厄介な能力ね、」



瑞穂:「エマ、貴方の力で消せないかしら。」


ビショビショに濡れた金髪の美少女は、すくっと立ち上がり、

彼女が空中に向かって可愛らしい掌を差し出すと、…巨大な黒い魔法陣が出現!


中から、凶悪な巨大マタマタにも似た「エマの聖霊」が首だけを出して、

造作も無く、火の玉小僧達を、…

一飲みにした。



半透明のマタマタの体内に取り込まれた火の玉小僧達は、

ゆっくりと闇の底へ咽下されながら、線香花火の断末魔みたいに、寂しげに、…

輝きを失って行く。




瑞穂:「ありがと、」


朋花:「すごーい、エマちゃん、今の何?」

瑞穂:「実体化したエマの「聖霊」よ。 タワー・ブリッジで見たでしょ。」


朋花:「私にも出来る?」

瑞穂:「アンタには「火の玉小僧」が居るじゃない。」


朋花:「私も大っきいのが良い、大っきいのが欲しいよぉ〜。」

瑞穂:「先ずは、チッチャイのを使いこなせる様になりなさい。」





着ていたモノが焼け落ちて、殆ど素っ裸になった状態の芽衣が、心配そうに僕の傍に寄り添って来る。 しかも両手を後ろ手に拘束されている訳で、、、これって、…良い、…いや駄目だろ、…いや、何と言うか、…僕はどうしようもなく目が白黒してしまう。



翔五:「先輩、…何か服、着て下さい。」

芽衣:「ソレどころや無いやろ、アンタ、大丈夫なんか?」


小柄ながらに結構メリハリのある体育会系OLの曝け出された胸の膨らみとか、一応キツく閉じられてはいるもののクッキリと目に映えてしまう意外にコジンマリ手入れされたおへその下の茂みとか、が、当然僕を、…大丈夫じゃない状態にしてしまう訳で。。。





