エピソード22 「だから僕は美少女をキツく抱きしめる」

恐らく目玉以外…いや目玉さえも、…

もしかしたら自分の思いのままになる部分は、何一つ無かった。


今の僕には、自分がよだれを垂らしているのかすら解っていない。 そう、ちょうど全身が歯医者の麻酔に掛かったみたいに…フニャフニャに痺れている。


非道く酔い潰れたみたいに世界は一気に狭くなり、耳に障る音も、目に飛び込んで来る景色も、殆ど大抵のモノが「意味」も「価値」も持たない白色雑音ミタイに…ただ僕の前を通り過ぎて行った。



どうやら車は、M1(高速道路)を北へ向かっているらしい。


やがて、…



兵士1:「なんか、変じゃないですか?」

兵士2:「作戦行動中だ、不明瞭な会話は止めろ。」


兵士1:「我々以外に…車が一台も走ってません。 何時いつからだろ?」

兵士2:「さあ、気にならなかったな…、」



前方、…

高速道路の真ん中に、…

誰か人が立っているのが見えた。


一人は、コートを羽織った長身の男。

そしてもう一人は、ゴスロリ姿の…小さな女の子?



兵士1:「危ねえええ!!!」


一瞬の後、時速100マイルですれ違い!

間一髪で衝突を回避した車体は、大きく揺さぶられて、センターラインを逸脱する!



兵士2:「今のは…」



突然!

インストルメントパネルの電光掲示が消え失せて、…

遠心力を消し切れていない車は、…

有らぬ方向へと滑リ始める…



兵士1:「くそっ! ハンドルもブレーキが利かねえ! 衝撃に備えろ!!」


超人的に鍛え上げられた兵士の筋肉が、


油圧の抜けたパワステと…

バキューム圧を失ったマスターシリンダと…

制御を失ったコモンレールと…


全ての理性を失ったじゃじゃ馬の様な「走る凶器」を、…

辛うじて、ギリギリの処で、力尽ちからずくで…

ねじ伏せる!





車は無様に体勢を崩しながら 数百mを滑った後に…



兵士1:「大丈夫か?」


ようやく、停まった。




兵士3:「一体何が有ったんだ?」

兵士1:「解りません、急に、…エンジンが止まった。」


イグニッションキーを操作しても、もはやスターターの回る気配は無い。



見ると、護衛の為に並走していたもう一台の車は、…

スピンして道路の真ん中にひっくり返っていた。


転倒した車のドアが開いて、…中から兵士達が脱出して来る。



兵士2:「おかしい、2台同時に電装品が壊れるなんて事は有り得ない。」

兵士2:「各自、電装品を稼働チェックしろ。」


兵士2の指示に従って、

兵士達が手際良く身の回りの装備をチェックする。



兵士3:「携帯タブレット端末、異常なし。」

兵士1:「無線機異常なし。」

兵士4:「カメラ、異常なし。」


兵士2:「時計も異常無しか、…EMP(電磁パルス)とは違う様だが。」

兵士2:「各員、敵の攻撃に備えて戦闘準備。」



にわかに、兵士達の動きが騒がしくなり、…

傍らに置いたライフル銃(89式5.56mm小銃っぽいナニか)をガシャガシャ操作する。



翔五:「何…だ…?」


ドアを開けて、…3人の兵士が外に出た、…

陣形を保ちつつ、速やかに展開、


一人車内に残った兵士が、拳銃を手に持って…翔五の肩を強く抑える。



兵士3:「南から接近するモノが有ります。 距離150m」


暗視スコープ(JGVS-V8っぽいナニか)を装着した兵士3が、イヤホンマイクで仲間に状況を伝える。



兵士2:「各自、状況に応じて対処、止むを得ない場合は発砲を許可する。」


兵士達は一斉に、小銃の安全装置を解除、…

想定目標に向かって、銃を構える。



やがて、一人の男が、…

高速道路のオレンジ色の街灯の下に、姿を現した。




その男、

ロングコートに身を包んだ長身の美男子。 痩せた体躯たいくに一切無駄の無い筋肉をまとい、腰までかかる銀の長髪と超絶美麗なルックス。 長い睫毛、凍る様な瞳、シルバーの十字架ピアスをしている。


まるで一昔前の少女漫画から抜け出してきた様な男。



兵士1:「Stop! (とまれ!) Freeze!(動くな!)」


歩みを止めようとしない十字架ピアスに向かって、…

兵士達が自動小銃の照準をセットする。



兵士3:「警告に従いません、撃ちます!」

兵士2:「許可する。」



小銃:「タン!タン! …タン!タン!タン!タン!」


行成いきなり発砲するも、…命中しない?

