エピソード18 「やっぱり僕には美少女達が理解出来ない 」

瑞穂:「行成いきなり「転生」しようだなんて…私の事、信用してなかったんじゃないの?」


翔五:「あの、一寸ちょっと、…でも、」


クスリだとか、幻覚だとか、大掛かりなトリックだとか、

もともと、このひとにそんなモノは必要なかったのだ。


このひとの不思議な匂いにアテラレて…既に僕の「正常」な思考は麻痺してしまっていた。



瑞穂:「ねえ、翔五サンは お姉さんの事、どう思ってるのかな。」


ただこうして抱きすくめられているだけで…僕はとっくの昔に、このひとには逆らえなくなっていたのだから。



翔五:「えっ、いま、…此処で?」


瑞穂の冷たい指先が、

次第に僕の…敏感な部分へと…




朋花:「翔五…クン?」


目の前に居た筈?の朋花ほのかが…ようやく正気を取り戻す、



朋花:「何、やってるの? 」


朋花が「グロック17」の照準を瑞穂に合わせている。

いや、もしかして…僕に???



朋花:「その子を離しなさい。」

瑞穂:「いやよ。 コノ子はあげないわよ。」


…あのぉ…「この子」って、もう25歳過ぎてるんですけど、、

…えーと…なんて言うんだっけか、こう言うの、、



朋花:「どんなトリックを使ったのか知らないけど、この騒ぎは貴方が仕組んだ事なんでしょう?」


瑞穂:「これは誰が仕組んだモノでもないわ。 私はただ、利用しているだけよ。」


…いやぁ

…利用するだけでも問題有るんじゃないかなぁ、

…こんだけ人が死んでるし、、、、


…そう言えば、、



翔五:「どうして瑞穂は、ここに「聖霊」が現れる事を知ってたの?」


瑞穂:「あら、前に言わなかったかしら、…私達は、翔五サンの未来に起こる事を「大体」把握しているのよ。」


瑞穂が、僕の髪を優しく…掻きむしる、



朋花:「聖霊?」


…そうだよな、行成いきなり「聖霊」とか言われても、解らないよな。



翔五:「アレです。」


僕は、氷の槍に串刺しになっているマネキン人形を指差した。



翔五:「ボロー・マーケットを滅茶苦茶にしたのも、アレと似た様な「聖霊」でした。」


朋花:「まさか、そんなモノが、存在する筈が…」

翔五:「でも、ここで起こった事も、異常発生した変な植物も、幻覚なんかじゃ無いと思います。」



朋花:「有り得ない。 何か、本当の理由がある筈…」


見上げると、タワーブリッジの上空に串刺しにされたマネキンは、

今や完全に沈黙している様に見える。


氷が貫いた胴体の傷口から、黒いタール状の粘液が、…氷柱を伝って流れ落ちて来る。



瑞穂:「さてと!」

瑞穂:「ハーフタイムはコレ位で良いわね、…後半戦行くわよ。」


瑞穂は僕からそっと離れて、乱れた髪を整える。

メインケーブルから降りて来たエマが、トコトコと僕達の方へと歩いて来た。



翔五:「後半戦?」


瑞穂:「あの聖霊は、エマと相性が悪いの。…エマの力では完全には止められないわ。」


朋花:「止められない?」



見上げると、

マネキンの身体を串刺しにした氷柱の内部に、黒いタールの粒粒が侵入して…植物の根をはびこらせ始めている。


下半身の無いドレスの内側から、ボタボタと黒い粘液をこぼして、

橋の上に堕ちたタールから、勢い良く植物の根と芽が吹き始める。


アスファルトも、コンクリートも、金属さえもお構いなしに栄養分にして、

梅雨明けの雑草の様に、植物は一気に成長し、次第に僕らの方へと迫って来た。


僕達は、追いやられる様に二対あるタワーの中間部分へと移動する。

取り残された人達が、車の中で植物の根に寄生されて…ミイラの様に枯れて行く。


朋花は、数台の車のドアを開けて、…対岸へ逃げる様に促すが、


既に、二本のタワーを繋ぐメインケーブルにもつた蔓延はびこり、対岸へと続くタワーはびっしりと植物に覆われて…退路は断たれていた。


今やマネキンから発生した食肉植物の蔦は鳥かごの様にタワーブリッジ全体を覆いつくして、…僕達はその内部に取り残されてしまった。



朋花:「さっき凍っている内に、さっさと逃げれば良かったじゃないの!」


瑞穂:「あら、逃げるつもりだったの?