ホテルの従業員と消防隊が火元の確認に奔走しているらしい。

直ぐに、此の部屋にも駆けつけて来るに違いなかった。



瑞穂は、とうとう観念したらしいギスギス女の前に、…仁王立ちする、


ギスギス女は、潰された両手をフルフル痙攣させながら、…

壁にもたれ掛かって、床に座り込んでいた。



瑞穂:「どうやって、私達の場所が分かったの?」


ギスギス女は、最後の抵抗を試みる様に、…瑞穂を睨め付ける。



蟷螂:「なんで教える必要がある。」

瑞穂:「いいわ、コッチのヒトに聞くから。。」


瑞穂、あっさりと諦めると、ツカツカと兵士5の前に、



兵士5:「ひぃいい、こ、ないでぇ…」


兵士5の両足は、完全に冷凍マグロ状態で、床と一体化していたのだが、

瑞穂から逃れようと、上半身を捻った、その瞬間…



兵士5の股関節辺り:「ぼキっ!」


化学防護服の内側で、

何だか砕けちゃ行けないモノが砕けちゃった様な音が、鈍く…響く。



兵士5:「あああっ…!」


ショックは、相当デカいが、

幸いかな、痛みは、…それ程感じてないらしい。



瑞穂:「貴方、生き残りたい?」

兵士5:「助けて、くだ、…さい。」


兵士5、泣き吃逆しゃっくりが、止まらない。



瑞穂:「じゃあ、どうやってこの場所が分かったのか、教えてくれるわよね。」


兵士5、ブルブル震えながら、…僕の事を、指差す。



兵士5:「発信機、…その、男、に、埋め…込んだ。」


蟷螂:「ちっ!」


ギスギス女が舌打ちし、



朋花:「あっ…、」


僕は、アイドル顔のテヘペロ!をハジメテ、実際に、此の目で、目撃する。



瑞穂:「あっ…じゃねえよ!」


朋花:「そっかぁ!翔五クンの首に埋め込んだ「盗聴器」って、…元はと言えば「特殊警察」のモノだったんだよね〜、そっかぁ!そりゃ位置判るわよねぇ。」


ギスギス女、何故だか意味深に …ニヤニヤ前歯を晒す。



蟷螂:「私やっぱりワカンナーイ、…だっけ?」

蟷螂:「お願い一緒に戦ってー、…だっけ??」


蟷螂:「…キモ!」


ギスギス女、何故だか狂った様に …笑い涎を垂らす。



瑞穂:「ちっ、やっぱりこいつら全員、息の根を止めるしかないか、」


瑞穂、苦虫を噛み潰し、諸々思い出して、…豪快に赤面、





瑞穂:「もう一つ教えなさい、あんた達の目的は何なの?」


兵士5、砕けた下半身から、防護服の内側に、血が、漏れ出しているらしい。

既に大量失血で、…意識が朦朧としている様子。



兵士5:「お前達の、…居場所、を、特定、…」


そこ迄で、…静かになる。。




瑞穂:「そう、つまりもう、…見つかっちゃったって事ね、」


蟷螂:「結局、お前達の負けだって事だよ。」


瑞穂を見上げるギスギス女の顔が、勝ち誇った様に…嗤う。



蟷螂:「縦割り組織、舐めんなヨ!」





次の瞬間!

窓から飛び込んでくる、半透明の触手!? 蛸?? 烏賊???


…「聖霊」?!




兎に角、ブツブツ吸盤がいっぱい付いた触手が!

行成いきなり十本近く雪崩なだれ込んで来て!!

トリアーナのアタッシュケースを…

掴んで!!!



朋花:「ナニコレ!!」

瑞穂:「エマ!」



エマ、瞬間的に発生させた6個の魔法陣から、氷の剣を出現!

触手にす! …が、


まるで「水の塊」で出来ている様な蛸&烏賊の触手には、全く捕らえ所がなく!

あっという間に、アタッシュケースを、…

持ち去ってしまう!!



瑞穂:「しまった。」


瑞穂! 窓に駆け寄り、…確認する。



瑞穂:「あいつか!」




運河を渡す橋の上に、額にオレンジの輝きを灯らせた、…猫目顔ノ女


白のTシャツに七分丈のローライズ・ミリタリーカーゴパンツ。 健康的に日焼けした細身の身体とくびれた腰のヘソ出しルック、オールバックの後ろでお団子に結んだ小顔、…結構可愛いかも。




エマ、透かさず窓枠に飛び乗り、

そのまま勢いを殺す事無く、運河に…ダイブ!


同時多発的に魔方陣から無数の氷の剣が出現! 猫目女を強襲するも、…

運河の水面から出現した無数の蛸&烏賊の触手が、氷の剣に絡み付き、吸収する!



更に十余本の触手が水面から追加出現し!

今度はエマに向かって襲いかかる!


エマは、水面に立って!? 絡み付いて来る全ての触手を、…

凍結、粉砕!




瑞穂:「あいつ、エマと同じ「水の聖霊」、」


エマと猫目女、暫し睨み合って、対峙する!

命令を待つ数十の魔法陣が、空間中をクルクル回転しながら待機する!



瑞穂:「同じ特性、同じ力量の「聖霊使い」同士では埒があかないわ、」

朋花:「任せて!」



朋花、「火の玉小僧」を大量発生!!!!!


100匹近い真っ赤なオッサン顔のアマガエル達が、

コロコロと、運河に落ちて、


なす術も無く皆、…



流されていく。





朋花:「チョット! しっかりしなさいってばぁ!!」


それでも十数匹の「火の玉小僧」が、ホテルの壁を伝って遠回りしながら猫目女の立つ橋に特攻を仕掛ける!



猫目女:「Vain!(無駄!)」


ところが! 運河の底から蛸&烏賊の触手が出現すると、何の造作も無く「火の玉小僧」を捕まえて、…あっという間に鎮火、…してしまう。




朋花:「ああああ〜、私の「火の玉坊や」がぁ!!!」

瑞穂:「役に立たないわね〜。」



瑞穂:「芽衣! 捕まえて!」

芽衣:「へっ?」


全裸で両手を後ろ手に拘束された女の子が、行成り指名されて、

恥ずかしそうに、…タジタジする、


芽衣:「えええええっ…!」




猫目女は、にやりと笑いながら、ペコリとお辞儀をすると…



猫目女:「Have a nice holiday!(じゃあね〜)」



一瞬で運河の水が沸騰して! 辺りは濃い湯気に包まれる。

返す刀でエマが水蒸気を凝縮させようとするが、…


湯気の隙間から、突然飛来した、細くて鋭い金属針が、

エマの、右目から後頭部に掛けて、…


貫通する!