5.56×45mm NATO弾は、あらぬ方向へと…逸れて行く。



兵士1:「変だ。」

兵士2:「明瞭に報告せよ。」


兵士1:「弾が、命中しません! 弾道が曲げられているみたいだ。」



超絶美麗なイケメンは、…

銃撃の弾幕等 全く気にならないかの様に、…

ゆっくりと、間合いを詰める、



兵士2:「何が、…起きてる?」


小銃:「タン!タン!タン!、…バギッ!ン!」


異様な破壊音が響いて、…


兵士3、うずくまる、



兵士3:「ぐう…」

兵士2:「どうした?」


兵士3:「腔発こうはつ(弾が発射せずに銃身内で爆発する事)です。」


護衛の車からの援護の兵士達が駆けつける。



兵士1:「銃を調べろ! 腔発こうはつの恐れあり!」

兵士5:「意味が分からん、どう言う事だ。」


兵士1:「銃身が、ねじれてる…」


見ると、…

何時の間にか小銃の銃身が、飴の様に捻れて、…

銃口が塞がっている?




そして!…

ロングコートの男が、突撃する!



兵士2:「来るぞ!」


兵士2、小銃を捨てて、拳銃に持ち替える…



十字架ピアス、

兵士2が銃を構えるよりも早く! 間合いに到達!!…

緩やかに差し伸ばした掌で兵士2の顔面を、…

なぞる、…

そのまま振り向いて、今度は兵士1に接近!…


兵士2、首が120度後ろに折れ曲がっている? …そして沈黙、



兵士1、拳銃を取り出して発砲するも、やはり腔発!して、


拳銃:「バキン!!」

兵士1:「ちっ、」


兵士1:負傷した右手をかばいつつ、左手でナイフを取り…



十字架ピアス、

兵士1がナイフをホルスターから抜き出すよりも一瞬早く、…

指先でそっと兵士1の喉に触れて、…

潰す、…


その所作は、まるで「舞」の様に優雅で、途切れなく、妖絶。



兵士5:「銃器は使うな! 同時にかかれ!」


兵士6、ボクシングの構えで十字架ピアスに接近…

兵士7、反対側からタックルを仕掛ける…



十字架ピアス、

兵士6のジャブに柔らかく添えた右掌を基点にして、…

一瞬で兵士の背後に回り、…

左掌で優しく首を、…

刈る… 


続けざま体を入れ替え、…

タックルを仕掛けて来た兵士7の腕にそっと左掌から…

体重を預けて、…


兵士7、知らぬ間に体勢を崩されて=おとされて、…

顔面から地面に、激突!…


十字架ピアス、

そのまま靴底で兵士7の首を踏んで、…そっと、…

折る…



派手なタメも、必殺の気合いも、威力感に満ちた打撃音の一つも無く、…

兵士達の仕掛けた運動エネルギは、…

余す事無く、兵士達自身を破壊する方向へと、…

転換される…


秒針の一回転を待たずして、

既に4人の兵士が行動不能に陥っていた。



尚も、

まるで「ただチョット散歩している」その程度の穏やかな足取りで、

本当に何気なく、その男は「敵」との間合いを詰める。



兵士8:「くっそお…一体、コイツは何者なんだ!」







突然、車のドアが開いて!


兵士4、翔五の首にナイフを突きつけながら、姿を現す、…

翔五、依然としてクスリが効いていて、ただ引き摺られるが侭、…



兵士4:「動くな! こいつが…どうなってもいいのか!」


十字架ピアスは、チラッと兵士4を一瞥いちべつした後、

なんの興味も無さそうに、再び兵士8との間合いを詰めて行く…



兵士8:「ひぃっ! こっち、来んなああ!」


兵士4:「おい、お前! 無視しかとしてんじゃねえ!」



アリア:「翔五!」


僕と、兵士4の目の前には、…



兵士4:「えっ?」


何時の間にか、…

一人の少女が立っていた。




背の頃は130cm、華奢で中性的な肢体。 端正な小顔は透き通る様に白く、長い睫毛に大きくて深い瞳、ウェーブした艶やかな髪は腰まで届く豊かな長髪。


まるで造り物の様に、一点の欠陥も無い美少女。



アリアは、一目散に、僕の胸へと飛び込んで来た!?


まるで、兵士4が僕の首筋にナイフを突きつけている事なんか お構いなしで…



兵士4:「えええーっ?」


僕の身体を力一杯抱きしめる。



アリア:「会いたかった…、」


兵士4、状況が掴めずに、呆然ぼうぜん、…

翔五、兵士4には後ろ手に腕を絞り上げられて、アリアには抱きつき ぶら下がられて、…



翔五:「く、るひい……、」


アリア:「ねえ!! 先週うちに来たんでしょ! どうして会ってくれなかったの?」


アリア、僕の顔を覗き込み、… 何故だか半泣き?



