エピソード17 「そして美少女は僕の事をジト目で睨む」

隊員:「貴様ぁ!!」


銃声:「…タン! …タン! …タン!」


隊員は、瑞穂に狙いを定めて9mmパラベラム弾を連射する。



瑞穂迄の距離は凡そ30m。

訓練された隊員の射撃能力ならば十分に命中させられる筈の距離だが、


何故だか弾丸はことごとく瑞穂には到達せず、何かに阻まれる様に、失速して…堕ちる。




一方で僕は、全く別のモノを見ていた。


揺らめく陽炎の様な「密度の違う空気の塊」が、

ふらふらと徘徊はいかいし、道端に倒れている人々の上空を、まるで物色するかの様に停まっては…ふらふら、停まっては…ふらふら、、


やがて一人の女性の上で停止すると、

地面に倒れていた その太った女性が、ゆっくりと身体をもたげ、ぺたりとアヒル座りした状態で天を仰いだ。


しかし女性は未だ白目をいたままで、とても正気が戻っている様には見えない。



朋花:「翔五クン!」


アヒル座りした太った女性の ぽっかりと空いた口から…


何かが、…得体の知れない白っぽいモノが、

ゆらゆらと風船の様に浮かび上がって行く。


それは、海鼠ナマコが敵に襲われた時に吐き出す「白くて細くてネバネバした内臓」、アレがごそっと束で塊になった「モノ」に似ていなくもない。



朋花:「翔五クン!!」

朋花:「しっかりしなさい!」


得体の知れない緊張感ストレスが、真綿で締め付ける様に僕の心を押し潰す。



…僕は「コレ」を知っている。

…「コレ」が僕に何かするのかを知っている。


突然、背中から脇腹にかけて針金を突き通される様な痛みが僕を萎縮させ、不意の過呼吸が…。



打撃音:「バチン!!!」


行成いきなり、釘付けになっていた僕の視線が…矯正される。



気がつくと…

朋花が、僕の頬っぺたを 思いっきりぶん殴っていた…らしい。



翔五:「…えっ?」


じわじわと、頬に熱い痛みが到達する。



朋花:「しっかりしろ! 翔五!」

朋花:「逃げるよ!」


アイドル顔のモデル体型美女が、強引に僕の身体を引っ張った!



僕は、よたよたと足をもつれさせながらも 、

朋花の腕を引っ張り返して…「異形のモノ」を指差した。



それは、

ロンドン塔の堀の直ぐ傍で、

地面に座り込んだ女性の上空に出現した、…人形?


上半身だけのマネキン人形が、

中世の貴婦人が着る様なドレスを羽織っている、

そんな風に見えた。



朋花:「あれは、…何?」


マネキン人形が、僕に気付く。

ゆっくりと、僕達の方向き直ったその顔には、


いや、それには…顔が無かった。


まるで作りかけのヌイグルミの様に、

顔の輪郭があるだけ…


宙に浮かんだマネキン人形は、

風に漂う様に、ゆらゆらと僕達の方へと近づいて来た…







全弾を撃ち尽くした隊員が数歩後退する。

僕が隊員の「背中」を感じて振り返ると…


橋の欄干には、相変わらず瑞穂が居て、

涼しい顔で、慌てふためく僕達の様子を観察している?


何故だか、

僕に向かって、微笑みながら軽く手を振っている????



朋花:「竹崎サン! 正体不明のモノが、こちらに接近中。」

隊員1:「もう少し明瞭に伝えて下さい。」


朋花は、明らかに…パニクっていた。



朋花:「何か変なのが近づいて来るの! どうしよう!!」



マネキン人形は、間違いなく「僕」を目指していた。


「聖霊」、 …僕を殺す存在。

「世界」はっくの昔に「終末」を迎える予定だった。 

「聖霊」は「神の意思」

「世界の終末」の為に準備されていた「プログラム」

「世界そのもの」。


僕が「世界の終末」を先延ばしにしたから。

僕を「世界」から排除しようとしている。


これは…瑞穂が仕組んだ幻覚なのか?

