エピソード20 「僕と美少女達との奇妙な関係について考える」

ゴスウェル・ロードにあるUK ボーダー・エージェンー。

所謂いわゆるビザやイミグレーション・レターの発行事務所だが、 僕はその中の小さな部屋に通されたきり、彼此かれこれ小一時間程 一人でボンヤリと時を過ごしていた。


やがて部屋のドアをノックして、渋い顔をした「ジェームス・ボンド」似のオジさんが現れる。



ボンド似:「This is a first time(こんなのは初めてですよ。)」

翔五:「ファーストタイム?」


ボンド似のオジさんは「本当の処は一寸ちょっと了承しかねるなぁ」…と言った風に眉をひそめて、それから僕にパスポートを返してくれる。


ペラペラと数枚 ページめくると、

さっき撮ったばかりの顔写真が印刷された「ビザ」のシールが貼られていた。



ボンド似:「通常、こんなに簡単に無期限ビザが発行される事は有り得ません。 身元の保証、きちんと収入が保証されているかの審査、過去の犯罪暦、英語力、様々厳正な審査を経た上で 漸く発行される物なのです。」


翔五:「はあ、…何だかスミマセン。」


ボンド似は流暢りゅうちょうな日本語で得得とくとくと、事の重大性を語る。





ボンド似:「一体全体、貴方は何者なのです?」

翔五:「あっ、と、会社員です。」


ボンド似が鋭い視線で、不審そうに僕の事を睨みつける…



翔五:「もう、行っても良いですか?」


ボンド似はとうとう諦めた風に渋い笑いを漏らした後、

それでも…礼儀として、僕に握手を求めてくれた。







ライラック・オートモティブ・テクノロジー社のマシュー・ダイレクターから「呼び出し」が有ったのは、つい昨日の事である。 


夏休みが開けての初日、いきなり僕は転籍の辞令を受け取る事になった。

そして その後直ぐに、日本の久保田精機とのビデオ会議、



果たして元部署の山ノ井課長の困惑と憤慨は大変な物で、

8時間の時差と1秒強の通信ラグを物ともせずに、液晶ディスプレイ越しの「彼の心配」は「申し訳ない」程 ひしひしと僕へと伝わった。



山ノ井:「良いか、何でも困った事が有ったら、直ぐに私に連絡するんだぞ。 会社が変わったからって遠慮なんかするな。 なんでも、俺が何とかしてやるから…な、」


久保田精機内でも今回の人事異動は極めて異例であり、そして今回のビザの発行も然りである。


僕は改めて、「世界統一政府」とやらの影響力が如何に大きいのか、如何に容赦無いのかを、身にしみて実感する事になった。





朋花ほのか:「終わったの?」


メリハリの在るグラマラスなモデル体型に少し頼りなさそうなアイドル顔とショートカットの柔らかスィートボム、…色香と可憐が同居する「ギャップ感満載の美人」が「こんな僕」に微笑みながら声をかけてくる。


UK ボーダー・エージェンシーを出て直ぐの道端に、オレンジに白いラインの「ミニ・ジョン・クーパーワークス」が停まっていた。



翔五:「はい、お待たせしました。」

朋花:「ヒースローのピックアップに、ちょうどいい時間かな。」


僕はミニ・クーパーの助手席に乗り込んで、シートベルトを装着する。

後部座席では、柔らかそうな金髪をツインテールに束ねた小柄で華奢な美少女が ウトウトと舟を漕いでいた。


朋花は「TOMTOM」(携帯用ナビゲーションプログラム)に目的地を入力して、フロント・ウィンドウ・シールド(要するに車のフロントガラス)の裏側に取付けた固定台座にスマホをセットする。




芽衣はVS901便で今日の15:50頃にヒースローのターミナル3に到着する予定だった。 それから荷物受け取りに入国手続きで30分から40分、到着ロビーで彼女に会えるのは16:30頃だろうか。



翔五:「芽衣に…「聖霊遣い」の事をどうやって伝えれば良いんでしょう?」


僕は、UKボーダー・エージェンシーの小部屋で ずっと考え込んでいた「悩み」を ボソリと朋花に打ち明ける。


朋花は、211HP(155kW)を発生する4気筒1.6Lペトロール(ガソリン)直噴ターボ・エンジンを始動して、後ろで眠るエマを起こさない様に…そっと、車をスタートさせた。



朋花:「難しい説明は明日、瑞穂ちゃんに任せるのが良いんじゃないかな。」


芽衣は 表向き「ライラックに転籍した僕のアシスタント」として、久保田精機から海外出向して来る訳で、彼女自身もそれに何の疑問も抱いていない筈だった。 当然、自分が「聖霊遣い」とか呼ばれる特殊な人間に分類されている事などは 露とも知らずに居るだろう。


でも、芽衣がイギリスの「僕の傍」に召喚された本当の理由は、「聖霊遣い」として僕を「守護」する事なの…らしい。


僕の右側で6速マニュアル・トランスミッションのシフトレバーを忙しなく操作している朋花も、後部座席で今やミットモナク爆睡しているエマも 同様に僕を守護する「聖霊遣い」なのだと言う。