アリア:「もしかして、翔五はアリアの事、嫌い? 」


アリア、潤んだ瞳で、僕を見つめる


兵士4、更に状況がつかめない。 軽くパニック、…



兵士4:「こ、こらっ、離れろ!!」


兵士4、翔五の身体を引っ張る。

アリア、くっ付いたまま…離れない。



翔五:「ちょ、ちょっと! やめて! 」


アリア:「アンタ未だ居たの? さっさと消えなさいよ!」

兵士4:「お前こそ、何者な…」


アリア、翔五の胸の匂いを嗅いで、…顔をすりすり、



アリア:「ねえってば、翔五、アリアの事好き? 嫌い?」


アリア、媚びる様な上目遣いで、


基本的に、アリアは兵士4の事等、まるで相手にしていない…らしい。



兵士4:「いい加減に…」


兵士4、アリアを蹴っ飛ばそうとして…


兵士4、その場に膝を折ってしゃがみ込み…


兵士4、そのまま静かになる…




アリア:「邪魔、」


翔五、倒れた兵士4と共連れで、ひっくり返り、

アリア、ひっくり返った翔五の上に、馬乗りになる。



アリア:「ねえ、キスしても良い? 良いでしょ?」


答えを聞く前から…

アリアの滑らかで、柔らかな、舌が、…

僕の中に、…絡まって来る。



翔五:「……、」


蜜の様なアリアの唾液が、僕の口内に染み渡り、…


ゆっくりと僕は、…

全身の感覚を取り戻して行く。



長い、深い、…

剥き出しの「敏感さ」で、お互いを求め合う行為の後、…

やがて、息継ぎをするかの様に少女が唇を離し、…

2人の間に甘く透明な糸が引く…、


アリアは、

満足げに僕の事を見下ろしながら、…

もう一度、舐める様に、…

唇を重ねた。



翔五:「アリア、…」

アリア:「なあに?」


僕は、無駄な事だと解っていながら、…

どうしても、それを問わずにはいられない、



翔五:「お前は、本当に、…実在しているのか?」


アリアは、僕の手を取って、…

そっと、自らの胸に、…

押し付けた。



アリア:「ほら、こんなにドキドキしている。」

アリア:「アリア、翔五の為なら、世界征服だって出来るよ。」



いや、それは、…

洒落になってない。





僕は、やっとこさ身体を起こして、…

ようやく、凍り付いた様に動かなくなったままの兵士4から離れた。



翔五:「この人、一体どうしたんだ?」

アリア:「ちょっと五月蝿うるさいから、赤血球を全部壊しちゃった。」

アリア:「脳に酸素行かなくなったから、眠くなったんじゃないかな?」


翔五:「……、死なないか、な?」

アリア:「今ならまだ生き返ると思うけど…どうする。 」


翔五:「じゃ、あ、…その方向で、」




十字架ピアスが、

全ての兵士を沈黙させて、なお、呼吸一つ乱さずに、…

悠然と歩いて来た。


嫌みなくらい美形、その上滅茶苦茶強いって、…

世の中色々と不公平だ、と思う。



翔五:「あの人は…誰なの?」

アリア:「翔五ったら、もしかして妬いてるの?」


アリアは悪戯そうに微笑んで、…

再び、翔五に抱きつき、…

子猫の様に、僕の胸に顔を埋める。



アリア:「アリアは翔五だけのモノだよ。」




やがて、アスファルトにタイヤのスキール音を刻ませて、…

黒のメガーヌ・ルノー・スポルトが停車する!


運転席の窓が開き、…瑞穂が顔を覗かせた。


瑞穂、

一瞥して状況を把握、…

20秒ほど、沈黙、…

相変わらず僕にベタベタしがみ付くアリアのお尻を見て、…

軽く溜息…。



瑞穂:「お客さん、お取り込み中の所スミマセンが、そろそろ時間ですよ。」


僕は、顔を赤くして立ち上がる。



翔五:「芽衣が、掴まった、それに朋花さんが…」

瑞穂:「解ってる、忍ケ丘さんを追いかけましょう。」


アリアは名残を惜しむ様に、僕の頬に掌を当てる。



アリア:「ゴメンなさい。もうすぐ朝が来るから、私は一緒に行けない。」

翔五:「ありがとうな、助けてくれて。」


一瞬、アリアの頬が、ポッと…赤くなる。



アリア:「ねえ、もう一回、ご褒美に お別れのキス…してくれる?」


僕は、アリアの温もりを確かめるかの様に、…

その華奢な身体を力一杯抱きしめた。



アリア:「駄目だよ、そんなにしたら…」


二人は、見つめ合いながら、…

どちらからとも無く、…



アリア:「欲しくなっちゃう、」


唇を交わす。



瑞穂:「あのー、お客さん。…閉店の時間ですよ〜、」







翔五:「行って来る!」

アリア:「うん、帰って来たら、…ねっ、」


僕は助手席に乗り込み、…

瑞穂はフルスロットルで、メガーヌをホイールスピンさせた!



瑞穂:「なーにが「ねっ、」よ、…全くっ!」


2Lターボは一気にレッドゾーンまで駆け上がり!

僅か6秒足らずの内に、時速60マイルを突破する!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る