…此処で、決着をつけるんじゃ無かったのかしら。」


何故だか、橋の中央部、二本のタワーの中間地点には、

ぽっかりと穴が空いた様に、植物の蔦が伸びて来ていなかった。


必然的に僕達は、その安全地帯に退避する。

逃げ遅れた十数名の人々も一緒だった。


もはや、植物の蔦と葉で覆われた橋の内部には微かな木漏れ日しか届かず、

鬱蒼うっそうとした薄昏い森の様相を呈している。



翔五:「なんで、一気に襲って来ないんだ?」


瑞穂:「あの聖霊の目的は、ただ単に貴方を殺す事では無いからよ。」

瑞穂:「翔五サン、聖霊達が何時も、貴方に何をしていたか、覚えているかしら?」


…覚えている。

…いや、さっき、思い出したと言った方が正しいだろう。


メリルボーン・ハイ・ストリートの聖霊も、ボロー・マーケットに現れた聖霊も、恐らく、それ以前に現れて僕を殺し続けた聖霊達も、



翔五:「奴等は、夢を、「悪夢」を見させようとする。」

翔五:「僕に、「恐ろしい光景」を見させようとする。」


朋花:「どんな?」


僕は、歯を食いしばる。


…口にするのも嫌だ、想像するのも御免だ、

…一瞬たりとも、脳裏によぎらせたくなど無い。



翔五:「アリア…」


僕は、激しい吐き気に襲われて、…地面にうずくまった。



瑞穂:「翔五サン、あの聖霊も、同じ事をする為に此処に降りて来るわ。」


瑞穂:「貴方に触れて、貴方の忌まわしい「未来の記憶」を再現する。」


朋花:「何の事を言ってるの?」


瑞穂:「翔五サン、

…聖霊達の目的はシンプルだわ。

…世界の終末を計画通りに実行させる事。」


瑞穂:「今、それが出来るのは、

…世界を終わらせる「呪文」を授かった貴方だけ。

…でも、貴方はその「呪文」を覚えていないでしょう。」


瑞穂:「それは、貴方自身が「呪文」を封印したから。

…貴方は「前世の記憶」を封印したの。

…何かの切っ掛けで間違って「呪文」を発動させない為にね、」


瑞穂:「だから、聖霊達は、

…貴方に前世の記憶を思い出させようとするの。

…彼らが殺したいのは貴方じゃない。

…この、世界。」


僕は、漸く吐き気を押殺して、瑞穂の顔を見上げる。

全身は、無意識の内に立ち上がる事を拒否していた。

ただ、顔を上げるだけで、もう精一杯だった。



瑞穂:「でも、これまで貴方は聖霊達に「前世の記憶」を思い出させられても、その度に「何らかの方法」で死を選択して「転生」してきたみたいね。」


瑞穂:「「転生」した貴方は、再び記憶を失ってやり直す。

…アリアが言っていたわ、貴方はそうやって、3000回以上の「世界のやり直し」を繰り返しているんだって。」



…千?



瑞穂:「世界はそうやって、「クリア出来ないロールプレイングゲーム」みたいに 同じ階層レベルをずっと繰り返し続けているのよ。」


瑞穂:「そろそろ決着をつけましょう。」


瑞穂は、蔦で覆われた天蓋を見上げた。

ズルズルと、…「マネキン人形」が動き出し始める。



瑞穂:「はっきり言って、あの聖霊は「雑魚キャラ」よ。 この階層のボスキャラが出てくる前にやられるなんて…有り得ないわ。」


朋花が、堪えきれなくなって割り込んで来る!



朋花:「正直に言って、お前の言ってる事は全く理解出来ない。 でも、あのバケモノを制圧するつもりだって言う事だけは解った。」


朋花:「雑魚キャラだって言い切るからには、何か策があるのだろう? どうすれば良い?」


瑞穂は、寂しい様な、冷たい様な、切ない様な視線を朋花に投げる。



瑞穂:「貴方は、どうしたいの?」

朋花:「どうって、こんなの…どうしようもない。」


瑞穂:「私達には幾つかカード、選択肢ルートが残っているわ。

…一つは、さっき翔五サンがやろうとした事。」


瑞穂:「翔五サンが殺されて、この世界をキャンセルする。

…でも、それは最悪のシナリオだわ。何の解決にもならない。」


朋花:「同感だ。 誰かが死んでそれで救われるなんてやり方は「勝った」とは言えない。」


瑞穂:「もう一つの選択肢は、…貴方よ。 京橋朋花。」




朋花:「私?」


朋花:「私が、どう出来るって言うんだ?」


瑞穂が、朋花に歩み寄る。



瑞穂:「京橋朋花、

…私がワザワザこんな処迄出かけて来た理由は、貴方に会う為よ。」


瑞穂:「もう一度聞くわ、京橋朋花、貴方はどうしたいの?

…あのバケモノを倒して、人々を救いたい?