何一つの脅威でもなく、ただ僕を信用させる為のトリックなのか?



竹崎、と呼ばれた隊員が振り返りながら弾倉を交換し…、



竹崎:「なんじゃ、こりゃ!」


朋花の前へ出て、異様な怪物と対峙する。



竹崎:「少なくとも人間じゃ無いよな!」



銃声、銃声、銃声、銃声、銃声、銃声、銃声:「「「…!」」」


銃声を合図に、朋花が僕の身体ごと抱きかかえて、ダッシュする!



少なくとも6発のソフトポイント弾が直撃しているにもかかわらず、

マネキン人形は一切速度を緩める事無く接近を続けてくる。



竹崎:「ちぃっ!」


竹崎は、拳銃を防弾ベストに装着されたゼロトレランス製のタクティカルナイフに持ち変える。


ギリギリの間合いに踏み込んで!の すれ違いざま!

テーブルテニスのスマッシュの要領で、逆手に握ったナイフを

マネキン人形の頸動脈目掛けて滑らせた!!



その感触は…水飴?

重い粘り気の有る液体が、ブレードに絡み付く!



竹崎:「違うか!」


竹崎はそのままマネキンの背後に回り込みつつ、間髪無く!

肩甲骨の下から斜め上に向けて握り込んだブレードを…


突き立てる!!!



返り血?

ナイフの刺さったドレスの隙間から、

黒い液体が、飛散して!


竹崎の手に掛かる!!



竹崎:「アチっ!」


酸? アルカリ?

強刺激性の粘液が、竹崎の掌を焼く。


しかも、突立ったブレードは水飴の様なマネキンの身体に食い込んで、


力任せに引っ張っても…

抜けない…!



竹崎、堪らずにナイフを放棄する!


暫し距離を取って、


粘液が掛かって痛みを感じる掌を確認する。

小指の下、手相で言うところの「感情線」の下辺りに、タール状の黒い粘液が付着している。


明らかに表皮を腐食して、

黒い粘液はより肉の奥深くへと浸入していた。



ツツつーっと、

掌の血管の中を、真っ黒い液体の粒が…流れて行くのが見える。



竹崎:「くそっ!」

竹崎:「何だこれは!!」


皮膚の内側を、

黒い粘液が…這い回っている?



竹崎:「うぅっ…」


手の甲に異様な痒みを感じて手を翻す、


そこには今迄見た事も無い様な「赤いブツブツ」が出来ている。

まるで…巨大なニキビ?の群れ?


瘡蓋かさぶたの様に固くなったニキビが、海辺の富士壷ふじつぼの様に密集して、手の甲に生えている…


ブツブツは見る見る成長し、やがて皮膚を突き破って体液を飛び散らせながら 、…弾けた!



竹崎:「………!」


竹崎は、小刻みに腕を振るわせながら、

とうとう…その場に膝を付く、


裂けた手の甲の皮膚の下、

僅かな肉の隙間には…大量のザクロの果粒が詰まって行た。


まるでうじの様にせわしなくうごめく無数の細い根が、腕の中の肉を…喰らっている!?



思わず、反対側の手の指で掻きむしり…こそぎ出す。


ポタポタとザクロの実がこぼれ落ちて剥き出しの血管と骨だけになった自分の腕を見ながら…大の大人が泣き叫び続ける!