瑞穂とアリアは、かつて「前世」で僕と行動を共にしていた5人の「聖霊遣い」を集結して、いよいよ「或る事」を実行に移そうとしている…らしい。


そんな、自分でも良く理解・納得出来ていない事を、他の誰かに説明するなんて事は…



翔五:「やっぱり無理…だよな。」


朋花:「私も、自分の役割とか、コレからどうするのかとか、全然解ってないんだけどね。」


朋花は、チラリと横目で僕の表情を確認しながら、苦笑いした。



翔五:「朋花サンは不安になったりしないんですか?」

翔五:「コレ迄信じていたモノが、全部壊れて行くのって…、」


翔五:「朋花サンって…先週迄「特殊警察」の隊員で、瑞穂の事をテロリストだと思っていて、逮捕しようとしていた訳ですよね。 それが行成り「聖霊遣い」で、瑞穂の仲間で、「僕なんか」の護衛が任務だなんて、」


翔五:「そんなに簡単に、状況の変化って受け入れられる物なんですか?」


朋花は、チラリと僕の事を見て…

一瞬 今にも泣き出しそうな、神妙な顔つきになる。


先日、タワーブリッジで「聖霊遣い」の力を取り戻した時に、僕にだけ見せたのと同じ…懐かしむ様な、悲しい様な、複雑な表情。



朋花:「そうね…、」


朋花:「何て言うのかな、…自分を取り巻いていた沢山の可能性とか選択肢がボロボロと崩れて行って、自分が「何者なのか」がはっきりして来た。 …そんな感覚かな? だから、余り不安とかは無いわ。」


小さな溜息と共に、朋花の額に「チャクラ」の輝きが灯り、

彼女の人差し指の上で…空気が電離して、小さなオーロラが揺らめく。


朋花:「普通の人間に、きっとこんな事は出来ない。 だから、否応無しに受け入れざるを得ないっていうか…、私の場合解り易いのよね。」




僕は…

僕は、自分が何者なのか、自分が何をしようとしていたのか、そういう大事な事を丸っ切り「忘れて」しまっていた。


瑞穂によれば「敢えて自分で望んでそうした」らしい。


ボンド似のオジさんが不思議がっていたのと同じくらい、

僕には、僕自身が一体「何者」なのかが理解出来ない。


ただの会社員

ただの日本人

ただのオタク


そう言った、極差し障りの無い「人畜無害」そうな25歳男子の記憶を…少なくとも3年分くらいは共有している「芽衣」とこれから再会する事になる。


彼女は「自分の正体」を受け入れる事が出来るのだろうか?

彼女に聞けば、「僕の正体」も少しは はっきりするのだろうか?


僕は、シートに深く腰を埋めて、「逃げる様」に目を閉じた。







朋花:「あっ!」

翔五:「ど、どうしたんです、いきなり。」


行成り朋花が頓狂とんきょうな叫び声をあげた。



朋花:「コンジェスチョン・チャージの事前支払いするの…忘れてた。」

翔五:「何なんです、そのコンジェなんとかって?」


僕達を乗せたミニ・クーパーが、今まさに緩緩ゆるゆると「赤字に白のC」マークの道路標識の傍を通過する。



朋花:「確か、ロンドンって、平日の昼間に中心部に車で乗り入れする時は料金払わないといけないのよ。 …今日中に払えば良いんだったかな。」


翔五:「そんなの有るんですか?」

朋花:「渋滞緩和が目的らしいけど、10ポンドだったかな。」

翔五:「結構取られるんですね。」


朋花:「支払いが遅れると、行成り100ポンド越えの罰金になるのよね。」

翔五:「十倍?」


翔五:「でも、それにしては混んでますね。」


オレンジ色のミニ・クーパーは、魔法学校行きの列車が発着するらしい「キングス・クロス」の駅前をトロトロと流していた。



朋花:「いや、ここ(ユーストン・ロード)はギリギリ範囲外、さっきのゴスウェル・ロードは範囲内だったみたい。 しくったなぁ…」


翔五:「でも、どうやって中心部に入ったって解るんです?」

朋花:「町中に設置された監視カメラで車のナンバープレートをチェックしてるのよ。」


翔五:「あっ、」


それで僕は大事な事を思い出す。



翔五:「監視って言えば、この首の盗聴器取って下さいよ。」

朋花:「ああ、それ? ゴメーン、取り方知らないんだ。 多分手術しないと無理。」


見た目アイドル顔は、無表情にさらっと…そう言ってのける。



翔五:「えー、そうなんですか? じゃあ、せめて盗聴するのはもう止めて下さいよね。」


朋花:「それなんだけど…、受信機とコントローラ、瑞穂ちゃんが持ってっちゃったんだよね〜。」


翔五:「えーっ、瑞穂が? …危なすぎる、」


朋花:「面白おかしく活用させてもらう…とか言ってたわ。」

翔五:「今も聞かれてるんでしょうか…。」


朋花:「さあ、彼女もそんなに暇じゃないと思うけど、通信範囲は大体半径10km位かな。」


そして、スマホにメール着信…



メール:「全部聞こえていますよ ♡」

翔五:「うげっ…」(色んな意味で…)







