エピソード29 「その美少女に僕は何と言えば良かったのだろう」

これは夢だ、…



女(恐らく瑞穂?):「思い出した?」


ここは、オックスフォードサーカスにある古びた美容室、

瑞穂達のアジト、その地下にある、…薄暗い部屋。


でも、こんな部屋、有ったっけ?



旧式の冷蔵庫が、コンプレッサの音を唸らせている。

ボイラー室のドアが開いて、…中から、アリアが現れる。


ボイラー室の向こう側は、どうやら地下鉄の線路に、…

繋がっているらしい。



アリア:「ほら、また、見つけて来たよ。」


アリアは、薄汚れた頭陀袋ずだぶくろの中身を開いてみせる。

底には、幾つかの肉の塊と、濁った目玉が、…一個、


アンティーク人形の様な美少女が、中身を広口瓶に移し替えて、…

冷蔵庫の扉を開ける。



アリア:「見て、貴方の身体、ちゃんと冷蔵庫の中にしまってあるよ。」


其処に有ったのは、…地下鉄にかれた、…

細切れの僕の塊。


首、…顔、…腕、…腹、…腸、…肺、…骨、…脚、…手、…脳、…


みんな瓶詰めに小分けされて、…

冷蔵庫の棚に、所狭しと並べられていた。



アリア:「大丈夫だよ、未だちゃんと、生きてるから、…」




これは夢だ、…


何百回、何千回という「死」の繰り返しの中で、…

置き去りにされた、…幾つかの僕の結末、



ここは、…飛行機の中?らしい、

窓際の席に座って、ぼんやりと、…

鼠色ねずみいろに凍り付いた主翼を眺めているのは…どうやら僕?らしい、



翔五:「じゃあ、この僕は、…一体誰?」

翔五:「もしかして、君は、「前世」の僕?」


窓際の僕が、此の僕の声に気付いて、…振り返る。



窓際の僕:「君は面白い事を言うな。僕は、僕だよ。」


翔五:「じゃあ、此の僕は、…誰?」

窓際の僕:「誰でも良いよ。 好きになれば良い。」


窓際の僕は、再び、詰まらなそうに、…

窓の外の退屈な風景に視線を戻す。



翔五:「君は、…戦っているの?」

窓際の僕:「戦う?どうして?」


翔五:「世界を…救う為に?」

窓際の僕:「救う?何で?」


僕は、窓際の僕に問いかける。



翔五:「僕は、一体、…何をしてるの?」

窓際の僕:「眺めているのさ、」


翔五:「何を?」




突然、…狭いエコノミークラスの通路に出現する、…「聖霊」!


包帯の様な「聖霊」の身体が、…四方八方に飛び散って!

薄暗い飛行機の機体に突き刺さり! 食い込み!…


失速する、…機体、

接近する、…大地、

増幅する、…恐怖、


やがて、全ての苦痛を解き放つ、…衝撃、




これは夢だ、…


何百回、何千回という「死」の繰り返しの中で、…

置き去りにされた、…幾つかの僕の結末、



それから僕は、…目を覚ます。







何だかヤケに眠りが浅い、…様な気がする。


軋む、…柔らか過ぎのベッド、

見上げると、…見知らぬ天井、



翔五:「そっか、…昨日、イタリアに着いたんだっけ…」


僕は、…甘い匂いがする、柔らかな抱き枕の…

サラサラした髪の毛を、…胸元に抱き寄せる。




芽衣:「翔五〜、朝ご飯行かへん?」

翔五:「…ん、…?」


無造作に部屋の扉が開いて、トコトコと芽衣の足音が、…

近づいて来る、



芽衣:「ドアの鍵、…壊れて、…んで。」


一瞬、目が合ったと思った芽衣の、顔が、…


真っ赤?



芽衣:「…!、…ごメ、ん!!!!」


芽衣は、即座に、きびすを返すと、逃げる様に、…

部屋を飛び出して行く、


何だか、異常に慌てている??



翔五:「今、何時?」


僕は、時計を確かめようとして、…



翔五:「…あ、…?」


エマが、布団の中に埋まっている、…のを発見する、

と言うか、僕の懐の中に、…埋まっていた。



つまり芽衣は、コレを、…見た訳か、、、




翔五:「エマぁ〜、…また、こんなとこで寝て…、」


僕は、…クタクタのヌイグルミみたいになった、金髪の抱き枕を、…

揺すり起す。



エマ:「ショーゴ、…口臭い!」


寝起きの悪い14歳の抱き枕は、寝惚ねぼまなこで、眉をひそめて、…

それから思いっ切り僕を蹴っ飛ばして、掛け布団を引ったくると、…


再び、蓑虫みのむしミタイに、…くるまってしまった。



翔五:「寒っ…」


大体、冷房効かせ過ぎなんだ、…この部屋、



エマ:「…もお…ちゃんと歯を、磨いて!」


なんで?、僕は、コノ子に…怒られてるのだろう??