竹崎:「何なんだ、何なんだ、何なんだ…!」


その間にも、

二の腕の皮膚の下を、黒い粘液の粒が這い回り続ける。

肘を超えて、肩の方へと侵入する、


巨大なニキビは竹崎の二の腕にも広がり、今や腕全体がブツブツに包まれ始めている…。







マネキン人形は、尚もゆっくりと僕達の方へと近づいて来る。


マネキン人形に刺さったナイフの傷から、黒いタールの様な粘液がポタポタと地面に堕ちていた。


黒いタールは石畳の隙間に沁み込んで、

そこから得体の知れない植物の根や芽を発生させると、

意識を失って倒れた人々の温かな身体に寄り添い、侵入し、寄生する。


そして人間の肉と血を吸って栄養とし、

カメラの早回しの如く「あっと言う間」に、…茎が、枝が、幹が伸びて、辺り一面を覆い尽くして行く。




朋花と僕は、タワーブリッジへ続く階段を駆け上り。

一瞬、タワーヒルの駅の方に走りかけて…立ち止まる。



朋花:「駄目だ! あんなのを街に行かせられない。」


朋花は方向転換してタワーブリッジのゴシック様式のタワーに向かって走る。


タワーブリッジの欄干脇の歩道には、未だ大勢の歩行者が溢れていた。


朋花は行成いきなり車道に飛び出すと、

橋に向かって来る車に向けて…「グロック17」をぶっ放す!



銃声:「ターン!」


当然急停車して、玉突き衝突する数台の車、

車から飛び降りて来る人々!



朋花:「Run! (走って!)Move! (行って!)Hurry Up!(早く!)」


朋花が上空に響かせた銃声で、辺りの人々は一斉に戦々恐々する!

しかし、状況が把握できずにオロオロして立ち尽くす人も大勢…



銃声:「ターン、ターン!」

朋花:「Get away!!!!!(逃げろ〜!)」


行成り銃をぶっ放すアジアンガールの凶行に、

悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らす人々!



…反対車線は?


振り返ると、


宙を浮くマネキン人形は、

階段を遣う必要も無く、上空20mまで浮上して、


既に僕達の直ぐ背後迄忍び寄っていた。



朋花:「間に合わない!」


翔五:「どうやって止めるんです?」

朋花:「解らないわよ。 そんなの!」


駄目元で射撃するフルメタルジャケットのパラベラム弾が命中するも、やはり「聖霊」の動きが怯む様子は微塵も見られない。





恐らく、

コイツは、僕を殺せば…それで気が済む筈なのだ。


僕は、ボロー・マーケットの惨劇を思い出していた。

瑞穂の言葉を思い出していた。


僕が死んで、惨劇が無かった事になるなら…どうする?



瑞穂の言っていた事が本当で、「聖霊」が実在していて、「転生」が現実の事なら、…僕が死ねばそれで一時は凌げるんじゃないのか?


橋の下で植物の餌になった人々も、竹崎とかいう隊員も、…生き返るかも、




僕は、朋花の手を振り切って立ち止まり、

振り返って上空の「聖霊」を睨め付ける。



朋花:「翔五クン!」



既に、タワーブリッジの青い欄干までが、得体の知れない植物のつたに覆い尽くされ始めていた。


その傍らに、たたずむ…瑞穂。



瑞穂:「翔五サン、良い覚悟だけど…それは駄目よ。」

翔五:「だって、」


瑞穂:「貴方が死んで世界をやり直せば済むと思っているのかも知れないけれど…、」


瑞穂:「そんなに単純じゃないのよ。」


翔五:「でも!」




マネキン人形の様な「聖霊」が、

僕の頭上に、ゆっくりと降下して来る。



…大丈夫、痛みは直ぐに…解らなくなるから、



朋花:「翔五!」


大音響:「…!…!…!…!…!…!」







一瞬にして辺りに霧が立込め…

やがて大粒の雨が降り注ぐ…


見ると、真夏のテムズ川が…

凍っている…



凍り付いたテムズ川から伸びる、鋭い剣の様な氷柱ツララが…

マネキン人形の身体を串刺しにしていた。


何本も、何本も、何本も、何本も、



マネキンは空中にぶら下がったまま、

とうとう動きを止める…





やがて、水煙が晴れて、

タワーブリッジの青いメインケーブルの上に、

金髪の美少女が姿を見せる。


そして美少女は、「ジト目」で深い溜息を一つ…



翔五:「エマ!」



エマを見上げる僕の背中を、

柔らかい、温かいモノが抱きしめる。


そっと、慈しむ様に包み込む。



瑞穂:「これ以上、貴方を死なせる訳には行かないのよ。」

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