芽衣:「翔五!!!」


ヒースロー・ターミナル3到着ロビーの白い自動扉から、

何だか懐かしい叫び声が聞こえて来た。


そこには、2つの大きなスーツケースを転がす体育会系OLの姿。


身長は155〜160cmくらい。 トランジスタグラマーなボディからは 大人になりきらない少女の香が匂い立っている。 地味目な顔は縁の濃い眼鏡の所為せい、でも 大人しそうな雰囲気に隠された うるんだ瞳とうるおったった唇には 健康男子のハートを射止めるのに十分すぎるポテンシャル が秘められていた。


僕は思わず、若気にやけてしまう。



翔五:「先輩、お疲れ様です…」

芽衣:「元気してたん? てうか、アンタまた太ったんちゃうん?」


だとしたら、エマの料理の所為で間違いない…。



翔五:「先輩、髪切ったんですね?」

芽衣:「アカン、悪いけどその事については…なんも聞かんとって、」


体育会系OLが意味深に目を伏せる。


まさか、失恋したとか?

海外赴任で、悲しい身辺整理したとか?



芽衣:「それにしても、アンタ上手い事やったなぁ、…行成いきなりフェロー待遇とか、一体どう言う「コネ」使ったん?」


…世界統一政府とかいう怪しい団体です、



芽衣:「そんでもってウチを指名するやなんて、…もしかして、アンタ私に「気い」有るんとちゃうん?」


体育会系OLがニヤニヤと低い声で囁く。



翔五:「いや、僕が先輩を選んだ訳じゃなくって、何と言うか、色々と事情が有りまして、、」


僕は、限りなく下手に、…それでもって目も逸らす。



美青年:「友達と会えたみたいですね。」


突然、

長身の清潔そうな「知的男子」が話し掛けて来た。


短く刈り上げた髪と、彫りの深い欧州人顔、きちんと整備された筋肉、綺麗な姿勢と心地よいオーデコロンの薫り、肩には…トランペットのケース??


岩城サンと良い勝負? いや、もっとクールな爽やかさ…



芽衣:「あっ、どうも お陰さまで助かりました。」


芽衣が、青年に向かってぺこりとお辞儀する。



翔五:「この人は?」

芽衣:「さっき、手荷物受け取りがよう解らんで困ってた時に、この人が助けてくれたんよ。」


一応、僕もお辞儀する…



美青年:「お久しぶりです、ディビッドと言います。」


美青年は、和やかに笑いながら握手を求めて来た。



翔五:「今日わ…」


僕はつられるままに右手を差し出し、…美青年が固く僕の手を握手する。



芽衣:「デイブさん、初対面の時は「お久しぶり」やなくて、「初めまして」てうんよ。」


デイビッド:「あっ、そうでした。 忘れてました。」


芽衣が、…にこやかにイケメン欧州人と話する。


僕は、何だか、意味も無く…この状況が気に入らない。


もしかして嫉妬?してる?




デイビッド:「ショウゴさん、折角お知り合いになれたのです。 皆で一緒に食事しませんか?」


ぼーっとしていた僕に、

突然、日本語完璧なイケメン欧州人が話し掛けて来た。



芽衣:「どうする? この後なんか用事有るん?」


芽衣も、…もしかすると満更でも無さそうな感じがして、


僕は、何だか、意味も無く…それが気に入らない。



翔五:「あっ、あの、折角のお誘いですけど、この後、ちょっと連れと用事がありまして…残念ですけど、」


「何か」が、僕をシドロモドロさせていた。



デイビッド:「そうですか、残念です。 それでは、次の機会を楽しみにしています。」


イケメン欧州人は、までも爽やかに、和やかに、…スマートに手を挙げて、コノ場を後にした。




芽衣:「はあ、…なんか緊張した。」


芽衣がだらしなく溜息をついて、



翔五:「はあ、飯でも行きますか?」


僕は、一寸ちょっと安堵する。



芽衣:「いらん、飛行機ん中で軽食食べたし、お腹すいて無い。」

翔五:「あのイケメンの誘いは断らなかったくせに…、」


僕は、ちょっと意地悪く苦笑いしてみせる。



芽衣:「アンタに気い使ってもしゃあないやん。」


芽衣はあっけらかん言いのけて…あっと言う間に僕の機嫌を取り戻す。



芽衣:「それよりトイレ何処?」

翔五:「あそこの出口んトコの、角っこに女子トイレが有ります。」


芽衣:「ちょっと行って来る。 荷物見てて、」


何だか2ヶ月ぶりに会った筈の先輩は、

つい先週末まで一緒に居たミタイに…普通に、当たり前の先輩だった。



僕は、その背中を目で追いながら漸く気がついた。


僕は、

こわしたく無いのだ。

くしたく無いのだ。


これから彼女に突きつけられる奇妙な現実が

僕と先輩の緩やかで心地よい関係を無かった事にしてしまうのが…



翔五:「怖いんだな。」

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