瑞穂:「エマ!」


エマ、体勢を崩して運河の底へ、…

沈む、



が。。

程無く、体長5mのマタマタの甲羅に乗って、…浮上。


無惨にも、50cm程の細い金属針は、未だエマの顔面を貫通したままだ。





騒ぎと立込める霧に紛れて、猫目女は、既に、…

行方を眩ませていた。



瑞穂:「追いかけるわよ!」


翔五:「…大丈夫だ!」

瑞穂:「大丈夫じゃない! アレが無いと、私達には勝ち目が、」


翔五:「トリアーナなら、…此処にある。」


僕は、足の痛みを必死で堪えながら、声を、…絞り出す。




翔五:「あのアタッシュケースは空だよ。」


僕は、床に落ちて、汚れたエマのぬいぐるみを拾い上げ、

その中から…トリアーナを取り出して見せた。



翔五:「さっき、行成いきなりこの連中が押し入ってきたから、…咄嗟に此処に隠したんだ。」




瑞穂:「そう…、」


瑞穂、ホッと、溜息を吐いて、


それから何か僕に伝えたそうな、凄く切なそうな顔をしつつ、

やっぱり諦めたのか、ちょっとだけ俯いて、

黙ったまま、…


微笑んだ。




瑞穂:「とうとう、現れたわね。」

翔五:「あれが、敵? なのか。」


瑞穂:「多分ね…、」


それから、朋花に向き直り、…



瑞穂:「朋花、アンタ今晩…お仕置き決定だからね。」

朋花:「えぇーっ!、何するの? …もしかしてエロい事するの?」


瑞穂:「するに決まってんでしょ! 覚悟してなさい!」


瑞穂の目は、本気、…

ミタイだった。







芽衣が、ズボンを脱いだ、僕の、内腿に…唇を這わせる。

生温い、芽衣の唾液が、僕の際疾(きわど)い領域を…湿らせて行く。



芽衣:「あっ、…」

翔五:「ううっ、…」


僕の嗚咽おえつに合わせて、一瞬、芽衣がビクッと震えて、

それから、真っ赤な顔を上げて、切なそうに、…僕を見つめる。



芽衣:「血の味、…」


続いて、

芽衣は、僕の足の甲に…口づけする。

その舌先で、チロチロと、貫通した弾痕をなぞって、

舌の裏から溢れ出して来る、透明な唾液を、

僕の傷口に、…塗り付ける。



翔五:「ありがとう。」


次第に、痛みが和らいで行く。

どんな風に、自分の肉が再生して行くかを、見たいとは思わないけど、

一分も経たない内に、僕の全身から、緊張が…ほどけて行く。

この感覚は、…素敵だ。


僕は、芽衣の舌の愛撫を、足の裏に感じながら、

ゆっくりと深呼吸を、…繰り返す。



芽衣の血液に、治癒効果があるのはストーンヘンジでの戦いで実証済みだった。 しかし 瑞穂の予想通り、イチイチ芽衣の身体を傷つける必要は無く、芽衣の唾液にも、十分な治癒効果があるらしかった。