20分後、…

僕とエマは、ようやく身支度を整えて、

グランドフロア奥の食堂へと降りて行った。



朝食は、コンチネンタル・スタイルのブレックファーストで、…

イロトリドリに並べられたハムやらチーズやら、トーストしたパンやらが、とっても甘くて幸せな香りを、…漂わせている。


見ると、朋花と芽衣は、既に食事を済ませた様子で、…

殆ど片付いたテーブルで紅茶を飲みながら、何やらヒソヒソ雑談している所だった。



翔五:「お早うございます。」

朋花:「おはよ、エマちゃんもお早う〜」


芽衣が、…何故だか僕と、…目を合わせようとしない?

さっきの件だろうか?… だよね??



翔五:「今日も、いい天気ですね。」

朋花:「そうだね、…ところで、瑞穂ちゃん見なかった?」


僕は、ようやく、昨日の夜の出来事を、…

走馬灯の様に思い出す、



翔五:「(うっ)……、」


朋花:「何だか、昨日帰って来なかったミタイなんだけど、翔五クン、…一緒じゃなかったの?」


翔五:「(え、ええっ!)……帰って無いん、ですか!? 」



…まさか、昨日の事は、…言える訳ないよな〜

…まさか、昨日あの後、…無茶な事やって無いだろうな〜



翔五:「途中迄、一緒だったんですけど、… 」


朋花の(こういう時だけヤケに)鋭い眼光が、…

オロオロ狼狽うろたえる、僕の目の玉の裏を見透かす様に…



朋花:「まさか、何か有ったの? て言うか何か、…シタの?」

瑞穂:「何にも無いわよ。」


と、…


噂をすれば影…で、

何の脈絡も無く? 瑞穂が現れる。



朋花:「あっ、瑞穂ちゃん、お帰り! 心配してたんだよ。」


僕は、…ほっと胸を撫で下ろし、…

チラッと瑞穂の表情を、…伺って見る?


瑞穂は、…断固として、僕の顔を、…見ようとしない。

アカラサマに、…拒否られてる?、…無視されてる??


怒ってる?… 怒ってるよね??





朋花:「それで、今日はどうするの?」

瑞穂:「悪いけど暫く、…此処に待機ね。」


朋花:「ふーん、」


立て肘に顎を乗っけたお行儀悪い格好で、

アイドル顔のモデル体型美人が…人懐っこく微笑む。


テーブルの傍を通り過ぎて行く男性の9人中8人が、カーキ色のタンクトップから露出した、朋花の、綺麗な肩と、鎖骨と、胸元を…

チラ見していく。



って!…朋花ちゃん! もしかして、ノーぶ…!

バカンスシーズンのヴェネチアだからって!!

幾らなんでも…無防備すぎじゃ無いかい!!!


と、僕は心の中で、声を大にして…抗議しつつ、…

やはり、僕も男のサガだから、どうしても視線が…剥がせない。



朋花:「ん?」


立て肘に顎を乗っけたお行儀悪い格好で、

アイドル顔のモデル体型美人が悪戯そうに、…僕の顔をニヤニヤ眺めている。


ば、…バレてる?




エマが、山盛りになったサラダの皿を、僕の前に、…

せっせと並べて行く。



朋花:「結局、此処へは何しに来たのぉ? …観光?」


朋花は、エマが持って来た皿から、真っ赤なプチトマトを、…

摘んで、…唇に運び、



瑞穂:「コレを取りに来たの。」


瑞穂は、トリアーナのアタッシュケースを、…

思いっ切り! 僕の腹に、…叩き付ける、



翔五:「ぐふうっ…!」


やっぱり、怒ってる?… 起こってるよね??




朋花:「それ、なあに?」

瑞穂:「後で説明するわ、…とにかく危険物だから、翔五サン以外は、…絶対コレに触らない様にして。 …芽衣さんもね、」


芽衣:「あっ、はい。」


芽衣、何だか何時もよりもテンションが、…低い。



朋花:「お出かけしちゃ駄目?」


朋花、もしかして、…遊ぶ気満々になってる?



瑞穂:「翔五サンをほったらかしには出来ないからね、…みんなには申し訳ないけど、16時間勤務で順番に休憩を取ってもらうわ。」


瑞穂:「8時から16時まではエマと芽衣さん、16時から24時まではエマと朋花、24時から8時までは芽衣さんと朋花で翔五サンの警護をお願い。」


瑞穂:「それ以外の時間は自由時間。 観光でも休憩でも、好きにしてくれて良いわ。 …でも、余り油断しない様にね。」


朋花:「了解!」


アイドル顔のモデル体型美人が…びしっ!…っと敬礼して、


レストラン中の男性の20人中16人が、カーキ色のタンクトップから露出した、朋花の、綺麗な脇の下に…釘付けになる。



だから!…朋花ちゃん!! 

幾らなんでも…無防備すぎじゃ無いかい!!!


とか、言いつつ、僕も…目が、…



朋花:「ん?」


小悪魔の様なアイドル顔が、…僕の顔をニヤニヤ眺めている。


ば、…バレてる?