…それとも、皆が植物の餌にされるのを眺めて見ているの?」


朋花:「当然、皆を救いたい。でもどうやってあんな得体の知れない化物を倒せるって言うんだ!」



瑞穂:「できるわ、第三の聖霊遣いの貴方になら。」


朋花:「聖霊遣い?」


瑞穂:「大丈夫、もう…同じ事を何百回も繰り返しているのよ、私達。」


瑞穂:「きっと、上手く行くわ。」


瑞穂は、朋花を抱きしめて、

耳元で、何かを囁いた。



朋花は、

そのまま 正気を失って…

地面に膝を付き…、うつぶせに倒れる。



翔五:「朋花さん」


瑞穂:「心配要らないわ。 彼女は今、ちょっと混乱しているだけ。

…自分の正体を受け入れる覚悟が決まれば、

…還って来る。」







瑞穂:「それより、降りて来るわよ!

…エマ、朋花が覚醒するまでの間、アンタの力で何とか翔五サンを護りなさい。」


エマが、僕の傍に歩いて来て、しゃがみ込み。

僕の頬っぺたを両手で押さえつけて、

ジト目のままで、…僕にキスをした。


いよいよ! 氷の槍から抜け出して、ズルズルと蔦を絡ませながら降りて来るマネキン人形。



薄暗闇の中で、エマの「チャクラ」が発光する。

自然落下の速度で堕ちて来るマネキンと、僕達の間、

エマの背中の上空に、巨大な「魔法陣」が出現する!


「魔法陣」の中から、

影炎(かげろう)のノイズを伴って行成り出現する

体長5mの巨大な「亀」!「マタマタ」!


「エマの聖霊」は、急激に出現!実体化しながら…

落下して来る「マネキン」に齧(かじ)り付いて!


バリバリとその身体を食い千切った!



千切れ飛んだ「マネキン」の両腕から、黒いタールが飛散する!


空気中の水蒸気を吸い集めて生成した「氷の盾」が、

凶悪な肉食植物の胞子を含んだタールのスプラッシュから…

僕達をかばう!



「マタマタ」は、気分の悪いモノでも口にしてしまったかの様に

咀嚼した「マネキン」の胴体と首を…


吐き出した!



エマが立ち上がって「マタマタ」に寄り添う。

発光したエマのチャクラが「マタマタ」の透明な身体を照らし出す。


その全身の「肉」はクラゲの様な半透明のゲル状で、まるで墨汁の様に濃い赤橙色の体内骨格が丸見えになっている。


その体内を、黒いタールが広がって…


急速に汚染して行く。



「マタマタ」の身体を構成する超純度の水は、タールの成長をむしろ促進している様に見えた。


「マタマタ」の体内には「ヒヤシンスの根」の様な植物が発生していて、見る間に内側のエクトプラズムを浸食し始める。


「マタマタ」とシンクロナイズしたエマの全身が、小刻みに震えている。

身体中を内側から…貪り喰われている感触が、エマを襲う。



やがて、千切れ堕ちた筈の「マネキン」の身体が持ち上がり、

水飴の様な構成部品は、再び集合して、元の形状を取り戻す。


エマは、必死の形相で「マネキン」を凝視する。

噛み砕いた奥歯から…

血が溢れ出す。



それでも、直立したままで、

エマは真っ直ぐに掌を「マネキン」に向けた。


空中!

無数に出現した小型の「魔法陣」が、食肉植物の胎内から水分を搾取!集結!結晶化!させて…


再び「マネキン」の本体に氷の槍を貫通させた!!



ところが、

氷の槍で胴体を貫かれた筈の「マネキン」は、

その身体の粘度を調節して、いとも容易に、氷の槍からズルリと抜け出した。



瑞穂:「学習してるって事かしら。 時間稼ぎも侭なら無いわね。」


瑞穂:「朋花、いい加減に目を覚ましなさい! 割かしピンチよ!」



果たして、朋花は、

何時の間にか目を覚ましていて、アスファルトの上に座り込んでいた。


朋花の口元 から、嘔吐物がタレている。



朋花:「私、生きてるの?」


朋花は、まるで他人事の様に、腑抜けた口調で呟いた。



瑞穂:「ええ、生きてるわよ。

…アンタが何とかしないと、直ぐにまた死んじゃうけどね。」



朋花は、じっと僕の方を見つめて…涙ぐむ。


…何故?



朋花:「そっ、か…」



マグネシウム・フラッシュの様に

辺り一面が明るく、燃焼した。







閃光に視界を奪われて、

熱に呼吸を奪われて、


気がつくと、

辺りには白い灰が舞っていた。




タワーブリッジを埋め尽くしていた植物の蔦も、

ロンドン塔の周りに蔓延っていた食中植物も、

犠牲になった人々の肉体も、

マネキン人形に似た聖霊も、


皆、一瞬の内に燃え尽くされて…

消炭けしずみすら…


残っていない。




瑞穂:「お帰り、朋花。」


瑞穂は、朋花に手を差し伸べて、


朋花:「えっと、瑞穂…ちゃん、だっけ。」




翔五:「一体? 何が?? どうなってるんだ???」


エマは、疲れ切った様子で、僕の膝の上に、座り込み…

ぐったりと身体を預けて来る…

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