僕は、傷がふさがったばかりの足の指を動かしてみる。



翔五:「大丈夫、ミタイです。」

芽衣:「なんか、ちょっと変な味、」


芽衣は、少し苦いモノを舐めたみたいにベロを出す。



翔五:「スミマセン、変なとこ、舐めさせちゃって、」

芽衣:「ええよ、しゃあないやん。 …ウチの役目やし、」


芽衣の顔が火照ったまま、…元に戻らない。





瑞穂:「いいかしら、翔五サン、俯せになってくれる?」


僕は言われるままに俯せになり、

今度は瑞穂が、首筋に、…カッターナイフを走らせる。



翔五:「いつっ!」


首筋からタラタラと、血が零れ出して来ているのが、自分でも判る。


それから、瑞穂は、くぱっと開けられた割れ目に指を突っ込むと、

中から、長さ2cmあまりのカプセルを…取り出した。



瑞穂:「芽衣さん、お願い。」


芽衣が、僕の首筋に口付けをして、

僕の血が、芽衣の唇を紅の様に濡らす。


芽衣の唾液に濡れた、僕の傷口は、見る見る内に、

すっかり元通りに…塞がっていった。



翔五:「結構でかいモノが入っていたんだな。」


瑞穂は、人差し指を唇の前に立てて、「しー」のジェスチャをし、


摘出したばかりの盗聴器を、ガチャガチャのプラスチック・ケースみたいなモノに入れると、窓から、外の運河へと…放り投げた。







僕達は、猫目女の襲撃の後、着の身着のままで窓から部屋を抜け出して、エマの母親が経営するトラッテリアの特別迎賓用の個室に退避していた。



千乃:「これ、ローマ行きの切符。」

瑞穂:「ありがとう。 助かる。」


エマの母親が、封筒に入ったTRENITALIA(列車)のチケットを瑞穂に手渡す。



千乃:「サンタルチア駅まではヴァポレット(水上バス)だと20分位だけど。」

瑞穂:「当然、待ち伏せされてるでしょうね。」


千乃:「悪いけど、貴方達には食材用の貨物コンテナに乗ってもらって、店の裏から船で駅迄運ぶ事にするわ。」


千乃:「私はヴァポレットで駅迄行って、向こうで合流する、」

千乃:「駅の中で隙を見て、合図するから、それで客車に乗り換えてもらうわ。」


瑞穂:「何から何迄、手間掛けて御免ね。」

千乃:「気にしないで、好きでやってる事よ。」


磐船千乃は、一度だけ部屋の外からエマの姿を確認して、

そのまま、声をかける事も無く、…厨房の方へと姿を消して行った。



エマは、何時にもまして無口で、

部屋の隅に体育座りして踞ったまま、食事もとらず、その場を動こうともしない。





僕は、瑞穂に目配せして、…店の外に出る。


流石に、深夜3時を回ると、全てが路地裏の様なヴェネチアの主要通りにも人影は絶え、閉ざされたシャッタの前を、夏の夜風だけが人知れず、…通り過ぎて行く。



瑞穂:「ナニ? また、お姉さんに甘えたくなったのかな?」


僕達は、街灯の灯る昏い通りを、ゆっくりと散歩しながら、

戯れ言を…一つ、二つ、三つ、



翔五:「なあ、エマが、お母さんを避けてる理由。」

翔五:「もしかして、エマがトリアーナを怖がる理由とも関係あるの?」


瑞穂:「まあね、」

瑞穂:「あの子、一回、トリアーナに触ったことが有るのよ。」


僕は、立ち止まって、瑞穂を振り返る。



翔五:「でも、トリアーナに触ると、卵になっちゃうんじゃ。。。」


瑞穂:「そう、トリアーナが聖霊を卵にしてしまうって事が分かったのは、実際にあの子が…そうだったからよ。」


翔五:「どうやって、…元に戻したんだ。」


今度は、瑞穂が、先に立って歩き出す。



瑞穂:「前に言ったでしょ、卵をかえすには、別の人間の肉体が必要。」

瑞穂:「「磐船エマ」という女の子の命を使ったのよ。」


翔五:「ど、ういう…事?」


狭い路地には、所々、教会の印が掲げられてある。

マリア様の像だったり、キリストの像だったり、そう言った、人々の暮しを見護るモノ達の偶像が、物憂げに、語りかける様に、しかし永遠に、…沈黙を守り続けている。



瑞穂:「かつて一人の「水の聖霊使い」が居たの、彼女はトリアーナを発掘する際に事故に遭って、…トリアーナに触れて、卵に戻ってしまった。」


瑞穂:「磐船千乃は、「水の聖霊使い」を復活させる為に、自分の娘、エマの身体と命を…差し出したのよ。」


僕は、重く、胃に空いた孔から塩酸が漏れ出す様な、そんな痛みに…襲われて。

それ以上、進めなくなって、…しまう。



翔五:「じゃあ、今のエマの心は、一体…」


瑞穂:「翔五、…心って何なのか、本当のところ私にも良く分からないわ、 今の彼女は、元の「水の聖霊使い」と「磐船エマ」の両方の記憶を持っている、」


濡烏の髪の美女は、時折、僕だけに見せる、少し甘えた風な眼差しで、

切なげに、僕に、…救いを求めている。



瑞穂:「でも、心って、何なんだろうね。」


瑞穂:「分かっているのは、蘇りの為に「磐船エマ」という少女を犠牲にした事で、彼女自身が深く傷ついた…って事。」




でも、僕には、

今の僕には、瑞穂を、エマを、そしてアリアや、朋花や、芽衣に対する責任を、


一体どうやって果たせば良いのか、…

見当もつかない。





瑞穂:「ゴメン。」


瑞穂は、そう言って、僕に、…

優しいキスをした。

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