て言うか、此の女? もしかして、…わざとヤッテルのか!?


だとしたら、やはり、…徒者ただものではない、





朋花:「…瑞穂ちゃんはどうするの? 午前中どっか行かない?」


朋花の(こういう時だけヤケに)鋭い眼光が、…

やたらテンションの低い、瑞穂の表情を見透かす様に…



瑞穂:「ゴメン、…昨日、寝てないんだ。」


寝てない?? だと?

何故だか、僕の胸の奥が、ズキン!と、…痛む、


そして僕は見逃さなかった!!

一瞬、朋花が、何故だか、…何故だか、ニヤリと、…?



瑞穂:「チョット、部屋で休ませて…」


言い放って、部屋へ戻ろうとする瑞穂を、…

どうしてだか僕は、…追いかけていた。



翔五:「瑞穂…さん?」


瑞穂は、聞こえていない振りをして、…

振り返りもせずに、…ドンドン歩き続け、


階段を上がり、廊下を進み、僕は漸く部屋の前で、…追いついて、



翔五:「瑞穂!」


名前を呼び捨てにした僕に、

瑞穂は、漸く振り返って、…目を合わせる。


が、あくまでも、凍る様な、…冷たい眼差し、、、



瑞穂:「ナニ? 眠いんだけど。」

翔五:「昨日、無茶な事、…してないよね?」


途端、瑞穂の顔が、…真っ赤に?



瑞穂:「アンタには、関係ないでしょ!」


瑞穂は、…言い放って部屋のドアの裏に閉じこもり、



翔五:「瑞穂、…大丈夫なの?」


中から冷たく、重く、ドア・チェーンを掛けて、…



瑞穂:「アンタは、トリアーナの心配してなさい。」

瑞穂:「絶対に、…失くすんじゃないわよ。」



それっきり、部屋の奥に、…深く沈む、







午前中、

僕は何もやる気が起きなくて 、…

ベッドの上で只管ひたすらに、ぼーっと、…

寝転がっている。


何故だか隣で、エマも寝転がって、…本を読んでいる。

日本の…恋愛漫画?




僕は、なんだかんだエマに、…癒されていた。


エマは、何か言う訳でも無く、…何時でもこうしてずーっと傍に付き添ってくれる。 そういうヒトが居るって言うのは、本当に救われる、慰められるモノだと、…改めてつくづく思う。


もし、コレが僕一人きりだったとしたら、…只の気持ちの悪いオタク男子の現実逃避、って事で片付けられてしまうに違いないからだ。




そしてもう一人、

芽衣が、部屋の隅の椅子にモジモジと腰掛けて、…

さっきからじっと僕の事を見ていた。


何故だか、コッチの方は、…妙に緊張してしまう。。

僕は、芽衣の視線に気付かない振りをする。


て言うか、元々目が細いから、薄目を開けた今の状態なら、大抵のヒトには「眠っている」様に見える筈だった。。



芽衣:「あの、」


いよいよ耐えられなくなったのか、…

ボソリ、と、芽衣が口火を切る。



芽衣:「お二人は、その、…何時からそう言う関係に…?」


僕は、…身体を起こして、芽衣に向き直る。



翔五:「…先輩?」


上目遣いに僕の事をジロジロ観察する芽衣の頬っぺたは、…

トマトの様に赤く染まっていて、



芽衣:「何や、仲 えなって、…思って。」

芽衣:「…付き合ってんやろ。」


言いながら、芽衣の顔が恥ずかしそうに目を逸らす。



翔五:「いや!…それは、ゴカイです!」


僕は、力強く否定し、

エマは、真っ赤になって首を横に、…ブルブル振る、



芽衣:「せやけど、今日の朝も、抱き合って寝てはったし…」

芽衣:「二人、何時も一緒やし、翔五…クンの身の回りの事は、みんなエマちゃんがお世話してるみたいやし 、…いや、前から妙に仲ええなとは気付いてたんよ。」


芽衣:「隠さへんでもええねんで、ほんま、全然、悪い事や無いんやから。」

芽衣:「チョット、歳の差はあるけど、…お似合いのカップルって雰囲気?」


芽衣、無理矢理の、…作り笑い?



翔五:「本当に、僕とエマはそんな関係じゃないですって!」

翔五:「ほら、エマも、ちゃんと説明してよ。」


エマ:「お似合い、だって…」


エマ、顔を真っ赤にして、…ドッカに逝ってる?



翔五:「エマ!…大丈夫か??」

翔五:「早く、…コッチに戻ってくるんだ!」


僕は、エマの肩を揺すり、…



エマ:「いやん。」


エマは、クタクタになって、…僕にもたれ掛かる。



翔五:「おま、…いやんって、ナニ??」


芽衣は、苦笑いして、



芽衣:「それに、…誤魔化されると、…余計に惨めやわ。」

芽衣:「ウチ、ちょっと…お手洗い。」


一人詰まらなさそうに、部屋から出て行った。




僕は、こういう時に、何と伝えたら良かったのか、…

適切な言葉と、経験を、…持ち合わせていない。

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